第88話 とある男の立ち話

 勇者と冒険者の会合が無事に終了し、いよいよ遠征が決行される前日の夜。

「遠藤秀介?」

 ギルド付近に無数に存在する冒険者御用達の宿ひとつ、『蝶の羽ばたき亭』のベランダにて自分ことクロードはとある人物の名を口に出していた。

 季節はゾンマを過ぎて少々肌寒くなり、乾いた空気と強く吹く風が放った声をどこか遠くへ流していく。


『あぁ、フィンケルが帰ってきた第一声がそいつの名でな。

奴の目に留まったらしく、満足げに話すもんだから俺としても気になるんだ』

 掌に抱えている水晶が音の抑揚に合わせて内側に光を灯す、声の主はギルドマスターであるバッドのもの、音を魔力の波として放出、受信する二対一組の摩道具によって遠く離れた会話は成立していた。


「待ってくれ、今思い出す」

『おいおい、仮にもこの世界に来る前は同じ集団の仲間だったんだろ?

そんなに記憶がおぼろげになるのか?』

「悪いね、もう一年前以上前の記憶なんで忘れかけているんだ」

 例えるならクラス替えをする前のクラスメイトの一人を思い出すようなものだ、全員と友達になろうと意気込んでいるならともかく、柿本や鬼塚などの友人でもない限りすぐ思い出すことはできない。

 人差し指をこめかみに当てて一人ずつ顔に名前を当てていく、出席番号順なので目的の人物まではそう時間は掛からなかった。


「思い出した…そうか彼か」

『なんだ、その妙な言いぐさは?』

「いや、今まで彼がおとなしくクラスの中で過ごしていたことに少し驚いた。

なんせ少々癖のある人間だったから」

『というと?』

 話す前に周りの状況を一度うかがう、話の内容を誰かに聞かれるのは少々まずい、辺りに人の気配がないことを確認してもう一度水晶に小声で語り始める。


「人物像としては言峰や七瀬とは違って、行動の根幹に理論をつけるタイプの人間、物事の全体像を見極め頭の回転が速く彼以上に参謀に適任な人材はいない」

『なるほど、フィンケルが評価するだけの才能がある、ということか』

「だけど言峰たちは彼を積極的に使ったりはしないだろう」

『どういうことだ?』

 ギルマスの声に疑問の感情が乗る、評価をしているのにこの結論を出されては誰もが思うだろう。


「彼の性格に問題があるんだ。

いや、遠藤の性格がどうしようもなくダメだとかそういう意味ではなくて、言峰や元老院たちとの相性が考えられる限り最悪の部類に入るという話」

『そんなにか? 確かにフィンケルから聞いた話じゃ言いにくいことをはっきりというやつだとは言っていたが』

「彼の性格はどちらかというと現実主義リアリズムに傾いているんだ。

勇者として召喚される前、祭の前準備で『作業の邪魔だ』という理由でラブコメをやっていた言峰たちを追い出したほどに」

 文化祭の出し物において、誰が一番看板の文字をうまく書けるかどうかと生徒会長と他の女子学生が無駄に競っていたときに一喝した出来事は、クラスの中でもちょっとした珍事として記憶に残っている。


『そいつはすごい、さぞかしコトミネ達から嫌われたんじゃないか?

夢や理想ばかり語るあいつらには耳の痛い言葉を遠慮なく喋るだろうからな』

「まぁ、他のクラスメイトからは表裏のないしっかりした性格として頼られてはいたけど、言峰の周りにいる人間からは敵として見なされていたはずだよ。

もし一年前の言峰と私の決闘騒ぎ、言峰の引き立て役に私以外が選ばれた場合、真っ先に白羽の矢が彼に当たったぐらいにはね」

『むしろよく今まで何事もなかったな』

 本当にそう思う、もしかしたら言峰と戦うこととなった自分を見て、彼に反論を述べるのは得策ではないと警戒していたのかもしれない。


『とにかく人となりは掴むことができた、礼を言う。

情報料として今度の高ランク依頼の報酬を5割増しにしておこう』

「…できるなら依頼の数を減らしてほしいのだが」

『おぉ任せとけ! なんせ勇者の遠征が決まったからな。

高ランクの依頼を出す貴族達もそれを承知しているから、当分は楽ができそうだぜ?』

「それは何より」

 これは少し嬉しい、意外なところで遠征の効果が発揮しているようだ。


『それはそうとだ、クロード』

「何か?」

『そろそろできたんじゃないか? ん? 恋の一つや二つ』

「切っていいかな」

『まぁそう言うなって。

戦いや冒険なんぞ年老いてからでもできるが、若いうちにしかやれないことっていうのもあるだろう?』

「恋愛なんて当事者になるより、それを見てるほうが百倍楽しいよ」

 中学校時代は柿本の恋路の様子を横から眺めていたものだ、あいつもよくラブレターを出しては待ち合わせ場所でフラれていたものだ。

 今もどこかで悲壮感漂わせながら膝が崩れ落ちたりしているかもしれない。


『まだまだ若いですな、クロード君。

そんなことは、まだ異性と付き合ったことのない奴が負け惜しみで言うセリフなんだぜ?』

「切るよ」

 話が長くなる気配が横ぎったので水晶の光を閉じようと手をかざす。


『待った、すまん、からかって悪かった!』

「結局何が言いたいのかな?」

『まぁ、正直なところ俺も人を管理する側として心配なのさ。

お前目立たないようにしているが、いつもソロで依頼をこなしているだろ?

仲間、それも異性と共に依頼をこなしたことなんて俺の知る限り二回しかない、こんな数冒険者の中では異常なんだぜ?』

「なるほど…」

『一定の実力のある冒険者に、まったく女っ気がないっていうのも考え物だぜ?

別に無理してハーレム作れって言ってるわけじゃない、心をある程度許せるやつをそばにおけって言ってるんだ』

 確かにこの世界は人が簡単に死ぬ分出産率も高い、それは同時に恋や結婚する比率も高いことを意味している。

 そういった意味では、今はまだ目立っていないからいいとして、何かがきっかけで悪目立ちしてしまうかもしれない。

『メイドの一件でお前があまり他人に心を許さないのは知っている。

だがな、何もかも一人で解決するっていうのは強いかもしれねえが、それ以上に寂しいぜ?』

「………善処するよ」

 前向きな言葉と共に摩道具の光を消した、内側にある一つの光源を失った水晶は代わりに町のたくさんの明かりを映し出す。


「私が恋、か」

 自分が傍に特別な感情を抱く女性を置く姿が思い浮かばない、それ以前に女性を誘って了承を得られる光景が想像できない。

 『目立ちたくないから付き合って』なんていっていったいどんな女性が首を縦に振るのか。

 しかし今すぐには無理だとしても、遠くない将来どうにかしなくてはいけなくなる時が来るだろう。

 親指と人差し指で眉に寄ったしわを揉みほぐす。


「クローーーーーーーーーード!」

「っ!?」

 大きな声が扉の向こう下へ降りる階段から聞こえてくる、突然の事態に一瞬水晶を落としてしまう。

 幸い右足の甲で受け止めて、声の主へと振り向いた。

 目の前には右手にスプーン、左手にフォークを装備したクラマが仁王立ちしていた。


「今からグラタン食べ放題だって! 行こう行こう!!」

「席は離してくれよ? 君の積み上げる皿はけっこう注目の的になるから」

 水晶を机の上に置いて、部屋を後にする。





◆◆◆





 水晶は廊下の明かりを受けて二つの光が輝いていた。

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