日常編 参
第114話 屍喰鬼は吸血姫の夢を見ない Ⅰ
日本のとある場所にて、夜神家に少女が生まれた。
父親はわが子に『宵』という字を非常に入れたがった、宵とは夜の始まり、すなわち『
これに母親の『可愛い名前を与えたい』という願望が混ざり合い、結果『
初めてできた子供であっただけに、両親が少女に向ける愛情は大層なものであった。
万全の環境を整えようと奔走し始め、少女が嬉しがるであろうもの、少女が興味を持ったものには金を惜しまなかった。
幸運なことに少女は才能に富んでいたらしく、興味を持った絵画の分野にて両親の期待通り、否、それ以上の結果を示した。
両親は自分たち二人と、少女の努力が実を結んだと大いに喜び、少女を今まで以上に愛した。
しかし、これにてめでたしと締められない所が人生である。
少女が中学校に上がる頃、両親の愛情が少しばかり変質した。
良い高校に入ってほしい、
良い大学に入ってほしい、
良い仕事に就職してほしい、
良い相手を見つけてほしい、
良い主婦になってほしい。
期待する対象が『少女そのもの』から『少女の将来』へと移ってしまった。少女の未来を、少女自身の意見を考慮せずに設計してしまったのだ。
そのような両親からの
しかしそれを両親に訴えようとはしなかった。
不幸なことに少女は同年代よりも頭が働いた。
両親から少しでも悪意を感じれば、彼らを説き伏せられる自信があった。
だが両親が少女に向ける期待は、悪意よりも悪質な善意が生み出す代物なのである。
反抗したところで『あなたのためを思って』と言い返されれば何も言えなくなる。それ以上はこちらが悪役になってしまうと悟ってしまった。
結局、両親の願う理想に近づけられるよう、努力することが彼女に出来る全てであった。
学校生活に慣れてきたころ、少女は心の奥底に『黒い何か』が渦巻いていることを感じていた。
両親の意見と少女の本心に摩擦が生じ、渋々心を押し殺した際、渦が少し大きくなるのだ。
少女は無理やり見ないふりをしながら、遠くない日に
複雑な心境のまま、少女が中学校一年目の春休みを迎えたとき、父親が少女にパソコンを買い与えた。母親は反対したが、父親の『娘により広い世界を見てほしい』という願いに押し切られてしまう。
絵を描くこと以外に没頭したものがなかった少女は、とりあえずと大手のイラスト投稿サイトを開いてみた。
ここで少女は一番目の転換点を迎える。
「何これ……」
最初に表示された一枚の絵に、少女は釘付けになってしまった。
絵の構図としては、女性が刃物をこちらに向けて構えているという、たいして珍しいものではない。
注目すべきは彼女の服装であった。
黒いハイヒールに黒衣で身を包み、銀髪ツインテールを派手な髪留めで括り、片目は包帯を巻いている。
少女の常識から見れば型破りであるこの服装、しかし少女の心の奥に眠っていた『黒い何か』がこの時を待っていたとばかりに暴れだし、少女を一つの感情に誘った。
衝動のままに口を動かす。
「カッコいい……」
この言葉を発した瞬間、『黒い何か』は『中二病』という形を得て、少女の心の一部に組み込まれることとなる。
「そうだったんだ……私、これが大好きだったんだ」
両親の期待に応えて努力する自身を『
本心の従うままに趣味に突き進む自身も『
ここまでの人生を歩んで導き出した、少女なりの生き方の答えであった。
余談ではあるが、クラスの男子は少女に対して、どこかミステリアスだという印象を受けていた。それは、彼女が持つ二面性が独特の雰囲気を漂わせることに起因するのかもしれない。
それから約一年後、
クラス単位での異世界転移である。
◆◆◆
「まずは初めまして。紳士淑女諸君」
少年に近い中性的な声で、夜神宵奈は目が覚めた。
夜神は教室の床に魔法陣が刻まれてから、意識が暗転したことは覚えていた。しかし、今の非日常について説明できる知識は、持ち合わせていない。
辺りを見渡すと、自分は半径50m高さ5mほどの円筒状の空間の中心に座っていることが分かる。次に自分と二人のクラスメイトを含めた三人が横並びになっていると理解した。
そして、目の前に見知らぬ誰か。
銀髪銀眼で灰色の肌、左右対称の顔は笑うと人懐っこそうである。白を基調とした銀の刺繍があしらわれた服で、体をすっぽりと覆っていた。
「あの、お名前は?」
右端に座っている
「これは失敬。困ったな、諸事情で本名は明かせないんだ。
でも、このままじゃ君たちが言い方に困るだろうしなぁ。そうだな……『ネモ』と呼んでくれ、『ネモちゃん』でも大歓迎だぜ?」
彼の返答に隣で胡坐をかいていた
「おいおい、あんた面白い奴だな。名前を『名無し』にするなんざ、ずいぶんひねくれていやがる」
しかし、意味が分からない少女二人からしてみれば、突然隣の男が笑い出したわけで、彼女たちは心身ともに鬼塚から距離を置いた。
「んで、そのネモちゃんと俺たちはどうしてここにいるんだ?」
「君たちは住んでいた日本から、別の世界に勇者として呼ばれたんだ。『勇者召喚』、もしくは『異世界転移』って言ったら伝わるかい?」
「俊の野郎がそんなこと喋ってたっけか……」
「葵さんが力説してくれたので何となく」
鬼塚と日向がそれぞれ納得する中、唯一返答しなかった夜神にネモは微笑みかける。
「神隠しに会って、魔法が使える世界に来ちゃったゼって位の認識でいいよ」
「魔法!?」
魅力的な文字に、夜神の
日向が質問する。
「それで、ネモ……さんは勇者を呼んだ人たちと何か関係が?」
「いいや無関係、僕はたまたまここにいて、たまたま君たちが通り過ぎようとしているだけのお話
ちなみに話しておくと、君たちを呼んだのは神聖ルべリオス王国と称される国家内の、元老院という一機関に属する
ここまでのネモとの会話を経て、三者は三様の反応であった。
鬼塚は完全に打ち解けており、友達と雑談するような砕けた調子で話している。
対する日向は真逆で、丁寧な言葉の端に強い警戒が見え隠れする。
そして夜神はどちらかと言えば、ネモよりも話の内容に意識が向いているようで、早く続きを話してほしいと切に願っていた。
「う~む。だとするとおかしいぞ。ネモちゃん」
鬼塚が説明に疑問をぶつける。
「魔法陣の範囲を見る限り転移したのはクラス全員だったはずだ、なぜ俺たちだけがここにいる?」
「簡単な話だよ、オニヅカちゃん。定員オーバーしたのさ」
「定員オーバー……ですか?」
夜神が単語を繰り返し、眉を顰める。憧れていた魔法に、現代臭い言葉が出てきたことが不快だからである。
「術者たちはおそらく、こんな大人数を一度に転移させたことが無かったんだろうね~
君たちを転移させた魔法は、最大36人までしか対応していなかったんだ」
「俺たちのクラスは37人に担任1人、さっき転校生が1人入ってきたから合計39人……なるほど見えてきたぜ」
「……定員オーバーになるとどうなるのですか?」
恐る恐るの日向の質問にネモは苦笑を浮かべた。
「この魔法は人間を君たちの世界から、召喚した側の世界へと受け渡す代物なんだ。イメージするなら岸から対岸へと移る渡し舟に近い。
そんなものが定員オーバーすると、押し合いへし合いで何人か川へ落っこちてしまう。彼らは最悪、この世の狭間を永遠にさまようことだろう」
ゴクリと少女二人が生唾を飲み込む。鬼塚は何が面白いのかピュウと口笛を吹いた。
「つ、つまりですよ?」
話に置いて行かれそうになっている日向が、自分なりに話をまとめる。
「ネモさんは定員オーバーで川に落ちてしまった私たち三人を、助けてくれたということですか?」
「残念! 惜しい!」
「はぇ!?」
ネモにダメ出しをくらった日向が間抜けな声を漏らした。
「僕は事件が起こる前に対処するタイプなんだ、加えて面白いものだ~い好き。意味は分かるかい?」
訳が分からなくなった日向と夜神は鬼塚に助けを求めた。
すると鬼塚は大げさな動作を行い始める。
「『あ! あんなところにフルーツバスケットがある!』
『でもフルーツ盛りすぎて、今にも三つほど零れ落ちそうだ!』
『そうだ! 事前にフルーツを三つ抜き取って、バスケットを安定させてあげよう!』
『でも無作為に選ぶのもナンセンスだから、自分の好きなフルーツ三つにしよ!』
こういうことだろ? ネモちゃん?」
「パーフェクトだよ! オニヅカちゃん!」
鬼塚とネモのハイタッチによって、無駄に良い音が辺りに響く。
「そんでだ、ネモちゃん。俺たちは今からどうなんだ?」
「結論から言うとだ、君たちは僕の権能で召喚した側の世界に『転生』――生まれ変わってもらう」
穏やかでない言葉に真っ先に反応したのは日向であった。
「このまま葵さんたちが勇者召喚された場所へ、とはいかないのですか?」
「いけないな」
「で……では! 元の世界に戻るという選択は!?」
続けての質問、声が震えていた。
「無理だ。僕の仲間内でルールを決めていて、抵触しない範囲で出来ることがこれだけなんだ。
ゴメンな、親友と離れ離れにさせてしまって」
「……」
日向は自分を選んだ彼を怒るに怒れず、黙って見つめる。彼女の心境は複雑だった。
ネモが七瀬葵と己とを引き裂いたのは事実である。しかし、ネモの言葉を信じるのであれば、本来脱落するはずだった3人の誰かを、救ってくれたことになる。
ここでネモに対して何かしら罵倒すれば、己は他者の命を軽んじる人間に成り下がるように思えたのだ。
「日向、どうも俺たちに選択権は無いらしい。
まずは落ち着いて相手の話を聞いてみねぇか?」
「……ごめんなさいネモさん、余計な手間を掛けさせました」
「謝罪しなくていいさ、当事者からしてみれば実に当たり前の意見だ」
端正な顔を伏せた彼女を横に、鬼塚は今この状況をいち早く受け入れる。
「んじゃ、ネモちゃん。転生の説明に入ってくれや」
切り替えの早さは三人の中では一番であろう。
「オーケー。僕から伝えるポインツは四つだ。
まず最初に転生前、つまり今までの記憶は引き継がれる」
「そいつは良い、今までの人生が無駄にならずに済む」
鬼塚が快い反応をする、己の人生を知識の貯蓄に充てた彼にとっては朗報である。
「次に、生まれ変わる種族についてだが……」
「種族……確実に人にはなれないのですね」
落ち込む日向にネモが微笑む。
「安心してほしい、少なくとも知的生命体との意思疎通は出来るから」
「ずいぶん回りくどい言い方だな、魂に転生先は明かせないってパターンか?」
「ご理解ありがとう。他人の人生を決めてしまうものだから、死を司っている堅物がめちゃくちゃ法と規則でガッチガチにしたんだ。破るとそいつに半殺しにされる」
「苦労しているんだな、ネモちゃん」
「分かってくれる? ありがとう、大好き」
ネモは三人の目の前で指を一本立て、左右に揺らして見せる。
「しかしご安心あれ! 僕も勝手に選抜した手前、出血大サービスしようと思う。
何と君たちの『欲望』に沿うようにしておいた」
その発言と同時に夜神がネモに飛び掛かった。至近距離まで寄せた顔は、息遣いが荒くなっている。
「向こうの世界にはどんな種族が存在しますか!?」
普段からは想像もつかない彼女の姿に、日向はおろか鬼塚までもがあっけにとられる中、ネモはニヤリという擬音が似合う笑みを浮かべた。
「人狼に妖狐、龍人に悪魔まで! この先は君の眼で確かめて?」
「ありがとうございます! た、楽しみにしてもいいですか!?」
「いいとも!」
羅列された単語を聞いて興奮が収まらない彼女に、ネモはさわやかにサムズアップして見せた。
「夜神が待ち切れなさそうだからネモちゃん、ちゃっちゃと最後の二ポイント言っちゃってくれや」
「合点だ。三つ目は転生する瞬間に、僕から君たちに贈り物をしようと思う。
「七瀬さんから聞いたことがあります、『チート能力』……でしたか?」
日向の解釈にネモは苦笑した。受け売りの言葉とは言え、無粋な表現方法だと何とも言えない気持ちになったのだ。
「そんな大したものじゃない。
まぁ言ってしまえば、初手詰み状態回避のための、ささやかな抵抗さ。
あっちで『ステータスオープン』と唱えれば表示されるから、確認よろしく」
今度は鬼塚と日向が苦笑いを浮かべていた。何ともありきたりな世界観設定だと、呆れてしまったのだ。
「最後に、これが一番重要なんだが、君たちが転生する時間を少しずらす」
「そいつは重要だ。勇者たちが召喚されてから数万年後とかありえるか? 生まれたときには柿本たち全員死に絶えてました……みたいな展開になったりしてな」
「っ! 具体的には……教えてくれないですよね……」
鬼塚の極論に焦りを覚えた日向は質問を投げようとして……途中で断念する、先ほど聞かされた厳しいルールを思い出したのだ。
ネモはそんな彼女の頭を優しく撫でた。
「安心して、三人とも勇者召喚よりは過去にしてある。
滅茶苦茶強くなって、後から来る勇者たち異世界新人へ存分に先輩面してやればいい」
「……いいですか? ネモ………………ちゃん」
「何かな? ヒムカイさん」
撫でられたままの日向が上目遣いでネモを見つめる。視線は敵意を帯びた警戒から、純粋な疑問を含んだものへ変化していた。
「どうして私たちにここまで補助してくれるのですか?
見捨てても構わなかったはずです」
「なぁんだそんなことか、下心はない。
たださ?」
今まで朗らかであった彼の瞳に、真剣な光が宿る。
「てめぇのケツも満足に拭けない老害共が、子供を拉致して頼っちゃおうとかほざいてるんだぜ?
見ていてひたすらムカついただけだよ」
明らかに先ほどとは雰囲気が違う彼に、三人は息を飲んだ。
「さて、それでは転生を始めよう」
ネモが日向より手を離すと、三人の体の端が光となって崩壊していく。
「ネモさん」
夜神は体のすべてが消えてなくなる前に、己の本心をぶつける。
「何から何までお世話になりました。
きっといつか、私だから長い時間をかけてしまうかもしれませんけど……
全部片付いたら、私、貴方にお礼をしに行きます!」
彼女にとって憧れた種族へ生まれ変わらせてもらえる時点で、ネモは感謝する対象となっていた。
「残念だけど、僕はもうここにはいないよ。
あくまで君たちとおしゃべりするために
「探し出します! だから、待っていてください」
夜神の強い決意にネモは今までで一番の笑顔にて応える。そして手でピストルの形を作り、夜神たちに向けた。
「覚えては、おく。
だがその前に、召喚した奴らに思い知らせてやれ。
俺たちの青春は、お前らの後始末に使うほど安くないってな」
夜神が強く頷くと同時に、最後まで残っていた彼女の頭が霧散した。
■■■
『繧シ繝弱Φ繝サ繝ォ繧キ繝ォ繝輔Ν繝サ繧ョ繧ャ繝弱せ繝槭く繧「』の干渉により、
■■■
<神格者【ゼノン・ルシルフル・ギガノスマキナ】より『神の破片』が贈呈されました。>
<個体名【
<個体名【
<個体名【
「おっといけない。うっかりうっかり……」
発言に反して『ネモ』――――否、『ネモ』と名乗っていた人物は全く慌てていなかった。
「……うっかりだから仕方がない。
まったく、ついつい背中を押したくなっちゃう」
落ち着いた眼差しに、口元に笑みがこぼれている。
「さよなら、紳士淑女諸君。祝福の名の下に、良い異世界ライフを」
瞳を閉じて指を鳴らした次の瞬間、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます