第73話 健闘者へ

「みこさまっ!!」

 リズがこれ以上ないくらいの勢いで巫女へと抱き着く。

 今までこらえていた気持ちがあふれたかのように、彼女の胸の中で泣いていた。


「リズ、心配かけてごめんなさい」

 巫女は彼女の頭をやさしくなでる。リズはくすぐったそうにしながらも、心地よさそうに受けていた。


「シッド、よく今日まで私とリズを支えてくれました。

 本当にありがとう」

「巫女様……」

 巫女の感謝の言葉にシッドは感極まったようで、目頭を覆いながら上を見上げる。




 自分ことクロードは、その光景を賢者の三歩半後ろから見守っていた。

「ぐす……」

 前で賢者が涙ぐんでいる、彼女もまたシッドたちの願いを叶えようと、必死に頑張ったのだから無理もない。


 ふと空を見れば太陽がちょうど東から昇ってくる光景が見て取れる。

 それはまるで巫女たちに対して、長い夜が終わりこれから新しい日が来るということを告げているようだった。



◆◆◆



 結論から言えば、巫女の魂を身体に戻すことは簡単だった。

 魂の入った木像を身体の上に乗せることによって、魂がふわりと移動し巫女の顔に赤みがさしたのだった。

 正直魂が戻るかどうか自分も未知数であったので、内心こっそり胸をなでおろした。

 しかし、ここで一つの予想外が生じる。

 巫女の種族名が【人間】ではなく【半霊人デミ・ゴースト】となっていたのだ。

 恐らく魂の状態で長く過ごしていたこと、神樹によって魂が作り変えられたことが原因だと思われる。


 幸い彼女がそれによって、何か身の回りが大きく変化するというわけではない。

 そもそも【半霊人デミ・ゴースト】という種族自体、名前通り人間と霊を足して二で割ったようなものなので、人間と大して変わりない生活ができ、スキルも使える。

 それどころが霊のように空を飛ぶこともできるし、人間よりはるかに長い年月を生きられるという点を考えればかなりパワーアップしたとも言えよう。


 問題は彼女がその変化をどのように受け止めているか、そして周りは彼女の変化をどう思っているのかだろう。

 しかしそれもリズを抱いてふわふわと飛んで楽しそうにしている巫女と、それを優しく見守っているシッドからしてみれば些細な変化であることは明白だった。


 巫女はリズに一通り構った後、こちらへゆったりと歩いてくる。

 改めて彼女をみるが、ただ歩いているだけというのに所作の一つ一つが実に丁寧で、その清楚な服装も相俟って良家のお嬢様という印象を受けた。


「あなたが賢者ナナセ様ですね? 私はこの里の巫女をしていた者です。なんの見返りも求めずに無償で助けていただき、感謝の言葉もありません」

「あぁ……えぇと……結果的そうなったというか……」

 ニコニコと静かにほほ笑む巫女に対して、我らが賢者はあたふたと歯切れの悪い口調で話している。


「生憎この通り里が緑に呑まれてしまい、お礼の一つもできません。私に出来ることでしたら、何なりと行ってください」

「あの、別にそんなものがほしくて協力したわけでは、その……」

 まったく、自分の正体を暴くために問い詰めていた、あの迫力と余裕はどこに置いてきてしまったのだろう? 出来るなら戻ってきてほしいものだ。


 別に誇っても誰からも責められないというのに、なぜそこまで縮こまるのだろうか。

 賢者が一瞬こちらに、『何かお願いすることはある?』という視線を送ってきた。自分は首を軽く振って、何もないという意思表示をする。


「私たちのことならお構いなく……それよりも巫女さんはこの後どうするのですか?」

「そうですね……」

 賢者の問いに対して、巫女はそっと静かに瞼を閉じた。


「どこか……別の場所で余生を過ごそうと思います」

「別の場所……」

 彼女の出した答えは、賢者には少し意外だったようだ。


「その……一つ質問してもいいですか?」

「はい、何なりと」


「里に対して……何か未練はないですか? あなたがいればいつでも再興は可能ですよね?」

「パラウトですか……」

 巫女は目を細め、慈しむようにその場を見渡す。


「パラウトの里は戦争に苦しむ人たちを救済する場所でした。しかし平和になった今、その里を再開させる意味もありません」

 このあたり一帯を治める神聖ルべリオス王国は、この世界では珍しく種族間による差別がない。

 国の象徴的存在である勇者サトウが、差別化を良く思わず国王に進言したことが大きな理由である。


「私は生涯、里を見守る巫女として生きると確信していました。神樹による虐殺が行われたとき、残りの人生でそれを償おうと決心しました。しかし……」

「しかし?」


「神樹の中で魂となった時、里のみんなから言われました。

『俺たちが一番つらいことは、あなたがすべてを背負っているのを見ることだ』と。里の皆の魂は神樹の死と共に旅立ちました。ですから私も新たな生を謳歌しようと思います」

 そう言って巫女はにこりと微笑んだ。

「そうですか……」

 賢者もあまり追及はしない、巫女が熟考した末に出した結論にひとまず納得はいったようだ。


◆◆◆


 

 里の跡地からまだ使えそうなものは、今日一日掛けて運び出した。

 幸い巫女たちが住んでいた神社が半壊状態で残っており、その中から生活用品一式を発掘することができた。

 思い出の家具や道具が残っていたことは、彼女たちからしてみれば大きなことだろう。


 リンが黒馬になって荷物を背負ってくれるので、荷物を運ぶ心配もない。これで引っ越しの準備は整ったといえる。


 しかし、だからと言って直ぐに行動に移すことは出来ない。

 テントの中に目を移せば熟睡しているリズとシッド、そして賢者様の姿が見て取れる。

 無理もない、この二日間彼らは生きるか死ぬかの場所を走り回ってきたのだ、身体と精神の疲労は拭いきれず、少しばかりの休息が必要だった。

 巫女も体に魂が入ったといえ、まだ安定しているとは言い難い。少しばかり様子を見るべきだろう。


 結局里から少し離れた平原に仮拠点としてテントを構え、ここで一晩巫女たちとともに夜を明かすことになった。


「良くても2、3日はいるか……」

 さらにここから王都までの移動時間を足せば、合計で10日ほどになるだろうか? その間の護衛は自分が主軸になる。


「ふう……」

 吐いた息が目に見えるほどにくっきりと白く曇り、暗闇の中へと姿を消えていく。冬の夜はまだまだ寒い、焚火にいくつか薪を入れてテント周辺の気温を数度上げる。


「……」

 最後の薪を加えたとき、後ろから歩いてくる気配を感じ取った。足音のリズムと大きさからおおよその見当はつく。


「こんばんわ、クロードさん」

 後ろを振り向けば巫女が、ニコニコと微笑みながらこちらを見ている。


「……どうぞ」

 自分がいま座っているものは、丸太を横にした簡易的な椅子だ。

 体をずらし、彼女が座れるだけの間を開ける。巫女は体一人分を開けて隣に座った。


「直接話すのは初めてですね」

「……そうですね」

 今の今まで彼女には賢者が対応していたはずだ、なぜここであえて自分と話しに来たのだろう。


「何か体に変化がありましたか?」

「いいえ」

 自分の問いを彼女は否定する。

 だとするなら自分に用があるか、もしくはただ単に起きてきただけだろう。


 すると巫女は自分のほうに抜き直る。

「改めてあなたにもお礼を言わせてください」

「……」

 どうやら、彼女は賢者だけでなく自分にも感謝しておきたいようだ。


「それはしなくて結構ですよ」

「はい?」

 自分は彼女の気持ちを断った。このままでは誤解させてしまうので、少し補足する。

「お恥ずかしい話ですが、私は早い段階で神樹に捕まっていまして。賢者たちが神樹を倒す直前まで、ほとんど何もしていないのです」

 嘘は言っていない。実際自分はあっさりと神樹に捕獲されて、長い間神樹の下に閉じ込められていた。

 賢者と再会した時も、『巫女を取り戻す』というシッドの目的は達成され、『呪符をばら撒く』という賢者の目的も完遂する寸前だった。

 自分がやったことといえば、愛刀と短剣で一回攻撃した程度だろうか?


 それに里を救った英雄になりたくない。そんな目立つものは賢者がなるべきだ。

「なるほどなるほど」

 巫女はその言い分を相槌交えて聞いた後。


「それは真実とは異なりますね」

 笑顔のまま、さらりと否定した。

「なぜ虚偽だと思うのですか?」

 あまりに即答だったので疑問に思って聞いてみる。

「ふふ……」

 巫女は口元を抑えて笑う、その瞳はまるで答えられなかったクイズの正解を教えるような、そんな感情がこもっていた。


「実は私、あなたの事を神樹の魂を通して、見させていただいたのです」

「あぁ……なるほど」

「すごい活躍でしたね。数百の魔物をすべて返り討ちにした後、神樹あの子の根の七割を切り落としたのですから」

「……忘れてください」

「それだけではないです。崩壊した神社からご本尊である木像を、影の魔法でリズのところへ運んだのも、使い魔のリンちゃんに命令して、所々で彼女たちを補助したのもあなたでしょう?」

「……そんなこともありましたね」

 もはや彼女に隠し事は無駄だと悟った。


「だから言わせてください。あなたがシッド達を陰で支えてくださったおかげで、私はここにいます。

 本当にありがとうございました」

「……」

 何というか、母親にたくさん褒められた時のように照れくさい。


 しかしここで疑問が生じる。

「……どうしてあの時はそれを言わなかったのですか? あぁ失礼、怒っているわけではないのです」

 あの時とは巫女が賢者に感謝の意を述べていたとき、ついでで言うこともできたはずだ。

 責めているわけではなく、ただ単純な疑問だった。


 すると巫女はクスクスと笑って答える。

「あなたが、それを人前で誇示してほしくない表情だったからですよ。他の人には内緒にしてほしいのでしょう?」

「参りましたね……」

 完敗だ、自分の性格まで配慮されての行動だったということだ。


「秘密にしてくださいよ?」

「はい」

 巫女はゆっくり頷いた後。

「……それと言っては何ですが」

「何でしょうか」

 どこか言いづらそうに言葉をつなげる。


「お恥ずかしながら、王都についたときどこか泊まれる場所を案内していただけないでしょうか?

 その、シッドたちがしばらく滞在できるような……」

「あぁ」

 彼女も先を見据えているのだろう、ずっと里の中で暮らしていた彼女からしてみれば外の世界は未知の領域、案内と相談役が必要なのだ。

 シッドたちのリーダーとして自分に交渉してきたのだ、こちらも王国冒険者ギルドの一員として応じる必要がある。


「……それでしたら」

 それに彼女たちの希望を満たす妙案が浮かんだので、この際提案してまう。夜が明ければ、シッドたちにも話に参加してもらう予定だ。


 自分と巫女はこれからのことについてしばし意見を出し合う。

 焚火の音は相変わらず、自分たちの話の合間にパチパチと爆ぜていた。

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