第71話 満開・天に閃光、地に大火

 巨大な魔物の腹の中にて、自分ことクロードは賢者ナナセ一行と再会した。


「む」

 影の中から飛び出て、あたりを一瞥する。


 まず、目の前にペタリと座り込んでいる幼馴染の賢者様。こちらを見て驚きと、それ以上の喜びを顔に出している。

 自分の消え方があそこまで不穏な形だっだけに、かなりの心配をかけたのだろう、後で謝っておく必要がありそうだ。

 その後ろでこちらを怪しげな目線で窺っている銀髪の剣士。

 リンから伝えられた里の守護者、シッド・シュベルツと見て間違いなさそうだ。

 彼の背中に巫女姿の少女が負ぶさっていること、そして手に待っている木像からほのかに光が瞬くことから、どうやら彼の目標は達成できたのだと理解できた。


 最後に、いつも通りプルプルと震えているリン。

 どことなく緊張感のない雰囲気は相変わらずだが、背中にしょっている荷物が威圧感を出している。


 とりあえず、初めに自己紹介をしておこうか。

「はじめまして、剣士。

 彼女のパーティの一人、クロードといいます」

「は、はじめまして……」


 信じていいのか分からないという表情をして、彼は説明をうように賢者へと視線を向ける。

 すると賢者はそれに何度も頷き、自分のしゃべった事が真実であると保証した。


「さて、ひとついいですか?」

「はい!」

 自分の問いかけに、彼女は嬉しそうな面持ちで返事を返す。


「何か手伝えることは?」

 彼女は少し考え込んだ後、何か決定したように訊ねてきた。


「あなたの力で私たちをここから出すのにどのくらいかかりますか?」

「五秒あれば十分です」


「なっ!?」

 自分の即答に対して、シッドが驚愕する。


「そんなことが可能なのですか!?」

「えぇ、私のスキルで外に出すことが可能です。実行するのなら今すぐにでも」

 返答してなお、シッドからは疑問の目線が飛んでくる。彼からしてみれば不満を隠せないだろう、もし逆の立場だったら自分が信頼するかも怪しいところだ。


「一度クロードさんを信じてみませんか?」

 空気を読んで、賢者が説得しようとする。


「ワシは貴方を信じようと誓いました、今更疑問は出しません。しかし……」

 そう言って、背中の巫女をちらりと見る。

 自分の身より、彼女の身を気にしているようだ。


「でしたら、彼女は私が持ちましょうか?」

 その状況を見て賢者が提案する。

「まず貴方を外に脱出させてから、彼女を脱出させる。

 これでしたら、その方法を確認してから信頼をもって任せられると思います」

「なるほど……」

 案を聞いて彼は逡巡した後、腹を据えた。


「無理なことを言ってすみません」

「いえ。お願いします、クロードさん」

「それでは」

 彼女の願いを聞いて、自分はシッドの足元に【影送り】を発動させる。


「む!?」

 彼はそのまま自分の影の中へと落ちていき、姿を消した。そして、そのまま神樹の外へと飛ばす、およそ三秒間の出来事だ。


「それでは、賢者様も」

「待ってください」

 彼女はリンの方に向いた。


「外に出る前に一つやっておきたいことがあります」

「ふむ?」

 彼女の目を見れば、それが無謀な挑戦でないことは分かる。自分は策に興味を持ち、後ろからその様子を見ていた。


「リン、お願い」

 賢者が合図を出すや否や、リンは持っていた荷物の中身をあたり一面にばら撒いた。


「これは……」

 撒かれたのは長さ20cmぐらいの細い紙で、一つ一つに見覚えのある紋様があることから、これが自分の持ち物の一つだったことを思い出す。

 これは『呪符』だ。

 自分の【影魔法】が付与可能だということに気付いて大量に購入し、この旅の中でいろいろと実験をするはずだった。


 しかしその何十何百という呪符が、辺りに散っている光景が広がっている。螺旋階段の一番上から見渡すその景色は、大きな空洞に紙吹雪を吹かせたようだった。

 様子を確認して満足した賢者はこちらに振り向く。

「もう大丈夫です、お願いします」


 彼女達と共に【影移動】で脱出する。高速で腹の中を出て、外へと至った瞬間。

「『起動』」

 賢者が確かにそう呟いた。


 辺りが轟音と共に激しく揺れる。

「みゅい!?」

 どこからか力の無い声が聞こえた。彼女の名誉のために、聞かなかったことにしておく。


 呪符に炎系統の魔法を込め、神樹の中に撒き散らし、一斉に起動させて爆弾の代わりにしたのだ。

 であれば当然の結果だろう、ただでさえ相性が悪いというのに、腹の中という爆発した力の逃げ道がない場所ではその威力は数倍に膨れ上がる。


 大胆な作戦を思いつくものだ。

 確かに巨大な敵は体内から爆発させるのが手っ取り早い倒し方だ、自分だって同じことを巨人キュクロプスで行った経験がある。

 しかし、彼女はその規模が違う。

 数百枚の一つ一つに魔法を込めて起動状態にさせておく、想像しただけで気の遠くなりそうなものだ。

 賢者の根性に敬意を示しながら、影の中から地上へと出現する。

 場所は神樹から100mほど離れたところの少し小高い丘、正確にいうのなら仰天している顔のシッドの目の前に出現した。


「ほう」

 彼が何に驚いているかと、その視線の先を見て自分は感嘆の意を漏らす。


「うぅ……」

 傍には巫女の下敷きになっている、賢者がいる。


「見てください、賢者様」

「えっ?」

 自分の言葉に彼女は反射的に振り向き。


「はあぁ……」

 感動の溜め息が漏れた。


 目の前に広がる巨木は火に包まれていた。

 しかし、それは予想できたもの。目を奪われた理由は、それ以外を含めた神樹すべてといったほうが正しい。


 まるで天に網でも張ったかと思うほどに大きく広がっている枝に、一つの例外なく桜の花びらが咲き誇っていた。

 燃えている炎がその桜をライトアップし、その美しさを際立たせている。さながら夜桜を彷彿とさせる景観、これは流石に予想できなかった。

 愛刀で神樹の核に攻撃を行った際、その衝撃によって散らばってしまった大量の魔力が幹から枝へと伝わり、花を咲かせたのだろう。


 今がヴィンタ、という時期に咲いた季節外れの桜。

 圧倒的な大きさを持つ神樹の枝を、所狭しと埋め尽くす小さな花びら。

 下の幹は今まさに焼かれ、朝になればもう見ることができないだろう僅かな時間の風景。

 それらがより、今この光景をより儚く、より荘厳なものへと仕立て上げている。

 樹齢千年の大樹が最後の命をすべて燃やし尽くし、閃光の瞬間のように力強くその存在を示しているかのように見えた。


「……まさかこのような光景を見るとは……」

 反対を見ると、シッドも感慨深く見つめている。


 桜の花びらは一つ、また一つヒラヒラと散っていく。

「あぁ……やっとみんな解放されたのですね」

 小さく呟いて、手のひらで目を覆った。

 自分はそこで視線を大樹に戻し、彼を見ないようにした。


 皆それぞれの思いを胸に、しばらく言葉を発さずただ神樹を眺めていた。

 辺りは燃える炎のと、木が爆ぜるおとだけになる。


「ん?」

 異変に気づき、初めに自分が疑問符を口にする。


「何か……くる」

 続いて、シッドもそれを読み取った。

 大樹のやや上よりの部分から、何かが動く気配がする。使い魔という可能性を一瞬疑ったが、すべて排除した自分がそれだけはないと一番よく知っている。


 刀の柄に手をやり、警戒度を上げた。

 対象は数秒力を溜めた後、驚くほどの高さまで跳躍する。全体の形としては、丸いものにいくつかの紐がくっついたようでとても不格好だ。

 それが自分たちの目の前に地響きを立てて降り立った。


「うっ……」

「うわぁ……」

 シッドと賢者がそれぞれ声を上げる、こんなものを前にすれば無理もないだろう。

 目の前にいる物を一言で表すなら『不気味』という言葉に尽きる。


 一部が動きギョロリとこちらを睨み付ける、表面にあった模様が大きさを変えた、あれは瞳孔の役目をしているようだ。

「よくもやってくれタナ。餌どもガ」

 球体についている割れ目が動き、先ほどと比べれば滑らかな滑舌でしゃべっる。

 神樹崩壊寸前に、核がその魔力の塊を木の肉体へと上乗せして脱出したのだろう。言ってみればこれは、具現化した神樹の心そのものだ。


「植物の身でありながら、見ることも話すこともできるのか」

 もはやこれは、動物の領域に踏み込んだとみていいだろう。


「誰一人逃がさナイ、お前ら全員俺の糧にナレ」

「まだ諦めていないのか」

 ここまで行動性を一貫されると、呆れを通り越して感心してしまう。

『一つの信念に向かって走り続けられる』といえば聞こえはいいが、それは逆を言えば『融通が利かない頑固者』という言い方もある。

 ようは一長一短があるのだ。こいつは、一短が肥大化したいい例だろう。


 神樹はその体を低くし、戦闘態勢に入る。

 体についている枝を鞭のようにしならせながら、こちらに狙いを定めてきた。

 自分も戦う準備をしようかと思ったその時、シッドが前に立ち神樹に相対した。

「……」

「シッドさん?」


 賢者の問いかけに対して彼はただ一言答えた。

「すみません」


 彼の気持ちを察し、駆け寄ろうとした賢者は足を止める。

「それがあなたの気持ちなら」

 彼もまた、『融通が利かない頑固者』だったのだろう。ならば納得のいくように彼自身が決着をつければいい。事を収めるのはいつだって強い者ではなく、大義のある者なのだから。


 彼が柄へ手をかけたとき、鞭が彼へと伸びる。

 最後の戦いが幕を開けた。

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