第55話 傍観した賢者

 賢者・ナナセこと七瀬葵ななせ あおい


 彼女は他の言峰ハーレムメンバーと違い、自分こと影山亨と少なからず面識がある。というより自分の幼馴染だ。

 家が近くにあるという理由から、小さい頃は柿本と共に三人で近所で遊び回った記憶が多い。


 変化があったのは中学一年生の時、彼女は同じクラスの言峰に恋をした。

 その頃から彼の周りには様々な女性がちらほらと影を見せており、はたからはまるでラブコメの主人公のようだった。

 彼女は言峰と共に過ごす時間が多くなり、それに反比例して自分たちと過ごす時間が少なくなっていた。

 そしてその年の冬、彼女と触れることはなくなり、自分と柿本は一線を引くことにした。

 寂しくないといえば嘘となるが、それよりも彼女が青春を満喫してほしいという思いが勝っていた、実際彼女と言峰の仲を近づけるためいろいろと画策したこともあった。


 ……あのラブコメ主人公こと言峰は、その鈍感な性格をいかんなく発揮して自分たちの策略を幾度も破壊したのだがそれは今語ることではないだろう。


 ◆◆◆


「どこから説明したほうがいいでしょうか?」

「初めからで」

 彼女に迫られ自分は、この状況までに至った経緯を説明してもらえることになった。


 さすがにこの体勢で話を聞くのもつらいので、焚き火の場所まで戻り腰を下ろす。


「私がティファちゃんとあなたの問題を知ったのは、言峰君と決闘をする二週間前でした」

 時期でいうと自分がダンジョン攻略をしていた頃だろうか?


「友達が話していたのを偶然聞いてしまって。

 初めて聞いたときは信じられなくて、ほかの友達にも聞きましたが同じ答えが返ってきました」

「そうですか」


「亨君がそんな事する筈がないって、直接聞きに行こうとしたんですけど……その……言峰君に止められてしまって。

 結局聞くことができなくて」

 彼女に言われて王城に帰ってきたあの時の状態を思い出す。

 柿本を除いて確かに誰も自分に真実を問いただそうとはしなかった、『触らぬ神に祟りなし』という言葉もある通り、あまり関係がない人物の物事について触れたくなかったのだろう。

 自分の親しい間柄の者を、危険かもしれない奴に近づけるのは危険きわまるものだ。

 そのような意味では言峰の行動は当然だ。


「それでこのままじゃ亨君の身に何か起こるんじゃないかって、不安になって夜あまり眠ることができなくなってしまいました」

「それはそれは」

 柿本以外にも自分の無実を信じてくれていた人がいたとは。


「でもそれが私に真実を教えてくれました」

「?」


「その夜もあまり眠ることができなかった私は、気分転換に王城内を散策することにしたんです。

 建物の中は少し怖かったので、主に庭に出て」

「あぁ、なるほど……つまるところ『見て』しまったわけですね?」

「はい。

 ティファちゃんが自分で自分の体に傷つける様子を、偶然にも」

 つまり彼女も全容を知ったうえで事の一連を見ていたわけだ。


「さっき話していた『友達』というのは……」

「あなたの事ですよ?亨君。

 私はティファちゃんがあなたに濡れ衣を着せていることを知っていて、見守ることしかできなかった臆病者なんです」


 彼女は下を向いて言葉を続ける、握りしめた拳は細かく震えていた。

「何度も言峰君に『亨君は無実だ』って言おうとしました。

 でももしみんな信じてくれなかったらどうしよう、私まで疑われたらどうしよう、て思い留まることしかできませんでした」

「……」


「その結果、私はあなたを罪人にしてしまったんです。

 自身で言っていて反吐が出ます、我が身可愛さに大切な友達を売ってしまうなんて。」

「それは……」

 仕方のないことだ、むしろ柿本のように一片の疑いもなく接してくれるほうが稀だろう。


「あなたが決闘で消されてから、私の中での価値観が一変しました。

 今までと変わらない生活を送っているというのに、時々言峰君が『圧倒的な力を自分の中の正義だけで振り回しているような』人に見えてくるんです。

 そしてそれを否定しない生徒会長や王女様、クラスメイト達が怖くなるんです。」

 おかしいですよね? 自分だってその一人なのに、と彼女は自分に微笑む。

 彼女はそんな状況に今日まで耐えてきたのだろう、その顔はとても疲れたように見えた。




「一つ質問しても?」

 これ以上この話を続けるのはまずいと感じた自分は、話題を変えるために彼女に問いかける。


「あなたが私の無罪を知っていたということは分かりました」

「はい」


「では何故、私が生きているという事を?」

 さっきから自分が一番聞きたかった疑問だ。言峰が放った【光刃】は、あの広場に大きなくぼみを作るほど威力の大きなものだった。

 あの攻撃の中から生き延びることができるとは普通考えられない。


「……亨君。

 私のステータスを鑑定してくれませんか?」

 そう言って彼女は自身を指差す。


 自分は彼女の言葉にしたがって【鑑定眼力サーチアイ】を発動させた。


■■■

【Name】七瀬 葵

【Race】人間

【Sex】女

【Lv】45

【Hp】540

【Mp】980

【Sp】90

【ATK】540

【DEF】540

【AGI】540

【MATK】540

【MDEF】540


■■【職業(ジョブ)】■■

賢者セイジ


■■【装備】■■

【第2級法衣】

【軽防具・白狼】

【走狗の髪留め】


■■【スキル】■■

<特殊エクストラスキル>

【魔力眼】

<職業ジョブスキル>

【氷魔術】Lv,3

 【アイスボール】Lv,2

 【アイスランス】Lv,1

【炎魔術】Lv,2

 【フレイムボール】Lv,3

【光魔術】Lv,2

 【ライト】Lv,2


■■【称号】■■

【異世界人】【賢者】


■■■


 一見すると内容は普通の【魔術師メイジ】と変わらない。しかし、よく見れば異彩を放っているものが一つ。


「……特殊エクストラスキル【魔力眼】。」

「そうです。このスキルは魔力量や発動した魔法などを詳細に感じとることができます。」


 ようやく合点がいった。

「私の魔法を感じ取ったと 」

「はい」

 自分は言峰の攻撃を【影魔法】で躱した、それをこのスキルが感じ取ったのだろう。


「今この場からでも、あなたの大きな力が伝わってきます。

 昼間の戦闘といい、すっかり差をつけられてしまいましたね」


「いえ、それほどでも……」

「謙遜はよしてください、私が惨めになりますよ?」

 そう言われてしまうと返す言葉もない。


「でも、私が確信した原因はそれだけじゃないんです。」

「他にも?」

 全く、どれだけ見落としていたのだろう。余裕のない状況だったとしても、自分の甘さに腹が立ってきた。


「あ、大丈夫ですよ? 亨君の事ではないです」

「はい?」


「俊君です。亨君が居なくなっても態度が変わらなかったのですぐ分かりました」

「柿本……」

 それは盲点だった、あいつの事だからそれなりに上手くやってくれるだろうとは思っていたのだが。


「安心してください。言峰君は『友の死を乗り越えた男』として接していますから」

「そうですか……」

 そういう問題ではないのだけれど。




「……そうして私はあなたの存命を確信したとき、安心と共に不安が生まれました。

 私の事情を知れば、復讐しに来るのではないかと。

 でも、」

 彼女はそこで一旦言葉を止め、首を振った。


「あの環境にいて思うようになりました。

 この事をひた隠しにして、辛いあの場所で勇者を続ける位なら、あなたに制裁を食らう方が幾分楽なのではないかと」

「……」

 一体何処まで追い詰められていたのだろう。


「そこで柿本君を問い詰めて、あなたの居場所を聞き出しました。

 そして冒険者ギルドマスターに頼み、この旅を整えて貰ったんです」

「そういうことか……」


『行けばわかる』

 ギルマスの言っていたことが今理解できた。

 通りで旅の理由に、後付けのような違和感を感じたわけだ。

 お忍びなので周りに知られることもない、護衛もつけていないので二人だけで話す事ができる。

 見事に自分が断る理由を退けた訳だ。


「あ、元老院の話は本当ですよ?

 私が余所余所しい態度をとっていたのが原因なのですけれど……」

「そうなのですか……」




「……だから亨君、いえ、影山君。私はあなたに謝りに来ました。

 今まで覚悟と決心がつかなくて言い出せませんでしたけど」


 そう言って、彼女は手を地につけ頭を垂れた。

「ごめんなさい。あなたが辛いときに何の力にもなることができなくて」





「……一つ質問をしていいですか?」

「はい」


「もし私が逆上して、あなたに危害を加えようとしたらどうしたのですか?」


 すると彼女は額を上げて笑いながら言った。

「ここは山奥深くですよ?

 死体の一つや二つ、容易には見つかりません」

「…………」

 絶句した。まさか死すら覚悟していたとは。


「……それではそのお詫びの代わりに一つ、私のお願いを聞いてもらってもよろしいですか?」

「はい?」

 反射的に彼女の体が震える、



















「私が去った後、王城で起こった出来事ことを私に話してくれませんか?」

 彼女は一瞬驚いた後、その本当の意味を理解して花が咲くように笑った。


「いいですよ!私の話で良ければ。

 何の話からにします?」






 そう言って彼女が歩み寄った瞬間、

 地面から『根』が自分の足に絡み付いてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る