第61話 祈った先は
「そんな……」
彼の話を聞いて唖然とするほかなかった。
「な、何か解決できる方法はないのですか?あなたも死なず巫女を救出できる方法が」
「ありませんよ」
空気を読まない質問だった。そもそもそんな解決法を一番よく知っているであろう巫女が彼の身代わりとなる道を選んだ、万策尽きていることは目に見えている。
私ができることなんて、たかが知れている。
でも、こんな話を聞いて黙って、はいそうですかと納得なんてできない。何か縋ってしまうのは私の悪い癖なのだろう。
「……リズちゃんのことはどうするのですか?」
彼の肩が震えた。
「あの子はまだ五歳です。
そんな小さな子供をこの先誰も知り合いがいない世の中に、一人ぽつりと立たせるのですか?
巫女はそんなこと望んでいなかったはずです。貴方に、いえ、貴方がいるからこそ彼女は身代わりとなったのではありませんか?」
「……」
「私は所詮部外者です、あなたに口出しするのもいいところの立場です。
あなたの話を聞いてあなたの苦痛を百分、いえ万分の一しか理解できない赤の他人です。
それでも、リズの貴方を語るときの顔を見れば、貴方が彼女の心の中でどれだけ大きな存在になっていたかわかります。」
「……」
「貴方が巫女を失った時の悲しみを、彼女にも与える気ですか?
お願いです、今少しとどまってください」
とにかく喋った、俯いている彼に対して。自分の心の中にあるものをすべて吐き出すように、一瞬でも彼の決断に迷いが生まれることを祈って。
「……そんなこと」
ずっと黙っていた彼が口を開く。
「そん……なこと、ワシも……百も承知……なの……ですよ。」
その声はまるでやるせない怒りを押し殺すように、途切れ途切れとなって紡がれる。
刀を握っている拳は、その握りしめる力にあまり血液が行き届かず、白い肌をさらに白くしていた。
「何度もワシ自身に言い聞かせようとしました。
こんなことしても何にもならないと」
彼は顔を上げる。
「しかし我慢ならないのです。
ワシの中にある悔しさと怒りが、抑えようがないのです。
この感情を抱えたまま外に行ってしまえば、ワシは怒りに飲まれて発狂してしまうかもしれません。
せめて、あいつに一矢報いたい」
そのとき私は彼の瞳をとらえることができた。
まだ理性の光が宿っている。
本当は分かっているのだ。頭の中では、こんなことしても無駄だと。
理解できてはいるが、心がそれに追いついていない。
「せめて……
せめて私も何かお手伝いさせてください。」
私だって、未熟ではあるが勇者コトミネのパーティーメンバー、微力ではあるが彼の力になれるかもしれない。
私の提案に彼は一つため息をついた。
「……最近ここに来たものは貴方だけではないのですよ」
「……え?」
「三日ほど前に、王国の冒険者パーティーがこの里を訪れました。
名を『アイアンハーツ』、
個々の高い実力とその団結力は、パーティーが一丸となればワシよりも強かったかもしれません」
「……」
「ワシは彼らに助太刀を依頼しました。あなたたちの力を貸してほしい、どうか巫女を救うのに協力してほしいと」
「……もしかして」
「しかし彼らはその申し出を断りました。『あなたに愛する者の変わり果てた最後を見せたくない』という理由で。
彼らのみで神樹を討伐すると約束してくれたのです。
本当に親切で優しい方たちでした。昨日今日会ったばかりの私の言葉を信じて、戦ってくれたのですから。
しかし、」
彼は額に手を当てて深く息を吐く。
「彼らが戻ってくることはありませんでした。神樹もまた、何も変わらずあの頂上でまるで威張っているように居座っています。彼らの結末など察するなというほうが無理です。」
「そんな……」
「失礼ですがワシの目から見てあなたはまだ、彼らほどの戦闘力があるとは思えません。
おそらく【
「うぅ……」
自分でも薄々感じていたことだが、人から言われるとかなりくるものがある。
「こんなことを頼むのは分不相応甚だしいと分かっています。しかしワシは里の関係者以外の人たちも巻き込んでしまいました。
それなのにワシが遠い地で暮らすことは、自身の生涯をかけて貫いてきたことを否定することになります。どうか、どうか聞き入れてはくれないでしょうか?」
「あぁ……えぇと……」
万策尽きてしまった。何か話を伸ばせるものがないかと部屋を見渡してみる。
その行為を彼はリズのことを気遣っていると勘違いしたようだ。
「心配はいりません。リズにはあとでちゃん……と……?」
と、言いかけて彼は言葉を止めた。
「シッドさん?」
「!!っ」
私の問いかけが終わらないうちに、彼はばね仕掛けのように立ち上がり勢いよく隣の部屋と押し切る
「あっ!」
「しまった!」
突然の行動に一瞬状況がつかめなかったが、すぐに気付く。
「リズちゃんが……いない」
「気付けなかったか……」
◆◆◆
里の真ん中に敷かれた道をのぼった先。
集落から少し離れたところに巫女の住む
「おにいちゃんのうそつき……」
その場所へとリズは小さい歩幅で進んでいた。
彼女にとって里は自分の暮らした思い出そのものだった。
飼われている家畜は彼女の友達であり、シッドの見張り小屋は彼女の秘密基地でもあった。
パラウトの巫女とシッドは何でも教えてくれる全知の存在で、里が自身の世界のすべてだった。
しかし彼女はそのシッドのことを嘘つき呼ばわりしている。
理由は簡単だ、彼女は彼の言っていることが嘘だと信じたいからだ。
「あのときみこさまいってたもん、かえってくるって。
またみんなでせいかつできるって」
巫女がシッドの身代わりとなる際、彼女に託した言葉。
ぐずる彼女にせめて別れ際は笑顔で別れたいという彼女なりの言葉だった。
彼女の雰囲気から、それは『守ることのない約束』ではないのか、という疑問の言葉が頭に浮かんだがそれを無理やり打ち消した。
巫女が自分の目の前からいなくなるという事が、受け入れきれなかった、受け止められる容量を超えていたのだ。
だから彼女は自分に無理やり暗示をかける。
『みこさまはかえってくるっていっていた』『みこさまはやくそくをやぶったことはいちどもない』『だからかならずかえってくる』
だから自分は何の心配もいらないのだと。
しかし聞いてましまった、隣の部屋の彼らの会話を。
巫女は帰ってこない、そしてシッドもまた、自分を置いてどこか遠くへ行ってしまうと。
「こんなのゆめだ、わるいゆめだ」
巫女が返ってこないはずがない、シッドが死にに行こうとするはずがない。
だからこれは現実ではなく、自分の見ている悪夢なのだと。
「そうだよ……このさきにきっといつもみたいにみこさまがいるんだ!」
あの場所に行けばこんな夢、すぐにどこかに吹き飛ぶに決まっている。
この扉を開いたら、シッドが庭で刀を振っていて、巫女が縁側で静かにお茶を飲んでいて、
それで私がただいま、って言ったら二人とも笑顔で返事を返してくれる。あの日常が待っているに間違いない。
「ただいまっ!!」
いつもより大きな声で叫びながら社の中に入る。
「ねぇかえったよ?」
しかしいくら声をかけても返事が返ってくる気配はない。
「ねぇ……」
この場所の空気はとても静かだ。
でも居心地のいい静けさじゃない、まるで魂がすっぽりと抜けてしまったような、どことなく寂しさが見える静寂だった。
行き場のない感情が心の中をぐるぐると回る。
なんでこんな思いをしなきゃならないのだろう。
私はちゃんと言いつけを守ってきたのに、何も悪いことはしていないのに。
回っていた感情は怒りと焦りへ収束していった。最高潮まで達したとき、彼女はその場を揺るがすぐらいに力の限り叫ぶ。
「ねぇっていってるでしょ!!!」
制御のできない感情をぶちまけ、頭に少し冷静さが戻った。
「……ほんとうにいないの?」
ポツリとつぶやいた言葉が、先ほど出した大声よりも耳に残った気がした。
コトリ……
「!!」
再び戻った静寂の中、確かにその音が耳に入った。
たとえて言うのなら湯呑を机に置くときの音、木と木が小さくぶつかったときにおこる独特の音だ。
そんな音は、人がいない場所では絶対に起こらないということを知っていた。
「なんだやっぱりいるんじゃない!」
安心した。
心の底から本当に安心した。
今まで感じてきた孤独感に比例して、その感情は心の中を十二分に満たした。
なんだ私の勘違いだったんだ。
きっと巫女もシッドも私を驚かせるために隠れているんだ。
自分ができる精いっぱいの駆け足でその場にむかう。
廊下を走るなと二人から言われているが、今ぐらいいだろう。それだけ心配したのだから。
「もう!いるならいるって……い……って」
勢いよく開け放たれた襖の先には誰もいなかった。
コトリ……
しかし音がする。
「え?……え」
恐る恐る音のしたほうに顔を向ける。
音は神器を入れて祭ってある、部屋の奥の場所から聞こえた。
「そこに……いるの?」
逃げ腰になりながらも少しずつ近づいていく。
そして神器の箱に手が届きそうなくらいまで近づいた瞬間。
「!!」
悲鳴を出そうにも声にならなかった。箱が吹き飛びいくつもの小さな根が顔を出したのだ。
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