第89話 その入り口

 神聖ルべリオス王国首都グルンシュタット城からダンジョンまでの大通りは、そのまっすぐな道のりと地を踏んだつわものたちの多さから『ルべリオスの黄金槍こがねやり』と呼称され、冒険者と道具を売り買いする商人で賑わう活気ある商店街である。

 しかし今、その商店街の店という店はたたまれて姿を見せず、道の上は冒険者や商人だけでなく兵士や職人、農民にいたるまで老若男女種族問わず様々な人々によってひどく混雑していた。

 そんな大人数でありながら道をふさがずに端によっていれば、今がどのような状況かそれなりに察することができるというものだ。


 彼らは観客でありこれから起こるであろう国を挙げての大事を盛り上げる要員なのだ、そして観客が今か今かと待ち望んでいる先に登場する役者は他ならない。

 向こう側より歓声の音が少しずつ大きくなってこちらへと向かってくる、騒然としていた民衆もそれを耳にとらえ次々と喝采の中心へと注目した。


 口笛と共に紙吹雪が舞う中、異世界より召喚された勇者たちは歩を進めていた。

 先陣を切るは言峰、国王より授かった黄金色の鎧を身にまとい至宝である聖剣を腰に下げ、この国随一の馬にまたがる姿は絵本に登場する白馬の王子のようだった。

 この日のために乗馬の訓練も行っていたようで、まだ慣れない手つきで名馬を進める。

 

 その傍にくつわを並べるのは二人の女性、右に聖女として認定された桐埼 琴葉、左にこの国の第三王女であるカトリーナ・フォン・ルべリオスである。

 桐埼もまた、技巧の限りを尽くした法衣を身に着け、左手には魔術の補佐を担う杖を握りしめて自信に満ちた表情で言峰に寄り添う。

 そして一級品の業物わざものを腰に据えた剣聖ソードマスターの生徒会長こと町田と、籠手ガントレットを両腕にはめたスポーツ娘こと皆瀬が後ろを固めていた。

 その後からそれぞれの職業ジョブに適切な装備に身を固めたクラスメイト達が続き、最後尾は重厚なプレートメイルに身を包んだ騎士たちが整然と並んで行進する。


 そんな豪勢な行列の中央よりやや後ろ、一人の少女が馬上で浮かない表情で手綱を握っていた

「おい七瀬、なんでまたそんな顔してるんだよ、せっかくの美人が台無しだぜ。

……やべぇどうしよう、今のセリフカッコよくね?」

「かっこいいですね俊君、最後の言葉さえなければ」

 眉間に寄っていたしわを指で解きほぐす賢者に、隣を歩いている重戦士がからかい交じりに声をかける。


「あまり人の喧騒というものが好きではないんです、私。

出来ることなら王立図書館で静かに本と暮らしていたい…」

「そういうなって、賞賛の嵐の中を歩くなんてめったに出来ないことなんだぜ?

少なくとも七瀬はそれを受けるに値する功績と実力を持っている」

「私一人で手に入れたものではないのですけれど…」

 遠出から帰った彼女が行ったクラスメイトの強化は着々と進んでおり、そのほとんどが中堅寄りの冒険者兵士と渡り合えるほどの実力を身に着けていた。

 ことパーティ編成などの人事においてはクラスの中で信頼を得ており、言峰からも参謀として頼りにされている。

 しかし彼女はその結果を自分自身の不断の努力の成果だと誇ることが忍びなかった。


「そう固く考えるなって、ほれ、あっちが笑顔で手を振ってるじゃろ? こっちも笑顔で手を振ってあげればいいだけの話よ。

ちょうど言峰がやってるように」

 前方で黄色い声援にこたえる言峰に、桐埼が横から嫉妬の目線を向けている。

「無理です」

「なんでまた、そんだけ謙虚にならなくてもいいだろうさ」

「いえ、そうではなくて」

「おん?」

 柿本が見上げると賢者はどこか申し訳なさそうに綱を握る拳に力を入れる。

「片手を離したら…馬から落ちてしまいそうで怖いです」

「そりゃ残念」


◆◆◆


「ずいぶんと豪勢な行列だねぇ」

 勇者一行を見下ろすクラマの声がベランダから聞こえる、自分ことクロードはルべリオスの黄金槍に居を構える宿の二階に宿泊していた。


「クロードはチラ見しただけでいいの?

めったにお目にかかれない勇者コトミネの晴れ姿だよん?」

「一度見れれば十分だよ」

 全体をざっと見てみたが柿本をはじめとしたクラスメイト達に変わりはなさそうだ、言峰たちも相も変わらず恋の戦争を繰り広げている、だとしたらいつまでも見続ける意味はない。

 それに今回のイベントは自分たちだって他人事ではない、冒険者の間ではあまり珍しくない和服姿を背にこちらでもダンジョンへもぐるために持ち物の最終確認を行う。


「ポーションは体力と魔力回復を5個ずつ、ブレイブとシールドを3個ずつ。

ナイフは念のため20本ほど入れておいたほうがいいか…」

 机の前に規則正しく並んだ道具を順番に鞄の中へと仕舞っていく。


「ナイフは10本ぐらいでいいんじゃない?

物資を運ぶ階層も低いし、仮に魔物モンスターに遭遇したとしても戦うのはあんただけじゃないんだろう?」

「そうかもしれないけど念のため。

あと、この行事が何事もなく終わりますようにと私なりの願掛けの仕方なんだ」

「そうかい、少しぐらい何かあったほうが盛り上がると思うんだけど」

「何かあったらそれを片づける事になるんだよ、私が」

 ギルドマスターから受けるSランク相当の依頼のほとんどは討伐、採取などといった内容のものなのだが、ときどき幻の酒を探してこいだの、勇者が持ち込んだクリスマスの準備を手伝えなどといった、雑事もしくは尻拭いを依頼されることもある。

 つまりなにか事件が起きれば、自分に低くない確率でお鉢が回ってくるのだ。


「いい加減、今回の仕事が終わったらゆっくりと過ごしたいんだ」

「そっか、これが終わったらゆっくり過ごすんだ」

 ニコリ、いや、にまりと笑ったクラマが錫杖をカシャンと鳴らす。

「だったらあたしの里に遊びに来ない?

クロードのところにお邪魔になりっぱなしていうのも悪いしさ」

「…外の人間は大丈夫なのかな」

「大丈夫、大丈夫、私の紹介だっていえば誰もあんたを疑わないさ」

「いや、目立つことが心配なんだ」

「いざとなったら隠れ蓑貸すよん」

「それはどうも」

 最後に双剣のうち一本を腰に差してマントを羽織れば、冒険者ギルドの斥候スカウトクロードの完成である。


「そちらの準備は?」

「いつでも大丈夫だよん」

 錫杖を担ぎ気合十分だと意気込む、烏族テングの象徴である羽は背中へと折り畳み、今の彼女はどこからどう見ても魔術師メイジ系統の職業ジョブが一つ、山伏シュゲンの少女だった。


「さて、いざ戦場いくさばへ!」

 クラマの高らかな意気込みと共に、意気揚々と扉を開け放とうとした自分の目に映ったものは。


『糸持った?』


 目線の高さに張り付けたメモ用紙だった。

「あ、忘れてた」

「わふ」

 突然立ち止まった自分の背中に勢いよくクラマが突っ込む、急いで机の横のフックに掛けてあったアリアドネの糸の束を鞄に入れた。

 振り向くとクラマが鼻をさすりながら壁にもたれかかっている。

「クロード、あたしはもうだめだ。

これだけは覚えておいて、騎士団は元老院の犬だって」

「それは知ってる。

大丈夫だ、鼻の先が赤くなっているだけで命に別状はないよ」

 すると先ほどの弱々しさから一転、不満げな表情で自分の頭に手刀を振り下ろした。


 勇者たちとは別の道でダンジョンへと向かうと、すでに数百人ほどの冒険者がそれぞれ役割の班に分かれて残りのメンバーを待っているという状況だった。

 知っている顔を頼りに探していくと大きな馬車の前で仁王立ちしている男に辿り着く。

「Dランクのクロードだな?

俺はエルドビーンのアースだ、よろしく」

 軽く握手を交わすとアースは手に持っていたボードのリストの内、クロードと名前の書かれた欄に印をつけた、出欠簿に類似したもののようだ。

「聞いての通りこの班が担当するものは勇者たちが使う物資の運搬だ。

あの行列がダンジョンへと入ったらその後をこの馬車が追っかける、そいつを護衛してくれ。

この中の地理なら俺たちのほうが詳しいから任された仕事さ、しっかり給料分の仕事をしてくれよ」

 木箱が搭載された馬車が20台ほど見受けられる、その一台に対して2、3パーティが割り当てられているようだ。

「勇者たちに物資を配給して空になった馬車はそのまま地上に戻す。

その馬車を護衛していたパーティもそこで仕事終了という算段さ」

「なるほど、それで私が割り当てられた馬車は?」

 するとアースが出席簿を脇に抱えて肩をたたいてくる。

「お前は俺たちと同じ馬車さ。

喜べ、初日の夜に勇者に物資を支給すればそこでお役御免だぞ、給料もその分低いがな」

 後半を皮肉交じりに話すその声色はどこか明るい。

 エルドビーンのように、ある程度の蓄えがある冒険者たちにとって残りの二日間は休日のようなものになるのだろう。

 その証拠に彼の様子は土日を前にした金曜日の柿本と雰囲気が似ている。


「そこらで軽くウォーミングアップでもしといてくれ、それぐらいでみんな集まるだろう」

「分かった」

 馬車の横にもたれかかり、遠くに見える勇者たちを強化された視力で観察する。

 どうやら王女であるカトリーナが同行するのはダンジョン前までのようで、無事に帰ってくるようにと言峰の手を強く握りしめていた。

 

 そして最後尾である騎士たちが洞窟の中へと飲み込まれたとき、アースが合図を下した。

「出発するぞ!」

 鞭の風切音とともに馬のいななきが甲高く辺りに響き渡った。

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