第107話 光線
ギルドの真下に存在する広大な空間と巨大なリング、正式名称『地下多目的会場』。
冒険者からは『闘技場』『試験場』『練習場』と勝手に呼称されるほど、生活の一部に溶け込んだ場所でもある。
そんな一施設を、今晩限り借し切った。
「かなり無理を言ったが大丈夫だったか? ギルマス」
リングの端で自分は、ギルドマスターであるバットに不安を含めながら問うた。
対照的に彼は厚い胸板に己が拳を叩きつけて、何と言うこともないと豪語する。
「もともとこんな祭の日に馬鹿真面目に鍛錬する奴なんざ極少数。
ちょいと利用可能時間をいじればこんなもんだ」
「助かった」
「礼は受け取れねぇよ、やらかしたことに比べれば微力なものさ。
……それとは別でちょいと頼みが」
眉尻を下げ、救援を求めた。
原因は彼全体一目見れば突き止めることが出来る。ビルガメスに劣らぬ筋骨隆々たる二の腕に身を隠し、不安な表情を浮かべてこちらをうかがう受付嬢の存在であった。
視線を映すと彼女は身だしなみを整え、恐る恐る口を動かした。
「……クロード様。この度は私の浅慮によって、多大なるご迷惑をおかけしたこと誠に申し訳ございませんでした。
つきましては……」
心を殺しているのか、声に感情らしきものは見当たらない。あらかじめ用意してある文章を、淀みなく報告しているように感じられた。
焦点をバットへ戻すと、彼は無言のまま親指で自らのことを指す。
これまで手に入れた情報と彼女の心情から、この豪傑の魂胆を見抜いた自分は仮面の内側で苦笑する。
顎に手を当て、すぐさま脳内で文章をしたためた。
彼女の話が終わる頃を見計い、ギルドマスターに尋ねる。
「……ギルマス、私は彼女から謝罪を受け取る心当たりがない」
「そんなことは……」
「奇遇だなクロード、俺もだ」
カレラさんの言葉を遮って、野太い声が同意を示した。
「しかし……フィンケル様との一件は、間違いなく原因の一端が私にあるはず」
「あれは俺の不注意が生んだものだからな。こいつはただ己の役割を全うしていただけ、どこにも責めるべき落ち度はない」
岩石のように角張った手が彼女の頭に当てられた。
「つまりギルマス、全部お前が悪い」
きっぱりと糾弾した。
「そうだなクロード、全部俺が悪い」
はっきりと罪を認めた。
「だからなカレラ、関係のないお前が縮こまる理由がないだろう?」
「……」
男二人のやりとりを聞いた少女は瞼を伏せた、胸中では自問自答が渦巻いていることだろう。
まだ中村との約束の刻限までには少々の時間がある。これ以上の言葉は蛇足だと察し、彼女の返答を待つことにした。
やがて、心の中で決着がついたようで、先ほどとは打って変わってこちらをしっかりと見据えた。
「私自身で納得のいく答えを出すことが出来ませんでした。なので、社会人らしく仕事で返したいと思います。
……ありがとうございました」
「謝礼される心当たりもありませんが?」
「そうですね。私、おかしなこと言ってますね?」
口に手を当てて笑うその姿は、いつもの颯爽と仕事をこなす受付嬢カレラであった。
「まぁ、そんなわけだから償いと言っては何だが、出来る範囲で支援はするぜ」
珍しく受け身であるこの男の言葉に、日頃こき使われた鬱憤がふつふつと腹の内より湧いて出る。
「分かった。なら容赦なく頼もうか」
「……手加減はしてくれよな?」
やや気迫を込めた冗談に、勘弁してくれとばかりに彼は両手を軽く挙げ降参の姿勢を見せた。
「クロード~」
相棒の声に首を動かすと、会場の入り口から中村と共に歩く姿が見受けられる。
これで招集を掛けた人物は全員揃った。
「では、また後で」
「んじゃまぁ、ここで見物させて貰おうか」
バットに背を向けて手を振り、『ご自由に』と判断を彼に委ねた。
この場を借りた目的はただ一つ、二人の力をこの目で確かめておく為である。
◆◆◆
「
落ち着いた声は、左手を前に伸ばした遠藤のものであった。
「
口にした言葉の意味は力を身に着けた彼のみぞ知る。横で観察している自分、クロードは目の前の現象から仕組みの理解に努めた。
すると、彼の手の平――厳密には指を曲げる程度に軽く握った手の空間内に光線が刻まれ始める。
「……筒?」
輝いた軌跡が力の原型を描いていく、そのあまりに奇妙な形にクラマの声が隣で漏れた。
線画が終了した途端、ぬりえを鉛筆で済ませるように型に沿って黒一色に塗りつぶされていく。
完成まで時間にして約十秒弱といったところか、注目されている本人は手首を回して作製した品物を様々な角度から確認していた。
「それが君の
彼の手には一丁の拳銃が握られていた。
戦いのために洗練された文明の利器――大きな力となりえるだろう。
「その通りです」
返答に背中のあたりがむず痒くなる。
「……遠藤、別に敬語は使わなくともいい」
「いえ、使うべきです。
俺はあなたに師事し、教えを乞う身です。であれば、言葉遣いから関係を明確化し立場を決定することによって、指示の円滑化及び育成の効率化に繋がると考えています」
横目で見ると中村が納得したように何度も頷いていた。
「なるほど……しかし、同年齢に対して使うことに抵抗は感じないのか?」
「感じません」
即答である、間に一秒すら挟むことはなかった。
「命を助けられ、これから日頃世話になるという大恩ある人物に対して、私情を挟んで一定の敬意を払えないというのは人としていかがなものでしょうか?」
「……そうか、確かに」
彼の言葉が罪悪感として胸に突き刺さった。
日頃から依頼などで世話になり、役職が上であるギルドマスターに対して、一定の敬意を払った態度をとり、立場に準じた言葉遣いが出来ているかどうか怪しい自分への警告と受け取れたからである。
社会の中で働いている一員として、今いちど人との接し方を見直す必要を感じた。
「次に移りましょう、師匠」
猛省と同時に、頭を切り替える。最優先事項を見失ってはいけない。
「一番の問題点は銃の取り扱いについてというところか?
さて、どうしたものか……私は撃った経験がない」
「問題ありません」
頭を抱える自分を横に、何を思ったのか彼は拳銃を構えた。
左腕は射撃方向に伸ばされ、右手は左手に
半身に構え狙いを定めた直後、砲口が炎と爆音を吐いた。
亜音速の銃弾が壁に衝突する、土煙とともに削れた破片が床に落ちた。
「おぉ~、早い早い」
横ではしゃぐ声は無視する。そして何故、慣れた動作で銃を使いこなすことが出来るのか、という単純な疑問が浮かんだ。
「経験はあります、問題ありません」
思考を遮るように言葉が挟まれる。『説明は時間の無駄です、次に進みましょう』と言いたげな眼光がこちらを叩いた。
「ステータスは先ほど開示しました、他に見せるものはありますか?」
「取得できるスキルの大まかな系統を教えてほしい」
彼の意思をくみ取って話題を次へと進める。
人の過去を探らぬことが時には良いのだと、つい先ほど教訓として得たのだ
「主に三つの種類に分かれます。
一つは【
一つは銃器性能の強化系統。
一つは扱う俺自身の強化系統です」
「……なるほど」
「……何か不審な点でも?」
こちらが一瞬言葉に詰まった様子を鋭敏に感じ取った遠藤が追及した。
「いや失礼、ここまで恐ろしいほどに馴染んでいるから。あらかじめ
「ある意味ではそうかもしれないよん?」
答えは意外な方向から飛んできた。
リング上の男三人――六つの瞳に映されたクラマは、自慢げに人差し指を立てた。
「
お願いをその人に合った形で叶えている、と言えるかもしれない」
確かに思い返してみれば隠密性に長けた【影魔法】を取得するきっかけを作ったのは、自分の願望である『目立ちたくない』であるし、『賢者』七瀬葵の【
「なるほど」
説明に合点がいったのか、遠藤は銃を今度は片手で構える。
「『早く』『確実に』『正確に』『効率的に』目標を始末する。
確かにこのスキルは俺の願望と個人的思考がかみ合っているものです」
「遠藤らしい内容だと思う」
「……以上が俺のスキルの説明になります」
必要最小限に抑えるはずが、余分に話してしまったことを悔いている為か、彼は苦い顔で話を終わらせる。
「おおよそ分かった。それでは中村、待たせた」
「は、はい! お願いします!」
自らに大きな変化が起きることを予想してか、声に大きな期待と不安が見え隠れする。
「とりあえず、君の体に起きている状況から説明しよう。
時に中村、
さて、この
「……50に自然回復した分が足されていると思います」
頷き、彼に正解であると伝える。
「しかし、この
「それなら王城の講義で習いました。たしか、体熱と同じように無意識に体の外に逃げていくんですよね?」
「その通り、そしてここからが本題だ。
中村の体には逃げていくはずの
「……それが……僕の……悩んでいた原因」
中村は感慨深げに自分の体を見下ろしてさすった。どこにも違和感がなく、何も変わっていない。確認し終えてから自分に向き直る。
「何をすればいいでしょうか? 師匠」
先ほどの遠藤の話に影響を受けてか、彼まで師匠呼びを始める。
「この問題を解決するためにだ。まず……」
「まず……?」
緊張の極みに達している彼に一言頼む。
「中村、上を脱いでほし……い」
言葉が言い終わらぬうちに上半身裸になった。
目にもとまらぬ早業である。こちらの言葉に一切の躊躇もない、悩みが大きい分こちらに期待してくれている証拠であった。
懐から一枚の呪符を取り出す。そして、複雑な文字と記号が重なる表面を彼へ見せた。
「呪符のインクは、魔石を砕いて作った物なんだ。
これは魔術の分野の一つ、『術式』と呼ばれる…………そして」
彼の背中へ貼り付けると、すぐさま肌に変化が露出した。
「うわわ!?」
中村が素っ頓狂な声を出すのも無理ない。胸と背中をほぼすべて覆うように、光の回路が浮かび上がってきたのだ。
「今貼った呪符には貯蓄していた
当然君は
その逃げた
始めは術式に驚いた様子であったが。仕組みを一通り説明し終えると焦りが消え、落ち着きを取り戻す。
「そして、これが君を悩ませた元凶の術式、世間一般では『制御術式』と呼ばれる代物だ。
本来は犯罪を犯したスキル保持者を拘束するためのもの……
「犯罪者……ですか、なんだか嫌ですね」
気持ちの良いものではない。無実である者に、今の今まで手錠を両の手に掛けていたのと同義であるのだから。
そのような感覚に、これ以上は浸らせたくはない。
「ではさっさと術式の解除をしよう。クラマ、任せた」
右手を挙げて、拳を広げる。
「あいよクロード、任された」
思い切りこちらの手の平をはたいた。気持ち良いほどの音が辺りに響く。
「ちょっとこそばゆいよ~我慢してね」
山伏は少年の後ろに回ると、錫杖で彼の肌をなぞる。すると、光の線が錫杖に食われたかのように消失していた。
「うわ!?」
次の瞬間、回路全体が崩壊し光の粒へと粉砕される。
最期の一粒が空間へ溶けて無くなった後、中村は改めて自身の体をまじまじと見つめた。
悩みの大きさに比べればあっけない最後であったかもしれない。
「何か変化は感じるか?」
自分の問いかけに、彼は手を握り開き、腕を回して、首を傾げた。
「特に……」
<『神の破片』による個体名【
■■■
制御術式によって保留となっていた処置を再試行します。
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<
摂取した
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<
<
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【Race】
【Race】
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■■■
<
<
■■■
「うぐぅ!?」
■■■
※警告
<
沈静化を施行します。
■■■
「ぐががががががががああああああああああ!!」
突然中村が自身の胸を掴み、何かを抑え込むようにうずくまる。
同時に彼から発せられる激しい熱風が、この場にいる全員の頬を強く叩いた。
「クラマ、遠藤を頼む」
「あいよ」
リングの端を見ると異常に気付いたのか、ギルドマスターが受付嬢をかばうように立っている。
何も気負うことはないと、中村の前に立つ。
彼の進化は劇的であった。
堅い外皮は剣を弾き、見違えるほどに蓄えられた筋肉は超常的な動きを可能にする。
背中より生えた両翼を使えば空中を自由自在に飛び回ることだろう。
外見は違えど、機能を考えれば彼の理想像に酷似していた。
なるほど、確かに
かりそめの姿でも、『ヒーロー』となっているのだから。
■■■
【Name】
【Race】
【Sex】 男
【Lv】82
【Hp】 910
【Mp】 1365
【Sp】 1250
【ATK】 1092
【DEF】 819
【AGI】 910
【MATK】 1092
【MDEF】 819
■■【
【
■■【スキル】■■
<
【
【
<
【高速詠唱】Lv,8
【鑑定】Lv,5
【看破】Lv,5
■■【称号】■■
【異世界人】【覚醒者】
■■■
【Name】
【Race】
【Sex】 男
【Lv】30
【Hp】 ????
【Mp】 ????
【Sp】 ????
【ATK】 ????
【DEF】 ????
【AGI】 ????
【MATK】 ????
【MDEF】 ????
■■【
【
■■【スキル】■■
<
【
■■【称号】■■
【異世界人】【覚醒者】
■■■
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