第53話 招かれざる者たちへ

「クロードさん、この場所を進まなきゃダメですか?」

 横で七瀬さんが半泣きになりながら、自分ことクロードに聞いてくる。


 目の前にあるのは自然が何百年の歳月をかけて作り上げた見事な崖、この幅と高さは某考古学者兼探検家を心躍らせるものだと断言できる。

 そして、その崖に沿って作られているのは木を主な材料として崖にピッタリ張り付くように作られた通路。

 通路といっても、丸太一本一本が突き出た岩々にがっちりと組まれているだけで横から見れば丸太が無造作に置いてあるだけにも見えるかもしれない。

 一応安全の為か、ハーケンのようなもので腰の高さに綱を渡されている、おそらくあれに掴まって渡ってくれということだ。


 これでもこの世界の文明の面から考えればかなり整備された方なのだが、いかんせん安全に育てられてきた賢者様には恐怖以外の何物でもないのだろう。

 先ほどから彼女は自分のマントをつかんで離さない。


「大丈夫ですよ、目をつむればあっという間に渡り終えられる距離です」

「そんなこと言われましても……」

 丸太によって出来た道の長さは100mから200m程、慎重に渡ったとしても10分ほどで渡り終えることが可能だ。


「ほかの道はないのですか?」

「迂回するとなると、かなりの時間が掛かります。」

 軽く見積もっても数日は掛かる。


「この先、このような難所がいくつも出てきます、今のうちに慣れておかないと後々苦労しますよ?」

「それはそうなのですけれど……」

 本当の事だ、一々迂回していると半年は掛かるだろう。

 それに魔王を倒しに行くのなら、いかなる状況にも耐えることのできるたくましさが必要になる。


 しかし彼女は目線をあっちにふらふら、こっちにふらふらと泳がしている。

 このままではらちが明かないので、少々卑怯な手を使わせてもらうことにした。

「言ってみれば、これは秘境に行くための試練のようなものです。試練を越えられないようなものが、秘境にたどり着けるとは思えませんよ?」

 目的をだしにして決心を固めさせる、単純ではあるがうまく使えればとても効果があるだろう。

 しかし自分で言っておいて何だがおかしな話だ。弱い種族を守るためのパラウトの里だというのに、試練など与えてどうしろというのか。


「……」

「いかがでしょうか?」

 話を聞いた彼女は黙ってしまう。やはり今の理論には無理があっただろうか?


「……分かりました、行きましょう」

「はい」

 決心がついたようで、大きく深呼吸をして精神を統一している。


 ◆◆◆


「クロードさん、あとどのくらいですか?」

「半分ぐらいですね」

「嘘ですよね!?私としてはあと少しだと嬉しいのですが。」

「半分です」


 丸太の一本道ので茶番が繰り広げられている。

 彼女もはじめ決心したように渡り始めたのだが、体に当たる強風と頼りのない足元によって決心が崩れ始め、半分ほど渡ったところで恐怖のほうが勝ってしまったようだ。綱を持ったままその場に座り込んでしまった。

 旅慣れていない人間にしてはかなり頑張ったほうなのだろう。しかし崖はそんなことは知ったことではない、渡るか渡れないか、落ちるか落ちないかが全てだ。


「掴まってください、一気に渡ります。」

 彼女の荷物の中にはリンが入っているため、仮に落ちたとしても大丈夫なのだが、だからといって手助けしないというのも意地が悪い。

 これ以上は駄目だろうと感じ、彼女に手を差し伸べた。


 しかし彼女の返答は自分が予想していたものとは違っていた。

「だ、大丈夫です。少し落ち着きました。

 あとほんの少しならいけると思います。」

 幾度か深呼吸をした後、綱を握り直し、震える足を強引に落ち着けながら一歩一歩着実に前へと進んでいく。


「無理しなくても大丈夫ですよ? ここまで来ただけでも大したものですし」

「……ここまででは駄目なんです」

「……?」

 彼女は額を上げて目を合わせる。

「クロードさんも言ってたじゃないですか、『この先もこんな難所がある』って。

 私はこの先これ以上お荷物になりたくないんです。

 自分のことは自分で成し遂げたいんです、お願いします」

 その瞳は吹っ切れたような、もしくはまた新たに決心したような光が宿っていた。


「……分かりました」

 彼女の少し前に立って先導していた自分は、差し伸べていた手を戻し彼女を見守ることにする。


「大丈夫、大丈夫、あと半分、あと半分、大丈夫、大丈夫……」

 まるで念仏のように口で小さく同じ言葉を繰り返し、折れそうになっている自分の心を鼓舞している。

 恐怖を『絶対にパラウトの里を見つけてやる』という確固たる意地で押さえつけたようだ。


「ふむ」

 図書室で本ばかりを読んでいるというイメージが強かったのだが、少なくとも今の行動力と胆力には並々ならぬものが見て取れた。

 心の中で彼女の評価を上方修正する。


 そうして一本道と格闘すること数十分、ついに彼女はこの難関を見事踏破した。


 ◆◆◆


「……渡った後に腰が抜けますか。」

「……すみません。」

 見晴らしが良く、少し小高い丘の上。

 外敵にいち早く察知できるためここに陣を敷き、休憩をとっていた。


 あれから彼女は難関を渡ることには渡ったのだが渡り終えた直後、その安心感と疲労からへたりとその場に座り込んでしまった。

 なんとも締まらない結果だが、成し遂げたことには変わらない。

 しかしこのまま進むわけにもいかないので、彼女を背負って休憩のできるちょうどいい場所まで移動してきたというわけだ。


「申し訳ありません、あんな偉そうなことを言った後で」

「気にしてませんよ、早く良くなってください」

 何度目かわからない謝罪が彼女の口から行われる、先ほど言った『自分のことは自分で成し遂げたい』という言葉を気にしているのだろう。

 背負っている時、恥ずかしさと情けなさでずっと顔を下に俯かせていた。


「もう少し歩いた先でテントを張って夜をしのごうと思います。

 私はこの辺りを散策してこようと思うので、何かあれば声を掛けてください。」

「……はい」

 今はそっとしておくのが一番だろう。今日のたき火に使う枝でも拾おうかと、彼女に背を向けた。





 瞬間、あらゆる感覚が彼女の危機を告げた。

「リン!!」

 頼れる使い魔に、彼女の危機を告げる。リンは自身から糸を出し、自分の腕に巻き付ける。

 そして彼女を荷物ごと包み込んだ後、糸を巻き取って強引に自分のところまで移動した。

 直後、彼女がいた場所が土煙に覆われた。

 一瞬土がせりあがったと思った瞬間、黒い影が目の前を覆い、轟音や衝撃波とともにこちらへ飛来する。

 もはや爆発といっていいだろう、大量の土砂があたり一面に雨のようにまき散らされた。


 しかしスキルによって強化された自身の感覚は、それがこれから起こる『脅威』の準備段階であるということを理解させられた。


「触手? ……いやこれは」

 『根』だ、とんでもなく大きな根だ。爆煙をかき分けて姿を現したのは十数本の大きな根。

 一本一本がまるで鞭のようにうなりをあげ、こちらの隙を窺っている。


 ダンジョンの中にもこのような植物系の魔物モンスターは存在する。

 ダンジョン10階から20階に存在する森林エリアや、50階から60階の樹海エリアはそんなモンスターの宝庫といってもいいだろう。

 しかし問題なのはそのサイズ。樹海エリアでも随一の強さを誇るモンスターですらその全長は60mから70mといったところ。だが目の前に存在する根は軽く100mを超えている。

 しかも自分の周りに生えていてしかるべき本体が存在しない。もはや全長なんて考えるだけで億劫おっくうになってくるだろう。


 加えて地上に出現しただけで爆発じみた現象が起こるあの威力。かなりの強度としなやかさを持ち合わせていると考えていいだろう。


「クロードさん!!」

「しっかり掴まってください! 舌噛みますよ!」

 何より優先すべきことは賢者の安全だ。一見したところ、この魔物モンスターは彼女を狙っている節がある。


 荷物はリンに任せ、彼女を小脇に抱えてこの場を即急に離れる。

 すると根は地面を割りながら自分の後を追ってきた、問題はここからどうするかということだ。

 今自分が進んでいる方向には森しか見えない。

『木を隠すなら森の中』といったことわざがある通り、森の中では普通の木と植物系の魔物モンスターは【鑑定眼力サーチアイ】でも使わない限り見分けがつかない。

 一度森の中に入ってしまえば四六時中根からの攻撃に警戒をする必要がある。相手の土俵で相撲を取らされるわけだ。


「失礼」

「えっ? きゃ!」

【影潜み】で彼女を自分の影の中に取り入れる。

【影魔法】を彼女に見せてしまったが、これは後で何とでも言い訳がきく。まずは目の前のこの魔物モンスターを倒すことが最優先だ。


 双剣を構え戦う準備を整えた後、自分は魔物モンスターの方向へと進路を急反転する。

 いきなりの自分の行動に少々戸惑ったのだろう、根は一瞬動きを硬直させた。その隙を見逃さず、自分は魔物モンスターの懐へと入り込み、目に映る全ての根に対して【三日月燕】を放った。

 飛来する斬撃が容赦なく根を傷つけ、切断する。


 敵はところ構わず地面にその身を叩きつける、その姿はまるで激痛を感じて転げ回る人間のように見て取れた。

「神経はあるんだな?」

 自分は【影分身】で10体ほどの分身体を出現させ、魔物モンスターを切り刻むように命令する。

 分身体は散らばった後、魔物モンスターに対して四方八方から斬撃を浴びせ始めた。


 しかしここで黙って切り裂かれ続けるほど相手も甘くはない。

 危機を感じて、痛みを無理やり無視して分身体や自分に対して襲い掛かった。音速を超える速度で繰り出される根を紙一重でかわしていく分身体。

 戦闘を続けること数分後、遂に分身体の一つが根に貫かれた。


 それも計算の内。

「やれ」

 分身体が花火のように爆ぜる、乾燥した空気も手伝ってたちまち火達磨になってあたりをのたうち回る、もはや戦いどころではないだろう。


「今だ」

 火に包まれたと同時に、自分は奥の手を発動させた。分身体が赤い光となり、短剣に集まってくる。

 体を無防備にさらしているわけだが、火の対処に追われている魔物モンスターにはその隙をつく余裕は無かった。


「【次元之太刀ジゲンノタチ】」

 赤く光る巨大な剣が根元へとすいこまれた。


 ◆◆◆


「……随分と派手に戦いましたね。」

「お恥ずかしい……」

 丘にぽっかりと開いた穴を見て賢者は苦笑する。


 根を完全に消滅するためとはいえ【次元之太刀ジゲンノタチ】は威力が大きかったか。

 黒龍とは違い根の強度が高くなく、力の大半が地面の破壊に使われてしまった結果、目の前に広がる大きなクレーターが作り上げられた。


「まだまだ未熟だな。」

 こんなに目立つモノを、目立ちたくない自分がこしらえてしまうとはなんともお粗末な話だ。

「いえ、お見事な手並みでしたよ。素早い判断のおかげで誰も傷つかず魔物モンスターを倒すことができたのですから」

 彼女は【影潜み】と【次元之太刀ジゲンノタチ】にの件ついては何も追及しなかった。『少し珍しいスキルを持っている冒険者』ということで納得してくれたらしい。

 むしろ、こんなに強い冒険者が護衛で安心した、と励ましてくれた。


「行きましょうクロードさん、また変な魔物モンスターが襲ってこない内に」

「そうしましょうか」

 この調子なら予定の場所で夜を過ごすことができそうだ。





『素早い判断のおかげで誰も傷つかず魔物モンスターを倒すことができたのですから』

 彼女の言葉を脳内で反芻する。

「本当に倒せたのか」

 消滅を確認できたのは根の部分だけだ。本体が地下に隠れていて【次元之太刀ジゲンノタチ】によって倒されたのなら何の問題もない。

 しかし、もし地下へ逃げていたとしたら。いや、もしかしたらあれは巨大な生物の一部であり本体が別にいるのではないのか。


「クロードさん!」

「!」

 目の前に賢者の顔が現れて思考が停止する。

 一瞬顔を見られてしまったかと焦ったが、仮面をつけていることを遅れて思い出す。


「本当に大丈夫ですか? さっきの戦闘で怪我してないですか?」

「大丈夫です、行きましょう」

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