第57話 小さな案内

「ごめんね? リン。」

 私は今、情けない気持ちでいっぱいになる。


 これからの行動を決めて、荷物をまとめるまでは順調だった。

 ただ想定外だったことは彼が背負っていた荷物の重量、軽く見積もっても私の4、5倍はある。

 さすがに私一人では持ちきれないので、リンに頼むことにした。


 するとどうだろう。

 見る見るうちにその姿を変えて、立派な黒馬になった。

 そしてすべての荷物を抱えるどころか、私をも載せて軽々と走っている。

 私が出来ることといえばせいぜい落ちないように手綱をしっかりと握ることだけ。


 これでも頑張ったほうだと思っていた、初めての旅であんなに歩けばかなりすごい方なのではないかと感じていた。

 だけど、彼やこの使い魔からしてみればまだまだひよっこだったらしい。

 少し、いやすごく自信がなくなってしまう。




「ふう……」

 現在、私たちは山を越えて平原を走っている。

 時間帯が昼間なら、どこまでも続く草原の先に力強く連なる山脈が聳えたっていたのだろうけど、あいにく今は夜。

 あたり一面が黒一色に染まっていて、まるで夜の海の中にポツンと立っているような気さえしてくる。


「気持ちいいなぁ……」

 このとんでもなく広い場所を馬で駆けるというのは、大好きな感覚だ。

 体に当たる風はえも言えぬ疾走感を与えてくれるし。

 今から行ったことのない場所へ行くという、未知に対しての高揚感を心の底から持ってくる。

 今まで本とともに生きてきたが、私はこういうことも好きなんだと改めて実感させられた。

 今度王都に戻ったら乗馬免許を取得して、彼と一緒に旅してみるのもいいかもしれない。


 すると腰のあたりから小さな衝撃が来る。

 見てみるとリンが体から小さな触手を伸ばして、ペシペシと私を叩いていた。

 たぶん『ご主人が危険な状態なのに何考えているんだ』なんてところだろう。


「ごめんごめん。

 そうよね、見つけないといけないね。」

 これはリンと同意見なので素直に謝る。


「……リン?」

 しかしこの子はそこから少しずつ速度を落としていって、しまいには止まってしまった。

 そのまま見ていると、リンは近くの茂みへと近づいていき、その首を伸ばして茂みの中に突っ込む。


「きゃぁ!!」

 その途端、甲高い悲鳴が周りに響き、茂みが大きく揺れた。


 するとリンは首を茂みから引き抜いて顔をこちらに向ける。

 その口には小さな女の子が咥えられていた。


 ◆◆◆


「わたし、たべてもおいしくないもん。」

 幼少期特有の舌足らずな言葉が、何度も呟かれる。

 ランプの明かりが灯るその場で、私は彼女の傷の手当てをしていた。


 傷といっても、足首を軽くひねったもので大事には至らない。

 私は取得可能なスキルの中から【光魔法】、そこから派生する【回復ヒーリング】を取得して何度か彼女にかけた後、きれいな布で患部を保護した。


「大丈夫、もう誰も食べないよ?」

 よほどトラウマになったのだろう、さっきから彼女はリンにビクビクしている。

 茂みから馬の顔がいきなり出現して、あまつさえ咥えられたら私も同じことになるかもしれない。


「うぅ……」

 彼女は手当が終わると頭を抱えてしまう。

 リンが咥えた時、彼女は激しく抵抗してしまったので髪型が崩れてしまっていた。

 少女とはいえ彼女もれっきとした女性、身だしなみには気を使っている。


「……ねぇ?」

「……」


「髪、結ってあげようか?」

「……いいの?」

 ちらりとこちらを見て疑問の目線をぶつけてくる。


「任せて、これでも慣れてるから」

 彼女は私がそう言い終わらないうちに、私の前にちょこんと座る、よほど気にしていたのだろう。

 私は苦笑いしながら早速手で髪をくことから始める。


 髪を結いながら私は改めて彼女を観察した。

 腰まである透き通るような桃色の髪、手で触ってみたがまるで手ごたえがなかった。

 しかしその髪の上に乗っているものが、その髪以上に私の注目を集めていた。

 目の前にある大きなハイビスカスの花、大きさとしては20㎝ほどもあるそれが髪飾りのように咲いている。

 しかしその花は彼女の体の一部なのだ。


植物人マンドレイク


 人と植物とが共存した種族であり、自然を愛する森の象徴。

 しかしながら、力は強くなく外敵にさらされていたために今では滅多に見ることができないらしい。


「あなたのおうちはどこ?」

 見たところ周囲に建物はない。

植物人マンドレイク】、しかもこんな小さな少女が一人で歩くにはここは危険すぎる。


「よかったら送りましょうか?」

 後ろから形容しがたい目線が贈られる、たぶんリンがジト目で私を見据えているのだろう。

 でも私もここで引き下がるわけにはいかない。


「……おねぇちゃん、わるいひとじゃない?」

「……っ!」

 思わず吹き出しそうになってしまう、悪い人だと答えたらどうするのだろうか?


「悪い人に見える?」

「みえるかもしれない」


「髪、結ってあげても?」

「わたしをだますさくせんかもしれない」

 随分と用心深い性格らしい。


「何してくれたら信じてくれる?」

「ん~」

 首をかしげて悩んだ後、自信満々な表情で私に答えた。



「おうちまでおくって!!」


 ◆◆◆


「すごいすごい!!」

 私の前で彼女が騒ぐ。


 馬に乗る前はあんなにびくびくしていたのに、いざ走り始めるとその速度に夢中になった。

 初めて見た印象からして内気な子かと思っていたけど、見かけによらず活発で好奇心旺盛らしい。


「この方向であってるんだよね?」

「うん!」

 私は時折彼女に確認しながら進路を決める。


「……ねぇ?」

「なに? おねぇちゃん」


「そういえば名前聞いてなかったよね?」

「あっ!」


「私は七瀬 葵、よかったら教えてくれる?」

「うん! わたしリズっていうの」

 心を開いてくれたのか、先ほどとは打って変わって私の質問に素直に答えてくれる。


 せっかくなので気になっていたことを聞いてみる。

「リズちゃんはどうしてここにいたの?」

「……それはね……」

 途端に口ごもってしまう。


「別に言いたくなかったらいいのよ?」

 聞くのが早すぎたかもしれない。

 そもそもこんな小さな子がこんな時間にこんな場所にいることが普通じゃない。

 何か複雑なことを抱えていても不思議ではないと思う。



「……おいだされたの。」

「追い出された?」


「うん。いきなりけんのおにいちゃんがね、はなれろって。

 だからわたし、おうちからでてここまできたの。」

 その声は心なしか弱くなっている。


「どうしてそんなこと言ったか、心当たりある?」

「ううん、わたしちゃんといいこにしてた。

 でも、もしかしたらわたしがしらないだけでなにかけんのおにいちゃんにめいわくかけてたかもしれない」

 その瞳は少し涙がにじんでいた

 今まで我慢していたのだろう。


 彼が何のためにこの子にそんなことを言ったかは分からない。

 でも、こんな子供を夜の外に放り出すのはやりすぎだと思う。


「じゃあ、私が一緒に謝ってあげる。」

「ほんと!?」


「えぇ、もちろん。」

 それにその『けんのおにいちゃん』に対していろいろと聞きたいことがある。


「……おねぇちゃん、どうしてそんなにやさしいの?」

「ん?」


「わたしのかみ、むすんでくれたし。

 それにわたしのたのみきいてくれるし。」

「あぁ。気にしなくてもいいのよ?

 ただ私が自分で決めたことなの。」

「おねぇちゃんが?」

 そう、決めたのだ。

 もうその場で後悔するようなことはしたくないと。



 リンがこの草原を駆け抜けて10㎞程いったところだろうか。

「こっち!」

 彼女がやや右側にある山を指さしてきた。


「ここって……」

 私は彼女には悟られずにリンと目配せする。

 リンが指さしていた、亨君があの根に引き込まれた方角と同じ。

 そして、パラウトの遺跡がある場所の近くであり『パラウトの里』があるといわれる場所なのだ。


「偶然、じゃないよね……」

 パラウトの里には確かに【植物人マンドレイク】が住んでいるといわれている。

 しかし、だからと言ってパラウトの里以外に住んでいないかと言われればそうではない。

 彼らはあまり姿を見かけなくなっただけであって、それは厳しい自然環境の中で力のない彼らが知恵を身に着けて隠れているからに過ぎない。


 しかし彼女は確かにそこを指した。


「おねぇちゃん?」

「何でもないよ? さ、行こう」

 再びリンを走りださせて私は一つの不安を感じた。

 本来ならば幻の地にあと少しで着くかもしれない、そして彼に再会できるという高揚感に浸っていてもいいのに、様々な不穏な予兆が警笛を鳴らす。


 あの場所には彼がいる、つまりは彼を引きずりこんだ張本人がいるかもしれない。

 亨君はとても強い。

 それこそ、私たち勇者パーティーはおろか、クラス全員でかかっても片手でひねりつぶされて終わりだろう。

 そんな彼が不覚を取った相手、そんな相手がいるかもしれない場所に私やこの子が近づいて大丈夫なのだろうか?


 彼女の言う『けんのおにいさん』は言っていた。

『はなれろ』と。

 あの時は彼女に対して怒っていたからそんな言葉を掛けたのだろうと勝手に解釈していたが、今となると別の意味に聞こえてくる。

 もしかしたら『けんのおにいさん』はあそこで何か重大な事件が起きたから、彼女に逃走を促したのではないのだろうか?


 だとしたら、今私ができる最善の行動はこの子を出来るだけ、パラウトの里から離すことではないのだろうか?


「ねぇ」

「なに?」


「もしあの場所が危険なことになってたとしたら、あなたはどうしたい?」

 この子の意思を、確認しなければいけない。


「だったらはやくいかないと!

 みこさまもけんのおにいちゃんもわたしがたすけなきゃ!」

 彼女は即座に答える。


「そうよね……ごめんなさい」

 ここまで連れて来てこの質問を出す自分の意気地なさに呆れる。

 もし私がここから引き返そうとしたら、彼女は歩いてでもあの場所に帰るだろう。

 だとしたら、私やリンがついていたほうが数倍安全だ。


「しっかり掴まっててね? 急ぐから。」

 手綱を握り直し、私はリンの駆ける速度を速めた。

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