第104話 伏龍

「その様子なら自己紹介は飛ばして構わないな?」

 死んだはずのクラスメイトは傍の椅子に腰をかけ、目線を合わせて僕たちに確認する。

 混乱の極みに達していた僕に否定する余裕なんてない、彼の言葉に合わせて赤べこのように首を必死に上下に動かした。


「……い、生きてたんですね」

「一生分の運を使い果たして何とか。今は一冒険者として慎ましく暮らしているよ」

 肩をすくめた影山君の背後で山伏姿の少女が、意味ありげな表情を浮かべながら鼻で笑った……ように見えた。


「俺たちを助けたのは……お前だな?」

 たじたじになっている僕の横を、そんなものは構わないとばかりに問いが飛んでいった。

 質問の内容に僕は、心の中で絶対にそうだと確信しながらも、目の前で行われる答え合わせを待ち望んだ。

「……実のところ、よく分からない」

「え……」

「なんだよ、その曖昧な返事」

 遠藤君の言葉には戸惑いが積まれていた。

 僕たち二人を絶望の淵から救う行動をしたのならYES、違うならNOと二択で答えれば済む話なのだ。

 『分からない』という想定外の言葉が、彼の思考回路に受け入れきれなかったみたいだ。そして、それは僕も同じだった。

 頭にクエスチョンマークが似合う表情で影山君を見上げると、彼は顎に手を当てて答えに対する解説を始めた。

「納得いかない点がいくつもある。

恐らくだが君たちは私も想像不可能ないくつもの幸運が重なって、今息をしているようだ。

だから、私達二人のおかげで君たちを救えた……とは言い難い状況だな」

「しかし、影山達がダンジョンからここまで運んだあたりは真実だろ?」

「一応。それだけは、な」

 遠藤君が『助けた』内容を小分けにして、確実な部分を作っていく。

 確証を得られると彼は布団の上で胡座あぐらを正座に変えて、開いた両手を膝の前についた。

「礼を言わせてもらう、ありがとう」

「あ、ありがとうございます」

「これはご丁寧に」

 動作の意味を理解した僕は、慌てて彼を模倣して頭を下げる。目の前に座っているのは、間違いなく僕の命の恩人なのだから。


「それで影山、そろそろ本題を話してほしい」

「本題?」

 視線を隣のベットを占有している彼に向けると、すでに思考を切り替えた様子だった。姿勢も胡座に戻っている。

 遠藤君は僕が言葉の意味を理解していないと悟ると、丁寧に説明してくれた。

「中村、今俺にとって一番重要なのは、この場で影山が俺たちに正体を打ち明けた真意だ」

「真意……」

「俺たちは不本意ではあるが今は言峰一派の人間だ。

この後、城に帰って『実はあいつ生きていました』と報告すればどうなる?」

「あ……」

 ピンときた僕の顔を確認してから、彼は話を再開させる。

「『悪人は滅びました、めでたしめでたし』と片付けていた奴らからしてみれば放っておけない案件だ。

確実に影山に無視できない敵が一つ増える」

「た、確かに」

 悪役が実は生き延びていた、なんて展開はゲームや漫画で飽きるほど見てきた。そして大半は主人公たちが完全に息の根を止める結果で幕を閉じる。

「その危険リスクを冒してまで行動踏み切ったということは、ただのボランティアで動いていないことは確実なはずだ」

 結論を導きながら遠藤君はもう一度影山君に向き直る。先ほどのような曖昧な返答は認めないと言いたげに、瞳にはギラギラとした光をたたえていた。

「その通り、流石クラスの切れ者というべきか」

 影山君はその気迫をすべて受け止めるように大きく頷いて見せる。


「簡潔に言ってしまえば君たちを勧誘しに来た」

「勧誘……ですか?」

 言葉を咀嚼して、込められた意味に戸惑った。

 言峰君や七瀬さんのように善意によるものならまだしも、スキルを何一つとることが出来なかった僕に、そんなお誘いが舞い込むなんて思いもしなかったからだ。


 誘ってくれた本人は視線を、戸惑っている僕たちから窓の外へと移す。

 つられて首を向けてみると、屋根の輪郭線の奥にひときわ大きなお城がそびえている。

 王城――立場を考えるなら僕たちが今すぐにでも帰るべき場所だった。

「あそこに戻りたいか?」

「それは……」

 胸に当てた手を握りしめる、服の布が指に巻き込まれてくしゃくしゃになった。

 みんなが力を身につけ使いこなす中、何も出来ない空しさ。そんな無為な時間しか流れなかった。

 クラスメイトからは哀れみの視線を向けられ、対峙する王城の人たちの表情は期待から失望へと変わっていく。

 針のむしろの上に座りながら、頭を低くして過ごす。

 今から戻ったとして、前と何が変わるのだろう?

「戻る意味がありません、多分あそこに僕の居場所はもう……

でも……」

 身の回りの世話をメイドに任せてしまっていたこの心身では、王城を出て厳しい社会を一人で生きてはいけないと直感していた。


「……俺もあそこへ戻る気はさらさらない」

 遠藤君の拳が強く握られる、心なしか怒りと悔しさが言葉の奥から伝わってくる。

「……現在、厄介な連中と敵対している。

あの場所で寝そべっていたのも、奴らの子飼いのメイドに襲われたからだ。

戻ったところで命を狙われ続けるだけ、だったらこのまま遠征中に行方不明とした方がいい」

 表情にはあまり出さないけれど、話している背中は少し寂しそうだった。

 たとえ必要とされなくとも帰れる場所がある分、僕の方がいくらか幸せなのかもしれない。


「……二人の状況は重々承知した」

 何も言わずに聞いていた影山君がもう一度頷く。

 失望させてしまっただろう、恐らく今はどのようにして持ちかけた話を捨てるかどうか計算しているはずだ。

「しかしだ、だからこそ今回の話を持ちかけたんだ」

「え!?」

「二人とも、冒険者としてここで働かないか?」

 驚きを隠せなかった、影山君は捨てるどころか重ねて進めてきたのだ。


「現在冒険者ギルドの戦力が不足しているんだ。ダンジョン遠征の目的は聞いているだろう? ここで冒険者として活動すれば王城の勇者たちよりも遙かに早くLvレベルと経験を蓄積することが可能だ。

そして中村たちが高ランクの依頼を達成できるまでに成長すれば、こちらが色々と楽になる」

「……俺たちの指導役、つまり師匠は誰になる」

「消去法でおそらく私になるだろう」

 影山君は同じ学生であったのに冒険者として生活していて、僕たちをあの地獄から見事に救出した。

 実績と実力は間違いなく、僕たちにとって最高の先生をしてくれるはずだ。

「逆に首を絞めているとは考えないか? いつもの激務に俺たちのおもり・・・が追加されるんだぞ?」

「君たちが成長した後に生まれる余裕と比べれば、大した問題ではない」


 あまりによどみなく答えられて、質問しているはずのこちら側が試されているような気さえしてきた。

「……その――お前の言う力を身につけるのに必要な期間はどれほどだ?」

 遠藤君の姿勢が恐らく無意識に少しずつ前屈みになっている、彼の話に興味がわいてきたらしい。

「遠慮なしのスパルタ合宿をすれば二週間ほどと言ったところか」

 あまりの短さに質問した遠藤君も、それを聞いていた僕も言葉を失う。

「本当に前述した目的だけか? ここまで至れり尽くせりだと気味が悪い」

 同感だった、あまりに釣り合いがとれていない。

「そうだな……付け加えるならば隠れ蓑になって貰いたい」

「隠れ蓑?」

「そう、君たちが表で活躍してくれればくれるほど私が裏でコソコソしやすくなる……」

「裏でコソコソ……なるほどそういうことか」


「遠藤?」

 ここで初めて影山君の保っていた平静が揺れた。

「影山……今からちょうど一年前のお前と言峰の決闘騒ぎ、俺はあれがただの事件でないと考えている」

「その根拠は?」

「恐らく俺に刺客を差し向けた奴らと同じ連中――おおかた元老院だろうが。

そいつらが裏で糸を引いて作り出した茶番で、お前はその犠牲者になったのではないかと。

ただこの持論で一つだけ引っかかる部分がある」

 遠藤君は深呼吸を一つ行う、こころなしか後ろの山伏姿の少女も影山君の答えを待っているようだった。

「影山、何故冤罪を掛けられてお前は強く反論しなかった? そうすればあんな無様な結末を迎えずにすんだはずだ」


 質問側と回答側、二人とも目つきがいいとはあまり言えない。互いの鋭い眼光がぶつかって、散っている火花さえ見えるようだった。

「あえて言うならば……波風立てずに黙って死んだふりをした方が都合が良かった」

 張り詰めようとしていた糸を切ったのは――影山君だった。

「……それがお前の性格と信念の果てに出した答えだったんだな?」

「その通りだ」


 遠藤君は目を瞑って、どこか満足そうに腕を組んだ。

「それだけ聞きたかった。

俺は力をつけた後、あの事件の真相と連中への落とし前をつけさせる。それで構わないか?」

「勿論。それでは、よろしく遠藤」

「こちらこそ、影山」

 僕の目の前で二人は固く握手を交わす。もしかしたら僕はクラスの中の大きな出来事の立ち会っているのかもしれない。


 三人の視線が僕へと向いた。

「中村、君はどうする?」

「僕は……」

 途中で言葉が切れる、最後まで口にすることが今更恐ろしくなった。

 影山君は僕の事情を知っているのだろうか? どれほど特訓をしてもこの身体は強くならないというのに。

 すると彼は、言葉の大槌で僕の陰鬱な頭の中を粉々に砕いてくれた。

「中村、君のステータスの謎についてはあらかた見当がついている。

ついでだ、そのスキルを使うことの出来ない身体の問題は後で取り払おう」

「っ!」

 思わず驚嘆の声が漏れてしまう。

 今まで僕を苦しめてくた大元、クラスのみんなが協力してくれても無理だった問題をこの人は解決できると言うのだ。

「どうして……そこまでしてくれるんですか?」

 僕の質問に影山君は頭を掻いた。

「久しぶりに親友から頼み事をされたんだ。

中村、君の才能を開花させる手伝いをしてほしいと」

 影山君の親友で僕を心の底から心配してくれた人。心の中にあの屈託のない笑顔が浮かんだ。

「柿本君……ですか」

 本当にあの人には足を向けて寝られないほど助けて貰った。

 訓練もペアになって貰った、中曽根君からの暴力も回避できるように取り計らってくれたこともある。


「……少し考えさせてください」

「?」

 だからこそ僕はこの差し出された手を、すぐには取れなかった


「僕は自分が何のために強くなるのか、はっきりした目的を見つけていませんでした。

王城で言峰君にレベルアップに付き合ってもらった時もそうです。みんなにされるがままに流していました。

……そしてその結果があの無様な姿です」

 言峰君みたいにみんなを守りたいからじゃない、

 七瀬さんみたいにみんなを引っ張りたいからじゃない、

 遠藤君みたいに課題に挑むためでもない。

 目的を見失ってただただ自分を弱いと嘆いている、それが今の僕だった。


「だからこそ、心に誓いました。

こんな二度とないチャンスを与えてくれたのに、中途半端な気持ちで強くなるのは、僕のためにこんな手配をしてくれたみんなに対してすごく失礼だと」

 亀裂の奥底で、何も主張できなかった僕自身の意思の弱さを心底後悔した。

 騎士に抱えられて、正体は分からないけれど底知れない羨望を覚えた。

 僕のステータスの謎を解いてくれるからと言って、何も考えずに飛びついてしまうのはそれらを全部否定してしまうと感じた。


「だから僕が強くなるための理由を見つけるまで、首を縦に振れません。

でないと、今度こそ僕は僕自身が嫌いになりそうなんです」

 王城で中曽根君たちにどんなに馬鹿にされても心の中に持っていたもの、それを失いたくなかった。

「そうか」

「……ごめん……なさい、せっかく誘ってくれたのに」

 今の行為もまた失礼なことだとは重々承知していた。

 知らずのうちに俯いてしまう、ベットの白い敷き布団の景色が今の僕の逃げ場だった。


 けれど怖くて見られなかった影山君の顔が、いきなり目の前に現れる。

 布団の側まで歩いて、膝を折って僕の目線に合わせてくれたのだ。

「別に返答は今すぐでなくてもいい。

だから、答えが見つかったら聞かせてほしい」

 その表情は怒っても失望してもいなかった。

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