第80話 静かな怪物

 この世界において魔物モンスターと呼ばれる存在は空気中に漂う魔力が集まって生まれてくるといわれている。

 そのため自然と魔力が集まる場所は魔物モンスターの巣窟になることも、ある意味では当然のことといえる。

 ダンジョンを筆頭に、霧の漂う森、湖、山奥、人が住まうことを放棄した遺跡。


 神聖ルべリオス王国より距離数km、そこを占拠する中規模の林もその一つだろう。

 ケロの木が多く分布する標準的な林で、他と比べて人の手入れが行き届いているため、発生する魔物モンスターがスライム、ゴブリン等と言った低級魔物モンスターである。

 そのため戦闘になれるには丁度良く、経験の浅い冒険者の修業の場として頻繁に足を運ばれた。

 先日では勇者言峰のLvレベルを上げた場としても有名な林だ。


 その林が最近、不気味に静かになったというのが事の始まりだった。



◆◆◆



『探索要員募集!』

 冒険者ギルドの依頼掲示板、本来であればランクごとに依頼用紙が張り出されているはずなのだが、今回はその境界を無視して大きく紙が張り出されていた。

 

「俺と組むやつはいないか~?」

「あと二人募集していま~す!」

 その前ではいくつかのグループが、パーティメンバーを募集するために声を掛けている。

 だがその雰囲気は紙に書かれているような緊張感とは裏腹に、まるで何かのイベントのような雰囲気がある。

 自分ことクロードはその光景を遠くのテーブルで、サンドイッチをかじりながら眺めていた。


 件の始まりは五日前、突然近くの林が霧に覆われたことだった。

 かなり濃いもので、地図がなければその土地に詳しいものですら迷ってしまうほどだったという。

 その林が冒険者の生活に大きくかかわるだけに、原因を探るためすぐさま緊急依頼が出されることとなる。


 結果、林の中心部にこの付近では見かけない特殊な魔物モンスターが存在することが確認された。

 あたりを一面霧で覆い、迷い込んだものを捕食していく形態の魔物だったらしく、実際通りがかった貴族の馬車がその被害者となった。

 事態を重く見た冒険者ギルドは階層ボス並みの討伐パーティを編成、圧倒的戦力をもって駆逐することに成功した。


 しかし、件の魔物モンスターは思わぬ形で冒険者に利益をもたらすこととなる。

 奴が眷属として引き連れていた魔物モンスターたちから、本来ダンジョン深層部からしか取れないはずの希少な素材が手に入ることが分かったのだ。

 一攫千金を狙う冒険者としてこれを見過ごすわけがなく、林の開放を求める声が続出した。

 冒険者ギルドとしても、霧はまだ晴れ切ってはいないが元凶を倒してあるので主な問題はなく、むしろ騎士団や軍などほかの組織に奪われないうちに確保しておきたいというのが本音であった。

 結論として、2人以上の探索パーティを条件に許可する方針となった。

 そして今、目の前の光景が展開されているというわけだ。


 自分は今回、この探索に積極的に参加していなかった。

 基本的に何かのにイベントに巻き込まれることは迷惑とは思わない、ただそのイベントを台頭に立って進めるのではなく、メンバーの一員としてその行動を見ていたいのだ。

 こんな大きな素材を見つけた、俺がとどめを刺したなど、あの冒険者たちが帰ってきて話す武勇伝をさかなに、夕食を食べるのが最近の楽しみになっている。


 手に持っていたサンドイッチの欠片を口に放り込み、朝食を終了させる。

 探索を受けない他の冒険者たちも今日の仕事に取り掛かろうとしている、そろそろ自分も今日の仕事を決めるべきだ。

 募集している冒険者の合間を潜り抜け、Dランクの依頼が貼ってある掲示板へと到達する。

 今日は採取の依頼でも受けておこうか。


「あの…クロードさんですよね?」

 すると後ろから声をかけられる。

 なぜか前にも同じような経験をしたような、そんな懐かしい気持ちにさせる声だった。

 振り向くと革の軽装備に身を包んだ、斥候職の少女が心配そうにこちらをうかがっていた。


「あなたは19階で会った…エストさんでしたかな」

「エストで結構です、お久しぶりです」

 確か20階の階層ボス攻略以来だったか。


「クロードさんも変わらず草木の採取の依頼を?」

「えぇ、これが一番気楽ですから」

 話しかけた相手が想像していた人物と一緒だったので気が楽になったらしい、声に弾みが出て言葉の抑揚が少し豊かになる。


「それでですね…ええと…」

 しかし本題となった途端、歯切れが悪くなりもごもごと口ごもってしまう。

 言いたいことは大体の予想がつくが、そんなに言いにくいことだろうか?


「…あれですよね?」

 親指でパーティメンバーを募集している冒険者たちのことを指した。

 彼女の気持ちを汲み取って、こちらから話を進める。

「はい、クロードさんは採取の依頼をよく受けるので、希少な素材を手に入れられるかもと思ったのですが」

 一通り説明した後、不安そうな表情でこちらを見つめてくる。


「…迷惑でしたでしょうか?」

「いや、別に」

 なぜ自分に声をかけてきたのか、と質問をするのは野暮だろう。

 この少女の性格からして、なにか後ろめたいことを理由に話を持ち掛けてくるほど面の皮が厚くない。

 ただ単に知り合いとパーティを組んで、今注目されている行事を一緒に楽しみたかったのだ。


「それじゃ、一時的にということで」

「は、はい!」

 せっかくパーティを組む機会を設けてくれたのに断る理由もない、だったら探索のメンバーに加わって経験を積んでおくのも悪くはない。

 こちらが手を差し出すと、彼女はその手を両手で強く握ってぶんぶんと上下に振る。


「じゃ、じゃあ!わたし受付から依頼用紙を受け取ってきますね!」

 水を得た魚のように生き生きと、受付へと駆け出していく。

 その光景はまるで明日が運動会か遠足の時の小学生を見るようで、少しだけ微笑ましかった。








 五里霧中、その言葉が似あう場所だった。

 霧を生み出す魔物モンスターが消えた今でも、林は靄が掛かっている。

 どうやら、かの眷属たちは生み出した霧を継続させる能力を有しているようで、すべて倒し切らない限りこの白色の景色は晴れないらしい。

 逆を言えば、それは金の卵を抱いた雛鳥が、まだ存在するという何よりの証拠となるので、憂鬱になりそうな景色とは別に冒険者の闘志は燃え滾っていた。

 時折冷たい風に紛れて剣戟の音が聞こえてくる、たとえ姿が変わろうともここは魔物モンスターの生み出される場所なのだ。


「えぇと…」

 横ではエストが幹に刺さったナイフと、手元の地図を比べている

 ナイフには色付きの布切れが括り付けられている、先駆者たちが知恵を凝らし目印をつけていったのだ。


「この辺りはあらかた狩られたみたいです、クロードさん。

もう少し奥に行ってみます?」

「いや、こっちは他の冒険者が向かったはず。

別の方向に進むほうが確率が高いでしょう」

「そうですね、そうしましょう」

 現在の場所は林に入ってから数十mといったところ、まだまだ探索できていない場所は山ほどある。

 今はまだ探索があまり進んでいない東側のエリアへと足を進めている。


「…それにしても静かですよね、いつもの活気が嘘みたい」

「えぇ」

 『みえない』ということそのものが心理的圧迫へとつながっているのだろう。

 いつも通いなれたこの場所でも、少し前が見えないだけで人は恐怖を抱き警戒心を高める。

 それに、もしこんな場所で声を出せば魔物モンスターに居場所を教えるだけだ、感知系のスキルでも持っていない限り騒がしくするのは得策ではない。


「こういう時、一人じゃなくてよかったと思います」

 エストが安心気に、ため息をついた。


「…そういえば、あれからどこかのパーティに入ることは?」

「…察してください」

 湧いた疑問に彼女は眼をそらして答える、どうやら引っ込み思案な性格は相も変わらずらしい。


「斥候職が悪いのでしょうか、勇気を出して話しかけても申し訳なさそうに断る事がほとんどで…」

「それは失礼…」

 彼女の職業ジョブは【盗賊シーフ】、物を探し出したりすることが得意な役職だ。

 それほど人気がないというわけはないはずだが…


「それより先を急ぎましょう、ほかの皆さんに先を越されないようにしないと」

「そうですね」

 小走りで先を行く彼女に早歩きでついていく、体の輪郭を霧に溶かしてさらに奥へと足を踏み入れていった。


◆◆◆


「まだ見つからないのか!」

 静寂な木々から一つの怒声が響き渡る。


「申し訳ありません、何せこうも四散していては我々の人数の範囲を超えていますので…」

「言い訳はいい!」

 口答えしたもう一つの影を殴り飛ばす。


「何としても探せ、探し出せ!

あれをほかの者の手に渡してはならん!」

 言葉と同時にいくつもの影が動き出した。

 それでも霧はすべてを覆い隠す、たとえ中でどんなことが行われていようと。

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