第93話 担ぐ男
「え?……」
「こりゃすげえ」
目の前の事態に勇者たちはおろか、半日をダンジョンで過ごす冒険者たちも唖然とする他なかった。
彼らが意気揚々と突入した階層ボスの部屋、普段であればここまでの道のりを踏破した者にふさわしい強敵が待ち構えているはずなのだが、その影一つとして見当たらない。
代わりに部屋の
「どういうことですか? 教えてもらった状況と違うじゃないですか」
「焦るな坊主。
ダンジョン様は予想外がお好みだが、越えらねぇ壁は作らない方なのさ」
反射的に聖剣を構える言峰に若いころの自身を重ねながら、フィンケルは軽い足取りで辺りを見回した。
「Bランクパーティ、エルドビーンの若手からギルドで一回聞いたことがある。
あまりに大勢の人数でボスの所に入っちまうと、ダンジョンがその戦力に見合った部屋に作り替えちまうことがあるとか。
数に頼らずやりなさいってな」
「……大丈夫なんでしょうか?」
今までが順調だっただけに、言峰の声に恐怖がわずかばかり含まれる、しかし質問された男は問題ないと笑い返した。
「安心しろ、強化されるのは量だけだ。
そいつの話でもホブゴブリンがいつもの数倍の数出てきただけらしい、今の俺たちなら恐れるに足らんよ」
「そ、そうですね。
では早速ボスを倒しに行こうと思います、この様子から察するに洞窟の中に待ち構えているようですし」
「まぁ待て待て、せっかくのボス戦だ。
仲間と相談して方針を決めてからでも遅くはないだろうぜ?」
はやる気持ちが隠せない言峰を抑えようと、フィンケルが腕を伸ばした。
だが、その手が彼の肩に届く事はない、横から飛んできた平手が蝿でも落とすかのように打ち払ったのだ。
「無礼者! 先ほどから見ていれば、コトミネ様に対してその態度はあまりにも馴れ馴れしいではないか」
「おっと」
まず胸部に視線をやればなかなかの大きさが見て取れる、さてどちら様だと顔を見れば親の仇とばかりに敵意をぶつける女性の騎士だった。
「アメリア……」
「これは騎士様」
言峰の護衛の一人は形の整った眉を吊り上げて彼から勇者を離す。
「さらに言わせてもらえるなら今の言動はなんだ、せっかくコトミネ様が闘志を
「こりゃ失礼」
「アメリア、僕は気にしてないよ」
「ですがコトミネ様、あなた様はこの国の英雄となるお方です。いくら行動を共にするとあっても一定の礼儀を取らせるべきです」
「分かった、分かったから」
言峰の了承を得ると騎士は二人の男の間に割り込んだ。
「冒険者、今後とも軽率な行動は慎むように。
さ、勇者様こちらへ」
最後にフィンケルを人睨みした後、言峰の背中を押して彼女は帰っていく。
鎧に包まれた背中が陣営に消えると同時に背後から小走りする音が聞こえてきた。
「フィンケルさん」
「ひどい人ですね、余計なお世話でもあんな言い方しなくてもいいのに」
「立場が立場だからな、俺らがあんま勇者といちゃつくのがお気に召さないようだ」
「でもフィンケルさんが勇者様に対して親しい態度をとるのはこれが初めてじゃありませんよ。
王城に招待されたときだってけっこう仲良く話してたじゃありませんか」
元老院を筆頭とした一部の貴族が冒険者を毛嫌いしていることはフィンケルも知っていたが、今回のようにその感情を露わにされたのはこの遠征が始まって初めてのことだった。
「まあ、あちらさんは俺が勇者様の行動にケチつけたのにキレたらしい。
仲良くするのはありで文句はダメ、か」
何ともあいまいな境界線だと鼻で笑う。
ダンジョンに潜る以上、
そんな
「まあアドバイスを聞いてもらえなくたってやれることはある。
腐らずにジロジロと見守っていこうじゃねえか」
「そうですね、あとで文句を言われるもの嫌ですし」
前向きな言葉を口にしながらもフィンケルの胸中には暗雲が渦巻いていた、先ほどの不和もそうだがこの遠征、ただでは終わらぬ何かがある。
直感や憶測の域を出ない不安に、彼はただ杞憂であるようにと祈るしかなかった。
◆◆◆
「とまあ、『智炎のフィンケル』が美少女騎士に振られたわけ」
「なるほど」
陣営内に設けられているテントの一つで、自分ことクロードは将棋を差していた。
「やはり高ランクの冒険者にならなくて正解だったようだ、なまじ名声と地位があると行動の自由度が下がる」
「そうでもないさクロード、あたしも
要は地位を得ても自由にやりたきゃやればいいのさ」
「クラマみたいに割り切れればいいんだがね、自分は
「そう? じゃあもっと面倒事にかかわらせて、って頼んじゃおっかな」
「関わらせてあげようか? 何かあったら自分が逃げるためのデコイに使うから」
「逃がすもんか、抱きついてでも道連れにしてやる」
「それは怖い」
まったく勝手なことを言ってくれる、彼女らしいといえば彼女らしいが。
「さ~て、何か面白いことは起きてないかな?」
「対局中だというのに随分と余裕があるじゃないか」
敵陣付近まで攻め込ませていた歩兵をと金に成らして王手をかける、逃げ道はつぶしているので彼女の王将は風前の灯となった。
「甘い甘い」
いうや彼女は『酔象』をこちらの陣地へ成らせて入り込んだ。
「うぐ」
途端に自分の口からうめき声が上がる。
「おりゃ」
今度はこちらからだと言わんばかりに飛車が防壁を突き崩してくる、どうやら知らずの内に七手詰めになっていたらしい。
「……参りました」
「ふはははは、出直してまいれ」
これでも異世界に来る前の中学では、将棋部員としてそれなりの腕前と自負していた。
彼女から『小将棋』なるものを持ちかけられ食いついたが最後、連敗記録を今まさに更新している最中とは我ながら情けない。
「……ごめん、ちょっとやりすぎた?」
「気にしないでくれ、下手に手加減されて勝つよりここまで勢い良く負けたほうがむしろ清々しい」
小将棋の決まりで持ち駒が再利用できない事が
「小さい頃から爺様にしこたま相手させられたからね。
最近の若い者には早々負けないさ」
「棋士としての年季が違うのか……」
さすがに歩んできた年数は伊達ではないというわけだ。
盤上に目を向けとある駒を一つ持ち上げる。
木目の上には『太子』と達筆な文字で書かれている、先ほどの『酔象』が成った駒だ。
王将と同じ働きを持ち、例え王将が打ち取られたとしても新王になれるという特殊な能力を秘めている。
先ほどはこの駒のせいで王将を詰ませるために
「討たれた王に代わって王子が立ち上がり
まるで中世の王道小説のような展開だな」
「あんただって他人事じゃないだろ?」
持っていた駒を後ろからひょいっと取り上げて彼女は笑う。
「仮にもあの広大な森の総責任者で、あの土地の総監督じゃないか。
つまりそれは私たちの森の太守だって事だろ? 後釜ぐらいは決めないと、この『太子』みたいなね」
「そうだな、後釜が見つかったら王都の安宿にでも引っ越そうか」
「え、やだよご隠居になって屋敷に残ってよん。
あたしがさみしいじゃないか」
「さみしい、て」
「そりゃあクロードはあたしにとっての……ちょっと待って」
「話を途中で止めないでくれないか、続きがものすごく気になる」
彼女は手を添えて目をこらず動作を起こす、千里眼でなにか見つけたようだ。
「クロード、ちょおっとまずいかも」
「内容を詳しく」
◆◆◆
ボス部屋に新しく設置された洞窟の一つ、その先は半径百メートルほどもある広大な空間だった。
「待ってたぞ」
その言葉に先陣を切っていた者たちは誰もが息をのむ、彼らの視線は目の前の人物に釘付けになっていた。
2mを超す体躯に鉄の板を何重にも貼り付けたような重厚な赤い鎧、地面に突き刺しているのは彼の身長をを超えた巨大な戦斧。
恐らく数十kgは下らないそれを風切音とともに肩に担ぎ上げ不敵に笑う。
「余の名はビルガメス、勇者とやらお手合わせ願おうか」
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