第78話 冒険者クロードの調査書(レポート)

◆題目

 烏族テングについての考察


◆概要

 烏族テングという種族を観察し、自分なりの考察を踏まえたうえで彼らとの付き合い方を模索していく。


◆目的

 十二分な観察と考察から烏族テングとの良好な友好関係を保つため、彼らの事情や生活習慣などを理解しておく。


◆背景

 周知の事実であるが、自分は目立つことを良しとしない。

 しかしながら今回、烏族テングの首領クラマとの邂逅という予想だにしない事態が起きたことを受けて、彼女と交友を持つことによって自分への注目を集中する事態を避ける対策を講ずるため、天狗に対しての参考資料としてこの調査書を作成する次第である。


◆調査方法

 具体的には次の三つが挙げられる。

 1、王立図書館において一般的に閲覧可能な範囲で彼らについての文献を調べ上げ、簡潔にまとめる。

 2、烏族テングの里へと潜入し、彼らの会話から情報を得る。

 3、クラマとの会話より烏族テングに関する情報を、思い出せる限り明記しておく。


◆調査結果


烏族テングの里の知名度

 王立図書館にて烏族テングの住居という項目に絞って調べたところ、彼らが住んでいる場所は山の奥とだけ表記されていた。

 過去に確認された烏族テングの住居は、約200年前の種族戦争で多種族の手により焼きはらわれた後で、現在も存在する里は一つも記載されていない。

 以上の結果より、クラマが所属する里は他の国や組織から認識されていないと判断する。

 これは里の場所が強大な魔物モンスターがうろつく人外魔境の地であり、戦乱を寄せ付けなかったことが大きい。


○自分がどの程度、烏族テングの里で注目されているか

 今更言うまでもないが、自分はこの山奥に大規模な屋敷を構えており、遠く離れたルべリオス王国ならばともかく同じ森の中ではかなり注目の的になるだろう。

 クラマが自分に対して『あれってあんたじゃないのん?』と問いただすほどに知れ渡っていたのがいい証拠である。

 調べた結果、多くの烏族テングが屋敷に対して何かしらの噂を口にしていた。

 ここまで広まれば、屋敷の存在を隠すことは至難であり、自分の力では不可能であると結論付ける。


烏族テングの里の社会制度

 彼らの支配制度は典型的な年功序列であり、長老格の烏族テング三名を数百名の部下たちが支える形となっている。

 長老格の烏族テング三名の名は上位者から、アタゴ、ヒコザン、クラマと序列付けされておりそれぞれ行政、兵卒、監視の役目を受け持っている。


○クラマについて

 他の長老格たるアタゴ、ヒコザンについては十分な情報が得られず、また、彼らの領域に踏み入ることは危険とそれに伴う利益が釣り合っていないため断念する。

 序列第三位の長老、クラマは女性、身長は自分より頭一つ低く約160~170㎝と推測される。

 性格は小さなことは気にしない竹を割ったような性格で、その気性と性格から多くの烏族テングの尊敬と信頼を得ることに成功している。


 受け持っている役目は、森の外の人間の監視、つまり神聖ルべリオス王国からこちらへ干渉しようとする人間に対して何かしらの対処をする総監督を務めている。

 だが、前述した通り存在が認識されておらず、そもそもこの森に入る人間など皆無であるためこの役職本来の機能が文字通り働かない。

 なぜ彼女が無駄飯喰らいを称されないかが、疑問なほどである。






*閲覧注意*

*この資料は持ち出し厳禁である*

■■■

○クラマについて2

 烏族テングの調査を続けていたある時、驚くべきことに神聖ルべリオス王国にて彼女と思わしき人物を見かけた。

 調べたところ、彼女は身分を偽ってルべリオス王国について調査しているらしい。

 調査といっても王都の住民より聞き込みをしたり、広がっている噂を調べたりとあまり内面まで深く踏み込んではいないが、それらを彼女独自の考察で烏族テングの里へ持ち帰っているようだ。

 外から閉鎖された森の中で、彼女が唯一の情報源として活躍しているというわけである。


 里から見て、冒険者クロードという存在は『クラマ様の情報源の一つ』という認識で、あまり問題視はされていないらしい。


 ここまで記述はしたが、この情報は公にするべきではない。

 烏族テングにとっても良い事態を引き起こせるとは思えず、何より彼女の身が危険に晒される。

 よってこの内容は著者である、クロードの許可がないものは閲覧禁止とする。

 こんな暇人が作った資料を勝手にのぞく酔狂な者がいればの話だが…

■■■


◆考察

 以上の結果より、冒険者である自分と烏族テングの首領クラマが接触することによって、起こり得る問題は次の二点にまとめられる。


○クラマが屋敷のこと、ひいては自分が森に住んでいることを第三者に話す点

 この問題に関しては、彼女に弱みとならない程度に事情を説明し、協力してもらうことで解決するだろう。


○クラマと自分がルべリオス王国内で接触することによって、周りから何かしらの注目にされないかという点

 このようなことを文字に起こすのは自分の柄ではないが、彼女は客観的な視点で見ても美人の部類に入り、また、その性格から周囲の視線を集めてしまうと予測される。

 そんな人物と王国内で接触することは、自分に対して何かしらの視線が当たるのではないだろうか。

 この考えが自分の勝手な自意識過剰ならばそれに越したことはないが、もし自分がきっかけで彼女に対して何かしらの被害を被らせるならば、



◆◆◆



「『彼女との付き合い方を見直さなければならないかもしれないだろう。』と?」

「返してくれないか?」

クラマは自分ことクロードの目の前で、作成した調査書の文章を音読していた。


「いやだよん、

なんたってあたしは酔狂なやつらしいからね、返せと言われても返す気なんて起こらない」

 そういって彼女はニコリと微笑しながら、紙の束をうちわ代わりにでもするようにバサバサと扇ぐ。


「勝手に調べたことについてはちゃんと謝罪するから」

「別にそこには怒ってないんだよね、むしろよくここまで調べたと褒めてあげたいくらいなんだよん、でもね」

 そこで彼女は瞬く間に、自分の眼前へと接近する。

 距離を縮め互いの間合いの内側にまで入ってきた。


「最後の文章はちょっといただけないかな?

あんたがあたしといるせいで、あたしに迷惑をかけるなんてねん」

 じっと瞬きすることなくこちらを見つめる、口角は上がっているが目は笑っていなかった。


「石に躓いて転んだからって、怪我を石のせいにする奴はいないよん、

そいつが注意不足だったから転んだのさ」

「無機物と一緒にされるのは複雑だな…」

 ため息をつくと頭を両手で包まれ、顔をそむけないように固定される。

 持っていたはずの資料はどこだと探せば、丸めて腰に挟んであった。


「あたしの友達はあたしが決めるよん、クロードは何か問題があったら友達のせいにするのかい?」

 その瞳に宿るものは、揺らぐことのない信念の炎、それを見れば彼女が言葉にどれほどの感情を言葉に乗せているか、察するに時間はかからなかった。

「すまなかった」

「よろしい」

 素直に謝るとニコニコと手を離し、資料を自分の腰のベルトに差した、もう戻らないと諦めかけていたのだが返してくれるらしい。

「ところでクロード」

「何かなクラマ」

 返答すると後ろで手を組んで、こちらに意味ありげな視線を送ってくる。


「あたしが仕入れた情報だと、先日王都の街に勇者たちの情報を基にした菓子屋ができたらしいじゃないか、とても興味があるんだけどねえ?」

 いうや否や、ずいっと下からのぞき込んできた。

 有無を言わさないその迫力、自分に対して求めている答えは一つだろう。

「…分かった、お詫びと言っては何だけど奢らせてもらうよ」

「さっすが太っ腹!」

 観念したように言えば、手を叩いて喜んで見せる。


「ただ、その後に鍛冶屋によってもいいかな?」

「別にいいよん、なんなら刀の整備が終わったら、あたしと剣術の勝負でもしてみないかい?」

 言い合わらないうちに、杖からちらりと仕込み刀をチラつかせて見せる。

 彼女と打ち合える刀の使い手は、里にも片手の指に収まるほどしかいないらしい。

 どうやら近いうちに、かなり厳しい武術の先生が付きそうだ。

「それは考えておくとして…直すのは刀のほうではないんだ」

「?」

 彼女の疑問を解消するために、胸へと手を置いた。


「いや、そろそろ鎧を変えようかと思ってね」

「ほう…」

 自然と視線が移り、丁寧に観察した。

 随分と使い込んだものだ、ダンジョン攻略から今日に至るまでこの五体を守っていてくれた。


「これまた、かなりの逸品だねえ、まだまだ使えそうだけどん?」

「いろいろ事情があるとだけ…」


 すると彼女はカカカと笑って大きく頷く。

「分かったよん、余計な詮索は後でするとして、今は菓子を食べに行こうじゃないか」

「そうしてくれると助かる」

 話が収まりこれからの行動方針も決まった、さて行こうかと庭から階段へ足を向けたとき。


「クロード殿!」

 臨戦態勢のシッドが、鬼の形相で階段を駆け上がってきた。

 庭に入るや否や腰を深く落とし居合の構えをとる、かなりの急な事態があったらしい。


「どうしたんだ、シッド」

 彼に対しては敬語をやめるようにしている。

 はじめは年上を敬うためにも使っていたのだが、彼曰いわく『雇い主から丁寧に話されるのはむず痒い』とのことらしい。

 そして今回も、突然の行動に少々戸惑いながら、彼の名前を軽い言葉とともに問いかけた。

 

「申し訳ありません、侵入者を許してしまいました」

「あ……」

 説明と共に横で聞こえた小さな悲鳴が、ことのすべてを物語っていた。


「……」

「……」

 機械仕掛けのように首を横に動かせば、どこか後ろめたそうにするひとりの少女が目に映る。


「え~と」

 人差し指を合わせて、上へ下へと動かした後。


「ごめん、勝手に入ってきちゃった」

 ペロリと舌を出しながら、こちらに詫びを入れたのだった。




















◆追記

 今回記述してきたことは『クラマと友好関係を持っても大丈夫か』ということであって、別に危ない橋を渡りたくなければクラマと関係を持たなければいい。

 しかし、自分は彼女を友達にすることを決定した。

 仮に問題があったとしても、自分なりの理論を以って解決していくことだろう。


 詰まるところ、自分はクラマという人物に他人以上の感情を持っており、このレポートはその言い訳、何の意味も持たないただの長ったらしい文章に過ぎないのである。

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