第74話 友達以上の君へ

 厳しい寒さが過ぎ、日差しが暖かくなる時期に差し掛かる。

 王城の一室では一人の少女の衣替えが行われていた。


 豪華なローブと鎧を脱ぎ、丁寧に折りたたんでベッドに置く。代わりに、この国では一般的な【魔術師メイジ】の服へ袖を通した。

 襟から髪を引き抜けば、黒い長髪が仄かな香りとともにふわりと舞う。その光景はまるで気持ちを切り替える一種の儀式にも見える。

 実際、ほかの人達からすれば、とても賢者ナナセとは同一人物には見えない。


 着替えを終えた彼女は荷物の最終確認をした後、それらを背負って部屋の外へと出た。

 食堂を横切り、広間を通り抜け、日差しが心地よい中庭からさらに外へと歩を進めた。


「おっ、今日だったか七瀬」

 ふと後ろから声がする。振り返れば柿本が剣を片手にこちらを向いていた。

 軽く汗をかいていることから、鍛錬の途中だったということが容易に想像できる。


「はい、夜食ごろまでには帰ろうと思います」

「そっか」

 そっけない言葉とは裏腹に、彼の顔は二ヤリと笑みを浮かべていた。


 何があったのか、彼女は以前とは比べ物にならないほどに心身共に成長していた。

 特に戦闘能力の上りは凄まじく、ほかのクラスメイトはおろか勇者言峰パーティーの中では言峰すら勝てないほどの力を有していたのだ。

 それを認識した王国から送られてきたのは一つの手紙。

 内容を要約すると『賢者様には一旦勇者パーティから離れてもらいほかのクラスメイトの強化に協力してほしい』というもの。


 一見すれば筋が通ったものかもしれないが、この裏には様々な思惑が蔓延っていた。


 元老院は賢者が力を得たことが忌々しかった。

 当然といえば当然だろう、不慮の事故で死なせるために旅に出させたのに強くなって帰ってきてしまっては元も子もない。

 今更彼女に媚びることも元老たちの無駄に高いプライドが許さず、何とかしてこれ以上彼女の力が強くならないことを望んでいた。


 一方王政府と教会側もこの一件を快く思っていなかった。

 彼らからしてみればこの国で最強であるべきは国の象徴たる勇者であり、実際言峰には他のクラスメイトと比べていろいろと優遇した環境で育ててきた。

 従って言峰より強い彼女の存在は、政治的にも宗教的にも実に邪魔な存在となっていたのだ。


 そうしてそれぞれの思惑が絡み合い、この手紙が完成したわけである。

 クラスメイト達をサポートすれば、それだけ彼女の修行の時間を削ぐこととなり枷にできると考えたわけだ。


 賢者はこれあっさりと承諾した。

 その速さには王国側はもちろん、クラスメイト達まで驚いたほどである。

 そして七瀬葵は、土日に街に出て本を読み漁れる時間がほしいと要求してきた。

 これに王国側は、『王城外で賢者であると言いふらさないこと』『緊急時以外は魔物モンスターと戦わないこと』という二つの理由を契約させて事を収めた。


 彼女は柿本のパーティに入ることとなり、王国の表で活躍している勇者たち以外のクラスメイトの補佐に回った。

 その性格と冷静な判断力から、クラスの中では智将として一目置かれている。


「しっかし、一番驚いたのは言峰のことだったな」

「そうですか?」

 柿本のあきれた表情に七瀬は首をかしげて返す。

「俺としてはフラれた言峰の顔が見たかったんだがな~」

「そもそも彼と恋人になってませんよ、俊君」

 七瀬と言峰の関係は友達以上恋人未満、アプローチも七瀬からすることがほとんどだった。

 しかし勇者パーティから離れた彼女は、ハーレムから外れ、一人の友人として言峰と接するようになる。

 当人たちからしてみれば些細なことかもしれないが、はたから見ればそれは大事件だった。

 それこそ七瀬が言峰をあきらめたと一時期、クラス中で噂になったほどに。


「まぁいいや、あいつのことが吹っ切れたんならそれはそれでいいし」

「はぁ……」

 要領を得ない柿本の言葉に七瀬は疑問を抱くが、それもまた柿本の声にかき消された。


「ほれほれ、行くんだろ『読書』に、さ?」

「……あなた、性格が悪いって言われたことはありませんか?」

 意地の悪い質問に、七瀬は不満の目線を柿本へと向けた。


「何を今更。俺が性格良かったら、影山からあんなにプロレス技くらうわけないだろ?」

「それもそうですね」

 フハハと笑う柿本にため息をつき、城門へと歩を進めた。


「七瀬」

「今度は何ですか?」

 再度の呼びかけに半ばうんざりしながら、振り向く。


「頑張って来いよ」

「? はい、ちゃんと任務を全うしてきます」

 応援の意味を数秒考え、意気込んでこぶしを握った。




「まったく」

 彼女が見えなくなったことを確認した柿本は、そばの庭石に腰を下ろし、七瀬よりも盛大にため息をついた。


「よーやく、形になったというところか?」

 その表情は、やれやれやっとかという安堵を浮かべていた。


 幼いころから影山と七瀬を見てきた彼にとって、七瀬が言峰のハーレムに入ることを内心心配していた。

 それは七瀬の表情を見て、彼女が純粋な恋をしているというより、恋に恋しているといった印象を見受けたからだ。

 さらに言えば、彼女が言峰と接するごとに自分と影山に距離ができていると感じたことも大きい。

 うまくいけばいいが、もし恋の戦争に敗れたら、彼女にクラスの中での場所がなくなってしまうのではないかと思ったりもした。


 そしてその危惧は影山と言峰の決戦の後、七瀬が言峰から距離を置き始めたことで現実になろうとしていたのだ。

 だからこそ、今この状況に落ち着いたことに実に安心していた。


「頑張って来いよ」

 勇者柿本俊は賢者にかけた言葉をもう一度復唱した。



 ◆◆◆



「よいしょ」

 私はとある山奥の場所に足をついた。

 目の前に広がるのは先の見えない坂道、そしてそれに沿うように作られた階段。


「本当に不思議な感覚ですね、瞬間移動って」

 先ほどまで私がいたのは王都の人通りの少ない道。

 そこから一瞬でここにたどり着いたのはひとえに、特異ユニークスキル【転移魔導テレポート】のおかげだ。

 このスキルに気が付いたのは旅の帰路の途中で、初めて見たときは綺麗な二度見をしてしまったほどに信じられなかった。


「さて」

 気合を入れて、この長い階段を一歩ずつ上がっていく。

 図書館に入り浸っていたころからしてみれば、とても考えられないような行動だ。どうやら私はこの世界をとても楽しんでいるらしい。


「あ!! おねぇちゃん!!」

 ふと階段の上を見れば、リズがうれしそうに手を振っている。


「お久しぶりです、賢者様」

 その後ろでシッドも笑顔で応じてくれる。


「巫女様も元気?」

「うん!」

 私の質問にリズは元気に返事を返してくれた。


 巫女達一行は現在、亨君の屋敷に居候中なのだという。

 巫女と亨君が話し合った結果、そのほうがお互いに都合が良いいとか。巫女としては、安定した居場所を確保し、この世界についていろいろと学んでいく方針を固めていた。

 亨君としても、彼が冒険者の仕事で屋敷に不在の際、警護してくれる優秀な侍と結界を張ってくれる巫女がいれば安心できるという。

 もう少しすれば、屋敷の少し下のほうに神社ができるらしい。


「いっしょにいこ?」

「えぇ」

 差し出された手を取って私は階段を上へと昇っていく。


 私はここへ、ただ遊びに来たわけではない。


 旅から帰った後、亨君は私にある依頼をしてきた。

 それは私に伝えられるクラスメイトや王国の情報を、時々屋敷まで来て話してほしいというもの。

 それをもとにして王国への対策を検討していくとか。今回の私のような、不測の事態を避けるためでもあるらしい。


 私は願ってもないと、それを受諾した。

転移魔導テレポート】が使えるので、無理をせずに通うことができるし。何より、またこうやって亨君と話せることが嬉しかった。

 そして土日に本を読む傍ら、怪しまれない頻度で彼の屋敷まで行き、亨君に近況を話すことが習慣となっていた。


 さぁ、この階段を上がったら何から話そう?

 楽しみで仕方がない。
























 影の使い手

 冬桜編 終了

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