第63話 闇の陰から

 神樹との戦いは熾烈を極めた。


「シッドさん、いけます!!」

「今だ!!」

「【フレイムボール】!!」

 彼の掛け声とともに私は火球を根に撃ち出した。

 以前とは比べ物にならないそれは彼の避けた軌道を通り、不意を突かれた根の腹の部分に直撃する。


「ふんっ!!」

 すかさす彼が刀を振り下ろし、その根にとどめを刺す。


「上ですっ!!」

「まだまだぁ!!」

 別の方向から飛んできた根が彼の眉間をとらえようとする。

 しかし彼は刀でその刺突の軌道を華麗にそらし、お返しとばかりに斬撃のカウンターを決めた。


「すごい……」

 間近で観察していた私は思わず感嘆の言葉を口にした。

 前に王国で勇者言峰君の訓練として、剣術指南役の騎士が呼ばれたことがある。

 勇者の剣の師匠になるだけのことはあって、彼の技術が並大抵の努力では到底まねできないと素直に尊敬した。

 しかし彼の剣戟は威力、速さ、技のキレ全てが数段上だった。彼の手が一瞬ぶれたかと思えば、瞬く間に数本の斬撃が剣閃となって敵に傷を負わせる。

 一本、そしてまた一本と根を撃退し、根をこちらに近づこうとすらさせない。


「……よし」

 私は今、確かな手ごたえを感じている。

 彼が前衛となり、私が後衛となることで、根だけとはいえ神樹と互角以上に戦うことができたのだ。


 しかし、さすがは『神樹』と言われているもの、二百年以上生き続けているそのしぶとさは今なお健在といったところ。

 一つの根が傷つくとそれを後退させ、新たな根が私たちの前に現れる。

 私たちが向かい合っているのは一つの植物のはずなのに、まるでローテーションを組んでいる集団と戦っているような気持ちになってくる。


 今はまだこちらが優勢だ。ただそれがいつまで続くだろうか?

 もし私の魔力が枯れ果てたらどうなるのだろう。もし彼の体力が尽きたらどうなるのだろう。

 永遠に終わらないマラソンの、見えないゴールを想像してしまい背筋がぞっとする。


「くっ……」

 シッドの左肩を根が掠る。


「シッドさん!」

「大丈夫です!」

 反射的に駆け寄ろうとした私を声で制する。

 まだ目に見えてはいないが、かなりの疲労がたまってきているようだ。

 今の陣形は確かに彼が前衛で私が後衛だ。

 しかしゲームのように『後衛に敵は攻撃できない』、なんてご都合主義なルールはこの場に存在しない。

 ましてや相手は長さ100mクラスの大型の魔物モンスター、私と彼の間にある数mの距離なんて無いに等しい。

 だからこそ彼は詠唱中、私が根に襲われないように神経を張り巡らし、根の一挙一動を観察しなくてはならない。

 その行動は思ったよりも彼の体力と精神力をすり減らしていた。


「あなたは魔術の詠唱に全神経を集中させてください。

 こいつに決定的なダメージを負わせられるのは、貴方の火球だけです。どうかワシのことは気にせずに!!」

「……!」

 彼の言うことも一理あるのだろう。

 しかし、目の前で人が傷ついているのに私が何もできないことが、ここまで辛いと事だとは思わなかった。


「くっ」

 彼の頭上からいくつもの根が、串刺しにしようと突き進む。

 彼は大きく右に跳躍し、その根たちを回避した。


 私もまた、彼を心配する暇などないと悟り、再度詠唱を唱える。

「……『四元素たる偉大なる」

「七瀬さん!上!」

「っ!!」

 見上げると、数本の根が私に向けて突撃する様子が見て取れた。


「うっ……」

 油断していた。先ほど彼が避けた根の真の目的は、私と彼を分断することだったのだ。

 彼は何とかして私のもとにたどり着こうとするが、ほかの根が邪魔をして身動きが取れない状態になっている。

 私一人ならこんな根、避けられるかもしれない。

「おねぇちゃん!!」

 しかし今、私の後ろにはリズがいる、彼女を抱えて避けようとすれば私が串刺しになる。


 一瞬の迷いのあと、私はリズのところへと飛び込んだ。彼女ができるだけ外にさらされないように抱き込んだ後、私は来るであろう衝撃に備えて目を瞑った。

 突き刺されるといっても、数か所であれば【回復ヒーリング】で治すことができるかもしれない。

 そんな淡い希望をリズと共に胸に抱いて。


「!!」

 激しい音があたりに響き渡る、自分は一瞬何が何だか分からなくなった。


「?」

 数秒は経過したはずだなのに痛みも何も起こらない。

 人間は余程酷い怪我をすると体が痛みを取り除いてしまうと、医学の本で読んだことがある。

 しかし、今の状況は決してそのようなことではない。

 ちゃんと五体の感覚はあるし、恐る恐る背中をさすっても貫通しているはずの根がどこにも見当たらなかった。


「おねぇちゃん、あれ……」

「え……」

 瞼を開けて、周りの状況を確認してみる。


「あっ……」

 まず目に飛び込んできたのは黒、あたり一面を染め上げる漆黒。

 今は夜だが、それでも私が放った火球の残り火だったり、月や星の明かりが光源となって周りを照らしているはずだ。

 しかし今の周りの光景は、まるで鳥目にでもなってしまったかのように見事に黒く染まっている。


「これって……」

 記憶の中にこんな状況が前にも一度。


「リンちゃん!」

 私がそう叫んだ瞬間、周りを覆っていたドーム状の『それ』が一瞬崩壊した後、私の真上にすさまじい勢いで集まった。

 そしてそれは一つのプルプルとした塊になった後、私の肩の上にポヨンと落ちる。


「え? あ?」

 シッドのほうを見ると彼は何が起きたのかさっぱりという顔だった。

 それはそうだろう、何せいきなり私たちを黒いドーム状の何かが襲ったと思えば、まるで何事もなかったかのようにその中から姿を現したのだから。


「ごめんね?」

 先ほどの状況で私は自身をかなり冷静に状況がみられていると思っていたが、実際はかなりテンパっていたようだ。

 なぜ忘れていたのだろう。私には彼から託された、とても頼りになる相棒パートナーがいたというのに。


「っと!!」

 我に返った彼は慌てて根との戦いに挑む


「シッドさん!!」

「はいっ!」


「私たちを庇わずに攻撃に専念してください。」

「っ?」

 何を言っているのかわからないという顔だった。


「大丈夫です!」

「し、しかし」


「今見たとおりです。この子が私たちを守ってくれます。」

「……っ死なないでくださいね!」

 一瞬の間を置いた後、彼は敵へと前進し始めた。


 戦いはまだまだ続く。

 しかし、今度はリンという絶対に安全な空間があることが大きく戦闘に貢献する。

 私たちを気にせずに戦うことができるようになった彼の動きは、驚くほどに変わっていた。

 先ほどの剣術も素晴らしかったのだが、なんと形容すればいいのだろうか。

 たとえるのなら先ほどは私たちを守るために、力を受け流す、逸らすといった『守り』の剣術を重点的に使っていた。

 しかし、その鎖が解けた彼は何にも気にすることなく、その剣閃は激流を跳ね回る水魚のごとく暴れまわる『攻め』の剣術と変化していた。


「せやぁ!!」

 彼の一太刀一太刀が先ほどよりも鋭く重くなっているのか、根に残る傷が格段に深くなり数撃目にはついに根を切り落とす。


「すごい、すごい!」

 横を見るとリズが目を輝かせて見ている。

 普段見ることのできなかった親しいものの勇姿に興奮しているのだろう。


「すうぅぅ……」

 数本の根を切り落としたところで彼の行動に変化が起きる。

 いきなり彼が攻撃をしなくなり、刀を鞘に納めたのだ。

 まさに『槍が降っている』を表現したような危険地帯で、攻撃をすんでのところでかわし、柳のような動作で合間を縫う。


「おにいちゃん?」

 リズが彼の行動に疑問をもつ。

 彼女からしてみればかなり奇妙な光景に見えただろう。


「けがしたのかな?」

 心配する彼女の肩に私は手を置いた。

「大丈夫あなたのおにいちゃんは必ず勝つよ」

 なにせ私の目から見れば、あれは怪我をして休んでいるというよりも力を溜めているように見えたのだから。

 居合の基本である精神の統一、彼はそれを根を躱しながら行っているのだ。


 そして神樹の攻撃も完璧とは言い難い。

 息つく暇もないように見える刺突の連撃にも、一瞬ではあるが隙はできる。

 初めから数えて56撃目の刹那、わずか数秒ではあるがその瞬間はやってきた。


 すかさず刀を構え、体勢を居合のあの姿勢へと移行させる。




 その先は目で追えなかった。

 彼の姿が一瞬消えたかと思えば、直後刀は振りかぶっていた。

 そして繰り出される巨大な斬撃。

 あれは確か【刀術】から派生する刀の斬撃を飛ばすスキル、【半月】。

 しかし私の知っている【半月】は、せいぜい十mほど遠くの相手に対して使うものだったはずだ。

 だが今はどうだろう、あの盛大に威圧感を持っていた根がスパスパと気持ちがいいくらいに切れている。

 根も必死に抵抗しているが、駆け巡る真空波になす術もなく無残に散っていった。

 まったく同じスキルやLvレベルでも、錬度の違いでここまでなるものなのだろうか。

 スキルを取り、レベルレベルを上げただけで満足している自分が恥ずかしくなった。


「【フレイムボール】!!」

 だからと言って落ち込むことは許されない、私が許しはしない。

 ないならこれから積み上げていけばいい話だ。

 運よく生き残った最後の根にとどめを放つ。

 これで粗方目についたものは全て倒したはずだ。



 しかし、

「……まだ来るか?」

 全く、いったい何本残りがあるのだろう。

 あれだけ切り落とし、燃やしたというのにまだ奥にちらちらと増援が見える。


「……?」

 だが増援のその後の様子がおかしかった。

 一瞬硬直した後、まるで何か焦るように引っ込んでいく。

 何かの作戦だろうか?


「……どうなったの?」

「しっ!」

 彼女の言葉を抑える。

 なぜなら問いをかけた彼は、瞳を閉じてあたりを探っていたからだ。

 今この場で、根の気配を感知する手段は彼しかもっていない。


 長い一秒を何度も超えて、彼はゆっくりと振り返った。








「終わりましたよ、もう大丈夫です。」

 その言葉と主に私の腰がストンと落ちた。

 私たちは勝ったのだ。

 あの異様な力を持つ傲慢な王様に。


 ◆◆◆


 コツリコツリと硬質な音が辺りに響き渡る。

 そこには日の光も、喧噪も、水の滴る音も、風の騒めく音もない。

 ただただ無音のみで形成される恐ろしいほどに静かな空間。だからこそ、その靴音が異様に聞こえる。


 自分ことクロードは、そんな環境の中、彼女の戦果を知った。

 情報源は肩に乗っているリンの分身体。

 自分が【影分身】の分身体と意思が繋がっているように、リンも意識を共有できる。

 あとは震えることと止まることを繰り返して、モールス信号のように言葉のルールを決めれば、簡易的なトランシーバーが出来上がる。


「向こうは順調そうだな。」

 唯一の誤算は賢者様がリンの存在を半ば忘れていたことだけ。

 ただそれ以外はおおむね良好だろう。


 あとは自分が失敗しなければ、あの子の願いも叶えられるかもしれない。


『……オマエ』

「……む」

 無音の空間が突如震える。


「……喋れたのか」

『……ナゼイキテイル』

 どうやら空気を振動させて声を作っているらしい。


「偽装は私の得意分野なんだ、裸の王様」

『……』

「私が生きていると分かって慌てて戻っていたな?」

『オマエノチカラ、イマスグトリコンデヤル』

 どこからともなく根が襲い掛かる。


「残念」

 それを一振りで切り伏せ、神樹に語り掛ける。


「彼女たちと戦うとき、散々君の足を引っ張ってあげよう。その上で君を消滅させる」


『……ヒキョウモノガ』

「む?」


『……コソコソトニゲマワルムシゴトキガ』

「何だ」

 どうやらこの神樹は大きな勘違いをしているようだ。


「好き勝手やってるから勘違いしてるだろうけど、【忍者アサシン】は『戦う』職業じゃない、『殺す』職業だ。暗殺者が堂々と戦ってどうする?」

 だから君には私にケンカを売ったつけをきっちりと返してもらおう。

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