第72話 葉桜・その無限の果てに
暗い夜も終わりを迎え、空が白み始めた。
昼でもなく夜でもない曖昧な時間帯、丘の上で二つの影が
自分ことクロードは賢者とともにその行く末を見守っていた。
「
剣士シッドは降り注ぐ根の猛攻を、蛇行しながら巧みに躱し神樹へと肉薄する。
球体の体を支える、足のような役目をする根の間に潜り込み、すれ違いざまに一つを切り落とし何か所かに刀傷をつけて距離をとった。
「くそっ、ちょこまかト」
一つ支えを失った神樹はバランスをとることが出来ず、地面に叩き付けられた後幾度か転がる。
そこから何とか体勢を立て直そうとするが、なれない体なのかもたついている。
「むん!」
「がああァ!」
そのすきを見逃してもらえるほど彼は甘くない、さらに深い一撃を胴体に貰った。
「このッ!」
神樹は転がった状態から、シッドに向かってやたらめったらに根を突き出す。
彼の技量をもってすれば、一つ一つなら捌き切ることは容易いだろうがいかんせん数が多い。
「ぐっ!!」
逸らしきれなかった攻撃が、彼の体に傷をつける。
一つの根が地面を這うように忍び寄り、死角から彼の足元へと巻き付いた。
そのまま勢いよく引っ張り、彼のバランスを崩そうとする。
「ふん!」
彼は腰に力を入れて何とかこらえた後、根を切断した。
戦況は一進一退の攻防が続いている。
シッドは神樹の周りを旋回しながら、攻撃を叩き込んでは引くという戦法でじわじわと相手の戦闘力を奪おうとしていた。
対して神樹はその身に繋がっている十数本の根を使い、彼に数の暴力で攻撃を仕掛けてきている。
今のところ互いの力は五分五分といったところ。
しかし、その均衡が決壊するのも時間の問題だ。
神樹の攻撃手段は、巻きつけるや突き刺すなどといった根に依存したものが主力である。だがシッドは、その根を確実に一本ずつ切り落としている。
この調子でいけば彼の体力より先に、根が尽きることは明白であった。
「がああア……」
またも根を切り飛ばされ、残りの数が十を切った。
ここまで来れば、神樹も戦いが長引くほど自身が不利になっていくと感じ取れたのだろう。大げさなほどに距離を取り、間合いを詰めるすきを窺う。
お互いにらみ合うこと数分。
「……なぁ、神樹よ」
「アァ?」
刀を構えたままシッドが神樹へと語りかける。
「皆を殺して後悔はなかったのか?」
「こうかイ?」
「今まで見守ってきた者たちを殺すのに、何の躊躇も悲しみもなかったのか?」
シッドは静かに淡々と、疑問を問いかけた。
神樹が見聞きし、喋ることが出来るようになってからずっと確認したかったのだろう。
神樹に里の人たちと過ごした、あの頃の記憶が残っているのではないかと。
「ハッ」
しかし、神樹はその思いを鼻で笑う。
「力を得ることが俺のすべてダ。
他に考える事も覚えていることも何もなイ」
「そうか……」
その答えが、神樹の心中を物語っていた。
両者はそのまま黙ってしまう。
もしかしたら、別の結果があり得たのかもしれない。
無数に存在した選択肢を間違えなければ悲劇は回避できたのかもしれない。
しかしそれを確かめる
巫女が、シッドが、里の皆が、それぞれ決断した上でたどり着いた結末なのだから。
双方構え、打ち合いのための力を溜めていく。
「アア"ァッ!!」
先に動いたのは神樹だった。支えていた根に力を込めて跳躍し、地面と平行に跳びながらシッドへと直進していく。
対してシッドは何を思ったのか、構えをといて刀を片手でぶらりと下げたまま立っていた。
神樹との距離が数mまで接近した瞬間、彼は右に跳び体当たりの直撃を避ける。
下半分を削るようにしながら、神樹は彼のすぐ横に強引に着地する。そしてすべての根で、一斉に彼に攻撃を始めた。
最初の根が彼に触れようとした瞬間、彼は瞬く間にその根を切り飛ばす。次の根が別角度から振り下ろされた根を、半身を逸らして避ける。
続けざまに迫ってきた二つの根の間に入り、一太刀で二つ同時に弾き飛ばした。
彼は流れるように一連の行動をわずか数秒で行い、そのすべてが次の動作へとつながっている。
切る角度、動き、刀の速さ、一つ一つが最速最短であり、まるで時代劇の殺陣のような演舞を見せてくれる。
これは【
攻撃技ではなく、むしろ相手の攻撃を利用して反撃を仕掛けるカウンター技と言ったほうがいい。他の術の奥義と比べられると、あまり派手ではない。しかし、近接戦の時において無類の強さが発揮される。
相手の攻撃を無力化したうえで即死の一撃を叩き込め、人体の構造を極め尽くした動きをするので、多対一でも、挟み撃ちにされても、八方囲まれても余裕で対処して切り伏せることができる。
かつてこの技を使い二千人切りを達成した男がいたほどに、武器術の中でも強力無比な力を持っているのだ。
熾烈な刀と根との殴り合いが展開される。
その速度は次第に早くなっていき、時折残像と火花が見えるようになってくる。
よく見ると彼の眼が刀を振るたびに血走っていくのが分かる。
切れば切るほどに己の内に秘める戦いの喜びを感じ取り、体中に力がみなぎってくるという戦闘狂御用達のスキルだ。
実に相性がいい、なんせ切るものが彼の目の前に広がっているのだから。
勢いを無くした根が高らかに宙に舞う。
あと七本。
刺そうとした根が、縦に真っ二つに分かれてしまい使い物にならなくなる。
あと六本。
誤って地面に突き刺さった根が、慈悲もなく刈り取られる。
あと五本。
危険を感じて防御に転じた根が、その役目を全うすることもなく吹き飛ばされる。
あと四本。
彼の横をすり抜けた根がつかみ取られ、根元から引き抜かれる。
あと三本。
ボロボロに傷ついた根が、鞭のように振り回した拍子に引きちぎれる。
あと二本。
「くっ!?」
あと少しで勝利を手に入れようとしたその時、シッドが地に足をついた。
顔色が悪く荒い息をしている、額からは大粒の汗が流れ、目は半ば焦点があっていない。体力が底を尽きかけていた。
「おぉオ"!!」
間髪入れず神樹が攻撃を仕掛けてくる。
残り二つの根を足と頭に、それぞれ突き刺そうと動かしていた。
急に体勢を崩したことにより二つを捌き切ることはできない、文句を言う体を酷使して彼は急な二者択一を迫られた。
考える時間すらないような瞬間の後、彼は直感的に選択し足に迫っていた根を切り飛ばそうとした。
しかし、うまく力が入らず弾くだけに終わる。
その横顔に向かって、もう一つの根が接近した。彼の瞳に迫りくる根が映り、そのまま頭を突き刺されそうになった時、
「ぐうぅ……!」
彼は左腕でその攻撃を受け止めた。
根は防いだ腕を貫通するが、勢いが殺されて彼の頬に一筋の線を残す程度に終わった。
激痛に耐えながら、何とか刺さっている根を切り飛ばし、腕から抜いた。
「っはぁ……はぁ……はぁ」
「あぁぁぁア"……」
二人が再度向き合う。
双方満身創痍で次の一撃で勝負が決まることは明白だった。
「ぁぁぁぁぁあああああ!!」
「ォォォォォオオオオオ!!」
シッドは刀をしっかりと握り走り出す、神樹は最後の一本を全力で突き出した。
二つの攻撃がそれぞれ相手を捉えようとした時、
根の攻撃がいくらかシッドの斬撃よりも早かった。
『勝った……。』
神樹が自身の勝利を確信した瞬間。
『何!?』
彼の後方から眩いばかりの光があふれだす。
「太……陽……」
それは一瞬のことだったが、根の矛先を数度ずらすには十分なものだった。
「ああああああ!!」
腹に大きな切り傷を受けながら、シッドは渾身の力を込めて神樹の核へと振り下ろす。
そして、
その球体状の体が二つに割れた。
◆◆◆
「やった……」
彼は信じられないという気持ちでいっぱいだった。
しかし、腕に感じている痛みは本当だし、何より手に残る感触が自身の勝利を何よりも祝してくれていた。
「やりましたっ!!」
彼がそう言って後ろを振り返った瞬間、
割れた球体から何かが飛び出した。
それはまるで小型の虫、先ほどのよりもかなり小さいものだった。
「!!っ」
彼が叫ぶよりも先に、それは賢者へと取り付く。
「アハハハハハハハハハハ!!」
この場にいま最も聞きたくない声が鳴り響く。
「残念だったナ!! せっかくの俺を殺す機会をお前たちはみすみす見逃したんダ」
神樹は賢者の肌を食い破り、根を体内へと侵食させていった。
「貴様ぁ……」
シッドは重症の体を引きずりながらその行為を睨み付ける。
「そんな顔をしても無駄ダ!! むりに俺を殺そうとすればこいつまで死ぬゾ? お前たちが出来ることは指をくわえて、俺がこのエサが取り込まれるのを見ていることだけダ!!」
その声は実に愉悦と喜びに満ちていた。まるでいたずらが成功したような子供の口調。彼の憤怒の表情を一通り楽しんだ後、今度はこちらにその視線をぶつけてくる。
「さんざん俺を荒らし回った罰だ小僧、貴様の仲間はここで終わりダ!!」
「終わり?」
その問いに自分は小首を傾げた。
「見てわからないのカ!?
こいつは俺の力になって終わるんだヨ!!」
「あ、そう」
「……なぜ、そこまで落ち着いていル?」
自分の対応に不自然さを感じたのだろう、傲慢な声色は疑問と変わっていく。
そろそろ教えてあげてもいいだろう。
「では聞くが、」
君はいったい『誰』に取り付いているんだ?
その言葉とともに自分の後ろから
「ナ!?」
神樹が声を驚愕に染めると同時に、取りついていた賢者の体が黒く染まりそのまま崩れ落ちた。
「ア!? ガ!? アアアアアアアアアアアア!?」
「言っただろ? 偽装は私の得意分野だって」
語りかけながら腰から短剣を抜く。
つい先ほどまで『賢者に寄生していた植物だったもの』は『スライムに捕食されかけている植物だったもの』に姿を変えた。
「【
君を倒すのはシッドであり。
君を殺すのは私なんだ。
なんの問題もないだろう?」
神樹へと近づいていき短剣を振り上げる、その瞳は恐怖一色で塗りつぶされていた。
「さよなら」
感情なく言葉を放ち、神樹の小さな体の真ん中に深々と短剣を刺した。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア…………」
けたたましい悲鳴が、リンの体に包まれて消えていく。身はスライム特有の消化によって、端から順に溶けるようにして無くなった。
千年の時を生きる大樹は、小さくその命を消した。
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