第82話 その手は短く
騒乱が終わり再び静寂を取り戻した後、その場所には横たわった馬車と巨大な蟻地獄が並んでいる。
一匹の
自分ことクロードは
■■■
【Name】 ミストプラント
【Rece】 中型樹木 《魔物》
【Sex】 なし
【Lv】127
【Hp】 1360
【Mp】 1360
【Sp】 0
【ATK】 1360
【DEF】 1360
【AGI】 680
【MATK】 1088
【MDEF】 1088
■■【
■■【スキル】■■
<
【
【思考加速】Lv,3
【眷属召喚】Lv,4
<
【捕食】Lv,5
【熱耐性】Lv,6
【索敵】Lv,7
■■【称号】■■
【第三級災害指定種】
■■■
なかなかの強さだ、スキルの質といい
「まずいな…」
今置かれている状況を確認し、口の中で小さくつぶやく。
このままじっとしているわけにもいかない、先ほどの貴族と部下の会話から別動隊があと数十分もしないうちにここへと駆けつける、前門の虎後門の狼とはこのことをいうのだろうか。
「クロードさん、二手に分かれて注意を分散し脇をすり抜けますか?」
「すり抜けるよりも先に、あの鞭で各個撃破されてしまう得策とは言えません」
今回の
「とにかく今の装備ではあの
「そうですね、貴族の所有物を使ったとしても最悪、
あの
だったらここから速やかに立ち去って、初めから『ここに存在しなかった』ということにしておいた方が百倍利口だ。
「今から十分以内で」
「わかりました」
幸いというべきか周辺には貴族の馬車から転がり落ちたもので埋め尽くされている、このアイテムを使えば
【潜伏】を使わずに二人が分かれて行動するならば今しかない、制限時間内にやることを胸に刻みいざ行動を開始しようとする。
そこでもう一度エストの表情を見ると、なぜかその小さな顔に微笑を浮かべていた。
「何か嬉しいのですか?」
「もちろんです、こうやって誰かと相談しながら冒険するのに憧れてたんですけど、いままで一人でしか行動できなかったので…」
「…そう」
普通に声をかければ応じてくれるパーティはいくらでもいると思うのだけれど。
「それでは、私は【鑑定】で役に立ちそうなものを探しておこうと思います」
「よろしく頼みます」
「頼まれました」
ふんすとガッツポーズをして、彼女は忍び足で馬車の方向へと向かっていった。
「さて、と」
こちらもあの
懐からナイフを一本取り出し、さらにカバンの中から丈夫な縄を取り出す、かなり大がかりな工作になるが、隠密能力を最大限まで使っているので気づかれることはないだろう。
後は応援の部隊が予定より早く駆け付けないことを祈るばかりだ。
◆◆◆
「クロードさん、すべての準備整いましたよ」
自分たちはすべての準備を整え、いざ決行というところ段階までたどり着いた。
「なんだか今になって緊張してきちゃいますね…」
「失敗しないことを信じましょう」
いざとなったら【影移動】で帰還するということも考えておいたほうがいいかもしれない、その時は彼女に隠していたことを話さなければならないのでできれば使いたくない手段だ。
目の前には丈夫な縄を括り付けた樽が一つどっしりと置かれている、他の荷物に比べて比較的近い場所に落ちていたので運ぶのは苦労しなかった。
「よし、さっそく始めようか」
そういって自分は樽を肩に抱える、重量は大体5、60㎏程だろうか。
それを抱えてミストプラントの目の前に飛び出した。
「そらきた」
すぐさまいくつもの触手が自分を捕らえようと、その長い手足を伸ばしてくる。
前にとらえた貴族や兵士だけでは物足りないらしい、随分と食欲旺盛なことだ、自分は右へ左へと触手を躱しながら、本体のある蟻地獄の穴へと近づいて行った。
すると触手は自分を穴に誘い込むかのように、穴以外の方向に展開し逃げ道をふさごうと試みた。
「ふんっ」
自分は退路を断たれる前に樽を穴の中心へと投げ飛ばし、すぐさま包囲網の隙をついて逃げ出した。
樽は見事な放物線を描きながら、吸い込まれるようにして穴の中に潜んでいる本体へと落ちていった。
何かの攻撃だと受け取ったのだろう、ミストプラントは外に出していた触手をすべてひっこめ自身に向かってきた樽を一番の攻撃目標にする。
樽の素材はキルルと言ってその硬度は木の中でも五本の指に入るが、それを飴細工か何かのように一つの触手が突き破った。
するとその穴から琥珀色の液体がつぼみへと降り注いだ、いきなりの出来事にプラントは一瞬の硬直を余儀なくされる。
「今だ!」
合図を出すと同時にそばの茂みに潜んでいたエストが、応援が来る側とは反対方向に走り出す。
かくいう自分もその合図で彼女とともに走り去ろうとした。
しかし敵は脳みそがないくせに知恵は回るらしく、すぐさま自分たちの意図を見抜き捕獲しようと根を向けてきた。
「来ますよ」
「はい!」
こちらへ触手が向かってくる、少し離れたとはいえまだまだ射程の範囲内だ。
あの速度ではこちらが振り切るまでにもう4、5発受け流さなければならないだろいう。
エストの背中から一番最初の触手が鞭のようにしなりながら襲い掛かってくる、彼女も必死に走ってはいるがそれが無意味に思えるほどの速度だった。
そして無慈悲なそれが容赦なく叩き付けられた、
…彼女の横の地面を。
続いて自分たちを薙ぎ払おうと横から薙ぎ払うようにして、攻撃が繰り出される。
…自分たちの頭を通り過ぎて。
そのあとも縦横無尽に攻撃が繰り出されるが、そのすべてが見当違いの方向へと飛んでいく。
「効いたみたいですね」
「ですね」
効いたものは無論先ほどたるに注がれていたもの、それは毒薬や睡眠薬よりも単純でかつ強力なもの。
それは、酒。
貴族の馬車から落ちていたものだった、どのみち蟻地獄に吸い込まれそうだったので使ったとしても大した問題はないと判断した。
しかもあの酒はアルコール度数に換算していえば80パーセントを超すほどの強い酒であり、並の人間ならば3杯飲めば足腰が立たなくなってしまうほど。
つまりあの
「先を急ぎましょう」
「もう…全力…なんですけど!」
荒い呼吸の合間に必死に返事を返してくる、返答する余裕があるならもう少し速度を速めようか。
どのみち出口は近い、あと10数歩走れば安全を確保できる。
少しだけ光明が見えたその時、目の前の地面が少し盛り上がったことに気付いた。
「っ!」
「きゃ!!」
あわてて隣の彼女の腕を掴み、緊急停止をさせる。
「…」
「わあぁ」
目の前にいくつもの触手が展開され、防壁のようにこちらの行く手を阻む
遠距離からの攻撃を不利と見たプラントは、地中に張り巡らせていた根を地表に突き出して少しずつ追い詰める作戦に変更したらしい。
なかなか有効な作戦だ、やられるほうからしてみればたまったものではないか。
ただ、
「…想定の範囲内です」
前に同じような手段をこれよりも巨大な相手からとられたことがある、故に同じような思考回路を持っているだろうとは思っていた。
懐からナイフを手に取り、狙いを定めて精神を集中する。
当てる箇所はとても小さく、敵に察知されないためにも一回で達成する必要がある、そう考えると少しばかり緊張してきた。
一度素早く深呼吸し、心の中を鎮める。
すぐ横にいる彼女の顔にふと向いてみた。
「クロードさん」
言葉はそれだけであったが、その瞳に満ちているものは恐怖でも不安でもなく純粋な自分に対する応援だった。
失敗するなんてことは
『まいったな』と心の奥底から少し熱いものがこみ上げてくる、二度とこんな役割はごめんだ、心がどっと疲れるし、目立つ。
「はっ」
短く息を吐き、渾身の力を入れて投擲する。
ナイフは弾丸のような速さで今まで駆けてきた道を通り過ぎ、蕾へと接近した。
そして、
蕾を通り過ぎ、縄を切断することとなった。
正確にいうのならば傍にあった木を頂点が地面につくほどにしならせて、先端を近くの岩と結んでいた丈夫な縄を。
自らを拘束していたものがなくなった木は、ばね仕掛けのように急激に元の形へと戻ろうとしていた。
しかし木に結び付けていた縄は一つではない、先ほど酔っぱらう原因となった樽あの周りにも念入りに結び付けていたのだ。
突然の大きな力に引っ張られる樽、それを餌のように
結論は目の前で宙に浮いた
地中に張り巡らしていた触手をすべて引っこ抜かれ、まるでつられた魚のようにしばし空を飛んだ後地響きを立てて先ほどよりも遠くの場所に着地した。
「行きましょう」
「はい」
勿論自分たちの目の前に立ちふさがっていたあの障壁はもうない、自分たちがその場所を後にしたのは言うまでもなかった。
◆◆◆
その後、自分がギルマスに秘密裏に報告したことによって、討伐
幸いSランクパーティがギルドに滞在しているため、一日で決着がつくように取り計らうらしい。
正式に報告するわけではないので、自分とエストはそれについての報酬をもらうことはできないが、代わりに採取した素材の買い取り価格に少しだけ色を付ける形で決着した。
「今回はありがとうございました!」
今日もまた日が暮れて、仕事を終えた冒険者たちが飲めや歌えやで騒ぎ出すギルドの酒場。
その宴会騒ぎの隅っこで、自分とエストは難関を乗り越えたことを祝ってささやかな祝杯を挙げていた。
目の前でエストがスペアリブを頬張りながら、自分に向かってお礼を言う。
「クロードさんがいなかったら、私どうなっていたかわかりません」
「こちらこそ、あなたがいなかったら今頃私は胃の中で消化されていたよ」
間違いなく彼女が酒や加工する道具やらを調達しなければ、あそこまで円滑に進めることはできなかったはずだ。
「それでも、私が足を引っ張ってしまったことは確実ですし」
「そんなことはないですよ、むしろ…」
「むしろ?」
「…いえ、なんでも」
自分がナイフを放つとき、彼女は曇りのない目で自分を信じてくれた、今思えばあれのおかげでうまく縄に当てることができたのではないかと思う。
自分にできるだろうか? 他人を全面的に信頼するということが。
思えば今迄このクロードは影山亨の時から、何か難問にぶつかったときできるだけ自分の中で解決してきた。
職業もダンジョンも言峰との決闘も。
ただ彼女を見て、たまには人に全面的任せるのもいいのではと思えてくる、それだけで彼女とパーティを組んだ価値があるのかもしれない。
「エスト…さん?」
「エストと呼んでください」
「分かりました、エスト」
「はい?」
小首をかしげる彼女に、一呼吸おいて言葉を続けた。
「…また、パーティを組んでもいいですか?」
すると目に見えてわかるぐらいに表情が明るくなり、こちらの手を握ってまた上下に振った。
「是非!いつでも!というよりこちらこそお願いします!」
「さて、仕事の話もほどほどにして、この場を楽しみましょうか?」
「そうしましょう! 私追加の注文しますね?」
席の周りではそれぞれの冒険者が今回のイベントでの武勇伝を語っている。
自分はしばしそれに耳を傾けて、この夜を過ごしていった。
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