第113話 エピローグ……EXTRA

 覚醒した中村との手合わせが終了したのは、日付も変わった頃であった。

 さっぱりとした顔をしている中村の肩を叩いて、自分こと影山亨は新弟子育成計画の準備を進める。


 まず最初に遠藤と中村を、自分の活動拠点である屋敷へと移した。グルンシュタット城内にて設けられた極秘会議、その場におけるクシュナー元老の言論は明らかに二人を快く思っていなかったからである。

 中村達が名を上げれば間違いなく刺客が送られるだろう。

 この森と屋敷は、二人が如何なる襲撃にも応戦できる力をつけるまで、存在を隠匿する隠れ蓑である。


 意外であったのは二人の荷物が軽量で済んだことであった。

 中村の荷物は遺品として、彼を好いている村上が管理していると柿本より連絡が入っている。

 遠藤はそもそも性格上、無駄な荷物は一つも持っていなかった。

 結果としてポーチ一つずつ下げた二人を、影移動によって送り届けるだけで引っ越しが完了してしまったのだ。


 そして現在は丑三つ時、自分は縁側でクラマと肩を並べて胡坐をかいていた。

 中村達には明日から始まる激務に備えて、睡眠をとるように指示しており、奥から二人分の寝息が聞こえる。彼女はそれをカラカラと笑った。

「あの安定した呼吸、緊張のきの字もしていない。

心の底から安心して自らの今後を託せるなんて、いい師匠に巡り合えたねぇ彼らも。

ねぇ? クロード」

「良い師匠かどうかは分からない、人にうまく教えることも才能の一つだ。

一歩間違えれば、私は口先と暴力しか取り柄のない無能になるかもしれない。

彼らの未来を預かっている以上、より慎重にならなくては」

 烏族テングはその言い分を天を仰ぎながら鼻で笑った。


「無能だったらそれはそれでいいさ。

長所は模倣、短所は反面教師、教え子ってものはそうやって師の背中を追っていくものだろう?

別にあんたの教えからしか経験を吸収できないわけじゃあない」

「なるほど、少し傲慢な言い方だったかもしれない。忘れてほしい」

「ど~しよっかな。酒の席で中村達にぽろっと漏らすかも」

「だいぶ先の話だ、忘れさせるように努力しよう」

 冗談半分懇願半分の言葉に、クラマはこちらの脇を軽くつついた。

「んじゃ忘れさせられちゃう前に一つ伝えておこうか」

 声の質が変わったことを疑問に思うと、クラマは自分の耳に顔を近づけて口に手を当てた。

「クラマ?」

「クロード、ナカムラ達は本当に寝ているかい?」

「気配ではっきり確認している。

……中村達の前では話せないことか?」

 クラマへ向き直ると間近の距離で、彼女はこちらの顔を見据えたまま頷く。


「あたしはそうだと判断した」

「内容は?」


 山伏は懐より一つの巻物を取り出して、膝の上で広げる。

 そこにはやや風化した紙の上に、黒いインクで幾何学的な模様が描かれていた。

「これがナカムラに掛かっていた制御術式の構図」

「ここまで精密に……」

 感心していると顔を赤くしたクラマが手を振る。

「なあに、術式自体は基本をなぞらえていたからね。重要な箇所さえ覚えていればちょちょい復元可能さ。

それよりここを見て」

 細い指の先に視線を向けたとき、一つの文字にたどり着く。

「……製作者、中村良太郎なかむらりょうたろう……なるほど」

 制御術式には術者名を刻む欄こそあれど刻むものは少ない、それは術式本来の役目が犯罪者の拘束であることに深く起因する。

 刑期を終えた被術者が拘束した術者に対しての復讐を行うため、手がかりとして利用される可能性があるのだ。

 しかしこの術式には名前があり、しかも被術者である中村賢人と同じ苗字。穏やかではない何かを嗅ぎ取るには十分である。

 少なくとも、今現在目標に向かって一直線に突き進んでいる中村に見せるべきでないことは確かだ。


 クラマは巻物を丸めてこちらの胸に押し付ける。

「この情報はあんたがナカムラに言ってくれ。

あたしはこの一件に限って鳥頭になる」

 クラマは言い終わるや否や、くるりと一回転宙返りを披露し中庭に着地する。顔の前で両手を叩き、こちらに開いて見せた。


「はい、も~知りませんし、分かりませんと。

それじゃまた明日、あんたと過ごした一日は悪くなかったよ」

「それはどうも」

 挨拶を交わし家へ入ろうとした自分の五体は、クラマの次の言葉で硬直した。


「そういえばさクロード、この屋敷この森林一帯ってなんていう名前?」

「……名前は付けていない」

 返答に彼女の眉が少々寄った。

「ついでに屋敷の名前を決めたらどうだい? あの二人に突っ込まれる未来が見えるよん」

「それは……確かに」

 なるほど、今自分の脳内の遠藤が『指示をより円滑にするため決めるべきだ』と正論を指摘した。

「しかし、私の名づけの感性が……」

 クロードという名前に刀の銘、自身の残念なネーミングセンスは嫌というほど理解している。この上さらに恥を上塗れというのか。

「ほほ~ん」

 何かを察したのかクラマの口が邪悪に歪む。どのようなからかいを発明したのか、間を置いてわざとらしく語りだした。

「つけなくてもいいけどさ、門出の場所に名前なかったら中村達が寂しがるだろうなぁ~~」

「……」


「後ほど中村達に聞くからさ、すんばらしい名前期待しているよ~~」

 風が一つ吹いた次の瞬間には山伏少女の姿は跡形も無くなっていた。

「まったく」

 右手で頭を乱暴に掻く、何か重大な問題に直面した際の自分の癖であった。

 

 自分に史上最大の難問を与えるのは、戦神ビルガメスでもうっかり製造機バットでもなく、

 この世界で初めての友達なのかもしれない。















影の使い手




双竜編 終了

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