第94話 昔の豪傑・今の勇者

「あなたはいったい……」

「何度も言わせるな、矛を交えたいと言っているのだ」

 ビルガメスと名乗った男の言葉が終わるより先に、言峰の前にいくつもの影が走る。

 異常を察知した騎士たちが彼を守るべく、洗練された動きによって即座に防壁を築き上げた。


「分からない……あなたは人間なのに?

なぜ勇者僕たちに仕掛ける?」

「何?」

 顎を撫でていた手がピタリと止み、ただでさえ鋭い両眼がさらに細められる。


「見聞を深めたか?

この世に国は多々あるが」

「そのどれもが魔王の危機にさらされていると聞きましたが?」

「誰に聞いた、周りの取り巻きにか?」

「……何だと?」

 言峰の言葉に怒りが含まれる。

「ティファや生徒会長、コトハたちはそんなものじゃない」


「そうか、それは結構。

しかし世界はお前が思うよりも複雑に出来ているようだが?」

「……どういう意味だ」

「教える義理はないが……む!」

 ビルガメスが告げるより先に彼の鎧の色に負けぬ紅蓮が飛来する、一流の魔法士が放つ強力なそれは着弾点を轟音と炎で包むのに十分な威力であった。


「まったく、こっちの苦労も知らずに色々喋りやがって」

「フィンケルさん……」

 言峰の横から炎弾を放った男はすかさず耳打ちする。

「勇者様、聖女様、あれはマズイ。

今ここにいるメンバーじゃ逆立ちしても勝てねぇ奴だ、俺の攻撃だって足止め程度にしかならねぇ」

 その言葉に少年の喉が唾を飲み込む。

「俺たちと騎士で抑えてみる、勇者様達は……分かるよな?」

「分かりました……言峰君」

「そんな……」

 暗に逃げるための壁になると言っているフィンケルに、生徒会長が手を掛けた言峰の肩が震えた


「フィンケルさんたちを置いていけるわけないじゃないですか」

「ここで何かあったら世界が救えなくなるぜ」

「それは……」

「なーに、死なないよう戦えばいいのさ、安心しろ俺たちの得意分野だ」

 雰囲気の重くなる背中を押して、出口へ向かわせようとしたその時。


「痴れものが」

 耳を塞ぎたくなるような金属音が辺りに響き渡り、部屋の中だというのに無視できないほどの暴風が吹き荒れた。

 思わず顔を腕で覆った言峰の目の端に何人もの人間が飛んでくる、最前列で盾を構えていたはずの騎士たちだった。


「情けない、その白銀の鎧は見せかけか?」

 再び聞こえた敵の声に一同は戦慄し、振り返る。

「あいつ……俺たちのど真ん中突っ走りやがった」

 出口の前に再び斧が突き立てられる、その姿は攻撃を仕掛ける前とさほど変わらない。

 話しかけられてようやく敵が何をしたか理解できたのだ、幾人もの強者が瞬きを忘れて彼を監視していたはずなのに。


「フィンケル・ヘルフリート・シュミットバウアー、貴族の出身であると聞いていたが、やはり冒険者などというものは話を最後まで待てぬ不心得者ふこころえものの集まりであったか」

「俺だって一通りの例は心得ているさ、ただそれは生者に対してだ」

 

「『暴牛王グラガンナ』ビルガメス、お前は10年前、魔王ヴラドと死闘の果てに命を落としたはずだ。

だとするとここにいるお前さんは誰だ?」

「誰も何もない、余こそビルガメスだ」

「ふざけんな」

「ふざけているのは貴様だ。

 ヴラドの杭が余の胸を貫いたのを見たか?

 ヴラドの手刀が余の首を断ったのを見たか?

 ヴラドの掌が余の心臓を握り潰したのを見たか?」

「それは……」

「無理であろう、貴様ら程度に見届けられるはずもなし」

 押し黙るフィンケルをよそにビルガメスは言葉を続ける。


「語ることも尽きたようだ。

さて、余は勇者に用があるのだが、騒々しい外野を剥がしたほうがいいと見る」

 言うと彼は懐から拳大の結晶を四つ取り出す、それにいち早く聖女である桐埼が反応した。

「それは、聖獣石!?」

しかり、さすがに学んでいるか」


 いくらかの余裕が戻った表情で、目の前の男に杖を構える。

魔物モンスターを中へと格納できて、主に捕獲の依頼や魔物使いテイマーが相棒を持ち歩く際に使用すると聞いています……ですが」

「が?」

「その結晶が格納できる魔物モンスターには、コストの上限があったはずです。

何を出すかは知りませんが明君の敵じゃありません!」

 桐埼の声を聴いて他のクラスメイト達に希望が灯る、各々が武器を構えなおし敵を睨んだ。


「お前の結論は正しい」

 ビルガメスの肯定に少女の頬が僅かに緩む。

「だが、お前はまだ魔物モンスターの神秘を知らぬようだ」

「え?」

「覚えておけ、力の格のみが強敵を決める天秤でないということを」

 腕を振るい三つの結晶を地面に叩き付ける、光を放つ魔方陣の内側より三つの人型が出現した。


■■■

【Name】《名前なし》

【Race】憂国騎士 《魔物》

【Sex】なし

【Lv】39

【Hp】480

【Mp】480

【Sp】0

【ATK】576

【DEF】576

【AGI】432

【MATK】480

【MDEF】480


■■【職業ジョブ】■■

【使い魔】


■■【装備】■■

【鉄の兜】

【銅の剣】

【銅の鎧】


■■【スキル】■■

<一般コモンスキル>

【剣術】Lv,4

 【スラッシュ】Lv,2

 【カウンター】Lv,1

【騎士の矜持】Lv,3

 【怨念再生】Lv,4

 【攻勢の号令】Lv,1


■■【称号】■■

【第1級災害指定種】


■■■


魔術師メイジ隊、放て!!」

 その号令と共に色や形が様々な攻撃魔術が魔物モンスター達へと飛んでいく、何か行動を起こされる前に殲滅しようとする騎士団の独断だった。

 しかし斧を手に佇む男に焦りは見えない、むしろ計画通りだと口元に笑みさえ浮かべていた。


「馬鹿野郎!!」

 唯一敵の鑑定に成功したフィンケルの顔が音を立てて青ざめた。

 しかし彼の悲鳴が魔術を止められるわけもなく、無数の魔法が対象へと着弾し鎧ごと木端微塵に砕いて見せた。


「なんでそんなに慌てるんですかフィンケルさん、見事魔物モンスターを倒せたじゃないですか?」

「そうじゃない、あれは倒しちゃまずいんだ・・・・・・・・・!!」

 その異常はフィンケルの言葉の終わりと共に始まった。


「何だあれは!?」

 魔術を放った騎士の一人が指を差す、魔物モンスターが四散した場所から紫の煙と共に黒い生物が三匹出現する。

「うっ」

 その容姿に思わずクラスメイト達が口元を押さえた、壊れた鎧におよそ清楚とは言い難い服装、背骨が曲がったように前かがみにふらつき、怨念がこもった瞳でこちらを見つめる。

 まるでうれいた国を滅ぼされた騎士たちの憎悪が、集合し凝固して出来たような姿だった。

「あれを絶対に始末しろ!! 今ここで確実にだ!!」

 自身も構えを取りながら、フィンケルは叫びに近い指示を周りに出した。


■■■

【Name】《名前なし》

【Race】亡霊騎士 《魔物》

【Sex】なし

【Lv】1

【Hp】100

【Mp】0

【Sp】0

【ATK】1

【DEF】3000

【AGI】1

【MATK】1

【MDEF】3000


■■【職業ジョブ】■■

【使い魔】


■■【スキル】■■

<一般コモンスキル>

【取り憑き】Lv,1


■■【称号】■■

【特級災害指定種】

【最上位駆除指定種】

【厄災を運ぶもの】


■■■


「第二射放て!!」

 再び色とりどりの攻撃がおどろおどろしい化け物へと襲い掛かった。

 魔物モンスター達は迫る攻撃に対処どころか関心すら示さず、無抵抗のままいくつもの炎と雷をその身に受ける。

 二度目の煙幕、その向こうにうっすらと影が見え始めた。


「……まさか」

 騎士の一人が知らずの内に呟く、土煙が晴れた先には攻撃する前と何も変わらない落ちぶれた騎士が三人猫背で佇んでいた。


■■■

【Name】《名前なし》

【Race】亡霊騎士 《魔物》

【Sex】なし

【Lv】1

【Hp】97

■■■


「知っていても嫌になるぜ、宮仕えの魔術師十数人の一斉射撃で一桁しか削れないなんてな!!」

「琴葉さん!!」

聖円陣セイクリット・サークル!!」

 賢者七瀬の掛け声とともに、聖女桐埼の聖魔法が放たれた。

 光の輪に入った魔物モンスター達はうめき声をあげ喉をかきむしり苦しむ、彼らの弱点を全員が言うまでもなく覚った。


「いい判断だ、余の前でなければな」

 巨木の幹のような剛腕を振り下ろし、すさまじい速度の斧が聖女に向けて飛んでいく。


「はぁ!!」

 七瀬も負けじと巨大な火の玉を生み出し斧へと衝突させた。

「ほお……【詠唱破棄】か、見るのは久しぶりだが生み出した炎は余の投擲に匹敵する威力か?」

 ビルガメスの言葉通り爆炎の中より威力の劣らぬ鉄の塊が出現する。

 しかしそれは目的の横をすり抜け地面へ豪快に突き刺さり、聖女が受けた被害といえばあまりの迫力に腰を抜かしかけただけだった。

「真正面ではなく側面への衝突で軌道を変えたか……小娘とあなどっていたが見るべきところはあるようだ」

「はやく盾を……」

 彼女は賛辞を無視して聖女の守りを固める、あの魔物を倒すには彼女の力が不可欠だと判断したうえでの指示だった。


「フラれたか……女を口説くのには自信があったのだが。

貴様らがその気ならこちらも支度したくを整えようか」

 最後の結晶を魔物モンスターに向かって投げ入れる、鎧によって砕かれた結晶より大きな翼が姿を現した。

子竜ドラクル!?」

「いかにも、炎竜サラマンダーの巣より借りた余自慢の雛である」

 新たな魔物モンスターの登場に今までただ苦しむだけだった亡霊の騎士達に動きがあった、何を思ったのか突然小さな竜の体へと一直線に飛びかかった。

 唖然とした勇者たちはこの後の光景によってさらに口をあけることになる、亡霊たちは竜の鱗に激突することなくそのまま吸い込まれるようにして消えてしまったのだ。

 途端に子竜の様子が目に見えて変化していく、筋肉が膨張と収縮を繰り返しながら次第に肉体の体積を増大させる、それ以上に存在、力の格ともいうべきものが爆発的な速度で成長していく。


「亡霊の騎士は倒された怨念を力として他者に与え、生物そのものを進化させる。

奴らが万民より危険視される理由はそこにあったのだろう」

 ビルガメスが言葉を紡ぐ間も成長がやむことはない、明るく鮮やかな赤は暗い紫へと変化し、その頭部は天井に届くまで伸び上がった。


「放て!! ここで始末しなければ手に負えなくなるぞ」

 騎士達が正気を取り戻し必死で絶命にかかるが、時すでに遅く彼らの手に余るものとなっていた。


「生命の輪は一切の矛盾なくここに成り立つ。

子竜ドラクルドラゴンへ、

ドラゴン上位竜アークドラゴンへ、

そして……」

 一際大きな鳴き声がこの場すべての鼓膜へと叩き付けられる、自分たちよりもはるか上位の存在に言葉を出すことさえ出来なかった。


まなこを開け、これこそが火龍エンシェントドラゴンその姿なのだ」

 ただ一人の男を除いて。

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