第56話 突き進む双者

「亨君!?」

「来るな!!」

 焦る彼女を制止させ、自分ことクロードは絡みついた根を睨み付けた。

 やはりあの時倒し切れていなかったのか、それとも別の個体か。


「リン!」

 とにかく彼女の安全を最優先で守らなくてはならない。

 自分の合図を受け取って、リンは彼女を中心にドーム状に覆い、表面を固くする。

 しかし根はそんなことに見向きもせず自分に襲い掛かり、足にとどまらず、腕、胴などにも巻き付き自分の動きを奪おうと動く。


「む?」

 この魔物の標的は彼女であったはずだ、それは昼間の戦闘で証明されている。

 ならばなぜこの根は今、彼女を狙わないのだろう? 自分が思うように動けない絶好の機会だというのに。


 彼女を今狙えない理由があるのだろうか? 双剣で、体に纏わりついた根を切り裂きながら、自分は反射的に考えた。

 しかしこの逡巡が場において決定的な隙となってしまう。ある程度自分に絡みついた根はつぎの瞬間、全力で自分を地中へと引き込みだした。


「分断か!」

 この根は自分と彼女を別れさせ、どちらかというと厄介な自分を先に始末した後、彼女を襲う作戦に変えたのだ。

 つまり、今は自分一人にしか興味がなかったのだ、しかし分かった時にはもう遅かった。

 根が出てきた穴に地中へと落ちていく。すさまじい勢いだ、時速80kmは出ているだろうか。

 幾度か土穴の壁面に衝突し、顔に土がかかるが根は自分を引きずることをやめない。


「しつこいね、君も」

 だがしかし、これは好都合だ。

 目的が分かっている敵ほど計画が立てやすいものはない。

 こいつの目的は彼女、もしくは自分たちだ。

 だったらそれぞれが根を撃退できるだけの力を有していれば大して問題はない。

 彼女にはリンをつけている、あの程度の根ならスライムソードなどで応戦可能だろうし、いざとなれば先ほどのように守ればいい。

 その間に自分がこいつの本体を倒す。


「?」

 壁による周りの圧迫感がなくなったことを理解する、どうやら広い空間に出たようだ。

 どのくらい引きずられただろうか、体感では5㎞は引きずられていたような気がする。


「そこまで私を殺したいのか……それとも……」

 周りに存在する圧倒的な敵意の数を感じ取り、半ば呆れて双剣を抜いた。

 見ただけで100は下らないであろう魔物モンスターの群れ。その後ろに数十本の根が待ち構えていた。


 ◆◆◆


「亨君!」

 黒い床に立って、黒い壁を叩いて私は叫んだ。


 この壁に包まれる前、彼の姿を最後に見たとき、彼には複数の根が絡みついていた。

 いやでも最悪の想像さえしてしまう、今すぐにあの人の声を聴きたいと強く思う。

 はやくあの声で私を安心させてほしい、できるならあの化け物をさっさと倒してもう一度話がしたい。


 しかし壁が開き、私の目に飛び込んできたのは、蹴散らされた焚き火の跡と、何かの巣のような大きな穴だった。


「……そん……な」

 またいなくなってしまった。


「……やめて」

 どうして?


「行かないでよ」

 せっかく心の重りが取れたのに。


「戻ってきてよ……」

 話したいこと、喋りたいことがたくさんあったのに。


「……うっ。」

 立っていられる気力さえ残っていなかった。

 膝が地に付き、地面しか見られない。今まで頼りになった存在が突然いなくなったことの消失感、それがこんなに辛いのもだったなんて。


 ふと背中に重みを感じる。 振り向くとリンと呼ばれた彼の使い魔がいた。


「ごめん」

 この子を抱えて強く抱きしめる。


「少しこのままでいさせて。」

 リンは何の抵抗もなく私の胸の中に収まってくれている。

 時々プルプルしてくすぐったいが、それが『自分という仲間がいる』と言ってくれているようで安心できる。



 そうすること30分程、私は少し冷静さを取り戻した。

「……まずは現状の分析。」

 今回の旅の第一目標は『パラウトの里を見つける』事、でもそれは亨君と一緒に行くことを前提とした場合。

 今現在、彼はどこかに行ってしまった。


「なら今一番の最優先は彼を見つけること」

 どちらが大切か秤にかけるまでもない。


 ではどのように探そう? 突然のことだったので、彼の所持していた荷物はそのままだ。

 しかし慎重な彼なら私に何かヒントを残してくれているはずだ。


「……そうだ!使い魔!」

 なぜ今まで気付かなかったのだろう? 使い魔は主と魂がつながっているため、それぞれの場所を確認できる。

 この愛らしいスライムはただの護衛じゃない。


「リン、あなたのご主人はどこ?」

 手元にいる可愛い使い魔へと質問をしてみる。するとプルプルと震えた後、私の前に矢印を作った。

 矢印の方向は私たちが向かおうとしていた場所、つまり目的地と同じ方角。


「だとしたら……」

 いま私にできることは2つ。

 このまま彼が帰ってくるまで待ってるか、それとも……


「うん」

 彼が戦っている間自分だけ何もせずに待っているというのは嫌だ。

 今まで散々彼に謝るために待ってきた。今度こそはあの時のようにただ傍観しないで自分でも何か行動が起こしたい。

 もうただ見守るだけなんて情けない存在になりたくない。


「そうと決まれば……」

 早速準備に取り掛かろう。行動は早ければ早いほうがいい。


 リンを胸に抱え、私は荷物へと走っていった。

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