第60話 消えるべきか消すべきか
その里ができたのは約250年前。
まだ人間とその他の種族が、この大陸の覇権を賭けて争っていた頃。
戦火によって虐げられた弱き民を救うために、初代パラウトの巫女は神樹を依代とし特殊な結界とともにこの里を創立した。
彼女はもともと教会の【
いつか来る、戦火の終わりを夢見て。
巫女の名前は忘れ去られた。
前途多難な道のりではあったが、彼女の人柄が幸を呼び様々な種族がその場所に集った。
森を焼かれ、住むべき場所を失いつつあった【
その高い知性が仇となり、無理やり偵察を任された【
身体能力があまり高くなかった【
パラウトの里ができてから十数年後、人間と【
彼らは数奇な場所で出会い、少しずつ惹かれあっていったとか。
しかし当時【
周囲から迫害を受け、途方に暮れた二人は『すべてを受け入れる』という里の噂に一筋の希望を託していたのだ。
初代パラウトの巫女は二人を拒むことはなく、むしろ喜んで歓迎をした。
人間と【
母親である【
彼こそが、後にパラウトの里最強の戦士【白兎・シッド】となると誰が想像できただろうか。
【
巫女より【
彼の父親は歴戦の【
父親は行く当てもなかった自分らを救ってくれた巫女に恩義を感じ、自身や息子がパラウトの里を守る事こそが自身の天命だと受け取った。
当然その手ほどきは生半可なものでなく、よく彼の家からは木と木が打ち合う乾いた音と共に気迫のこもった掛け声が響いた。
早朝から始まるその騒音は、里に朝を告げる目覚まし代わりになったといえば、その熱の入れようが分かるだろうか。
生まれついての才能と父からの鬼気迫る修行の日々、双方相まって彼の実力はメキメキと上がっていき20歳に近づく頃には父親すら凌ぎ、里においては比肩しうるものがいないほどの成長を遂げていた。
「お前に教えることはなくなった。
お前は巫女に従い、その目となり、耳となり、足となり、手となり、盾となり。
忠誠をもって一生あの方、あの方の一族を守る戦士となれ。」
父親の木剣をはねとばしたその夜、道場において口数の少ない父からいわれた言葉だった。
彼は父の言葉を順守した。
いついかなる時でも巫女の半歩後ろに控え、彼女の意思の代行者としてその刀を振るった。
ある時は強力な魔物を打ち取り、
人身売買が目的の闇の業者を返り討ちにした。
彼は【
時が過ぎれば次第に年老いていき、やがてこの世を去る。
彼が65歳の時に父親が天寿を全うし、68歳の時に母親が病気で亡くなった。
そして74歳の時、初代パラウトの巫女もまた、その波乱に満ちた生涯に幕を閉じる。
二代目のパラウトの巫女は彼女の娘が継いだ。
彼は父親の言葉の通り、継がれていく巫女の守護者として静かに傍に立ちつつけた。
数多の月日が流れ、100年前。
すべての大陸の支配を試みる魔王と、召喚されし勇者サトウとの戦いが発生した。
この戦いはある意味、一つの幸運へとつながる。
魔王の強大な力に対抗するために、あらゆる種族が呉越同舟然り、その垣根を超えて一時的な協定を結ぶこととなったのだ。
そして史実にもある通り、勇者サトウは魔王と相打ちとなり戦いの幕を閉じる。
しかし魔王の脅威を知った当時の種族の長は、一時的な協定を引き延ばし、永久の友好条約と形を変えることで余計な戦火の被害を抑えることとする。
そして友好条約を結ぶこと約90年。
もはや戦争のいざこざはなくなり、種族間の恨みは過去の遺物となった。
皮肉なことに平和に一番貢献したのは魔王であったという話だ。
パラウトの里もまた、先に逝くものは逝き、新たな者達が生まれ、訪れてた。
巫女も七代目となる。
彼女に名前はない、『パラウトの巫女』といえば彼女を指し、里の人たちからは『ミコサマ』と呼ばれ慕われていたからだ。
外の世界が平和に近づいたことを知った彼女は、従者であるシッドを連れてその目で確かめるために里を離れた。
初代の巫女が夢見た戦火の終わりが来たと確信したからだ。
しかし、巫女が里を離れることを今か今かと待ちつつけていた存在がいた。
初代がパラウトの里に結界を張る際、依代とした『神樹』であった、長い年月と巫女から送られる魔力によって神樹は自我に目覚めていた。
神樹は初め、自身に満ちる力に困惑をしていた。
『なぜ自分はこんなに力があるのだろう?』
『なぜ自分はほかの木とは違うのだろう?』
そして神樹が出した結論は里の運命を決めた。
『自分は他とは違って力のある存在なのだ。』
『自分は他とは違って選ばれた存在なのだ。』
『でも今の力では満足できない。』
『もっと力がほしい。』
しかし、巫女との誓約が神樹を縛り、思い通りにその力を行使することができなかった。
だからこそ神樹はただただ待った。
巫女が里から離れ、自身への誓約が弱まる時を待って。
そして七代目の巫女がシッドを連れて外の世界へ訪れた瞬間、
里は地獄へと早変わりした。
もともと里に住んでいた種族はシッドを除けば戦闘能力は皆無であり、なおかつ相手は何百年も魔力を溜め続けた巨大な神樹、抵抗することさえ許されなかった。
次々と神樹に食われ、唯一生き残ったのは壺の中に隠れた【
巫女は自身の浅慮を嘆き、自身を神樹の生贄として捧げることで神樹を封印し、食い止めようとした。
七代続いたパラウトの巫女はこうして終わりを告げる。
しかし残酷なことに神樹は彼女の力を上回っており、彼女がその身を捧げて行使した封印術も跳ね返し、それどころか彼女の魂に細工をした。
まず彼女の魂と自身の核とを繋げ、定期的に彼女から魔力を吸い取るようにした。
彼女の魔力が回復するたびに吸い取るので、彼女から一度に魔力を奪うよりより多くの魔力が得られると考えたからだ。
彼女は生贄の時の衝撃で自我が崩壊し、生きる屍となってシッドの元に帰ってきた。
シッドは彼女が生贄となるとき、彼女を止めることができなかった。
里のみんなを守ることのできなかった自分が、神樹を食い止めようとする彼女に意見する資格などないと考えたからだ。
そして彼が目にしたものは、生贄の影響で自我が崩壊し、神樹の都合のいいように細工をされた変わり果てた彼女だった。
シッドは彼女を守ることこそが、役立たずの自分に残された最後の使命だと確信する。
そして彼は巫女とリズの護衛兼お世話係として、仕え始める。
巫女を一人にしないために、もし叶うなら自分が彼女の支えとなれるように。
感情のない彼女に対して、今日起きたことを面白そうに語ってみた。
一緒に里を散歩した、
できるだけ彼女の前では笑顔でいた。
たとえそれらのすべてが無駄であろうとも、彼は不器用な自分なりに精いっぱいの忠誠と愛情をもって彼女に接した。
そのようにして巫女やリズと共に過ごすこと数年後、巫女にある変化が起こった。
少しずつ、少しずつではあるが感情が戻ってきたのだ。
彼女の崩壊していた自我が長い年月を重ねて、バラバラになっていた心の破片が一つ、また一つと集まりだす。
これがシッドの努力のたまものだとは言うまでもないだろう。
ある秋の日の事、シッドは彼女達と共にに食事をしていた。
品はきな粉餅、稲を刈ったので特別に作ってみたというとりとめもないものだった。
その時、ちょっとした事件が起きる。
リズがきな粉餅を食べている最中思わずくしゃみをしてしまい、きな粉が盛大に舞い踊り、彼女におしろいを付けたのだった。
シッドが慌てて立ち上がった瞬間、
巫女が、
彼女が自我を失ってから初めて笑っていることに気付いた。
とてもおしとやかに、何の屈託もなく、まるで以前の彼女のように。
彼はきな粉が全然舞わない、塩の味がするきな粉餅を食べたのは初めての経験だった。
そうしてかつての日々が、僅かに、着実に戻ろうとしていた。
しかし神樹はそんな小さな幸せすら許しはしなかった。
巫女から送られてくる魔力ですら満足しなくなった神樹は、この地を離れもっと多くの生物がいる場所へと移動しようと決めた。
そして神樹は巫女の残りの魔力を回収するために、彼女に自分のもとへ来いと魂を通じて命令した。
これにはさすがに承服しかねたシッドは、剣をとって戦いを挑む。
結果は散々なものであった。
根で何度も地面に叩きつけられ、体中が痣だらけとなり這いつくばることしかできなかった。
その様子を見るに堪えれなかった巫女は、彼の身代わりとなる道を選んだ。
『あなたは今まで私を守ってくれた、今度は私があなたを守る番』
術で彼の怪我を治しながら、巫女は笑ってまた神樹のもとへと歩いて行ったのだった。
前述したが彼は不器用な性格である。
彼女がどんな気持ちで自身の身代わりとなったかは分からない。
しかし彼はこのまま、引き下がっては今までの自分を否定するということに繋がると直感した。
『巫女を守れ』といった父の教えを裏切ることになると確信した。
彼はその命を懸けて神樹に再度挑むことを固く決心する。
たとえそれが無駄死にとなったとしても、おのれの教義を貫けたのなら死んでもいいと。
まず5歳になるリズをパラウトの里から遠く避難させる。
飼っている動物の背中に乗せ、彼女を遠くまで送り出した。
そして今夜、決戦を挑もうとしたその矢先。
リズは帰ってきた。
とても奇妙な少女を連れて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます