第79話 最強の冒険者

 それは地下というにはあまりに明るく、地上というにはとても暗い世界。

 光に包まれた溶岩の河が不気味な音を立てながら流れゆき、あたり一面を覆う岩はその熱で所々が赤く怪しく輝く。

 まるで原始惑星の表面でも見ているかのような光景は、見るものにどこか感動と底知れない恐ろしさを覚えさせる。

 そのほの暗い明るさの下に、ちらほらと動く影がいくつも。

 およそ人間が住めないような環境ですらなお、適応し活動する魔物モンスターが徘徊しているのだ。


 神聖ルべリオス王国ダンジョンは、10階層ごとに違った顔を観測者に見せてくれる。

 60階層は火山の中身を除いたような灼熱の世界だった。


 地響きとともに溶岩の巨人が、緩慢な動作で熱の河を歩いていく。

 かたい岩石に覆われたその体は、数か所がひび割れてその隙間から光と熱風が漏れている。

 すると、巨人は何かに気づいたように足を止め、首を振ってあたりを見回す動作をする。

 目の位置に空いた穴には視力があるのだろうか、空洞に熱の明かりが揺らめき瞳のようにも見える。


 しかし、辺りにあるのは黒く変色した岩や、高温高圧によって生成された鉱石、そして自身を含めた不気味な魔物モンスターのみ。

 目的のものが見つからなかったのか、巨人はだるそうに背を向けのっしのっしとその場を立ち去ろうとした。


 その時巨人の体に衝撃が走る。

 まるで後ろから思い切り殴られたような感覚は、巨人にとっては初めての経験だろう。

 何事かと後ろを振り向こうと知れば、やけに体のバランスが取りづらいことに気付く。

 それが右肩を大きくえぐられたことによるものだと気づくには、大した時間はかからなかった。


「すみません! 頭を吹き飛ばせませんでした!」

 この場には場違いな少女の声が聞こえる。

 巨人より数十m離れたところに10人ほどの集団が現れた、先ほど見つからなかったのは巧妙に隠れていたからだろう。


「反撃に備えて後ろに下がって、ニーナ!

バルトルト、【シールドバッシュ】の準備を頼む!」

 集団のリーダ格の男が、彼女にたいして素早く次の指示をとばす。

 重盾兵ファランクスの大柄な男が、担いでいた大きな盾を地面におろし守備の構えをとった。


 巨人は彼らを排除する対象と認め、今まさに襲い掛かろうとしていた。

 近くの岩を持ち上げて振りかぶり、彼らにめがけて投げつける。

「むん!」

 バルトルトと呼ばれた男は、とんできた岩を一度受け止めた後、盾をずらして力を受け流す。

 結果として岩は進路を変更し、パーティの横に着地した。


 投擲は効果がないと判断した巨人は、近接戦へ持ち込もうと歩を進めようとする。

「うりゃ!!」

 すると彼らの中から一つの影が飛び出す、その頭には三角の耳がついており走る姿は地を駆ける獣を連想させる。

 迫った彼女に対して巨人は拳をお見舞いしようとするが、彼女は体をしなやかにひねって回避し、そのまま巨人の足を蹴りで粉砕した。

 体の支えを失った巨人は地上に転倒する、

「いまだ! 一気に畳みかけろ!」

 その号令とともに集団が巨人に対して一斉にとびかかる、各々の技によってその巨体は削岩され徐々に小さくなっていく。


 しかしその体積とは裏腹に、巨人の戦意の減少は起こらず、むしろ激しく抵抗してきた。

「うっ!?」

「きゃぁ!?」

 腕を強引に振り回し、近くにいた数人の冒険者を跳ね飛ばす。

 瀬戸際まで追い詰められた魔物モンスターの最後の抵抗に、周りの者たちも一瞬退く。

 そのすきを逃すほど巨人の知能は低くなかった、腕をある一点にめがけて突き出す、その先には指示を出していたリーダ格の男がいた。


「フィンケルさん!!」

 先ほどニーナと呼ばれた少女が、術でその腕を砕こうとするが詠唱の完成よりも腕が彼に届くのが先になるだろう。


「タフなこって」

 男が悪態を吐きながら対して焦らずに行動を起こす、腰を落とし、横へと回避する姿勢をとった。

 いざ彼が足に力を入れ、攻撃をよけようとした瞬間、腕に何本もの剣線が刻まれバラバラに切り裂かれた。

 結果として、彼の一連の動作はただの徒労に終わってしまう。


「…大丈夫?」

 その場に立っていたのは水色の長髪を持つ、少女だった。

 チンと金属の音を立てて真っ白なレイピアを鞘に納める、その表情は言葉とは裏腹に対して心配していなさそうに読み取れた。


「おいおいセシリア、見せ場奪わないでくれよ。

せっかくカウンターでかっこよく決めようとしていたのに」

「…そう」

 きまりが悪そうに頭を掻きながら、男は苦笑いをするが彼女はそれに対して無表情を返すのみ。

 


「おふたりともお怪我はありませんか?」

 その二人の間に一人の少女が駆け寄ってくる。


「申し訳ありません、私が最初の一発で倒し切れていればここまで苦戦する羽目にはならなかったはずなのに…」

 顔の横に存在する長耳が委縮し、彼女の心境を十二分に語っていた。

「いいって、いいって。

むしろお前が何でもかんでも一発で倒していたら、俺の出る幕がなくなるじゃないか」

 男はそう言って無邪気な笑顔を浮かべた後、少女の頭を無遠慮になでる。

 少女がそれに対して何も抵抗をせず、頬を赤らめてそれを受けているのを見れば二人の関係がいかようなものか想像に難くない。


「はいはい、そういうのは後にして」

 二人の空間に割って入ったのは、先ほど巨人の足を砕いた獣の耳を持った少女。

 黒い毛並みが強く印象に残る、見た目をしている。


「フェリル、他の奴の状態はどうだった?」

 仕事の顔に戻ったフィンケルという男が訪ねる。

「ん~大怪我した奴はいないけど、軽いヤツをもらったのがちょこちょこいるぐらいだね。

たぶん手当したらまだ行けそうだけど、どうする?」

「いや、無理して進む必要はない。

このあたりが潮時だろう、巨人あいつの素材を回収したら帰ろうと思う」

「ん、分かった」

 彼の支持を受けた獣人の少女は、ピョコピョコとせわしなく耳を動かしながら、向こうの仲間たちへと合流していった。


 魔導士の男はフィンケル。

 女性の剣士はセシリア。

 どちらもルべリオス王国における最強の一角であり、公式記録において人類で初めてダンジョン60階層へと到達した、冒険者たちの羨望と畏怖の的となる存在だった。



◆◆◆



 ダンジョン60階のセーフゾーン。

 この場所は上のセーフゾーンとは違って、お世辞にも町が成り立ってはいなかった。

 無理もない、なにせダンジョン60階のゲートは開通して間もなく、この場所までたどり着く冒険者が希少なために、簡易的な小屋がいくつも立ち並ぶほどが精いっぱいだった。


「ようやくボス部屋が見えてきた、といったところか?

うれしいはうれしいんだがこうも暑いと、体力が奪われてかなわねぇや」

 袋に入れた水を飲みながら、フィンケル・ヘルフリート・シュミットバウアーは階層の愚痴をこぼしていた。

 彼はSランク『レッド・ギガンテス』のリーダーであり、この遠征部隊の総指揮者だった。

 粗野な言葉とは裏腹に、彼の思慮の深さと知識は冒険者の中では卓越したものがあり、パーティをうまく運用できた功績は彼の能力が大きい。

 また、戦闘面においても、その技を以って幾度となく敵をせん滅した偉業から『智炎』という二つ名を与えられている。


「私はべつに関係ない、氷を作って涼むから」

 それに対して無表情で返すのは同じくSランク『ウォルフ・セイバー』リーダー、セシリア・フリーダ・アンネリーゼ。

 その見た目の美しさと、無表情で敵をなぎ倒していく犯しがたき高潔さから『氷姫』という二つ名を付けられている。

 戦闘面でいえばフィンケルすら凌ぐものがあるが、どこか天然で妙に抜けているところがあり、それを相方の黒狼の獣人であるフェリルが支えている。


「でもレベルもかなり上がりましたし最短の道も地図に記しました。

次の遠征はかなり楽に、突破できると思いますよ?」

 耳長族エルフの少女、ニーナが両手を握ってふんすと力んで見せる。


「そうだな、だが今の俺の最大の目標は暑い階層を突破することじゃなくてよ、ギルドに戻って冷たいエールを腹いっぱい飲みたいんだ」

「もう、お酒の話をしてる…」

「いいじゃねぇか、あとは目の前の魔方陣をくぐってギルドに出すもん出すだけの簡単なお仕事だろ?

そのあとの話したって、罰は当たらないと思うがね」

「ギルドに帰るまでが遠征…」

「わあってるよ、ガキの遠足じゃないんだから…」

 フィンケルの願望にセシリアが呆れる、パーティのリーダー同士が争っているというのにだれも止める気配がない。

 それはこの光景が集団の中ではいつも見られるものだからだろう。




「…そういや『お仕事』で思い出した」

 フィンケルが話を切って、別の話題を持ち出す。


「なあ、セシリア、それとお前ら。

ここんとこの仕事、どう思うよ?」

「仕事?」

 その二文字に周りの人間の頭に、疑問符が浮かび上がる。


「すこしずつ楽になってるとはおもわねぇか?

少し前ならやってもやっても次の仕事が舞い込んでくるっていうのに、近頃は一仕事終えたらすこし休みが取れるようになったじゃねえか?」

「そういえば…そうですね」

 その言葉にニーナが思わず頷いた。

 魔王の軍勢を警戒し他のSランク冒険者が前線に派遣されているため、自然と自分たちにその分の依頼が殺到した。

 前は本気で疲労で倒れそうになったほどだ。

 しかし近頃は一つの仕事を終えれば少なくとも三日の猶予ができるほどに余裕が生まれてきた。


「前の時期がピークだったとは考えられない?」

 フェリルがフィンケルに問う。

「俺もそう思ったんだが、いろいろと思うとこがあんだわ。

例えばこの状況。

王都にいなきゃいけないSランクパーティが二つとも・・・・ダンジョンに潜っている、よく考えてみりゃありえなくないか?」

「いわれてみれば…」

 仮にも王国の守備にするならば、片方を街に残すはずだ。


「まあ、あのクソギルマスがいれば大抵のことは解決するんだが、どうも気になってな」

「つまり…?」

 セシリアの答えを求める表情に、フィンケルはもう一口水袋の水を飲みほす、その表情はもう悪そうな男ではなく、皆が認める知将の顔つきだった。


「これは俺の勘なんだが、突っついてみたら面白いことが出てきそうなんだよな」

「…面白い事」

「調べてみる価値はありそうですね」

 彼の言葉をきっかけに次の遠征までの暇つぶしが決まった。

 各自はあるかもしれないという、不確定な謎に好奇心を揺さぶられる。




 この行動が今後どのような展開をもたらすか。



 その時はこの場の誰もが知る由もなかった。

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