第108話 『神格者について』

『神格者について』


 神格者とは、個の最終到達地点である。

 怪力乱神を思うままに操り、世界の畏怖を集める者達の総称である。

 

◇歴史

 彼らは誕生する存在であり、長い時を経て強者の中より度々産み落とされる。

 最古の神格者は2500年前にて文献にしるされた序列第二位であり、一番新しいのもは10年前にカク帝国で生まれた序列第五位であろう。

 なお世間一般では、2000年間に起きたとされる『神代戦争』にて八面六臂の活躍を見せた第一位から四位までを『神代四柱』、その後に生まれた第五位から八位までを『新世代四柱』と呼称している。


◇実力

 言うまでもない。論ずる事そのものが馬鹿馬鹿しい故に『理論外』とまで表された。

 神格者同士の実力差はほぼ序列通りであるが、序列一位がその能力の性質上通常の状況下においては発揮することが出来ないため、序列二位が現在最強と考えられている。


◇序列

 神格者最大の特徴として、特異ユニークスキルよりも位階が上である神名ゴッズスキルを保持していることが挙げられる。

 神名ゴッズとあるが、彼らのスキルに神の名がつづられているわけではない。

 何故なら神名ゴッズスキルとは、言ってしまえば『神の在り方』を形作る原型を『力』として昇華したものだからである。


 神話を超えて特徴がよく似た神々というものが良く現れる。

 オーディンとポセイドン、ラーと天照大御神アマテラスオオミカミ、ハデスと月読尊ツクヨミノミコトと言った辺りが分かりやすいであろうか?

 種類に関係なく神話を一つ知っている者が、偉大な力の特徴を耳にした際、頭に一つの『神の名』を思い浮かべる。

 故に『神名ゴッズ』スキルと命名されているのだ。

 

 私は次に神格者を序列順に表す。

 しかし、私は彼らの名を記すにはあまりに未熟である。故に、彼らの『神の在り方』を載せてこの項目を締めさせて貰う。

 

 第一位 それ即ち全能である、玉座に君臨し世界を見通す存在。

 第二位 それ即ち傲慢である、好戦的で力強く天地を震わす存在。

 第三位 それ即ち虚無である、頂点の一角でありながら謎と不明に包まれる存在。

 第四位 それ即ち災厄である、激怒と病魔を持って生物に試練を課す存在。

 第五位 それ即ち太陽である、世界を照らし全てに恵みを与える存在。

 第六位 それ即ち厳寒である、氷河の上で孤高に立たずみ冷酷と団結を試す存在。

 第七位 それ即ち極大である、星を股に海と陸の型を定める存在。

 第八位 それ即ち叡智である、生物に文明の光と暴力を説く存在。


◆◆◆


 言峰を筆頭として転移したこの世界――惑星には主な大陸が六つに分かれている。

 世界をまとめる中央政府が居座る大陸を中心として、東西南北に一つずつ。そして、南大陸よりさらに南、地球における南極大陸の位置に一つ。この内、神聖ルベリオス王国が牛耳るのは東の大陸である。


 ここ四半世紀にて飛躍的に強大となった『赫帝国』は、ついに10年前西大陸の覇者としてこの世に君臨した。ルベリオス国内では、国より東方に位置することから『東の帝国』という呼称にて、無視できぬ強国として動向を警戒されている。

 支配領域は大陸全体の約六割に及び、無数の大河、鉱山、森林などの膨大な資源の所有権を獲得し、繁栄を極めていた。

 この内の一つに、帝国領内であるにも関わらず、帝国不可侵が約束された奇妙な森林が存在する。

 他の森林との相違点は、ドーナッツ状にぽっかり空いた中央を、草原が埋め尽くしている事であろうか。


 舞台は草原の中心にぽつりと建った一軒のロッジである。

 時刻は午後の昼下がり、丁度大地の裏側で影山が暴走した中村と相対していた時。

 一人の少女が、テラスに設置されたウッドチェアーに腰を掛けていた。

 輝きを帯びた鉄色の髪には、無数の針金と球体によって織られた冠が鎮座している。

 陽射ひざしの中は慣れているという様相であるのに、生涯にて紫外線とは無縁でありそうな陶磁器のように白い肌は、身につけているころもと良い勝負であった。ある意味矛盾を孕んだそれは、この世のことわりに縛られぬ存在であるのだと教えてくれる。


 マリアブルーの瞳が捉えるのは、一冊の書き物。

 表紙に『オーベイルの記録書・NO.128』と刻まれ、開かれたページも活版印刷ではなく手書き文字で埋め尽くされていた。書籍と言うよりも、他人のノートと表現した方が的を射ているかもしれない。

 右手でノートを広げ、左手で紙をめくる。時々忘れていたかのように、丸テーブルに置いていた紅茶のティーカップに手を伸ばし、芳醇な香りに頬を緩める。

 外見はどうであれ、心まで無色というわけではなさそうである。


 不意にテラスと屋内を隔てる扉が乱暴に開いた。

 ドアノブに手を掛けているのは耳長族エルフの若者である。オールバックに固めた髪を後ろで一つに束ね、控えめな装飾がなされた丸眼鏡は彼を一見した者に研究者という印象を植え付ける。

 肩で息をしていることから、彼の心に余裕が欠け失せていることが読み取れた。

 深呼吸を繰り返し息を整えるその様は、自らを落ち着けていると共に、これから先の覚悟を決めているようでもあった。

「いつ頃お戻りに? 言ってくだされば師の脚として、即刻お迎えに上がりますのに」

「転移術式でかしら? 今回は止めておこうと思って、労力の省略は心と体に贅肉を生むもの」

 カップの中身がなくなったことを視認した彼女は、ノートを支えていない方の手で指を鳴らした。すると、一葉の栞が人差し指と中指に挟まって出現する。

 読みかけの部分へと挟みテーブルへ置いた後、ティーポットを両手で傾けおかわりを注いだ。


「こら」

 蓋を押さえていた手を解放し、おもむろにノートへ伸びていた男の指を優しく叩く。

 互いを師と弟子とは認めてはいるものの、その関係が厳格ではないことを暗に示していた。


「……如何ほどまで、ご高覧いただきましたか?」

「『神格者について』の箇所まで、ご精読させていただいたわ?」

  回収を諦めてやや卑屈にへりくだって尋ねた耳長族エルフは、一筋の希望が潰えたことを知って天を仰いだ。


 その様をも楽しむように、解答者は微笑みながらカップを手に取り、よよよとわざとらしく悲しんでみせた。

「オーベイル。いえ、こちらではオーベロンが正しい発音だったわね。ともかくこんなに面白そうな事を書くのに混ぜてくれないなんてさみしいわ。

所詮、序列最下位なんてたかがしれたものという事かしら?」

「どうか、どうかお許しください。ダオロス様」

 弁解の余地すら許していないように平身低頭する。十人中十人がからかい交じりだと察せるように言葉を選んだつもりであった。しかし、目の前の彼は幻の十一人目らしい。


「冗談よ。

もう少しウィットに富んだ切り返しを期待していたのだけれど。

豊かな発想と頭の回転力は、研究者にとって必要不可欠でしょう?」

わたしくは一介の道楽者です。

心の赴くままに知識をしたためて、ひとり悦に浸っているだけなのです」

 まるで『徒然草』序段の文のような言い訳に彼女は苦笑いを浮かべる。


「なら一層かまわないでしょう? オーベロン、私はあなたの趣味についてもっと知りたいわ」

「それだけはどうか! 若さの勢いで綴ったあの拙い文章、出来ることなら今すぐに燃やしてしまいたいのです!」

 彼のあずかり知らぬことであるが、オーベロンが旅の途中で残したノート――『オーベイルの記録書』はダオロスの手によって多くの国で当時を知るための重要参考文献となっている。

 情報の届かぬ深い森の奥で暮らしている彼が、自慰目的でしたためた文章を、世界中の学者たちが真剣に読み解いていると知ればどのような反応をするのだろうか。


「……そうです!

それはそうと、カク帝国顧問の任お疲れ様です。

最高司祭殿――第五位とはいかがでしたでしょうか?」


 逸らしたな? と彼に眼差しを送った後、瞳を閉じて先日まで積もる話を存分に語った友人を瞼の裏に映す。

「そうね、シズハは優秀だわ。もうすっかり自分の信念で大国の手綱を捌いている」

「あなた様のご指導の賜物です。弟子としてお仕え出来ることを光栄に思います」

 胸に手を置き頭を下げる。

 下心も裏もない、彼が日ごろから心に置いているものを行動に表した、純粋な感謝の行為であった。

「謙遜しないでオーベロン。

貴方も大陸屈指の大魔導士じゃない」

「はい、成長できた喜び深く噛みしめております」

 誉め言葉に彼の気が一瞬緩んだことを少女は見逃さなかった。


「それならその叡智を後世の魔術師に残すために教科書を作成しましょう、ちょうどこんなにも素晴らしい素材があることですし」

「それは……その……少し……遠慮しようかと」

 話の軌道がまた自分に芳しくないものへ戻ったと察した、背筋に冷たいものが伝う感触を味わう。

「ダメです。

一緒に書きましょう、今決めました」

「そんなご無体な!?」

 若者が発した嘆きは、紅茶の波面へと吸い込まれ消えていったという。








 ふらりと訪れた旅人に淡い恋を抱き、東の大陸の戦乱より避難した彼に安寧の地を与える名目で、今日まで200年。人族ヒューマンにおける熟年夫婦の、数倍の年月を共に過ごしたというのにこの接しようである。

 一挙一動で彼をからかうのは、長年のもどかしい想いを根幹とする、仕返しであるのかもしれない。

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