第90話 切れ者の愚痴

 言うまでもないがダンジョンの浅い階層に蔓延はびこ魔物モンスターはスライム、ゴブリン、強くてもボブゴブリンがいる程度。

 普段は低レベル冒険者が四苦八苦しながら、心身の経験値の肥やしとするべき対象なのだが今回はその限りではない。


「むん!」

 吊り上がった瞳が剣閃をとらえたかと思えば、その醜悪な相貌が血飛沫とともに地面へと転がる。

 言峰は横に薙ぎ払った聖剣を再び正眼せいがんに構えて、次の獲物へと狙いを見定めていた。

 目の前から三体のホブゴブリンが奇声を上げて仲間のかたきをとりに襲い掛かる。


「唯花! 右のやつを頼む。

香は左のやつに一撃お見舞いしてくれ!」

「了解」

「あいよ」

 身軽な剣士のような恰好をした生徒会長が、今まさに剣を振り下ろそうとするホブゴブリンへと細身のレイピアを繰り出す。

 一撃目で剣がガラス細工のようにレイピアに打ち砕かれ、続く二撃目が唖然とするホブゴブリンの眉間へと吸い込まれる、彼は抵抗も出来ぬまま即死した。


 スポーツ娘も負けておらず、体をひねって棍棒を躱した後に敵へ掌底を当てる、砲丸のような一撃を受けた胸は手の平の形に窪み、血反吐を吐きながら壁に叩きつけられて息絶える。

 二人の少女が振り返れば丁度最後の一匹が切り伏せられて地に崩れるところであった。


「お疲れさまです言峰君」

 血糊ちのりがついた聖剣を拭う言峰に、杖で敵を打ち払った桐埼が駆け寄ってきた。

 周りではクラスメイト達がそれぞれのパーティで一丸となって、群がってくる魔物モンスターの群れに対応している。

 戦闘慣れしていないため所々の動作がぎこちないが、何分ステータスの差が圧倒的であるため順調にホブゴブリンたちを物言わぬ屍へと変えている。

 最後の一体が柿本の両手剣によって両断されて、ダンジョンにおける初陣は言峰たちの完全勝利によって幕を閉じた。


「それではみんな集まってほしい、どれだけLvレベルが上がったかどうか確認しよう」

 言峰の言葉とともにクラスメイトが各々おのおののステータスを確認し合いパーティごとに書きまとめる、その束を人事と編成担当である七瀬に手渡した。


「言峰君のLvレベルは71、桐埼さんが67、町田さんは65、皆瀬さんが63、それぞれのパーティのリーダ格が50前後で他は40より少し上といったところですね……」

 読み上げた内容に言峰の表情が曇る。

「なんだか倒した数の割にはあまり上がらないね。

僕も十数体倒したんだから1ぐらい上がってほしかったんだけど……」

 ダンジョンに潜る前、言峰たちはこの遠征の目的が自分たちの飛躍的な強化にあると聞かされていた、だというのにこの結果では不満もこぼれる。

 これならば王都周辺の手強い魔物モンスターを狩っていたほうが効率がいい。

「そう落胆しないでください言峰君、この階層はダンジョンの玄関のような場所なのです、例えて言うのであればゲームのチュートリアル地点、今はダンジョンという特殊な環境を肌で理解することが先決です」

「……そうだね」

 七瀬に諭され頬を叩いて心を入れ替える、戦闘が終わった今すべきことは負傷者の手当てだ。


「大丈夫だと思うけど一応みんな回復の魔法を掛けるね? 言峰君」

 桐埼がその金の装飾がなされた杖を握りしめる、彼女の職業ジョブ聖女プリーストは味方の支援と回復を主とする職業である。


「待ってくれ桐埼」

 しかし彼女がいざクラスの皆へと駆け寄ろうとしたとき、その行動へ一つの呼び声が水を差した。

「……何でしょうか? 遠藤君」

 彼女が視線を向けた先には紺色の衣装に身を包んだ男がたたずんでいた。

「みんなに出来るだけ万全の状態で戦ってほしいと思って私は回復するんです、どうしてそれを止めるのですか?」

 声には若干のいら立ちが込められている、恐らくこのやり取りも初めてではないのだろう。

「彼らの傷は深くはない、あったとしても軽い切り傷程度だ。

適材適所という言葉もあるように、そんな傷に大量のMp魔力を消費する聖魔法を使うのは、コップにバケツの水をすべて注ぐようなもの、得策ではない。

治療が必要なら、各パーティに支給されているポーションにするべきだ」

「今はせっかく桐埼がいるんだから、ポーションは節約して聖魔法で回復したほうがいいんじゃなないか?」

 彼の言葉に桐埼ばかりでなく言峰も眉をひそめる。


 しかしその敵意を受けても遠藤は眉一つ動かさずに淡々と語りだした。

「ただLvレベルとスキル、戦闘経験を積めばいいというものではないだろう言峰。

いつもお前たちが他の奴らの援護をできるほどの余裕と状況を作れるというのなら別に構わない、しかし時として各パーティのリーダー格一人一人の力量が求められることもある」

 その言葉にパーティのまとめ役たちはそれぞれ顔を見合わせる。

「今回の遠征に限っては言峰、各パーティの行動は各リーダーに任せ、向こうから頼まれない限り介入するべきではない。

ポーションの配分もこれから短くない旅路を進むにあたってそれぞれが身に着けておくべき技能だ」

「……そうだね、そうしよう」

 言峰の言葉ともに桐埼は黙って彼の場所へと戻る、その表情は陰りがさしており善意で行おうとした行動に横槍を入れられたことに少なからず不満があるようだった。


 遠藤はそんな彼女に対して声を掛けず、何もなかったように自分のパーティへと戻る。

「そ、それじゃあ遠藤君。

私たちのところは腕に軽い切り傷を負ったあなたしか怪我人いないから、ポーションは使わなくてもいい…か…な?」

「……ごめんなさい、私がもたもたしていたところを庇ってくれたのに」

 七瀬が申し訳なさそうに遠藤へと告げ、その横では医者メディックの土屋という少女が縮こまっている、しかしその言葉に遠藤は包帯を巻いた腕をさすりながら満足げに頷く。

「妥当な判断だ、こんなもの数時間後には自然治癒しているだろう」

「しっかしお前、言峰に忠告するのはこれで何回目になる?」

 遠藤の横で大剣を突き立てていた柿本が呆れながら見やる。


「言峰達のあの目見たか? ありゃオカンの小言をうっとおしく思ってる子どもだぜ?」

「知っているさ。

彼らからしてみれば俺の言葉なんて、言峰の力に嫉妬した一人の男子が、事あるごとに突っかかってくる戯言にしか聞こえないのだろう」

「おい、自分でそこまで言う?」

「構わない、別に俺自身もあながち間違ってると言い切れないからな」

 遠藤の隠す様子のない言葉を聞いていて七瀬がふと疑問に思う。


「自覚をしているのに、どうして言峰君に意見を出しているのですか?」

「当然の疑問だろう、それは一人ぐらい言峰に釘を刺す奴がいないとクラス全体に危機が訪れるだろうからさ」

「危機……ですか?」

 遠藤は腕を組んで七瀬をはじめとしたパーティメンバーを見据える。


「俺は去年に起きた影山と言峰の決闘に、疑問を隠せずにいる」

 その言葉に柿本と七瀬は思わず顔を見合わせた。


「影山は俺の見る限り人の注目を集めたくないおとなしい人柄だった。

だというのにわざわざ問題を起こして決闘にまで発展させる理由がどこにある?

しかも原因となったメイドへの暴行を被害者以外誰一人として目撃していない」

「確かに……そうですね」

 土屋が彼のことばに納得する中、二人は黙って結論を待つ。

「さらに言わせてもらえれば従者に対する暴行、強姦未遂、この世界にきて日が浅くまだクラスメイト達に日本の倫理がこびりついている状況でそんなこと行えば、後でどうなるか分からないほど馬鹿ではないはずだ」

 七瀬が思わず周りを確認した、幸いなことにクラスメイト達はそれぞれ言峰や騎士団と何か話し合っており会話の内容は聞かれていない。


「考えれば考えるほどに内容に粗がある。

だというのに言峰は、その場の怒りに任せてそれらすべての事柄を強引に無視した」

 そこで彼は周り一同の顔を一つずつ確認した。

「検証もせずに感情を先走りさせる奴は大嫌いだ。

だが今はそういう奴がクラスを引っ張っている、だったらその環境下でやるべきことをやるしかないだろ?」

 腕組みを解いてクラスメイト達を親指で差す。

「そろそろあちらに加わろう、言峰が立てた素っ頓狂な作戦が採用される前に」



◆◆◆



 柿本たちが遠藤の言葉に唖然としている時、その階層から一つ上を馬車はゆったりと進んでいた。

 前方を自分ことクロードとクラマが先行し、馬車の左右を五人パーティが二手に分かれて守りを固め、殿をアース達が務めている。


「どうだクラマ、君の千里眼で魔物モンスターは見つかったか?」

 すると彼女は目を凝らしたような遠くを見る動作をやめて、がっかりしたように手を頭の後ろで組んだ。

「だめだこりゃ、ほとんど勇者たちがやっつけちゃってる。

そりゃ階層全体を見ればゼロじゃないけど、ここから下の階までの道のりには残り物一つもありゃしないよ」

「それは良かった」

 胸をなでおろすと脇を小突かれる。

「良かったじゃないよ、これじゃ行って渡して帰ってくるだけじゃないか。

あたしは伝書鳩をするためにこの護衛に参加したわけじゃないんだよん?」

「仕方がない、かなり後ろを歩いているとはいえあんな大人数の戦士が通ったあとなんだ。

それに今回ぐらいは楽がしたい」

「お~やだやだ、そうやってあんたは何事にも全力投球しない無味乾燥な若者になっていくのか」

「何事にも全力投球したら目立つ」

 それに全力投球する力はダンジョン攻略の際に使い果たした。

 

「頑固者、あたしを見習いなさい。

全力で料理を食べ、全力で酒を飲み、全力であんたをからかって、全力で祭りを楽しむ」

「飲食ぐらいゆっくりしたらどうだ?」

「あたしんところは昔七人兄弟でね、そんな悠長に食べてたら好きなものを弟にさらわれるんだ」

「随分と賑やかだったんだな」

「おうともよ」

 自慢げに胸を叩く、憎々しげに語ってはいるが本心から兄弟を好きだったのだろう。

「クロードはそんな経験はないの?」

「私は一人っ子でね、両親も共働きだったから好きなときにゆっくりと食べることができたよ」


「長男一人か、冒険者になるって言ったらさぞかし反対されたんじゃないかい?」

「いや、両親には何も告げずに王都までやってきた」

 するとクラマは眉を吊り上げて、こちらの右耳を引っ張った。

「この親不孝者、草花を採取するぐらいだったら実家に帰って家業の手伝いでもしたらどうだい?」

「残念なことに今の私には訳あって故郷へ帰ることができないんだ。

それを解決したら、一度は戻ろうと考えているよ」

「父親が怖いとか?」

「そういうことにしといてほしい」

 そんな些末なことならどれだけよかったことか。

 クラマがやっと手を離し、自分が痛そうに耳をさすったその時、


 近くの洞窟から何やら硬質なものが当たる音が聞こえた。

 人はおろか魔物モンスターすらいないはずの場所なだけに、冒険者たちの緊張が一気に高まる。

「誰かいるのか」

 アースが低い声で洞窟の中へと語りかけるも何の応答もない。


「……水かなんかで石が転がり落ちたんじゃないのか?」

 場所の横を守っていたジョンという魔術師メイジが、恐る恐るアースへ尋ねる。

「そうですよ、または勇者様たちの警護をしている騎士かもしれませんし、もしかしたら取り残した魔物モンスターかもしれません」

 彼の隣のソフィアという女戦士も彼の後ろで剣を構える、何がいるのか分からないという不安がこの階層では敵なしであるはずの彼らを引け腰にさせていた。


「見てこいクロード」

 アースが指名で命令を下す、恐らく斥候職という部分で選んだのだろう。

「何もないと思うが一応念のためだ、奥まで行って帰ってくればいい」

「分かった」

 手を振るクラマを背に洞窟へと足を踏み入れる、空気が少しだけ肌寒くなったように感じた。

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