日常編 弍

第76話 一度回って

神聖ルべリオス王国、冒険者ギルド。

その地下には大きな空間が広がっていた。

中心に強固なリングが鎮座しており、まるで今から決闘が起きそうな雰囲気を漂わせている。


受付口横の階段を降りて辿り着けるこの空間は、ギルドに入った冒険者ならば真っ先に教えられるぐらいに重要な場所だ。

時に冒険者たちの鍛錬の場所であったり、

たまに高ランクに入るときの試験会場に使われたり、

そしてパーティーに新しく入るメンバーの、実力を見計らうときに利用したりする。

実際、冒険者の間では『闘技場』『試験場』『練習場』と言われ、生活の一部にしっかりと入り込んでいる。


普段ならば十数名のパーティがここを利用しているはずなのだが、今日に限ってはそれは例外のようだ。

代わりに三人の人間がこの異常な空間に存在していた。

二人はリングの上におり、一人は外でその様子を観察するように見ている。


「あ~~...。」

自分ことクロードは、気だるげな声をあげながらリングの上で軽く伸びていた。

理由は至極単純、


喧嘩に負けたからだ。


「どうしたクロード?、下のランクの依頼ばかり受けて腕が鈍ったか?」

「ご心配なく、あんたのおかげでそれ以上に高ランクの依頼を受けているよ。」

自分を見下ろして、にやりと笑みを浮かべているギルマスに皮肉のこもった言葉を返した。

指一つ動かせばつられてほかの打撲傷が痛み、まるで筋肉痛のように体を起き上がらせることが出来ない。

これは、明日休みをもらう理由にはできないだろうか?


「カレラ、ポーションをクロードに飲ませてやれ。

明日も受けてもらわにゃならん依頼が3件あるからな。」

「...。」

心の中でため息をついてしてしまう。

やはり年の功と言うべきか、どうやら心の中を読まれていたらしい。

一瞬の間をおいて、慌てた受付嬢がこちらへと駆け寄ってくる。


「...その。」

「どうも。」

カレラさんが自分の口元までポーションを持ってきて、傾けて飲ませようとしてくれるが、さすがにそれは自分の中の羞恥心が許さなかったので、体を強引に起こして受け取った。




事の起こりは旅から帰ってきた後。

Bランクパーティ『アイアンハーツ』の死亡報告をするために、昼ごろのギルドを訪れたところまで遡る。

久々に体を動かしておきたい、とギルマスが自分を体術の訓練に誘われた。

よしておけばいいのに、珍しいことに興味がわいたのが最後、そこから3時間休む暇もなくギルマスの鉄拳の応酬を食らうことになった。


「大丈夫ですか?

かなり攻撃を受けたように見えたのですが...。」

そう言って彼女は傍に立ち、自分の服のほつれをいじっている。

訓練用につけていた簡易鎧も今では見る影もなく、服に至っては、先ほどまで新品同様だったとはだれも思わないだろう。


「大丈夫ですよ、見た目ほどダメージは受けませんでしたし。

それに...どうやら手加減して戦ってくれたようです。」

「...それで納得してしまう私も私なんでしょうね。」

肩を大げさにすくめて見せると、彼女はどこか諦めたように周りを見渡した。

自分とギルマスはスキルを用いずに、ただ単純な拳のぶつかり合いをしたはずなのだが、リングは縦に大きく割れて、数十か所無視ができないほどの大穴が開いている。

明らかに通常の訓練で出来る跡を超えているだろう、もしこれが日常風景ならばこの世界の石工師は過労死しているはずだ。


だが確かに感じたのだ。

確かにギルマスは強かった、スピード、重さ、動きどれを取っても自分がたどり着くまでにはまだまだ時間が掛かる。

しかしこれがこの国最強の動きか?と問われれば、逆に疑問を感じざるを得ない。

圧倒的ステータスの差があるというのに、『勝負ができた』ということ自体がおかしいのだ。

だからこそ断言できる、ギルマスは実力の半分も出していなかったと。


「ところでだ、クロード。」

「む?」

反省点を挙げていると、ギルマスが声をかけてきた。


「今夜ちょっと付き合ってくれるか?」

「...ギルマスと?」

別に今夜が忙しいというわけではない。

ただこの国最強と共に歩くというのは、実に目立つので避けたい所だ。


「安心しろクロード。

人目にはつかんところだ。」

「分かった...。」

少しばかり不安を覚えながら、その言葉に了承する。


決まったとなれば、自分もいろいろと準備することがある。

気持ちを切り替えるために、残っていたポーションの中身を一気に飲み干した。



◆◆◆



「それで、ここは?」

「俺の行きつけの店だ、人目を気にせず飲めるところが気に入っている。」

夜の王都の一角、冒険者ギルドから歩いて数キロというところにたしかにその店があった。

見た目はどこにでもあるような外見で、ほかの店たちの中に自然に溶け込んでいるような雰囲気。

自分とギルマスはその中の一つの個室に通された。


あらかじめ予約しておいたのだろう、部屋に入る前から食事がテーブルに用意されていた。

ギルマスがパンを食べ始めたの見て、自分もスープの肉をスプーンで掬う。


食べ始めてから数分経った頃、

「それで、ガールフレンドと仲直りは出来たのか?」

ぽつりとギルマスが話し始めた。


「やっぱりあんた、賢者様が私の正体を見破っていることを知ってたんだな。」

「まぁな。」

教えてくれよ、という抗議の視線をヒラリとかわす。


「お前ならうまくやってくれるだろうと思って、あえて言わなかったんだ。

言ってたらお前、絶対に賢者に会おうとしなかっただろ。」

「そんなことはない...はず。」

断言が出来ない。

幼なじみという点を除けば、彼女はこの国の有名人であり言峰のハーレムメンバー。

もしかしたら彼女の内心を聞かずに、ほかの手段で口封じしていたかもしれない。

そう考えれば、今回のギルマスの判断は正しかったといえるのだろう。


「つまりそれを確認するために今日私を呼んだと?」

「まぁ、そういうことだな。」

そういって自慢げにコップの中を空にした後、とぷとぷと景気よく酒を注いでいる。

あれだけ飲んで明日に響かないのだから、つくづくこの人は大物なのだろう。


「ほかの日でもよかったんじゃないか?」

「だめだ、明日からまた忙しくなる。

おまえにも頑張ってもらうんだからな。」

その言葉で気分が少し下がる。

ここ一か月は比較的溜まっていた仕事も片付いたと思ったのに、それを相殺するように舞い込んでくる。


「相も変わらず、人使いが荒いね。」

思わず愚痴をつぶやくと、

「そりゃそうさ、俺お前のこと嫌いだったんだぜ?」

軽い口調で、聞き捨てならない返事が返ってきた。

いったん話すのをやめて、ギルマスの話に耳を傾ける。


ギルマスはニヤリと笑うと、楽しそうに語り始めた。

「俺だけじゃない、Sランクの冒険者はみんな勇者達に対して内心同じように考えているだろうさ。

大した努力もしないくせに、軽い訓練と才能だけで自分たちが必死に積み上げてきたものを超えられるなんんてどうなのか、とな。」

「それは、ごもっとも。」

確かにそれは思うところがあるだろう、ギルマスだって長年の歳月をかけて鍛えたものが、目の前の若造にたった1か月で身につけられては、やるせない気持ちになる。


「だから、高ランクの仕事を押し付けたのだって、下心あったんだぜ?

Sランクの厳しさを教えてやろう、てな。」

「まったく。」

不思議と怒りは湧いてこなかった、それはギルマスの軽い口調と、自分自身がそれほど辛く思っていなかったからだろう。


「それで?

なんで今更それを私に暴露したんだ。」

「言っただろ?『嫌いだった』、てな。」


コップを一度傾けて、自分の顔をしっかりと見て話しだす。

「お前は俺の出す依頼を弱音吐くことなくやってのけた。

その態度を見ていて思ったのさ『こいつはこいつでいろいろ苦労しているんだ』とな。」

「...。」

そういう風に自分の行動は見られていたわけか。

自分は自分になりに、無茶を楽しんでやっていただけなのだが。


「だから俺自身の考え方を変えたのさ。

この年でここまで強くなったんなら、どこまでいけるか見てみたい、てな。」

「ふむ...。」

この人がギルマスで本当によかった。

考えを改めるなんて、あまり簡単に出来ることではない


「というわけだ。

クロード明日も3件頼むから頑張って強くなれよ?」

「ギルマス。」

自分は水を一気に飲み干して、ため息をついた。







「結局人使いは荒いままじゃないか。」

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