第99話 三つの頂点一つの光点

 フィンケルたちから話を聞いた遠征部隊本部は、火龍がこの部屋本来のボスではないと推察し、大人数の部隊であることを利用してすべての洞窟を調査するという人海戦術にうって出る。

 無論勇者の安全と心境を考慮し、調査員は騎士とフィンケルたちのみで構成された。

 結果、階層ボスであるホブゴブリンの群れが発見、駆逐されるまで一時間と掛からなかった。


 無事10階の街へと足を踏み入れた彼らは、即座に言峰たちが襲撃された事件の内容を国王へと内密に送り、今後の判断を仰ぐことにする。

 これを受けて国王カイゼル・フォン・ルべリオスはすぐさま重役を招集し、緊急の極秘議会が開かれることとなった。



 ルべリオス王城ヴァンシュタインの銀鷲の間、通称『沈黙の間』にて円卓を囲んで九人の人物が芳しくない表情で席についていた。

 よく見れば席は等間隔に並んでおらず、三人ずつがそれぞれが固まっている。この国の三つの権力それぞれのトップの左右に腹心二名が腰を下ろしている故であった。


「してカイゼルよ、勇者が襲われたというのはまことか?」

 今回の議題を切り出したのは三重冠トライレグナムという独特の形を成す冠を被り、法衣をまとった若い女性。

 年齢に似合わぬ言葉遣いが、彼女をただの娘でないことを知らしめていた。

 『王政』と『元老院』に並び立つ三権力最後の一つ、東の大陸最大の宗教である理神教の総本山『教会』。その長である教皇の座に就く者であった。


「早耳だなアンスヘルム、さすがというべきか」

 伝えていない事件をすでに知っている彼女の情報網に素直に感嘆し、カイゼルは深くうなずいた。


「何という失態だ! してコトミネ殿の安否はいかに?」

 落ち着き払った教皇とは対照的に、動転のあまり席をしわがれた声で叫び立ち上がったのは元老院の長、筆頭元老ゲルハルトであった。

 遠征部隊に何名かの草を送ってはいたが、知らせが彼の耳に届く前であったようだ。


「落ち着きなされゲルハルト卿、神聖なる勇者様が夜盗ごときに後れを取りますまい」

 横から筆頭元老をなだめるのは今回の遠征の立案者であるアルバン元老、最悪の事態になれば真っ先に責任を取らされる立場であるというのに、言峰の実力に絶対の自信があるのかその表情に焦りは見られない。


「公布した勇者は10人全員無事である。ただし行方不明と死亡、合わせて二人の予備兵力が犠牲になったようだ」

 国王の言葉を聞いて、筆頭元老は安堵の息を吐き教皇アンスヘルムの片眉が上がる。

「予備兵力という言い方はよせカイゼル、こちらの都合で勝手に呼び寄せたにもかかわらず、協力の姿勢を見せてくれたのだ。名前で呼ぶがこちらの誠意であろう」

「なるほど、軽率であった」


 国王が頬杖をつくと、ゲルハルトは彼へ身を乗り出す。

「亡くなった勇者の名は? どのような最期であった?」

「急かすなゲルハルト、事の初めから話した方が貴様にとっても好都合であろう?」


 国王は事件の概要を一つの物語のように話し始める。展開が進むとともに筆頭元老の冷や汗が目に見えるように引いていく。

「かくしてナカムラが魔物モンスターに踏みつけられ圧死、エンドウも行方不明となったが現場の状況を見るに生存は絶望的であろうというのが遠征部隊からの報告だ」

「なんだ……」

「笑みがこぼれているぞゲルハルト」

 教皇からの注意を受けて筆頭元老は自らの口元を片手で隠した。


「騎士を含め大勢の死者が出たというのに随分と嬉しそうではないか」

「それは……」

「これが笑わずにいられますか」

 言い淀むゲルハルトの横から、質問した彼女の神経を逆なでするかのような言葉が投げかけられる。


「貴様は確かコトミネ殿の側によくいたクシュナーであったな。今の発言真意はいかに」

「聞くほどでもありませんよ、教皇猊下げいか。先ほどの二人の名、この城と教会が一つとなったグルンシュタット城内にいれば一度は小耳にはさむでことしょう? それがよい知らせでなかったとしても……」

 教皇は瞼を閉じ、整った顎を幾度か撫でる。

「確かにな。ナカムラは勇者コトミネの奮闘むなしく能力を開花させることが出来ず、エンドウはその独特の性格から勇者一派とりが合わなかったとか」

「であるなら足を引っ張るだけであった才無きものが貢献し、反発していたものは迷惑をかけずに生涯を終えたのです。勇者を後押しする我々からしてみればどちらも好都合ではありませんか」

「……まさか今回の件、貴様が一枚噛んでいたりしてな」

 彼にとってあまりに都合よく事が運ぶことに疑問を覚えた教皇が、クシュナーの瞳を睨み付ける。

「はて、何のことやら。

そんな詮索よりも先にすべきことがあるのでは? 国王陛下」

 彼女の視線をどこ吹く風とばかりに、国王へ向きながら話題を切り替えた。

 

 国王は手を組み、前かがみに机に肘をついた。

「……龍の対応についてだな?」

「左様にございます。

ダンジョン遠征が国を挙げた一大行事である以上事件の隠蔽は必然、幸い主要人物は無事ですので戒厳令を敷けば成功として収めることは容易でしょう……」

 中村と遠藤が有名であったのは城内のみの話、勇者を10人しか発表しなかったことが思わぬ形で助けとなった。

 彼の弁舌は続く。

「……しかし、千の言葉を並べたところで龍が消えることはありますまい、遅かれ早かれ冒険者しいては国民が存在に気付くでしょう。

その際の対応が我らと勇者の今後を左右するのです」


 彼の言葉の意味を、国王と教皇の二人は察した。

 ダンジョンの低層に龍が出現するなどということは、ルべリオス王国建国以来の一大事であった。

 それが勇者のダンジョン遠征後というまれな状況。二つを結びつけるなというのが、どだい無理な話である。

 そして口にするのであろう『勇者は龍から逃げたのではないか?』という言葉。


「……いくら彼らが非凡な才覚を持つとはいえ、たった一年で龍に挑めというのは理不尽極まる。国民もさすがにその辺りは心得てくれるのではないか?」

 教皇の発言を鼻で笑うように、クシュナー元老は口元をゆがめる。

「議論の根幹がずれているように思えますな教皇猊下。

勇者とは『無敵の存在』でなくてはならないのです、たとえ地に足をつき土を舐めようが国民には不敗の英雄として伝え回り心の支えとさせる。それが我々の役目でありましょう?」


「……そこまで言うのであれば解決策を用意しているのであろう? クシュナーとやら」

 カイゼルの発言にやや年老いた元老がゆっくりと頷いた。

「現在はダンジョン遠征一日目の深夜、ここから急ぎ少数精鋭で三日目までに20階まで攻略し国民に知らせるのです。

聞くところによるとどうやら勇者の中に転移魔法を使えるものがいるらしいので、彼女を付ければビルガメス襲来を恐れずに済むでしょう。

その後、冒険者どもに龍の存在を見つけさせるのです」

「見つけさせる?」

「左様、ダンジョン入り口から9階ボス部屋前までを徘徊する連中のレベルなどたかが知れた者。ダンジョン遠征終了後すなわち勇者が去った後から数日ほどで龍の存在を知るでしょう」

「それでは意味がないではないか」

 教皇の発言は当然であった、しかしクシュナーは待ってましたとばかりにそれを否定する。

「いいえ、その時に我々が告げるのです。『勇者コトミネが悪しき龍を討伐に向かう』、と」

視線誘導ミスディレクションというわけか……」

「ご明察恐れ入ります国王陛下、このようにすれば民衆の興味は龍対言峰という新たな行事へ移るのです」


 クシュナー元老は席を立ち、国王の前へと歩み寄ると片膝を立てて座る。

「もしわたくしめの拙策を採用してくださるのでしたら、ぜひ討伐における資金と人材はこちらが負担しますゆえ、お考えのほどを……」

 カイゼルは目の前の男の魂胆を読み取る事が出来た。

 クシュナーほどの有力な元老となれば、龍を倒すことのできる装備と人材をそろえることは困難ではない。

 そして仮に討伐に成功したとなれば、彼は勇者たちの横に並びこう称えられるのだ、『勇者の龍討伐において最も後押しした男』と。

 先ほど事件の詳細を聞いただけで、ここまで構想を練り上げる彼にカイゼルは目を細めた。

「よかろう、ただしアルバンとゲルハルトの協力のもと行うようにせよ」

 その言葉にクシュナーの顔が一瞬曇る、余計な奴を付け加えてくれたなと言いたげに言葉を絞り出した。

「……承知しました、では準備がありますゆえ私達はこの辺りで失礼いたします」

 クシュナーは速足で部屋を後にする、扉を閉める豪快な音が彼の傲慢の大きさを表しているようだった。


 閉じた扉を見つめていると、アンスヘルム教皇が横に立つ。

「中盤からあの男の独壇場であったようだな、アンスヘルム?」

「不甲斐ない、どうも私は舌が情にほだされるようだ。

比べてあの男は脳も舌もよく回る、加えて行動力もあるとなれば怖いものなしだろう

しかし……」

 彼女はうつむき息を吐く。


「多種多様な人が多く集まれば不具合が生まれるのは必然。

それを能が無いからと切り捨て、反抗的だと抹殺する。これが健全な組織だと言えるだろうか」

 溜まっていたものを吐き出したのか、彼女は首を振って気持ちを切り替えようと心がける。

「つまらぬことを聞かせた……私は甘いのだろうカイゼル」

「構わぬ、奴とお前なら余は迷いなくお前を選ぶだろう」

 めったに聞くことのできないカイゼルの腹の中を聞いて、アンスヘルムは思わず目をいた。

 彼女の反応を気にせず国王は言葉をつづける。

「奴の勇者への関心は、宝石のごとく所有物の価値に対するもの。

どれほど規律を整えた組織であっても動かす個は人、いずれ切り捨てる側からされる側へ回るであろうよ」

 マントを羽織り、席を立つ。

「いい機会だ、あやつらの器見極めようではないか」






 カイゼル国王は知らない。

 アンスヘルム教皇は知らない。

 クシュナー元老もアルバン元老もゲルハルト元老も。


 部屋の奥、誰の目にも止まらない小さな椅子の影の中、ほのかな赤い光が全てを見つめていることを。


 使い手が静かに瞳を閉じるとともに、潜んでいた分身体は消えてなくなり影だけが浮かんでいた。

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