第100話 好意の理由
私、
「……どこだろう」
仰向きから横向きへと体を回してみる。
枕にふりかけられている香水の匂い、背中から感じる布団の感触、見覚えのない家具。いつもお城で使わせてもらっている場所じゃない。
窓にはカーテンが掛けられて部屋全体が薄暗いけど、足元の方向から優しい光で照らされていることが分かる。自然と光の出所へ視線を移すと、机に小型ランプを置いて書類とにらめっこしている七瀬さんと柿本君がいる。
「気が付きましたか?」
「おっ起きたか」
七瀬さんはこちらの視線に気が付いて書類を机に置くと、まっすぐな黒髪を揺らしてこちらへ歩いてきた。
慌てて起き上がろうとすると、そのままで大丈夫と制止される。
「ここはダンジョン10階の街、セーブポイントといったところでしょうか。
今はダンジョン遠征二日目の早朝ですので、もう少し寝ていても構いませんよ?」
「……外を見せてもらっても構いませんか?」
柿本君がカーテンに手を掛けて『大丈夫か?』とアイコンタクトで質問されたので、コクリと頷くと布が端に寄せられて
大きさと種類がバラバラな建物がこれでもかというぐらいに詰め込まれた街並み、散歩をすればいくつも新しい発見が出来そうだった。
小さい頃に部屋に置いてあったRPGゲームを思い出す。
大好きでとにかくやりこんだのに周りで持っている子は男子だけ、友達はみんな恋愛のような別のジャンルのゲームが好きだった。
私の知っている話題で盛り上がっている彼らの輪の中に、女の子一人で入れるだけの勇気が出なかった。
結局遠くから立ち聞きする事しかできなかった私は、何度も考えることになる。
こんなゲームの世界の中に入って気兼ねなく好きな事を好きなだけ話し合えたら、どれほど楽しいんだろうと。
今その願いがかなったのに、心は喪失感でいっぱいだった。
「七瀬さん……賢人君は? 中村君は無事ですか?」
「……村上さん、落ち着いて聞いてください。
まず、今ここで寝ている理由は想像できますね?」
「……はい、皆さんが気遣って気絶させてくれたんですね? 私が賢人君の最期を見なくていいように……」
わがままを許してくれるなら見せてほしかった。賢人君が必死に頑張っている姿を、しっかりと目に焼き付けたかった。
「あなたには隠し事はしません……結論から話します」
一秒はこんなにも長かったんだろうか、七瀬さんの次に出てくる言葉を待ってのどがゴクリと鳴った。
「――中村君はほぼ亡くなっていると考えられています」
「そう……ですか」
口にする言葉の一つ一つを噛みしめる、握っていた布団のシーツがしわくちゃになっていく。
賢人君は私のお隣さんで、小さい頃からいつも一緒に遊んでいた。
幼稚園も小学校も同じ。クラスも一緒とはいかなかったけれど、気が付いたら隣にいるような仲だった。
そんな私たちをクラスの男子は何が面白いのか、『いちゃいちゃ』とか『ラブラブ』とか『カップル』とはやし立ててきた。
あの時男子になんて言い返したかは忘れてしまったけれど、心の中はそうまんざらでもない気持ちだったことはよく覚えてる。
今にして思えば、これが彼への恋慕だった。
漫画や小説のような、特別なきっかけがあったわけじゃない。
一緒に過ごしていたらいつの間にかその姿を目で追っていて、他の人以上に意識していた。
何かのきっかけで一緒の班になったときは心が躍ったし、側にいるとただただ心が安らいだ。
ある日、秘密にしていたゲーム趣味を彼に知られてしまったことがあった。
からかわれてしまうのではないかと怯えた私に、彼は笑顔で自分の趣味がゲームとライトノベルだということを打ち明けてくれた。
秘密を共有し合える仲を作れたこと、ずっと求めていた話し相手が思いがけない形で見つかったことが何よりも嬉しかった。
その夜は興奮のあまり、よく眠れなかった。
そうして時折二人で趣味を話し合う中学校生活を過ごしていた。
賢人君の好きなライトノベルはゲームの二次創作やウェブサイトに投稿されたものが多く、中でも異世界召喚・転生が一番好きでよく話してくれた。
それはファンタジーの世界に憧れていた私には相性が良かったらしく、自室の本棚にお気に入りのシリーズが並ぶのにそう時間はかからなかった。
だからだろうか?
異世界に勇者として召喚されたとき、恐怖や怒りよりも喜びが勝ってしまい、つい隠れてガッツポーズをとってしまったのは。
『ステータス』と唱えてゲームのような表示が出たときは、飛び上がりたい衝動を必死に抑えた。
一人じゃないから、これからどうなるのだろうと怯えずに、私なりの異世界生活をやってやると前向きな気持ちになれた。
しばらくして、賢人君が特別な状況におかれていることを知った。
新しいスキルを取得できないらしく、クラスみんなの育成を監督してきた七瀬さんでも原因を突き止められなかったらしい。
スキルを使用した模擬戦でも日に日に他のクラスメイトと実力差が開き、結果みんなは『かわいそう』、『運がない』と、彼から一定の距離をとるようになる。
私はその評価を無視して、訓練が終わったら真っ先に彼と話した。
彼が強いから好きになったわけじゃない。戦いが苦手だったとしても、私にとっては大切な人であることには変わりないからだ。
賢人君と同じパーティメンバーとして彼をカバーできるだけの特訓も重ねた。周りから無理をしていないかと心配されたこともあったけど、ゲームのように着々と上がっている力を感じたらしんどくはなかった。
それに……心の嫌な部分を晒すなら、好きな人を自分の力で守れることがとても嬉しかった。
しかしその今までの努力が今無駄に終わったことを知った。
私が守りたかった人はもう帰ってこない、泣き顔を見られるのが恥ずかしくて布団を顔にこすりつけた。
「……うん?」
それは奥歯に小骨が刺さったような小さな違和感。もしかしたら現実を受け入れたくない私の脳が作った都合のいい仮説なのかもしれない。
それでも私は質問するほかなかった。
「どうしてそんな言い方なんですか?」
『ほぼ』『考えられてます』、私が気を失った後も見ていたはずなのにどうしてそんな自信のない言葉を選ぶのか。
「……見ていた部分は省きましょう。あなたが気絶した後、火龍は中村君に対して執拗なまでに彼がいるであろう場所に攻撃を繰り返しました」
「いるで……あろう?」
「あまりに攻撃が激しすぎて、俺達がいた場所からではあいつの死を確認することはできなかったんだよ。
多分龍も怒りと視界の悪さで、照準が定まらずに手あたり次第ブレス撃ってる感じだったしな」
二人の話によると、そのあとみんな一目散に逃げてしまったので。生き残った人の中に賢人君の死体を見た人はいないらしい。
「それってつまり……」
まっくろな心の中に希望の灯がともった。
「低いですが……彼が生きている確率は0とは言えません」
慌てて起き上がろうとして、片膝を立てたところで両肩を七瀬さんに抑えられた。
「落ち着いて」
「し、死んでいないんですよね? 生きているかもしれないんですよね!?」
「どこへ行くの?」
「それは……えっと……えっと、さっきの場所に……」
「私達は本来の階層ボスを倒してこの街へ辿り着きました、つまりまだあの場所に龍が居座っているんですよ」
「あ……」
何かに焦っていた心がストンと落ち着いていくことが分かった。
今の力で賢人君を助けようと向かえば、ミイラ取りがミイラになることは明らかだった。
「仮に王国側に頼んで救助部隊を送ってもらったとしても、相手はこの国最精鋭の集団が手を焼く存在。
残酷な話ですが言峰君でもない限り、一人のために数十人が犠牲になるかもしれない判断を彼らは下さないでしょう」
「そう……ですね」
私が返事をすると七瀬さんはこちらに頭を下げた。
「ごめんなさい、私があの時もう少しうまく立ち回っていれば結果は変わったかもしれないのに」
「い、いえそんな!」
慌てた私の目の前に一枚の紙が置かれる。
「これは?」
手に取って内容を確認してみる、何かの部隊に入るための書類みたいで名前を書く欄があった。
「……まだ極秘ですが、上からの指示で火龍を討伐することが決定しました。
今度はちゃんとした準備をしたうえで挑むつもりです」
「討伐……でも」
「はい、今回の事件でトラウマを植え付けられたクラスメイトも大勢いるはず、私はまだ龍と戦える人で部隊を編成する役になりました」
「じゃあ、これはそこへ入るための……」
私の結論に七瀬さんはコクリと頷いた。
「仮に龍を倒せれば、中村君を探す事が可能です。
これが今、私が持っている権限を最大限使って出来るあなたへの応援です。
強制はしません、辛かったらその紙はあなたで処分してしまって構いません」
「……」
深呼吸をする。
何度も息を吸って吐いて、もう一度紙を見て私の気持ちを確認した。
賢人君を助けたい、変わらない。
七瀬さんの応援にこたえたい、変わらない。
蹂躙されるしかなかったあの龍に一矢報いたい、変わらない。
「……書くものを貸してください」
何も言わずに差し出された羽ペンを受け取って、しっかりと私の名前を刻んだ。
「これからよろしく、村上」
「柿本君もですか?」
「俺もあいつの抱えてる問題を何とかしようと思ってたんだがな、結局出来ず仕舞いでさ。」
私が驚くと彼は恥ずかしそうに頭をかいた。
「今日の昼に20階を目指して出発します、念入りに体をほぐしておいてください」
「分かりました…………七瀬さん」
「はい?」
受け取った書類を仕舞う賢者様に、私は自信満々に宣言した。
「賢人くんは絶対に生きています、あんなところで死ぬ人じゃありません」
「そうですか……では、彼の死体がないことを確認するために頑張りましょう」
「はい!」
力強く返事をすると、急にお腹が空いてきた。体がいつもの調子に戻ったみたいだった。
「……朝食を食べてきます、腹が減っては戦はできませんし」
「食堂まで案内しましょう」
ローブに勢いよく袖を通して身支度を整える。
「柿本君は? よかったら一緒に行きませんか?」
「俺は先にやっておくことがあるから、後で合流しようぜ」
「分かりました、待ってます」
ドアを開いてみると長い廊下につながっていた、かなり大きな宿みたいでいくつもの扉がある。
私ははやる気持ちを抑えながら、賢者様の後についていった。
◆◆◆
『――という頼みなんだが、受けてもらってもいいか?』
地上、蝶の羽ばたき亭の一室にて、自分ことクロードは壁を背に腕を組んで目をつむっていた。
自身の意識はここにはいない。遠く離れたダンジョン10階、盟友柿本俊の影に潜ませていた分身体へ繋げているからだ。
『分かった、ただし本人の希望次第で構わないな?』
分身体に言葉を紡がせ了承する、同時に柿本が頭を掻いた。
『あぁわりぃ、あいつを保護してもらったのにこんなお願いしちまって。
何とかできそうで頼れそうなのがお前しかいなかったんだ』
『気にするな、他でもない君の頼みだ』
分身体を消して、顎に手を当てる。
「さて、どうしたものか……」
「ねぇクロード、さっきから目つぶって何一人ぶつぶつ言ってるの? 正直怖いよん」
「っ!」
驚いて右を向くと、クラマが心配そうに見上げていた。
「うん、あんたもそういうお年頃だっていうならそれでも構わないんだ。
大丈夫、私はちゃんと理解しているから」
「待った、待って、理解しなくていい」
慌てて弁明しようとすると、彼女はペロリと舌を出す。
「冗談冗談、スキルで誰かと話してたんだろ?
これからギルドの宴会に行こうっていうのに、ず~と待たされてたからちょっといたずらしたくなったんだ」
「……」
無言で彼女の両頬を引っ張る、思ったよりもよく伸びて面白い顔に変わった。
「
「ああ本当に、君の言うとおりになったようだ」
「ふふふふ…………
ため息をついて手を放すと、彼女は不思議そうに自分の胸元を指さした。見ると仕舞っていたギルマスとの連絡用の水晶が点滅している。
今の状況を考えれば、よい知らせでないことは確実だった。
「……居留守を使って突っぱねようかな」
「依頼がさらにややこしくなって戻ってくるかもよん?」
「……」
恐る恐る繋げると、聞きなれた中年の声が耳に届いた。
『すまんクロード、Sランクのフィンケル達にお前のことがバレそうだ』
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