第102話 裏表

 場所は変わってダンジョン10階の街、ぽっかりと空いた洞窟。下へと続くこの穴を降りれば草木が生い茂る11階へと繋がる。

 この次なる試練の入り口に立つ者は、未知への好奇心と力への探究心を胸に宿す。それは、今ここに集まった集団も例外ではなかった。

「ありがとう、コトハ。君のおかげで僕は立ち上がることが出来る」

「私がしたことなんて、言峰君のありのままを述べただけで……」

 二人の男女が皆の視線の前で手を取り合っていた。


 男性――言峰明はつい先ほどまで部屋の隅でうずくまっていた。

 ちょうど一年前。元仲間との決闘をきっかけに芽生えていた、仲間をこれ以上不幸にしたくないという己への誓い。それが目の前で木端微塵に砕かれたからだ。


 周りよりも優れた力を身に宿し、鍛錬も怠ってはいないという自負もしていた。

 王城近辺の魔物モンスターにも敵と呼べる存在が乏しくなった。ようやくこの世界で強者と呼ばれるような実力に至ったのだと、仲間とともに喜び合ったその矢先。

 その男ビルガメスは現れた。

 その魔物火龍は生まれた。


 周りの強者たちを自分の実力を証明する道具のように、塵芥ちりあくたのごとく吹き飛ばし。

 あらゆる攻撃をよける価値も無いと、傷一つ負わずに弾き返す。

 まさにそのとき彼は戦場の支配者であり。言峰は自分が特別でも何でも無く、彼の機嫌次第で吹き飛ぶかませ犬の一人であると心底恐怖した。


 そんな闇一色に染まってしまった彼の心に光のように差し込んだのは、そばで支えてくれた桐埼琴葉きりさきことはの言葉であった。

『落ち込むよりも強くなって、守れなかった人の数だけ救いましょう』

『言峰君くんはここで強さが止まるような人じゃない』

『敵わないのは私たちがまだ成長途中な証拠です、いつか見返してあげましょう』

 数々の励ましを糧に彼は再び聖剣を手に取った。


「コトミネ様!」

「ティファ! ティファじゃないか!」

 周りの勇者たちを押しのけて、一人の少女が駆け寄った。

 その事実に対して言峰は驚きの表情を隠せなかった。

「どうやってここまで? ダンジョン――火龍に遭遇しなかったのか?」

 言峰の中では彼女の細腕に、ここにたどり着くまでの魔物モンスターを退けるだけの力は備わっていないと考えていた。

 ましてやボス部屋に、壁を貫通するほどの威力を持つ火龍が居座っている状態では自殺行為に等しい。

「ご安心ください、賢者様に転移魔法で送っていただきました。コトミネ様が深く傷ついていると聞いていても立ってもいられなくて」

「そうだったのか……」

 納得と同時に自己嫌悪が沸く。あの男との決闘で守ろうと誓った彼女に、心配をかけさせてあまつさえここまで足を運ばせるなんて実に情けない男だと。


「ティファちゃん、安心してね? 明君はこの通りちゃんと乗り越えられたから」

 言峰が従者に感謝の言葉を伝える前に、桐埼が二人の前に割って入った。

 表情こそほがらかであるものの、周りの人間には後ろで般若が包丁を構えているように錯覚した。

「さすがでございます。私もコトハ様のような存在を目指して、日々精進していきたいと思っております」

 メイドは頭を下げて彼女を賞賛しているというのに、受け取った本人はその言葉が宣戦布告に聞こえた。『お前の立ち位置を奪ってやる』と。


 二人のやりとりを聞いていた周囲は頬を緩めた。

 先のビルガメスの一件で、トラウマを植え付けられた者は多く。遠征部隊に参加したクラスメイトの内、半分ほどは今も宿で折れた精神を癒やしている。

 初期と比べて少なくなった部隊内ではあるが、勇者言峰の様子を見ていて誰もが安心を受け取った。

『どんな目に遭っても、ここだけは変わらない』


 故にクラスメイトは理想を描く。龍を討伐した暁には、言峰達と彼女たちのラブコメを見て騒いでやろうと。前のように、皆一緒で。

「お~お、ブレねぇなあいつらは。ま、今は大歓迎なんだが。

おい七瀬見てみろよ……七瀬?」

「……」

 柿本の言葉を賢者はあえて無視して、部隊表を確認するふりをした。

 興味がなかったわけではない、ただ単に恥ずかしかったのだ。

 恋焦がれた相手に自身の好意を伝えようとするあまり、周りがよく見えなくなるという現象。ティファと桐崎のやり取りを聞いた彼女もまた、思い返せば柿本や影山に忘れてほしい思い出の数々がよみがえった。

「あぁ、そういえばお前も言峰に貸した本の裏表紙に『大好き』とマジックペンで……」

「しゅ、俊君! 封印してください! 忘れてください! 私に慈悲をください!」

「いいけど、影山から聞いた話だからな。これ」

「そ……そんな。次からどんな顔をして会えば……」

 賢者と剣士の内緒話をよそに、言峰たちの話も終わりが近かった。

 

「ティファ。必ず、僕は龍の首を持って戻ってくるから」

「はい、ご武運をお祈りしております」

 高らかに聖剣を掲げるとともに、集団は意気揚々と進みだす。彼らを励ますようにメイドは大きく手を振っていた。

 






 集団の姿が消えた後、彼女は手を振ることをやめ、街の中心へと向かう。

 祭壇に設置された魔方陣――地上とを結ぶ移動手段を使用するためである。その足取りはただの従者とは思えないほど静かで、誰一人彼女を気にとめるものはいない。

 元老院内の会議室までたどり着いたとき、片膝を立てて犬は本来の主へこうべを垂れた。

「ティファです。言峰様は無事復帰したようです」

「うむ、それは何よりだ」

 本来十数人の元老が座るその場所にクシュナー・ド・アルベルトは横柄にひとり腰かけ、書類作業に没頭していた。


「……意外でした、貴方様が勇者の育成を容認した上、ここまで支援なさるなんて」

 鈴のなるような声に、書類に走らせていたペンが止まる。彼の従者、ティファの自発的な質問は珍しかった。

「なに、我が危惧しているのは影本や遠藤などといった、非協力的な存在が力をつけることなのだよ。こちらの意志に従ってくれるのならむしろ歓迎しよう。馬がいくら強くなろうとも、騎手が御し得るなら問題は無いのだからな」

「馬ですか?」

「そうだ。恩をくつわに、友情をくらにな。この元老院内では基本中の基本であるが」

 クシュナーはペンを手元の書類から外し、勇者たちの名前が並べられた一覧表へ向ける。そのまま『言峰』と書かれた名前に尖った先を突き刺した。

「そして、ここで重要なのは恩や友情を『元老院と勇者たち』という組織間ではなく、『勇者言峰と元老クシュナー』という個人的なものにしなくてはならないのだ。中心人物である彼と不廃の信頼を築ければ残ったものは疑いなくそれに続くであろうよ」

「ご教授いただき、光栄の極みです」

「気にするとこはない、このクシュナーの知恵の一端を披露しただけに過ぎぬのだからな」

 機嫌のよくなった彼は体を後ろへ倒し、年季の入った背もたれを軋ませた。


「……それに、たとえ我々に刃向かう愚か者が力を持ったとしても、心配には及ばん。こちらには飛び切りの切り札があるのだ」

「……『特異点』でございますね?」

 ここで初めて初老の男は彼女に振り返った。

 彼女が口にした単語は、本来王族と一部の権力者しか知られてはいけない言葉なのだから。

「いつかの話を盗み聞きしていたな? 実にものをよく聞き、おしゃべりな娘よ。よくそれでこの魑魅魍魎の住む魔宮を生き残れたものだ」

「……お気を悪くされたでしょうか? ご安心ください、この目と口と耳はクシュナー様に都合のいいように出来ておりますので」

「よい、貴様のそういう物怖じしない態度は気に入っている」

 クシュナー元老は満足そうに顎髭を撫でた。


「いかに勇者が我らに歯向かおうとしても……いや、そんな部類だからこそだ。この切り札はその効果を遺憾なく発揮できる。

先代の勇者サトウですらこの『特異点』の前には膝を屈したのだからな……」

「つまり……使用されればどれほどの実力者でも抗うすべがないと?」

「その通り……勇者に限定はされるがな」

 懐にしまった懐中時計を取り出し、カチンと高い金属音で蓋を開ける。

「さて、アルバンとゲルハルトの面倒を見る時間のようだ。お前は引き続き言峰殿の動向を見張っておれ」

「わが主のお言葉のままに」

 ひとりの老人が出口へと歩き、メイドの姿はいつの間にか消える。

 残ったものは乾いたペンと書類の山だけであった。

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