第77話 風の申し子

 自分ことクロードは、控えめに言っても行動的な性格とは言えないだろう。


 召喚以前から基本的に家にいることが多く、柿本が無理やり外に引っ張り出して振り回される以外では、進んで外に出ようというとは思わなかった。

 その性格はどうやら異世界に来ても健在らしく、ギルドでの仕事がない日は大抵、屋敷にこもって本を読んだり剣の鍛錬などをしている。


 しかし、何事にも例外はあるらしい。


 少し前、屋敷の縁側で本を読んでいた時の事。

 ふと、本から目をそらしたとき、森の中に流れる一つの川に視線が止まった。

 別にその川が特別なものというわけではない、この屋敷に住み着いた時から変わらない一つの風景だ。

 いつもなら背景の一つとして片づけていただろう、しかし本を読んでいつもより感情的なっていたせいか、柄にもなく思ってしまった。

『あの川はどこから始まっているのだろう?』と。


 その日は思うだけであったが、日を重ねるごとにその好奇心は大きくなっていき、次第には確かめてみたいという感情が浮かんできた。

 別に遠出してはならないなどという規則はどこにもない、思えば今すぐにでも行動していいわけだ。

 丁度Sランクの依頼がなかったのも手伝って、未知への探求心が自分が外へ足を運ばせる原動力へと繋がった。



◆◆◆



 渓流に敷き詰められた砂利を踏みしめながら、自分は川沿いに歩を進める。

 日差しが程よく体に当たり、水の流れるさらさらとした音が耳に心地よく響く。

 ここにハンモックをかけて昼寝をすれば、さぞかし気持ちがいいだろう、そう思わせてくれるような素敵な場所だ。


 軽くなっているのは心だけではない。

 今の装備は全身黒を基準とした旅人風の衣装に、腰に双剣と最低限度の荷物を入れたポーチを付けただけという、ダンジョンに入る時とは考えられないほどに軽いもの。

 別に自分自身の能力を過信しているというわけではない。

 ただ今回の目的が、魔物を討伐するような荒っぽいものではないこと、そしてこちらの方がいざというときに動きやすいという点で選ぶことにした。


「たまにはこうやって、何も考えずに歩くのも悪くはないか。」

 川から水筒へ飲み水を補給する、山の清水という言葉があるがまさにそれだろう、底まで透けて見えるほどに透明度が高かった。

 岩や水草の隙間からちらほらと魚が見えるが、まるで宙に浮いているのではないかと錯覚するほど。


「…昼食にするか。」

 食料源を見たとたん、自分の腹が空腹を訴えてくる。

 日の傾きもちょうどお昼頃といったところか、休憩するにはいい時間帯だ。

 手ごろな木の枝をいくつか拾い、それらを束ねて右手で持つ。

 靴を脱いでズボンをくり、川へと歩を進めた。

 足で感じる水の流れがとても冷たく新鮮だ、こんな感覚は小学生の時に海に行った時以来だろうか。


 そのまま、川の浅瀬に膝がつかる程度まで歩いて、左手に一本枝を持ち銛を突くような体勢でピタリと静止する。

 その姿勢を維持すること数分後、驚いて逃げていた魚たちが再び寄ってきて、何事もなかったかのよう自分の目の前を悠々ゆうゆうと泳いで行く。

 そして、ある魚が自分の股を通って目の前に現れた瞬間、左手を素早く振り下ろし腰を深く落とした。

 そのまま腕を水から抜けば、枝にはえらから口へと貫かれた魚の姿があった。


「よしよし。」

 自分はその結果に技量の上達を確認し、何とも言えない満足感を感じ取った。

 この一連の動作はギルマスが教えてくれた鍛錬の方法のひとつで、当てることが難しい水中の魚の、さらに狙った部位に充てることで、【短剣術】の基本動作の一つである『突き』を鍛えるというものだ。


 その後3回川を突いて、計4匹の川魚をしとめることに成功した。

 これだけあれば、腹も膨れることだろう。

「さて」

 薪を軽く積んでケロの実を間に敷き詰めた後、ポーチから藁と火打石を取り出して着火する。

 火力が安定したならば、魚が刺さった枝をその周りに置けば昼食の準備は完了だ、あとは頃合いを見て順番に食べていけばいい。


 はじめに刺した魚に程よく火が通り、食べ頃を迎えたとき。

「…む?」

 ふと視線を感じて、あたりを覗う。

 しかし周りには人どころか魔物モンスターすらいない、念のため気配を探ってもそれらしいものは見つかりはしなかった。


「気のせい…ではないか」

 【五感特化】をもつ自分に気のせいというものはない、ならば実際誰かに見られた可能性が高い。

 気配を感じ取れないことは、高い隠密系のスキルを使っているか、遠くの場所から何か特別な方法で観測しているのだろう。


「まいったね、客観するのは好きだけどされるのはあまり好きじゃないんだ」

 何かやましいことをしているわけではない。

 ただ、どうも人の視線があると無意識のうちに緊張してしまうのだ。

 いうなれば先生に直視されながら練習問題を解く感覚、あれに近い。


「あまり良い気持ちもしないし、さっさと食べて別の場所へ移るか…。」

 いずれにせよこちら側から察知できないのであれば打つ手はない、観測者の興味が失せるよう行動するしかないだろう。

 そうと決まれば行動は早いに限る、昼食を済まそうと魚に手をかけた。


 すると、近くの草原が一瞬ガサゴソと物音を立てる。

「ん?」

 ウサギか何かだろうか?

 音に対して反応し意識を向けた瞬間、


 風を切る音とともに反対側の岩陰から何かが飛び出してきた。

 まるで獲物を狩るときの猛獣のような速さでこちらに接近してくる、あと1秒ほどでこちらと接触するだろう。

 応戦しようかと短剣に手をかけた時、違和感を感じ取る。

 相手から殺意どころか敵意を感じない、たとえどんなに巧みに隠そうとも相手にとびかかる瞬間は必ずと言っていいほどに出てしまうそれが感じ取れないのだ。

 相手は自分の目の前を通り過ぎ、近くの林へと姿を消していった。


「…あ。」

 相手の行動に疑問を感じ、もう一度奴が通り過ぎた後を見て愕然とした。

 確かに手に持っていたはずの焼き魚が消えていたのだ。


「ほしいなら素直にそう言えばいいのに…」

「次からそうするよん」

 自分がため息をつくと後ろから、返事が返ってくる。

 振り返ると、自分の口に入るはずだった魚をもしゃもしゃと、さもうまそうに食べる顔が飛び込んできた。

 奪ったものを被害者の目の前で食べるなんて、なんて堂々とした飯泥棒だろう。


「【烏族テング】…」

「大正解」

 にこやかな表情とともに、背中の黒い翼がばさりと動き、山伏風の服が揺れる。

 日本の三大妖怪ともいうべき存在が、今目の前に姿を現した。


「返してくれ…はもう遅いか」

「遅い遅い、もうあたしのおなかの中だよん」

 どこか気の抜けた語尾とともに笑う。

 ふざけているような口調だったが不思議と怒りは沸いてこなかった、なんというべきか、孫にいたずらをされた祖母の心境というものに近いのかもしれない。


 仕方がないので二つ目の焼き魚に手を伸ばす、そしてポーチから粉の詰まった小瓶を取り出してふりかけた。

「お?」

 すると彼女の目線が小瓶に泊まる。


「ん」

「おっと」

 小瓶を彼女に放れば片手で受け止め、動作を真似て魚に振りかける、そのままパクリとかぶりつくとその目がくわっと開いた。


「…うまい、こりゃ何だい?」

「胡椒と塩」

 正式名称はかなり違う、自分がそう呼んでいるだけだ。


「こりゃいいもんだ、里にもって帰りたいくらいだ」

「こら」

 調味料を褒めながら、さりげなく次の魚に伸ばす手をぴしゃりと軽く叩く。


「誰が食べていいって言った?」

「食べちゃダメ?」

「別に構わないけど」

「ほんじゃ、遠慮なく」

 得意顔で三つ目の魚に手をかけて胡椒をかける、どうやらかなり気に入ったらしい。


「それで、だ、私に何か用かな?」

 一向に話が進む気がしないので、すこしつついてみる。

「おや、急かす男は嫌われるよん?」

 子ども扱いするように、天狗がからかう。


「とりとめもない話は嫌いではないけど、主題が一向に進まないのは好きではないんだ」

「そりゃそうだ」

 カカカと笑い、たき火を挟んだ向こう側に腰を下ろした。

 宝石のような紅い瞳がこちらをじっと見据える。


「率直に言えば、あんたがここに何しに来たのか聞きたかったのさ。

こんな特殊な場所で呑気に昼飯なんて、よほどの強者かバカなのだよん」

「そういうことか…」

 半ば忘れかけていたが、ここはSランクの魔物モンスターが徘徊する世界で最も危険な場所の一つ、よしんば興味があったとしても簡単には立ち入れない。

 その環境下で、まるでピクニックにでも行くような格好でうろついていれば、怪しまれることは間違いない。

 ほかに人などいないだろうと高をくくって、軽装に身を包んでいたことが裏目に出たようだ。


「別に大した目的じゃないさ、ただこの川の先に用があるだけなんだ」

「ほう…」

 途端に彼女の目が鋭く細められる、警戒度も数段上がったようだ。


「そりゃ、この先に烏族テングの里があると知ってのことかい?」

「初耳なんだが」

 彼女の警戒に納得がいく、確かに先ほどの言い方では、自分が烏族テングの里に何か用があると聞き取れるだろう。


「もし、ね。

あたしがここから先は通さないって言ったらどうするの?」

「む」

 好戦的な目でこちらを挑発するようにこちらに問いかけてくる、答え方によってはここで一戦始める事態になってしまうかもしれない。


 少しの間彼女と視線を交じ合わせながら、言葉を吟味していく。

 そして数分後、無言で立ち上がり支度を整えた。

「厄介ごとは苦手なんでね、素直に立ち去らせてもらうよ」

「…え?」

 答えは決まっているようなものだった、面倒ごとを起こしてまで達成するような目的ではない。

 ここはおとなしく引くのが上策だろう。

 彼女にとっては予想外の答えだったらしい、鴉のくせに鳩が豆鉄砲を食らったようにポカンとしている。

 先ほどから余裕の笑みをこちらへ浮かべていただけに、その顔が見れたことが小気味よかった。


「それでは」

「待った!待った」

 立ち去ろうとする自分の外套の裾を、慌てて彼女は引っ張る。


「そんじゃ、何のためにここまで来たの!」

「言ったよ、川の先に用があるって」


「川の先に何の用?」

「川を溯るだけ溯りたかった」

 すると彼女は信じられないものを見る目で、こちらに視線を向ける。


「それだけ?」

「それだけ」


「危険に釣り合わない目的だと思わないの?」

「別に大望がないからと言って、冒険を禁止する決まりはないよ?」

 返答すると、彼女は顎に手を当ててうんうん唸っている、ありがたいことにこちらの好奇心を理解しようとしているようだ。


「分かった。

嘘をついてるようにも見えないし、迂回して進むんならあたしの名を以ってここを通ることを許可するよん」

「それは助かる」

 どうやら難所を突破できそうだ。

 そうと決まれば話が早い、最後の焼き魚を口にくわえて進む準備を始めた。



 日は昇りきり、やや傾き始めたころ、まだ自分の小さな冒険は続いている。

 相変わらず周りの景色が変わる様子はないが、時折見ることができる自然の造形物に心が躍る。

 きっかけは些細なことだったが、充実した冒険になったことは間違いない。

 ある疑問を除けばだが…


「……」

「ふふん」

 後ろから得意げな鼻を鳴らす声が聞こえる、足音も金属を帯びた足跡に下駄のカランコロンといった木の音色が続いた。


「…別に約束を破るつもりはないんだが」

「固いこと言わずに、旅は道づれ」

 疑問を飄々と躱し、首をかしげる自分にニコリと笑顔を返した。

 その目は面白いおもちゃを見つけたわらべのように、好奇心で満ちている。


「あの場所の警備はしなくていいのかい?

他にも人がやってくるかもしれないけど」

「心配ならいらないよん。

この森に入ってくる人間なんてこの十年間一人もいなかったし、何よりあたしは見張り役じゃない」

「だったら何で君が飛んでくるんだ?別にほかの烏族テングに任せてもよかっただろうに」

「察してよん。

強力な魔物のせいで迂闊に外に出れない、かといって誰か訪ねて来るわけでもない、里なんて暇で暇でしょうがないの」

 面白そうなものは早い者勝ち、と笑いながら話している。

 どうやら、暇つぶしに随行しているらしい。


「それで、このままずっと歩いていくのん?

あたしの団扇うちわならひとっ飛びで行けるんだけど?」

「そんな水を差すようなこと言わないでくれ、これは義務じゃなくて趣味なんだ」

 急ぐ必要なんてない、自身のペースで気ままに歩ければいいのだ。


「あんた変わってるよん」

「できれば地味だとか平凡だとか言ってほしいのだけど…」

 彼女の感想に希望を返答する。

 一人静かな旅は叶わなかったが、こうして誰かと話しながら歩くのもそれはそれで楽しいものがある。

 彼女と互いの世間話をしながら道なき道を、ゆっくりと歩いて行った。


◆◆◆


「むう」

「これはこれは」

 日がすっかり傾いて、西の山並みに沈み始めた頃。

 自分たちは大きな難所に直面していた。

 目の前に広がるのは端が見えないほどに続いている切り立った崖、追っていた川はその崖の下にある窪みから流れていた。


「こりゃすごい崖だ、やっぱり千里眼からじゃ見えないこともあるもんだ」

 横で烏族テングがなにやら感心しているそばで、軽い準備体操をする。


「よかったら、抱えて飛んであげるけど?」

「大丈夫だ、ここまで来てズルはしたくない」

 出っ張っている岩に手をかけて、それを足場に上っていく。

 こうやっていると、ダンジョンの30階で崖から落ちた時のことを思い出す。

 幸い凹凸が激しい壁面と、強化されたステータスが安定して自分を頂へと導いてくれる。

 なかなか楽しいものだ、確か学校にロッククライミング部なんてものがあった気がするが、彼らもこんな気持ちで登っているのだろうか。


「まったくよくやる」

 上っている自分の横で、翼をはばたかせながら彼女が見守っている。


「私なんかには構わずに先に上に行っててもいいんだが?」

「何言ってるんだい、ここまで来たら最後は二人一緒に見るのがいいってもんだろ?」

 そういってカカカと笑う、どうやら彼女をこの旅を一緒に楽しんでくれているらしい。


「…少しだけ話をしてもらってもいいかい?」

「あんたが登る邪魔になんなきゃ別に構わんけど?」

 

 右の大岩に掴まりながら話し出す。

「たしか烏族テングは、あまりほかの種族とは接しないはずなんだが君はいいのか?」

 さっきから一番気になっていたことだ。

 烏族テングは種族間の結束が固く、よそ者はあまり歓迎されない風潮にあると王都の文献に記されていたはずだ。

 なのに彼女はそれを破戒するかのように、気軽に声を掛けてくる。


「なーに、烏族テングも時代とともに変わっていくってことだよん。

そんな決まりも一世代前のことだし、今じゃ人間たちと持ちつ持たれつにやっていこうって声が多いし」

「意外と柔軟なものなんだな」

「それだけ、世の中が平和になったってことだよん」

 どこか満足そうにその言葉を放つ、この世界では見た目があてにならないと柿本は言っていたが、自分と同い年に見える彼女は、もしかしたら戦乱の世を見てきたほどに長寿なのかもしれない。


「そんじゃこちらからも質問していいかね?」

「どうぞご自由に」


「近頃、里のご近所にある屋敷に誰か引っ越していたらしいけどさ、あれってあんたじゃないの?」

「ああ、多分私だ」

 たしかあの屋敷に住んだのは半年前のはずなんだが、やはり長寿は流れる月日が早く感じるのか。


「…なんか失礼なこと考えたよね?」

「いいや、別に」

 勘が鋭い、余計な詮索は考えないようにしよう。


「ホントかね」

 そう疑って顔をすぐそこまで近づけ、目を見ようとしてくる。

「本当に、神に誓って」

 すみません神様、嘘をつくことをお許しください。


 彼女の視線から逃れて上へと上がっていくと、崖の一番上の岩に右手をがっしりと掴んだ。

「ふん」

 一息入れて、一気に頂へと上がる、目の前が岩ばかりだったせいか一気に視界が開けてまぶしくなり思わず目を腕で覆ってしまった。


「おぉ」

「こりゃまた…」

 慣れてきた目を恐る恐る開き、言葉を失った。

 大きな崖の向こう側にあったのは、想像を絶するほどに大きくあいた縦穴だった。

 その中でまるで噴水のように、岩から勢いよく水が噴き出して豪快な滝を形作っている。

 滝の水はけたたましく、途中で霧になりながら落ちていく、その霧は太陽の光を受けて虹を作り出していた。


「いやぁ絶景、絶景。

あたしもこんな場所があるなんて知らなかったよん。

来て見るもんだねぇ」

 絶賛する彼女を横に自分はできるだけ滝に近づこうと屈んでみるが、対して変わらないように見える。


「出来ればもう少し近くで感じたかったな」

「よしきた!」

 思いがけない方向からの返答に一瞬疑問符が頭に沸く。


「何を」

「そりゃ!」

 しかしそれを質問に変化させて彼女にぶつけることは出来なかった、それより先に彼女が団扇で自分を仰いだのだ。


「む」

 当然突風が身を包み、木の葉のように自分を宙へと舞い上げた。

 竜巻に吹き飛ばされた人はこんな感覚なのだろう、体の方向感覚がマヒし上と下が一瞬判別不能になる。


「っと」

 そして気付けば、滝の横の壁から根気よく生えていた木の太い枝に着地していた。


「…もう少し、何か言ってくれても罰は当たらないと思うが?」

「ははは、ごめんごめん」

 横に彼女が着地し、二人で目の前の大自然を眺める構図となった。


「いやあ、興味半分で付いてきたけどまさかこんな穴場を見つけることになるなんてね。

あんたには感謝してるよん」

「どうも」

 自分もまさか川を辿ってこんな場所を見つけるとは思わなかった。


 しばらく眺めていると、肩をちょいちょとつつかれる。

「もしよかったら、今度ここで一杯やらない?

あたしのとっておきを持ってくるけど?」

「私はあんまりお酒が強くないんだが…」


 すると彼女は肩を組んで、豪快に笑った。

「だったらあたしが鍛えてやるよん

丁度骨のありそうなやつを探していたしね」

「それは光栄だ、と言っておこうか…」


 びしっと自分に指を差す、

「約束だよん?」

「分かった分かった、それはこの景色を楽しんだ後にしないか?」

「そりゃそうだ」

 取り留めない会話を滝の前で、静かに語る。

 こうして自分の小さな冒険は、新たな関係と場所を手に入れて終わりを告げた。



◆◆◆



 渓流に敷き詰められた砂利を踏みしめながら、自分は川沿いに歩を進める。

 焚火の跡がわずかに残る場所を超えて、その先へと足を踏み入れた。


「そこの者止まれ!」

 ふいに小隊規模の集団に周りを囲まれる。

 黒い羽根をひるがえして、見張りの烏族テングがやってきたのだ。


「何用でここに来た!

問答次第では只では返さんぞ!」

 隊長らしき烏族テングが、錫杖の先端を自分の喉元に向けながら警告を発した。


「この里の烏族テングに用があったんだが…」

「名前は?」

「あ~」

 ここにきて思い出す、そういえば彼女の名前を聞くことを忘れていた。


「おーい、待った待った!」

 すると遠くから声が聞こえてくる。


「その子あたしが招待したんだよん、通していいよん」

「く、クラマ様!」

 彼女の登場で兵士たちが跪く、


「ごめんよ、え~と」

 彼女は声に詰まらせ


「悪いけど教えてもらってもいい? 名前」

 どこか後ろめたく質問した。



◆◆◆



「…まさか烏族テングの首領の一人だったとは思いもしなかったよ」

「いや~隠してて悪かったクロード」

 前に到達した滝の前に生える木の上、

 そこで彼女は頭を掻きながら自分の盃に酒を注ぐ、その顔はいたずらが失敗した子供のようだった。


「権力を持ってることを知ると媚びを売ってくる輩がいてね、あまり人前でいうなって言われているんだよん」

「…そう」

 ゆっくりと杯を傾ける、彼女がとっておきというだけあって、お酒に疎い自分でもおいしいと思ってしまう。


「…怒ってる?」

「少しだけね。

もし君の地位を知っていたら、私は君と関わろうとはしなかったと思うよ」

 その言葉に彼女の肩がビクリと震える。

 拒絶されたと思ったかもしれない。


「だけど、君の性格を知れてよかったと思っているよ」

 その言葉と共に彼女の顔が晴れ渡っていた、気持ちは伝わったようだ。

 右手を差し出す。


「友達になってほしい、クラマ」

「よろしくね、クロード」

 杯を鳴らして、二人同時に酒を飲む。

 滝はそれを関せずといった風に轟々ごうごうと水を吹き出し続けていた。

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