双竜編

第84話 始まりは騒がしく

 『いつもと少し違う』というものは心身ともに良い刺激となり、平凡な生活に緩急をつけるうえでも重要なことだ。

 毎回同じことの繰り返しは確かに平和の象徴といえるかもしれないが、やはり少しばかり退屈だと感じてしまう。


 自分ことクロードが冒険者ギルドの扉を開けたとき、迎え入れる雰囲気がいつもより騒がしいことに気が付いた。

 いつもなら数人は飲んでいるはずの酒場では、装備は最小限ながらも気迫のこもった討論をふるっているパーティで埋め尽くされており、依頼の受諾で行列の出来ているはずのカウンターは数人が待っているだけという状態だった。


「おんやこれは?」

「少し遅かったか…」

 後ろからクラマが何かを察するような声が聞こえる、自分はそれを聞き流し自身が建てた想定の甘さを噛みしめていた。

 カウンターに向かおうとすれば、ちょうど対応が終わったカレラがこちらに気付き、こっちに来なさいと手招きをしてくれた。

 しかし、ギルドにおいて一二を争うほど人気のある受付嬢の席、いま並んでいる冒険者が極端に少ない状況でその席に座るのは自分にとって自殺行為だ。

 その合図をあえて無視して、カレラの隣の受付嬢のカウンターへと歩を進ませる。


「相変わらず、こういうところは頑固ですね」

「ただ照れてるたけじゃないのん?」

 横で何やら小鳥がさえずっているが、注目を集めるような事態に発展するよりは、幾分かましな選択といえるのではないだろうか。

 

「これを」

「はい、採取依頼ですね…あら?」

 いつも通りの依頼書を渡すと、担当している受付嬢は物珍しそうに自分の顔をまじまじと見つめた。

「珍しいですね、クロードさんがパーティを組んで依頼を受けるなんて。

いつもお一人で受けていらしたので、てっきりソロ専門だと思っていました」

「私だってたまには仲間と組みますよ、それより受諾判じゅだくはんを」

「あ、失礼しました」

 この事態を作ってしまったのはほかでもない自分だ、一刻もこの気まずい雰囲気から抜け出す必要がある。

 カレラもクラマも、そして担当した受付嬢も顔立ちが整っている、そんな空間に留まるのはあまり好きではない。

 担当をかし、判が押された依頼状を受け取るとすぐさまベル付きのドアを無音で開き、逃げるようにしてそそくさと冒険者ギルドを抜け出した。


「お~い、待った待った」

 ギルド前の大通りを七歩踏んだところで、後ろから肩をたたかれた。

「ひどいじゃないか、今回の相棒を置いていくなんて」

「失礼、どうも体が受け付けなくてね」

 色付きのタイルに舗装された道路を二人並んで歩きながら、横目で改めて彼女の姿を確認した。

 いつもの山伏の衣装は変わらずだが、背中からはやしている翼を今は服の中に隠しているため、烏族テングだとはばれていない。


「…むず痒いな」

「おん?」

「なんでもない」

 いつも会う場所が屋敷の庭だったので、自然と彼女をイメージするときの背景がそこに張り付いていた、彼女と王都の道という普段は離れているものが一緒に目に映る違和感が、心の中でくすぶっている。

 授業参観の時に親が学校へとくる感覚、あれに近いかもしれない。

 では、なぜ彼女と今行動を共にしているのか、それは霧の事件の後、彼女が自分に対してある懇願をしてきたからだ。

 次にイベントか何か起きたときは、一緒に関わらせてほしいと。

 別に断る理由もない、ちょうどパーティとしての経験を積んでおきたかったこともあるし、彼女の高い見識と戦闘能力は、依頼の成功を手助けすることはあっても邪魔することはない、何より彼女はこの世界の中で自分が信頼できる数少ない人物だった。


 そして、その約束は以外にも早く果たされることとなる。

「意外と早く決着がついたものだ、あと半年は喧々囂々けんけんごうごうとしているだろうと踏んでいたのだけれどね」

「まあいいことじゃないか、おかげさまで歴史的瞬間になるかもしれない場面に立ち会うことが出来るんだからさ」

 歩みを止めて後ろを振り返る、まっすぐに敷かれた道路の先にはこの王国の支配者たちが暮らす牙城が構えていた。



◆◆◆



 神聖ルべリオス王国、冠鷲かんじゅの間、通称『王座の間』とされるこの場所で今、ルべリオスの重臣たちが肩を並べて、こうべを垂れていた。

 真紅の布に金の刺繍を施した絨毯の上に、それに負けず劣らずの豪華な装備に身を包んだ少年少女が同じく騎士のように跪いて、主の登場を待ちわびている。

 これだけの人数が一つの空間にいるというのに、まるで話し声や私語が聞こえることがなく、かすかに響くのは鎧と、衣ずれの音のみに統一されており、その場がある意味異常な場所であると改めて感じられる。


「この地の王にして、東大陸の覇者、神聖不可侵なる神聖ルべリオス王国国王カイゼル・フォン・ルべリオス閣下のご入来である!」

 静かな水面に石を投げるようにして、突如力のこもった声があたりに響き渡った、それと同時に周りの緊張した空気が目に見えて高まっていく。

 やがて重厚な扉が開き一人の男が姿を現す、動作は緩慢だがその動きは重厚で堂に入っており、その場を圧倒するほどの覇気も相まって、彼がただ物でないこと十二分に語っていた。


 玉座にたどり着くと衣を一度翻ひるがえし、どかっとやや乱暴に腰掛けた。

「…おもてを上げよ」

 腹に響く声とともに軽く片手を上げる、この動作によってようやく彼らは王のご尊顔を拝謁する権利を与えられるのだ。


「右大臣よ」

「はっ、ここに」

 王が名を呼ぶと、傍らに控えていた少々太めの男が懐から黄金の鷲をかたどった書簡を取り出した。


「勇者コトミネとその戦友へ陛下からの勅命を下す!

明日あす、貴殿たちはこの国が保有するダンジョンへとおもむき、その力を以って人類の光を示せ!」

「はいっ! つつしんでお受けいたします!」

 勇者コトミネは元気よく返答した後、両手を差し出しその書簡を受け取る。

 光に満ち溢れた勇者が厳格な王より勅命を受け取る、その光景はまるで一枚の絵のように完成させており、同席していた貴族や軍人の中に感嘆の息を漏らすには十分なものであった。

 言峰が書簡を手に立ち上がると、たちまち割れんばかりの拍手と喝采が沸き起こった。




「おっしゃあ! 目の前にダンジョンがあるっていうのに行けないなんて生殺し状態で一年、やっとこの日が来ることを待っていたぜ!」

「いよいよだな、おれの魔法が火を噴くぜ?」

「お前の魔法って水と風じゃなかったけ?」

 言峰が勅命を片手に王座の間を出ると、クラスメイト達は今までの緊張から解き放たれそれぞれの思いを仲間に話している。

「ついにこの日が来ましたね、言峰君」

「派手に行きましょうや、言峰さん」

「全力でサポートするよ、言峰君」

 言峰の目の前で生徒会長がこぶしを握ってふんすとやる気を見せたと思えば、いきなり後ろから肩を組まれるようにして皆瀬ことスポーツ娘が飛びつく。

 そして隣で聖母のような笑みを浮かべながら、桐埼がそっと隣に寄り添った。


「あぁ、僕たちの今までの成果を、ダンジョンのモンスターに見せつけようじゃないか」

 言峰は彼らの期待に応えて天にぶつけるようにして、こぶしを高くガッツポーズをした。


「コトミネ様!」

 一通り騒いだそのとき、廊下の向こう側からはつらつとした声が聞こえてきた。

 視線を移せばいつも彼に笑顔を与えてくれるメイドが、元気よく駆け寄ってくるのが見えていた。

「ティファ! おっと」

 彼女は走る速度を緩めることをせず、逆に速さを増して彼の胸へと飛び込んでいった。

 この勢いには勇者の称号を冠する言峰でも、完全に抑えることはできず、思わずしりもちをつきながら彼女を抱擁する。


「贅沢なことは申しません、どうかご無事に帰ってきてください」

 言葉をつなげる彼女の目の端には一粒の滴が浮かぶ。

「大丈夫だよ、ティファは心配性だなぁ」

 言峰は彼女を優しく撫でながら、彼女をなだめようとした。


 ティファは顔をあげて言峰と目線を合わせる、

「一年前、コトミネ様は私をあの男の手から解放してくれました。

私にとってコトミネ様はすべてを照らしてくださる光なのです、どうか私たちのためにも無茶をしないでくださいね?」

「わかってるって、みんなを危険にさらすような真似はしないよ」

 言峰は言い切った後、さらに彼女を強く抱きしめた。


「おやおや?熱くなってますなぁ」

「…ずるい」

「むう」

 三人の恋敵は三者三様に視線を熱くし、男子は周りではやし立て、女子は黄色い声を上げている、このクラスではいつも見かけられる光景だった。


「ふう」

 その傍らで賢者七瀬はため息をつく、真実を知る彼女からしてみればこの空間は居心地の良いものとはいい難い、すぐにもクラスのパーティ編成を確認する作業に入りたかった。

「そう、重いため息つくなって」

「柿本君…」

 横から声がして振り向いてみれば、良き理解者がこれ以上ないくらいの笑顔を浮かべていた。


「言峰はこの国にはなくてはならない存在だ、きっとあの元老院のことだからめちゃくちゃなもんは出してこないだろうさ」

「そうですね、だといいのですが…」

 いくら準備をしてもこの不安を拭い去ることはできない、未知の領域に対して心配しても過ぎることはないというのが彼女の持論だ。


「こんなときあの人がいてくれたら、心の底から安心できるのですけれど…」

 この場にはいない人物を想像して、頭を押さえる。

「あいつ、元気にやってるだろうかね…」

 柿本もまた、あの性格が少し変わった盟友に思いを馳せながら遠くの空を眺めるのだった。



◆◆◆



 数日前、王国より一通の書類が冒険者ギルドに送られてきた。

 内容は勇者たちがダンジョンに三日ほど潜るというもの、あの元老内の不毛な争いについに終止符が打たれた瞬間だった。

 しかし、冒険者は当日勇者たちが潜っている間、補佐に当たるものを除いて立ち入り禁止というお触れも同時に出された。


 これには度胸が自慢の冒険者たちも、さぞかし度肝を抜かれたことだろう。

 冒険者たちの一日の稼ぎは高ランクのものを除き、その日の飯代と防具の整備代に使ってしまえばほとんどがすっからかんになってしまう。

 そのためダンジョンにおける収穫は彼らの生命線といえるのだ。

 しかし今その生命線に元老院がはさみを入れようとしている。

 三日間も勇者たちがダンジョンに潜り込むということは、三日間彼らは三日三晩稼ぎなしでやって行けということ、冒険者として、いやそれ以前に人としての生活が脅かされる事態に陥ったのだ。


 さすがに王国側もこの事態を見過ごすはずもなく、勇者たちのダンジョン遠征における様々な仕事を冒険者に任せる形で対処をとった。


「そんで、クロードはどんな仕事をもらったの?」

 クラマが横からこちらを覗き見てくる。

「…勇者コトミネの」

「お!」

「後方支援部隊の内の輜重しちょう部隊の護衛の隊員だよ」

「うおおぉ…クロードらしい」

 自分は一応、三日間仲間達を食べさせていけるだけの財の貯蓄はある、しかしだからと言って何もしないのはギルドの中で目立ってしまう、それを危惧して一応ギルマスから役職はもらっておいた。


 しかし、護衛といっても安全な低階層でのものなので、実質的な内容はただ輜重部隊の横を並んで歩いていくだけのものだ、当然賃金もそれに見合ったもので薬草を数本集める依頼と同程度の銀貨しかもらえない。

 この状況を同じ下っ端の仕事を受けた冒険者たちは重く受け止めた、そんな雀の涙では問題が解決できないのは明白だ。

 彼らは必死に打開策を考え、一つの解決法にたどり着いた。

 いつものように朝に依頼を一つ受けて夕方までに達成して帰ってくるのではなく、二つの依頼を早朝から昼、昼から夜までの二日分の依頼を達成し、二倍の依頼料をもらうことによって何とか勇者たちがダンジョンで活躍している間を食い繋ごうと考えたのだ。


 自分もまた、周りから浮いた存在にならないように彼らと同じように行動することにした。

 しかし、ここで一つの予想外が生じる、彼らが行動する時間が自分の想定していた時間よりも早かったのだ。

 考えてみれば当然だろう、自分は影を薄くするために受けているに対して、彼らは文字通り生死にかかわる、その気迫の差が依頼を受ける時間差タイムラグを生じさせ、その結果できたのが皆が依頼書を持って飛び出した後の、行列の少ないカウンターというわけだ。

「私もまだまだだな…」

 次からは周りの人の気持ちを汲み取って、もっと目立たないように行動しなければならない。


「クロード」

 横から呼ばれて振り向くと、クラマがこちらを向いて早く行こうと仕草で表していた。


「あぁ、行こうか。

その前に爺さんのところで新しい鎧を受け取らせてほしい」

「分かったよん」

 目的地に向けて足を向ける、彼女の錫杖がカシャンと鳴った

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