第118話 屍喰鬼は吸血姫の夢を見ない Ⅴ

 遥か昔のお話です。

 天上の神々に戦いを挑んだ四人の『サイキョウ』がおりました。


 万象の大帝は世界の覇権を掛けて、


 吸血鬼始祖は戦いを楽しもうと、


 地獄の大元帥は神に味方した天使をいたぶる口実として、


 そして冥王は神々に引っ掻き回された、世界の秩序の回復のためでした。


 力の差は歴然でした。

 全力を出しても星一つ壊すことが精いっぱいの神々に対し、『サイキョウ』達はそれぞれが宇宙さえ滅ぼす方法を確立していたのです。

 戦いは半日で終わりを告げます。特に奇跡も感動もドラマもなく、一方的に蹂躙されて神々は滅びました。


 勝利した冥王はさっそく『死者を生き返らせてはいけない』、『世界を飛び越えてはいけない』という二大原則を定めようとしました。

 しかし、大きな問題が冥王に立ちはだかります。あろうことか他の『サイキョウ』達が、この二大原則を破ってしまっていたのです。


 冥王は少し考えた後、一つの結論に至りました。

『人に決まりを守らせたくば自分たちも守れ。侵してしまったのであれば他人にも許すべき』

 冥王は最初に二大原則を定め、次に『サイキョウ』達が二大原則を破るために使用した五つの方法に冥王自身が一つ加えた六つの特例・・・・・を定めました。


 人々はこの特例を冥王の特例ハデス・ノミコンと呼び、後の世まで語り継ぎました。


◆◆◆


冥王の特例ハデス・ノミコンはこの世界に深く浸透したわ、それこそ子供には必ず一度は教えなければならないほどね」

 マーガレットは古びた巻物を取り出すと、夜神の目の前の鏡台に広げて置いた。


【■■■を用いた世界移動を特別に許す】

【英雄■喚による世界移動を特別に許す】

【吸血鬼の種族特有能力による死者蘇生を特別に許す】

魂魄人形ゴーレム作■による死者蘇生を特別に許す】

【■■■大元帥の転生による死者蘇生を特別に許す】

【人類が手に余る存在によって破壊されたもの、殺■れた生物を特別に修復する】


 長年放置されていたのか所々虫に食われており、解読不可能な箇所がいくつかある。しかし、夜神はそれらを無視して四行目の文章を食い入るように見つめてしまった。


「貴方ならそれを見逃さないと思ったわ」

 少女の首が右に回ると、目線の合った魔女は片目を瞑る。


「そうよ。ヴェヒター、ひいてはすべての魂魄人形ゴーレム冥王の特例ハデス・ノミコンによってこの世に存在することが許されているの」

 夜神は瞼を閉じる。魂魄人形ゴーレムを作って原則を破ってしまい、その結果、自身に素晴らしい出会いをもたらしてくれた『サイキョウ』に感謝を送った。


「目を開けてちょうだいな。貴方が一番に見なければいけないのはこれよ」

 夜神が目を見開くと、ペンだこの出来た白い人差し指が三行目の文を指している。


「シュゾク……トクユウ……ノウリョク?」

「『最強サイキョウ』と呼ばれた吸血鬼始祖は、他人の魂を思い通りに操り蘇生させる能力を持っていたわ。

あまり良い使い方はされなかったようだけれど……」

 魔女が遠い目で天井を向く、夜神はそれに触れず次の言葉を待った。


「……そして彼女・・を原点として生まれた種族『吸血鬼バンパイア』にも、能力はひきつがれたわ。

けれど始祖オリジナルの神の如き力からだいぶ劣化していて、魂が入っているだけの死体を作成する能力となってしまった」


 マーガレットの手が、夜神の頭を優しく撫でる。

「この魂の入った死体こそ屍喰鬼グール――つまりあなたということよ。

……大丈夫、ついていけている?」

 彼女の言葉に夜神は大きく頷いた。


「本題に戻るわね。貴女の命が危ないのは、吸血鬼サルチナが、貴女を危険視しているからなの」

「コンナニ……ヨワイノニ?」

 あの強靭な吸血鬼と今の自分、彼我戦力差など想像もつかない。

「今は、ね」

「イマハ?」

屍喰鬼グールの大きな特徴は、元人でありながら魔物モンスターのような特性を備えていることなの」

「トクセイ?」


 小首をかしげた夜神に対して、マーガレットは基礎的な知識を教えていなかったことに気が付き、額に手を添える。

『己の常識は、この子にとっての初耳』

 心中で三度復唱し、補足説明を加える。

「自分以外の誰かを倒すと、経験値が獲得できるということは分かるかしら?」

「……ウン」

 夜神も元は好奇心旺盛な中学生である、RPGロールプレイングゲーム雛形テンプレートをそれとなく知っていた。


「経験値が一定の値を超えると、肉体が上位の種族へと作り替えられるわ。

それも一度だけじゃない、また経験値がたまればさらに上位へ、というよう何回も繰り返される。

これが魔物モンスターの特性なの」

「ソレッテ……」

 夜神の瞳にキラキラとした輝きが溢れてくる。

 

屍喰鬼グールの最終的な進化先は吸血鬼バンパイア、つまり己の創造者と同格の存在となることができるの」

 その言葉に夜神は嬉しさの余り椅子から立ち上がり、マーガレットの手を両手で包んで、その場でぴょんぴょんと跳ねてしまった。


 目の前で見た優雅な立ち振る舞い、肌で体感した圧倒的な強さ、心の底から格好いいと思った設定と容姿。

 それが努力次第で手に入るかもしれない、中二病の人間としてこれ以上の興奮材料があるだろうか。


「少し落ち着いて頂戴な、とっても嬉しいのは分かったから」

 マーガレットは困ったように、そして少し嬉しそうに夜神をたしなめる。夜神は我に返って恥ずかしそうに椅子に座り直した。


「確かにこの特性は貴方にとっては素晴らしいものなのでしょう。

でも逆に良く思わない者もいるわ」

「……サルチナ」

「そうよ」

 夜神の脳裏に、魅了チャームが効かないと叫んだ際の吸血鬼の顔が浮かぶ。


「先ほども説明したように、屍喰鬼グールは基本的に魂が入っているだけの死体よ。だから精神支配系のスキルなんかにとても弱い」

 マーガレットは横に目線を逸らし、やや嫌悪を含んだ声色で言葉を吐いた。

「……言い方が悪いけれど、『扱いやすい手駒』に出来るの」

「コマ……」


「それなのに出来た屍喰鬼あなたは自由意思を持っていて、おまけに特別な力を備えていた。

作った本人からしてみれば邪魔以外の何者でもないのよ。

言うことを聞いてくれるか分からないし、最悪力をつけられて殺されるかもしれない」

「……」


 マーガレットは入ってきた扉を見やり、ため息を一つついた。

「だから彼女は今、貴方が力をつける前に始末しようと躍起になっているわ」

「二……ニゲル……ノハ」

「無理ね」

 夜神が絞り出した意見をきっぱりと否定する。

「サルチナはこの辺り一帯の統治を任されているわ。貴方が屋敷から外に出てしまえばすぐに見張りに見つかって報告されてしまうでしょう」

「ソン……ナ」


 改めて自身が置かれた危機的状況を実感する、自然と顔が俯き視線を膝へと落としてしまう。

 すると、膝の上に置いてあった夜神の手を今度はマーガレットが両手で包んだ。顔を上げると彼女と目が合う。

「これからあなたはどうしたい?」

 まるで祖母が孫に向けるような、穏やかな瞳だった。


「……イイノ?」

「気にしなくていいわ、私の今よりあなたの未来よ」

「メイワク……カケル」

「むしろかけてちょうだい、私がそうしたいの」

 夜神の頬に手が添えられる。一瞬、どうしてそこまでしてくれるのかと不思議に感じたが、次の瞬間全力でその疑問を粉砕する。

(ふざけたことを考えるな夜神宵奈!

マーさんは命の恩人なんだ、ここまでしてくれたんだ! 信じたい! この人の優しさに全力で応えたい!)

 心を奮い立たせ、しっかりと見つめ返して思いを紡ぐ。

「カッコイイ……キュウケツキニ……ナッテミタイ、

イロンナ……トコロニイッテ……ミタイ、

コノセカイヲ……モット……シリタイ」


「そう……素敵な夢だと思うわ」

 マーガレットは小さな屍喰鬼グールへにっこりと微笑んで見せた。


「貴方の夢を叶える手伝いをさせてちょうだい」

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