第92話 仕掛ける者拒む者

 「誰だ!」と叫びながら懐中電灯を照らす夜の警備員。

 暗い路地裏で誰もいないはずの方角に何度もやかましく吠えたてる犬。

 明らかに雰囲気が怪しい人物に何の警戒もなく絡む不良。


 ホラーゲームや映画、小説などには必ずと言っていいほど登場するやられ役。

 かませ犬のような存在である彼らは、物語において恐怖の対象がいかに強大で恐ろしい化け物かを読者に示すために無残に散ることが大半である。

 しかしもし、警備員が、犬が、不良が、恐怖の対象よりも圧倒的な実力を有していたとしたら、果たしてどのような顛末を迎えるだろうか。


 その答えが目の前の光景だろう。

 長い髪の少女は自分ことクロードの喉を鷲掴みに捉えていはいるが、いかんせんこちらの防御力DEFを破るには力が及ばないようだ。


「……あ、あなっ、……えっ?」

 混乱しているのか口を開いても出てくるのは支離滅裂な言葉ばかり、目の焦点もぶれてしきりに横にそらしている。

 襲い掛かって上機嫌になって驚き飛び上がって困惑する、まったくたった一人で忙しい人だ。


 彼女がこちらを襲う前からすでに気配には気づいていた。

 自分としてもその他モブキャラらしく、はじめは彼女に襲われて気絶したふりを貫き通すはずだったのだが、どうも言動からして彼女はマントと仮面をつけてクロードとして部隊に潜入することを試みていると知って方針を変えた。

 仮に彼女の何らかの計画が成功したとして、真っ先に疑わるのは他でもない自分になるからだ。

 貴重な休暇を審議と尋問に浪費したくはないし、何よりそんな立場になって他の冒険者から注目されたくない。


 このままこうして立っていても話が一向に進まないので、こちらから進展させることにしよう。

「話し合う気になりましたか?」

 首を掴んだ腕に手をかけて、出来るだけ穏やかに声をかけてみる、こちらに敵意がないと伝えることが最優先だ。

「っ!」

 しかし、彼女には別の意味として伝わったようで、ただでさえ大きな瞳がこぼれ落ちそうなほどに見開かれる。

 ひきつった顔を見るにここからいくら言葉を見繕みつくろっても、彼女はこちらの真意を掴めずに迷走するだろう。


 彼女の手首を握って掴んでいた喉から引き離す、そのまま側に近づいて耳元で囁いた。

「ここでは何もなかった」

 横から見られぬようにそっと喉をさする、正直に言って掴まれながら喋るのは結構辛いものがあった。

「私は誰にも襲われず、音の正体はただの自然のいたずらだった。

こんな理由で場を収めたほうが君にとって都合がいいと思わないか?」

 本心を言えば自分にとってだ、正直今回はもう厄介ごとに片足を突っ込みたくない、解決するべきはほかでもなく言峰達や王国なのだ。

 何が悲しくて自分がそれに関わらなくてはいけないのか。


 こちらの提案が得策だという結論に至ったのか彼女の首が重く頷く。

「それでは失礼します。

そろそろ戻らないと仲間が心配するので」

 振り向かずにそのまま来た道を引き返す、後ろからどさりと尻もちをついた音が聞こえた。

「化け物……」

 か細い声が聞こえるが、もはや赤の他人が何をしようとこちらが気を掛ける必要もない。

 出口から漏れる光に目を細めながら、場を後にした。



 アースに何の異常もなかったと申告した後、部隊は再び進み始める。

 部隊のほとんどのメンバーが胸を撫でおろす中、隣の少女は意味ありげな表情を作り上げてこちらに見せつけていた。

「逃がしたんだ」

「何を期待していたんだ?」

 当然のように千里眼で見ていたらしい、まったくもって便利なスキルだ。


「いやね、あんたの性格だから真の実力を知った奴は口封じに始末するとかやりそうかなって」

「その理論を貫徹すると、クラマはもうこの世にいないことになるぞ」

「そりゃそうか、あたしも希少なあんたの実力を知っちゃてる奴なわけだし」

「希少か……」

 こちらで能力を明かしている人間を数えてみる、柿本にギルマス、カレラとパラウトの巫女、そして目の前の烏族テングで5人、指を折れば片手で収まると考えるなら、なるほど確かに希少だ。


「でもあたしは今のところ仲間だろ? あちらさんは襲ってきたまごうことなき敵じゃないか、誰かに言いふらされるとは考えないの?」

「あまり」

「このスケベ、女の子に後ろから抱き着かれたから許してあげたのかい?」

「そんなところだと思っといてほしい」

「ねぇちょっと、面倒くさいからって雑にあしらわないでよ」

 どちらにせよ襲撃者は心の底からこちらを恐怖していた、たとえそのまま帰ったとしても今回の出来事を口にすることはないだろう、わざわざ面倒な事態に持ち込むよりはこのままにしておくほうがいい。


「それはそうとクラマ、今回は早めにこの祭りから逃げておいたほうがいいかもしれない」

「あの襲撃者が嵐の前の予兆だと?」

「その通り、幸いこのメンバーはこの物資を届ければお役御免になる。

厄介ごとが来る前に出来るだけ安全な場所に避難しておこう」

「ふ~ん」

 面白くなさそうに頬をかき、納得のいかない表情で返事を返す。

「嵐を楽しむという考え方はないの?」

「楽しむにしても、出来るだけ腰を落ち着かせたいだろう?」

 自分は台風が来ると心が躍る性格だが、深い森の中で傘も持たずにずぶ濡れになるよりは、しっかりとした屋根と壁に守られた家の中で楽しむことを選ぶ。


「本当になんというか重い腰だね、困難を楽しんでこその人生だろうに」

「危ない橋を渡るのは一回で十分、残り全部は石橋を匍匐ほふく前進する予定だからね」

「何があんたをそこまで消極的にさせるのか……」

「強いて言うのなら顔と心が繋がっていないメイドだろう」

「なんじゃそりゃ」

 ふとあの薄ら笑いが横切る、今にして思えば彼女にはいい経験をさせてもらった、少なくともこの世界で生きていくすべを教えてもらったのだから。


「まぁいっか、あたしもその安全な場所とやらで碁か将棋でも打ってよう」

「別にクラマが関わりたいなら、こちらと別行動してもいいが?」

「お構いなく、どうせ一人で行動するよりもあんたの横にいたほうが面白いことに首突っ込めるんだから」

 その言葉に口を止めて横を見る、クラマはにぃと面白くて仕方がないと笑っていた。


「あんたがどれだけ厄介ごとを無視しようが、厄介ごとはあんたを無視しない。

形を変えて引きこもった戸を叩くだろうさ」

「……それはクラマの経験談か?」

「いや、あたしの爺様の口癖さ。

いわく、そういう星の元に生まれたんだから四の五の言うなってね」

 得意げに語るその顔に無性に泥団子でもぶつけたくなる。


「他人事だと思うなよ。

もしそうなったら、最後まで付き合ってもらおうか」

「おうともよ、もとよりそのつもりだ」

 自信満々に胸を叩くと音を代弁するかのように腹が鳴る。


「夜食の頃合、もうそろそろ見えてくるか」

 現在地はダンジョン地下9階につながる坂道を降りてしばらく歩いた大通り、普段ならばこのあたりに散らばるドミニカ鉱石が青白い光を薄暗く灯しているだけなのだが、向こうで真っ赤な松明の炎が数十は下らない数を主張している。

 勇者たちの陣営までそう遠くない印だった。


「クロード」

 後ろから肩を叩かれる、振り向けばアースが手の平に貨幣の入った袋を握らせた。

「お疲れさん、後は俺があっちの奴らに荷物を届けるだけだ。

このまま部隊は解散するが、どうだ?

勇者様達はこの後、階層ボスを倒して10階の街に入る予定らしいんだが、そこで俺たちは依頼が無事に終わった打ち上げをあっちのパーティと一緒にやる予定なんだ、お前たちも来ないか? 費用はこちらが持つぜ?」

「いいのか?」

「気にするな、後輩にいいところ見せさせてくれ」

「……しかし」

「安心しろ、ちゃんと蓄えはある」

 先ほどから背中に風穴を開けそうな視線に安心ができないだけなのだ。

「……それではご厚意に甘えて」

「詳しい場所は追って伝えるぞ」

 戦槌を担いで意気揚々とパーティに戻るアースを見送った後、後ろの烏族テングに向き直る。


「言葉にしたら頬を引っ張るよん?

それぐらいわきまえてるさ」

「だったらいいんだ」

 仮面の上からどうやって? という質問は無粋だろう。

「さて、勇者たちの戦いぶりを影から観戦させていただこうか」

 銀貨の袋をクラマに放り投げ、仕事を終えて軽くなった体で陣営へと歩いて行った。

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