第98話 リョウタロウの枷

「マジかよ……おい」

 ビルガメスが去った部屋の隅。吹き飛ばされた岩石が奇妙なオブジェを作り出したその隙間に、色ガラスのような透明感のある大きな半球形が地面から顔を出すようにして設置されている。


 明らかに自然物ではないその中で、フィンケルはやっと息を大きく吐く事が出来た。

「……終わったんですよね、フィンケルさん」

「多分な、あの野郎暴れるだけ暴れていきやがって。

おかげでこちらは生きた心地がしなかったぜ」

 殺すことはないと敵は言っていた。しかし、目の前で繰り広げられた戦いのあまりの激しさに、巻き込まれれば命はないという確信が彼の息をひそめさせたのだ。


「そろそろ結界を閉じてもいいですよね?」

「ああ、慎重にやってくれ」

 ニーナが掲げていた杖を下ろしていくと、半球が周りから欠けるようにして光へと変わった。

 最後の破片も変化し終えたとき光が一点に集合し輝く球体を作り出す。

「お疲れさま」

 彼女の職業ジョブは【精霊師ドルイド】、魔術師メイジ系統の一つでありながら超自然的存在である精霊との契約によって魔術を行使する者たちであった。

 おのれの魔力を媒体として魔術を行使する【魔術師メイジ】に比べ、攻撃魔法の威力はやや劣るが高い精密性とフィンケル達を守った『結界』のようにサポート面で効果をいかんなく発揮できる強みがある。


 杖の中へ精霊を収める彼女を見て、フィンケルはパチンと指を鳴らした。

「そういえばまず初めに言わなきゃならなかったな。

助かったぜニーナ。俺たちを運んでここで守ってくれたんだろ?」

「いえ……パーティメンバーとして当然のことをしたまでです」

 口では否定しているがその頬は赤く染まり耳がパタパタと上下に動く、想い人の感謝に気分が高揚している証拠であった。


「しかし、さすが世界に名を轟かした豪傑。鎧を纏った嵐のような存在でしたな」

「ああ、だがあの猛攻に耐えていた騎士も騎士だぜ」

 地面が裂け、クレーターが出来上がり、龍が振り回されたと思えば竜巻まで出現する。まさに災厄が人の器に注がれたような二人だったと畏怖する。


「……あれ、たぶん騎士じゃない」

 その時、先ほどまで沈黙していたセシリアが口を開いた。

「言い切れる理由はどこにあるセシリア、確かに剣を持ってなかったのは騎士らしくないが……」

「戦い方が少し……ちょっと」

「違うってか?」

 フィンケルが提示した回答に、端正な顔が上下に動いた。


「全力をぶつけるんじゃなくて、相手を少しだけ上回る力で攻撃しているみたい……何だか戦いに誇りを持つ騎士じゃなくて……」

 感覚をもとに喋る彼女の説明を聞いてフィンケルは思うところがあった、騎士はビルガメスや火龍への反撃は行ったが騎士自らがしかける様子は彼の記憶にはない。

 騎士が手加減をしたのではと逡巡したが、もしそれが後まで考えて力を温存するための戦い方だったとするならば。


「……私たち冒険者みたい」

 彼がたどり着いた結論をセシリアが口に出した。


「ギルマスが鎧を着て戦ってくれたってことですか?」

「それは絶対にない」

 ニーナの解釈をフィンケルが即否定する。

「確かに冒険者の中でビルガメスと渡り合えんのはギルマスぐらいだ。

だが、あいつはダンジョンに入れない。絶対に」

 何かを知っているような口ぶりであったが、込められた強い言葉に誰も彼に質問を投げかけようとは思わなかった。


「……と少し話が脱線しちまった」

 側頭部を自らの拳で軽く叩き、現在の状況を再確認する。

「今の俺たちが一番にすべきことは遠征部隊との合流、そしてビルガメス撤退の報告だ。

正体は確かに気になるが目的を忘れずにな」


「騎士を助けなくていいのですか?」

 竜巻に吹き飛ばされた騎士を気にかけたニーナの言葉だった、フィンケルは優しく彼女の肩に手を置く。

「あの騎士様は敵に聞かれたにもかかわらず名乗らなかった、つまり『この場にいちゃいけない』奴だったということさ。

そういうのはお互いの立場を思うなら助けない方がいいんだよ。俺の経験上の話だがな」

 赤いローブの埃を払ってフィンケルは出口へと動き出した。

 本来自分たちがになうべき戦闘を引き受けてくれた者に、礼の一つも言えないという虚しさがメンバー達の胸にしこりを残していた。



◆◆◆



「察しの良い人物がいてくれると本当に助かる」

 彼らの姿が洞窟の闇にのまれた後、自分ことクロードはビルガメスが作った横穴から顔を出した。

 着慣れない重鎧じゅうがいが、所々ぶつかり合ってガチャガチャと音を立てる。


 兜を脱いで脇に抱え、部屋全体を一度見まわす。

 もはや先ほどまで広がっていただろう平坦な地面は跡形もなく、積み木のように岩石が山を成し、多くのクレーターが騎士や火龍から流れ出た大量の血で池を作り上げ、息を吸えば鉄の空気で肺が満たされる。

 この惨状が一人と一匹によってもたらされたと伝えて、どれほどの人間が信じてくれるだろうか。


 積み上げられた岩山の頂から頂を渡り、部屋の奥へとたどり着く。

「……この辺りか?」

 目の前に鎮座する一枚の岩に目をつけ、横へと転がすと1mほどの裂け目が顔をのぞかせる。

 奥から感じる一つの気配に、目的のものがここにあると確信する。


 裂け目自体はそれほど深いものではなく、5mほど降りれば地に足がついた。

 靴からどろりとした液体の感触を捉える、火龍に近いだけにここも例外なく血だまりになっているようだ。

 赤い海の中から小石とは別に浮かんでいるものを一つ見つける。それが身に着けていた防具を掴んで引き上げ、抱えて飛び上がり裂け目から脱出した。


「クラマから活躍は聞かせてもらった。その後の災難も、ここにいる経緯も」

 地面に寝かせた――中村賢人なかむらけんとへと語りかける。


 運が良い男だった。

 龍が攻撃を繰り出す直前、脇目も振らず走っていた彼は地面の裂け目に気付けず足を取られて落下した。

 この不注意が功を奏し結果として目標を見失った龍は、いるはずのない方向へとブレスを吐き続けることとなったらしい。

 血の池で溺れ大量に飲んでしまったようで口の中を含む全身が赤く染まっている。さらに体の節々に火傷と打撲を負っているが、命に比べれば安いものだろう。

 懐から体力回復のポーションを取り出し、傾けて彼へ飲ませる。瓶の中が半分程になったところで呼吸が安定したので、残りを傷だらけの体に振りかけた。


 空の容器をしまうと、高速でこちらへ接近する気配が一つ。方角は龍が開通させた横穴、かすかに羽ばたきの音が聞こえた。

 隠す気のない陽気をまといながら、彼女は真後ろへと着地した。

「まったく君は、いつもいつも普通じゃないところから出てくるのが趣味なのか?」

「再会して一言目にそれはないさクロード。だって今正規の出入り口はSランクパーティが使用しているんだよん?」

「クラマ程隠密に優れているなら、気づかれずにすれ違うぐらい余裕なはずだ。

どうせ、龍のブレスで繋がった通路を通ってみたかったのだろう?」

「バレたか」

 嘘を見破られても悪びれる様子はなく、錫杖を一つカシャンと鳴らす。


「戦いは終わったのにさ、何だか面白そうなことしてるじゃあないか。

じっとしているのも性に合わないし、ちょっと飛んできたよん」

「面白いも何も、ただ怪我人を救助しているだけだが」

「ふ~~む」

 興味深そうにクラマは横から中村を覗きこむ、長い黒髪が自分の肩へと垂れた。


「たしか……名前はナカムラだったけ?」

「あぁ、勇者コトミネとその仲間達の中で一人だけ力が使えない。この遠征でも大した期待をされていなかった薄幸な少年」

「でもとっさのひらめきで、みんなのピンチを救ったわけだ。

いやぁ、こんなおとなしそうな顔をしてよくあんな大胆な真似やったもんだよん」

「本当に、人は見た目で判断するなという生きた見本だよ。観客としては彼がどのように成長していくかが見どころだ」

「……まさかこの子を含めた勇者たちを助けた理由って……」

「活躍を見たいという私のエゴイズムだよ。

ビルガメスが出てきたときは加勢する気なんてなかったけど」

「じゃあ、なんでいきなり飛び出していったのさ」

「想像にお任せしよう」

 掛け替えのない友の危機に駆け付けた、と話したらどのような反応をするだろうか。


 クラマは左手を顎に当ててムムムと唸り、人差し指を立てる。

「……想像した。なんだあんた意外とそういう奴なのか」

「どんな奴だ?」

「ご想像にお任せしようじゃあないか」

「こいつめ」

 口角を上げながら後ろへ振り替える、彼女は小馬鹿にしたような表情でこちらを見下ろしていた。

「んじゃ、それのついでにコレも見てくれない?」

「コレ? ……ちょっと待て、まずそれを悦明してくれないかクラマ」

「洞窟の途中で拾ったよん、こいつも確か遠征部隊の中にいた少年少女の一員だろう?」

 どさりと雑に下ろしたものへ自分は言葉が見つからなかった。その顔は先日話題に上がった遠藤秀介のものであったからだ。


「……腹の辺りに血が派手についているが……妙だな傷が見当たらない、返り血にしては不自然だ」

 服の痕跡から伝わる情報の違和感を払拭できなかった、どんな理由にせよ並大抵のものでないことは確かであるが。

「どうする? 勇者たちのところに放り込んじゃおうか?」

「いや、ギルマスへついでに任せた方がいい、自分たちが直接返すと後々厄介になる。

彼なら適当な理由を付けて返してくれるだろうさ」

了解りょーかい。向こうは一連の騒ぎでそれどころじゃないと思うけど」

「そうだな、ビルガメス襲撃を公表するなら事後処理と龍討伐部隊の編制、隠すのなら以上に加えて隠蔽工作いんぺいこうさく

少なくとも数日は眠れなくなりそうだ」

「あんたも呼び出しがかかったりして」

 クラマには口外厳禁という約束の元、ギルマスと交わした取引の件を明かしている。こちらが負うであろう苦労を想像した上での言葉であった。しかし自分はそれを鼻で笑う。


「悪いが私はこの後、龍出現の凶報でみんなと一緒に慌てふためくという予定がある。

とても協力できるだけの暇があるとは思えないな」

「よく言うよ、事の元凶と殴り合う暇はあるのに……」

「結果的に勇者が全滅、という最悪の結果だけは避けられただろう?」

「物は言いようだ、そんでどうだった? 有名な豪傑と戦った感想は。

あたしも観戦させてもらったけど、あそこまでの力の衝突はここ百年見てなかったよん」

「ああ、強かった」

 強敵だった、おそらく火龍以上。まだ全力を見せていないことを考慮すれば、今の自分が本気で挑んでも息の根を止めるまでに数日を必要とするほどだった。


「あたしになら誇ってもいいじゃないか? 一番の功労者」

「私が? 冗談はよしてくれ、君の目の前にそれ以上の頑張り屋がいるではないか」

「いやだから、それってあんた……」

 クラマの言葉が最後まで紡がれることはなかった。こちらへと指を差した途端、身に着けていたしろがねの鎧が黒く変色し強酸でも浴びせたかのようにドロリと溶け始めたのだ。

 流動体となって一つの場所へ集合し、自分の腕の中で塊へと落ち着く。


「お前の働きを無視するなんて、ひどい仲間だと思わないか? リン」

 特異ユニークスキル【金剛化ダイアモンド】によって、ビルガメスの猛撃から守ってくれた相棒はこちらの言葉に反応せず、ただ飯をくれと薄着になった胸板をペチペチと叩いていた。








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<職業ジョブ>【合成獣キメラ】の能力により。

摂取した魔物モンスターの能力を個体名【中村なかむら賢人けんと】のステータスへと反映させます。

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※警告

個体名【中村なかむら良太郎りょうたろう】による制御術式が発動しました。

術式に従い、上記の処置は保留となりました。

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