第58話 目つきの悪い渡し守

「ふわぁ……」

 目に映る景色に思わず感嘆を漏らす。


 目の前の坂道に沿っていくつもの簡単な木造建築が立ち並び、それらの奥に畑が広がる。

 まるでどこかの田舎町、しかしそれだけで終わらない。道のその先には樹齢何百年はありそうな大きな木がそびえたっている。

 今が夜ということもあり、家の前には簡単な明かりが灯されていて独特の幻想的な風景が織り成されていた。


 リンから降りてひとしきり見回す。

「リズちゃんのおうちはどこ?」

「あっち、なんだけど……」

 なぜかもじもじしていて傍にある簡単な小屋を見ている。


「まずけんのおにいちゃんにあやまらなきゃ」

「あっちなのね?」

 『けんのおにいちゃん』というのは兄弟じゃなく、近所の知り合いに近い関係のようだ?


「リズ!!」

 後ろから声が掛かる。振り向くと銀髪の髪を後ろで一纏めにした青年が、ものすごい形相でこちらに走ってきた。

 戦いに身を置いているのだろう、鎧などはつけていないがそれなりに動きやすい服装で腕に籠手を着けている。

 そして腰に差している一目で業物とわかる刀、その使い込み様からかなりの使い手であると感じ取れた。


「おにいちゃん!!」

 リズは私の前に立って頭を下げた。


「ごめんなさい」

「……っ!!」

 彼は一瞬何をされたのかわからないという表情を作っている。

 しばらく固まった後、彼女の頭をやさしく撫で始めた。

「……そちらの方は?」

「わたしのともだち」

 二人は私に視線を映す。せっかくだから自己紹介をしておこう。

「私は七瀬葵といいます。この子が草原にいたので送りに来ました」

 できるだけ嘘がないように、説明する。


「おねぇちゃんがわたしをたすけてくれたんだよ?」

「それは……」

 恐らく彼が発していた警戒の気を解いたのだろう。場に流れていた空気が一変して穏やかなものになった。

 

「良ければ、あちらで落ち着いて話しませんか?」

「はい、そうさせていただきます」

 彼の言葉に従って、私は少女とともに一つの小屋へと歩いて行った。


 ◆◆◆


「ワシの名前はシッドと申します。まずお礼を言わせてください。

 彼女を保護していただいてありがとうございます。」

「いえ、私も放っておけなかったもので……」

 通された部屋で私は彼から礼を言われていた。


 2つある部屋のうち、もう一方ではリズが寝ている。

 こんな夜遅くまで起きていて、なおかつ家に帰ったことで気が緩んだのだろう、小屋に入ったとたん気絶するように眠りについた。


「しかし……そうですか……彼女はワシの言葉をそう取りましたか」

「……わし?」

 彼の一人称がどうしても気になってしまい,つい言葉にした。


「あぁ失礼。時にあなたはワシが何歳に見えますか?」

「え……と、20歳くらいでしょうか?」

 突然の質問に困惑する、いったい今の話と何の関係があるのだろうか?


「今年で234歳になります。」

「にひゃっ!」

 どう見てもそんな年齢には見えない。

 つまり、


「【半耳長族ハーフエルフ】……」

「その通りです。まぁ口癖みたいなものです、気にしないでください。」

 無意識に呟いたことを、目の前の私より十数倍も生きている若者は肯定する。


半耳長族ハーフエルフ

 人間と耳長族エルフの混血種で、耳長族エルフ程ではないにしろかなり長い寿命を持ち、大半の顔は容姿端麗で生まれる。

 しかし耳長族エルフのように魔法を使うことができなかったり、人間程の力を出すことができないため、あまり恵まれた種族とは言えない。


「ワシはほかの半耳長族ハーフエルフよりも力が強かったため、武器を持って戦うことができました」

「すみません……」

 謝罪の言葉が自然と出た、おそらく思い出したくない記憶だったはずだ。


「気にしないでください、今の姿ワシは結構気に入っているのですよ?」

「はぁ……」

「そういえば、あなたは何をしにこの辺りに来たのですか?」

「えぇと、その。この辺りに、『幻の里』というものがあると聞きまして……」

「あぁなるほど」

 彼は納得したような表情を浮かべていた。


「パラウトの里を探しに来たのですね?」

「あ……ええと……」

 人生の先輩に遠回しな発言は通用しないと実感した、心に思っていることを素直に白状する。


「こ、ここがパラウトの里なんじゃないかなって思ってしまって」

「えぇ、そうですよ。ここがパラウトの里です」

 熱意や勇気が空回るとはこのことなのか、あっさりと認められてしまって体中の力が変な方向に転がる感覚を覚えた。


「あの、質問した私が言うのもなんですど、隠さなくていいんですか? その、ここは外との接触を拒んできたといわれてますが」

「えぇ、もう隠す必要がなくなりました」

「それはどういうことですか?」

 彼は一つ息を吐く。

「ナナセさんはあの街並みに何か違和感を覚えませんでしたか?」

「違和感?」

 先ほどの街並みを思い出す。しかしながら見とれてしまっていて、細かい所までは見ていなかった。


「えぇ、この里は少し壊れ始めているのですよ。」

 そういってどこか遠くを見るような目で彼は頬杖をついた。


「ワシは少し前までこの里を守るものでした」

「……でした?」

「楽しかったですよ? この素晴らしい里の中で、みんなと苦楽を共にして。

 何か問題が起こることもありましたけど、最後には馬鹿騒ぎの宴会もしました。」

 彼は話している最中、とても優しい笑顔を浮かべていた。

 本当にその思い出が何物にも代えがたい、かけがえのないものなのだ。


 その彼の頬に一筋の線が走った。

「あぁいけない、年を取ると涙もろくなります。」

 顔を拭い、彼は改まって私に向き直る。


「申し訳ありませんが、一つ、ワシからお願いをされてくれませんか?」

「お願いですか?」


「えぇ……彼女をできるだけ遠くの場所に避難させてほしいのです。」

「え?」

「出発は明日でもいいので。

 大丈夫です、彼女はもう5歳になります。私がいなくとも一人でやっていけるでしょう。」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 思わず声を大きくしてしまう。


「どういうことですか?」

 彼はリズがあの場にいる原因を作った人物といってもいい。なぜそんなに彼女をこの思い出のある里から遠ざけようとするのだろう?


 彼は少しの間黙った後、まるで絞り出すように言葉を紡いだ。

「……この里は……間もなく……崩壊するのですよ」

 言っていて自分で認めたくないような、あるいは行き場のない怒りのようなものが感じ取れる。


「崩壊?」

「原因は住民の消失、今この里で生きているのはワシとあなたとリズのみです」

 息が詰まる。少なくとも家の数からして数十人ぐらいいるはずだ。


「ほ、ほかの人たちは?」

 だからこそ質問を無意識にしてしまった。そして、その質問が愚直の極みだということに少し遅れて気づき自分を恥じる。


「……」

「……」

 すさまじく重い沈黙がこの場を制する。一分一秒というものはここまで長かっただろうか?


「……そうですね。

 あなたにだったら話してもいいかもしれません。」

「え」

 沈黙を崩したのは彼だった。


「聞いてくれませんか?

 弱者が愛したこのパラウトの里の話を。」

「……」

 私は彼の話を聞かなければいけないような気がした。その瞳に宿るのは強い決意、少なくとも私は彼のそれから視線を外すことができなかった。 

 痛いほどにその決意がわかる、なぜなら私もまた数時間前はその決意をした者なのだから。








 命を覚悟する程の決意を。

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