第101話 託したもの

 水晶が点滅する30分ほど前。

 冒険者ギルドの書斎室に、いくつもの影が揺れていた。

 座った形が二つ、立った形は四つ。


 フィンケルはソファーに腰掛けながら、洞窟の奥で見たものすべてを事細かに語った。

「……とまぁ騎士様が竜巻を食らって吹き飛ばされた、俺たちが拝めたんはここまでだ」

「なるほど、おおよその事情は把握できた」

 彼の声に相槌を打つものが一人。

 いかに多くの実力者が所属する冒険者ギルドとはいえ、箝口令かんこうれいが敷かれている中で当事者から報告が聞ける者など一人しかいない。

 ギルドマスターであるバットは机に肘をつき、組んだ両手に顎を乗せてフィンケルを見据えていた。


「もうつついても何も出てきはしないぜ?」

「だろうな、仲間を見れば分かる。前に出れなくて悔しかったって顔してやがる」

「そりゃそうさ、目の前であんな熱いもんみて血が滾らなきゃ冒険者やってる意味がねぇ」

 一撃の重さ、不動の防御力、あれほどの力を得て名のある豪傑と拳で語り合えたら、どれほど己の世界が広がるのだろう。


「まったく国王様も人が悪い、あんな頼れる用心棒がいるんならもうちょっと早く助けてほしかったぜ」

「なんだ、嫌に嬉しそうだな」

「まぁな、とりあえず最悪の事態は防げたってところか」

 ひらひらと手を振りながら答える、しかし何を思ったのかバットの口がニヤリと歪む。


「……嘘つき」

 氷のような澄んだ声はむさくるしい男二人のものではない。嘘吐き呼ばわりされた当人はもとより、その場にいる全員の視線が少女へと集まった。

「手が震えてる、じっとしていられない……」

 こぶしを握る彼女はいつもよりも感情的だった。

「なんだセシリア、お前そんなに口数の多い奴だったか?」

「……久しぶりにまみえた強者に居ても立ってもいられないという所か。フィンケル、他人事とは言えんだろ?」

「俺が?」

「いい目をしているぞ、そいつといい勝負だ」

「そんなんじゃ……いや、そうかもしれねぇな」

 指摘されて初めて気づいた彼は、照れるように頬を掻く。

 どれほどの地位を手にしても欲望の中身は変わらない、いい年をした男の中身は十数年前ギルドの戸を叩いた少年のものだった。


「それはそれとしてギルマス、まさか俺たちを呼び出したのが事情聴収だけってわけじゃあねぇだろ?」

「そう急かすこともないだろうが、いい話ではないんだからな。恐らく、お前たちが最も恐怖しているものがここに届いた」

 ギルドマスターの手には一つの封書が握られている。彼らの今後に関わるような内容がつづられ、封をされているのだ。


「渡した方がいいか? 遠征部隊冒険者代表殿?」

「いんや、そんなちまちましたことは性に合わねぇ。この際だ、盛大に発表してくれ」

 フィンケルの返答に頷くと、バットは乱暴に封を開けて中の書類を取り出す。両手で紙の上と下の端をつまみ、令状を読むように語り出した。


「遠征部隊冒険者代表フィンケル・ヘルフリート・シュミットバウアー並びにSランク冒険者『レッド・ギガンテス』『ウォルフ・セイバー』パーティメンバー、以下甲とする。

 先のダンジョン遠征において発生した不祥事は甲の監督不行き届きによるものであり、はなはだ見過し難し。

 甲に冒険者活動の一カ月禁止、並びに同期間のダンジョン立ち入り禁止を命ず」

「そんな! 騎士が勇者様をあそこまで囲わなきゃもっとむぐ……」

 真っ先に開いたニーナの口を男の大きな手が塞ぐ。


「随分とぬるい沙汰ですな。エンドウとナカムラなる勇者様のお仲間、大勢の騎士を死なせてしまったのですから、死刑も覚悟していたのですが」

 腹部に包帯を巻いたバルトルトが首を傾げた。

「そもそも一連の事件自体が極秘機密だ。俺たちの名声に乾杯ってところだな、主立って罰が与えられんということもあるんじゃねぇか?」

「それもある。事実、遠征で生き残った騎士のほぼ全員が、元老院の八つ当たりサンドバックになるようだからな」

「ご愁傷様……」

「うう……」

 これにはニーナも反論の意を失ったらしく口をつぐんだ。

 騎士らとの思い出は決して良いものではなかったが、ダンジョンの中を共に過ごした身として、彼らの不幸に感じるものが無いわけではない。

 フィンケルは瞼を閉じて、彼らの災難に黙祷を捧げた。


「だが、主な理由はこの先の出来事を考慮してだろう」

「どういう意味だ?」

「一カ月後……つまりお前たちの禁止令が解かれる時期に、勇者たちによる火龍討伐が決定したんだよ」

「なるほどね……今ここで貴重な戦力は削っておきたくないって訳ですかい……

俺としちゃ別に禁止食らうのは構わねぇんだがよ、その間のSランク依頼はどうする?」

「今のところそれが一番の問題だ。せっかくだ、Aランクのやつらに挑戦させてみるか。新しい英雄が誕生するかもな」

「そりゃあいい、ダイアモンドの原石見つけたら教えろよ」

 ソファーから腰を上げ、ギルドマスターへ背中越しに手をひらひらと振る。

「俺たちはかえって寝かせてもらう、昨日から動き回って寝られてねぇからな」

 彼の言葉を帰宅の合図と受け取ったバルトルトが部屋のドアを開ける。


「あ、それじゃ私カレラさんにお礼を言ってきます。いろいろとお世話になりましたし」

「カレラは確か倉庫にだったか……」

「ありがとうございま~す」

 彼女は書斎室を出て、廊下奥の倉庫へ向かった。

 足音が鼓膜に響くたび、脳内で何かが危険を訴えている。


「あっ」

 脳内に閃光が走る。反射的に立ち上がるが時すでに遅く、ガタリと椅子が動く音とガチャリと廊下奥の扉が開く音はほぼ同時であった。


「……こ、これ! 何でこれが!?」

 彼女の叫びを聞いてギルドマスターの頭に真っ先に思い浮かんだのは、に対する謝罪の言葉であった。


 倉庫前へ移動した一同が目撃したのは、普段は見せないような二人の表情だった。

 恐らく荷物の整理をしていたのだろう。足元に鎧や武具を並べたカレラが、右手に用紙を持って硬直していた。

 しかし驚愕の表情のニーナが見つめるのはカレラの左手、使い込まれた精霊師ドルイドの杖だった。

 形、装飾、長さ、すべての情報を彼女は知っていた。

 半ば放心している受付嬢のからそれを手に取り、持ち手に刻まれた名を確認する。


『ウルの里・アウラとバルドイの子にしてニーナの父・カミュ』


 確信と同時に瞳から滴が零れた。頬を寄せて慈しむように抱き寄せる。

 無理もない、それはニーナ幼い頃に耳長族エルフの里を出た父のものであったのだから。


「……ギルマス。こいつが冒険者になるきっかけ、覚えてるよな?」

 その声は先ほどと比べていささか固いものになっていた。

「忘れるものか、憧れた父の後を追ってきたと」

「そうさ、そんで父が伝説の『ユグドラシル』のパーティメンバーだと知ってはしゃぎ回り。

そのユグドラシルがダンジョンの未到達領域に足を踏み入れて行方不明、と聞いて落ち込んだことも」

「……」

「一応父の遺品は全部ニーナに受け渡されたが、それでも真実を確かめるって俺達とダンジョンに潜ってることも」

「あぁ、そして見事ダンジョン60階層へ辿り着いたんだ、大したもんだ」


「……一応質問させてもらうぜ? ギルドマスター。

――何で精霊師ドルイド肌身離さず・・・・・持ってるはずの杖が、ギルドに・・・・保管してあるんだ」

「…………」

 これまで見せることのなかったフィンケルの気迫に、誰も話しかける事は出来ない。


「俺が考えられる案は二つ。一つ目はカミュって奴が杖を忘れてダンジョンに挑戦したという案」

 皆がそれはないと否定する。これから戦いの地へ赴くというのに剣を忘れる戦士がいるであろうか、ましてやユグドラシルパーティメンバーという一流の肩書を持つ冒険者が。

「……二つ目は持ち主が倒れてダンジョンの最奥で眠っていたこの杖を、俺たち以上の実力者が拾ってギルドへ届けたという案」

「それこそあり得ないとは思わんのか?」

「そうだな、一か月前までなら俺もそう思ったかもしれないが……」

 彼はギルドマスターの目の前に指を三本立てる。

「ここ最近減っているSランクの仕事、

ビルガメスと互角に戦える騎士らしくない騎士、

そしてこの杖だ。

ここまでヒントを出されて、たどり着けないほど俺は耄碌していないぜ?

……恐らくここに並べられてる鎧『ユグドラシル』のもんなんだろ? 誰か届けてくれたか教えてくれねぇか?」

 彼の質問に、バットは大きくため息をついた。

 この男の頭脳を前にしては、ごまかしがきくとは思えなかったからだ。

「……名は明かせないことになっている、約束なんでな」

「……そうか」

 フィンケルの反応が予想よりも淡泊であることに、バットは眉をひそめた。


「……フェリル、どうだ?」

 言葉を聞き慌ててバットが振り向くと、そこには鎧に鼻を近づけている獣人がいた。

 彼女はこちらの視線に対してウィンクを返す。

「この受付嬢以外で新しい匂いが一つついてるね、もう覚えたよ」

「というわけだ、ギルマス。俺たちはしばらく人探しをしようかと思う、丁度休暇も取れたことだしな」

 振り向くとフィンケルがニーナの頭を撫でているところであった。


「あんたにも事情があるんだろうが。こちらも、はいそうですかと引き下がれるものじゃねぇんだ。分かってくれ。悪目立ちしない程度にやるからかんべんな」

 背を向けて出口へ向かっていく彼らに対して、バットが出来ることは魂が抜けたように呆然としているカレラの肩を叩くことだけであった。




『……というわけだクロード。悪いな、せっかく装備を届けてくれたのに』

「…………………………なるほど」

 確かに2週間前、自分はもう一度ダンジョン90階のボス部屋をクリアしユグドラシルの装備を回収しギルドへ納めた。

 それは、自身の危機に防具を貸してくれた事に対する恩返しの意味合いが強かった。

 昔に人知れず息を引き取った彼ら。想ってくれる人など全員この世にはいないのだから、せめて自分が地上へ埋葬しようと運んだのだ。


 油断していたのだろう、遺体を見て思いもしなかった。

 彼らの中に長命で知られる耳長族エルフの骸骨が混じっていることなど。

『流石にすぐお前には辿り着かんだろうが、用心はしといてくれ』

「……貸し、一つだからな?」

『もちろんだ、この埋め合わせは必ずさせてもらう』

「で、本題はSランクの依頼を受けろと?」

『……その件については追って連絡する、今はとりあえずフィンケル達に注意してくれというだけだ』

「分かった……」

 水晶の通信を切りその場に腰掛ける、背筋が丸くなって自然と顔が下を向いた。

 一つ一つなら対処できるが、今回は素晴らしいほどに重なった。腹にまるで重い岩でも詰め込んだかのように腰が重くなる。


「……?」

 背中から圧と温かさを感じる、振り向くとクラマが背中をさすってくれていた。

「息を吐くといいよん、少し気楽になれるさ」

 言葉通り腹から空気を押しだす。大きなため息なのだろう、まるで永遠に息を吐き続けられるのではと考えるほどに空気が出続けた。


「言っただろ? 最後まで付き合うさ。

あんたの奮闘、ちゃ~んと最後まで見てるから」

「どうせ最後まで見るなら、私じゃなくて英雄に……」

 ああ、そうだった。

 自分は英雄の活躍を観客席からポップコーンでもかじりながら観戦したいのだ。

 面倒なことは主人公たちに任せて、そばで目立たずに楽をして見ることのできる素晴らしい立ち位置。

 それを獲得するためならいかなる努力も惜しまない。


 軽くなった腰で立ち上がる。

「お? やる気になった」

「ああ、今回は少しばかり賭けに出てみようかと思う」

「賭け?」

 首をかしげる彼女に自分は仮面の下から不敵に笑って見せた。

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