第52話 弱者の楽園

 弱肉強食は世の常だ。

 平原だろうと、

 海であろうと、

 空であろうと、

 太古の世界であろうとも、

 たとえそれが世界線を隔てた異世界であったとしても。

 自然が定めた掟には逆らうことができない。


 しかしだからと言って弱者も、ハイそうですかと簡単に受け入れられるはずがない。

 どのような生き物だってできるだけ長く生きたいと思い、様々な工夫を凝らしてきた。

 あるものは体内に毒素を持ち、

 あるものはほかの強い生き物の力を借りて、

 あるものは五感を強化させ危機をいち早く察知し。

 各々がそうして掟に抗い続けてきた。


 知性のある生物ならなおさらだろう。


 ある時、一人の少女が立ち上がった。

 強い魔物モンスターに怯え、自由に動くことすらできない種族たちをひどく悲しんで。

 弱者でも安心して生きていく事のできる場所を作ろう、強者たちから脅かされる事のない楽園を作ろうと。


 それがパラウトの里だったそうだ。

 200年前から存在する伝説の書籍、『オーベイルの記録書』の中にもその里のことが数行ではあるが書かれている。


『神聖ルべリオスより北へ3日歩いたことろに秘境あり。

 神樹を神と称え、巫女を頂点とした独特の社会であり、巫女の結界によって外敵からの心配もなく非力な種族がひっそりと暮らしている。』


 しかし現在、その里は見つかっていない。

『オーベイルの記録書』から地図で割り出し、ここがパラウトの里の跡地ではないかと推定した『パラウトの遺跡』は存在するが、本物かどうかと言われれば議論が別れるところがある。

『オーベイルの記録書』の記録書そのものが出鱈目ではないかと言い出すものまでいる始末だ。

 そのため、今現在パラウトの里は『幻の里』と言われ、それを見つけ出す事は一介の冒険者の夢の一つとなっている。


 ◆◆◆


「私はそんな秘境に行ってみたいんです」

「ふむ」

 七瀬葵は活き活きとこの旅への意気込みを語ってみせた。



 人工物は姿を消し、空の月と星の光が明かりの主流になる夜の山奥、とある山の中腹にそれらとは別の光が輝いていた。


 自分ことクロードは、焚き火を挟んで対峙する彼女の話を聞いている。

 彼女はパラウトの遺跡についてどのように知ったか、それについてどれだけ興味を持っているかを自分に説明してくれた。

 焚き火の炎によっていつもとは違った光の当たり方をしたせいか、その顔は年齢より幼いようにも見て取れ、まるで小さい子供が自身の夢を力いっぱいに語るようだった。


 自分も事前にパラウトの遺跡についていくらか調べており、ある一定の知識を持っているので彼女が話していることはすべて知っている。

 しかし、目の前でとても楽しそうに話す彼女を見て『実はその話知っているんだ』なんてことを話すのは野暮だと理解できた。

 このような時は相手の話を邪魔せず、適度に相槌を打ち、聞き役に徹することが最善だと心得ている。


 そうして今、この場にある音は彼女の声と、薪のはぜる音だけになる。


「パラウトの里にいた種族には【植物人マンドレイク】や【半耳長族ハーフエルフ】などがいたといわれています、そのことから考えてパラウトの里周辺にいた種族以外にも、遠くからそのうわさを聞き付けた種族がいたと考えられていて……」

「……」

 自分の使い魔たるリンは彼女の話に飽きて、自分の荷物の中で夢の世界に行っている。


 リンにとって人の話を聞くという行為は初の経験で不慣れなのだろう、彼女の話より先ほど食べた食事のほうが頭に残っていそうだ。


 しかし自分はこうやって、嬉しそうに話す誰かの話を聞くというこの場の雰囲気は初めてではない、慣れを通り越してむしろ懐かしさを覚えている。

 日本にいた頃、教室に放課後まで残って鬼塚の知識話を盟友の柿本と一緒に聞いていた。

 一時間を超えると、柿本はダウンしてしまったが、自分は鬼塚の話を聞きながら少しうつらうつらするのが嫌いではなかった。


 リンを柿本みたいだと考えていると、今の状況がその時と酷似していることに気が付く。

 そして自分自身が現在、ここ最近で一番穏やかな気持ちになっていることに納得がいった。


「聞いてますか?クロードさん?」

「はい、聞いてますよ」

 自分の様子に違和感を覚えたのだろう、気が付くと七瀬さんが不思議そうに自分の顔を見つめている。


「クロードさんは本来一人で行く予定だったと聞いています、どうしてパラウトの遺跡に行こうと思ったんですか?」

「私の理由ですか……」

 あらかた自分のことを喋り尽し、人の事に興味を持ったのだろう。

 ふと彼女は自分の旅の目的を聞いてきた。


「……あえて言うなら、存在すら分からないから引かれた、とでもしましょうか」

「存在が分からないから?」


「えぇ、あるかもしれないし、無いかもしれない。

 そういった、あやふやなもの自体に心が引かれたんですよ」

 自分は『幻想』や『伝説』などといったものがとても好きだ。

 ただかっこいいからという理由ではなく、それらに対して『儚い』といったものを感じるからだ。

 少し手を加えてしまえば途端に崩れてしまいそうな、そういったものは不思議と人を引き寄せる魔力がある。

 自分はそんな魔力に釣られたという訳だ。


「話をもう少ししていたいですが、夜も更けてきました。

 少しばかり仮眠をとってください」

「はい」

 本来彼女は睡眠をとっているはずだったのだが、慣れない旅に緊張して眠れなかったらしい。

 火の番をしていた自分を目にとめて、向かう目的地の話をしていたという訳だ。


「……ふぁ」

 彼女はあくびをしながら自分が建てたテントの中へと入っていく、興奮していた感情が収まったことで急激に眠気が襲ってきたのだろう。

 あれなら多少寝心地が違う毛布でも、睡眠をとることは容易そうだ。




「……」

 彼女がいなくなった途端、この場の雰囲気ががらりと変わる。

 先ほどまであった心地よい喧噪は消えて、自分が動くときの衣ずれの音さえ聞こえしまいそうな静かな空間へとなっていく。

 焚き火が傍にあるはずなのに、温度が何度か下がったような錯覚さえ覚えた。


「いかんね」

 先ほどはあのように言って会話を切ってしまったが、自分はまだまだ彼女の話を聞いていたかったのだろう。

 しかし彼女は勇者言峰のハーレムメンバー、このたびが終わった後、彼女は彼のもとへと帰っていく。

 自分とは進む道が違うのだ、あまり情を持つと後々後悔するのは目に見えている。

 だからこそ自分は彼女に対して、あくまで『護衛を引き受けた冒険者』として接しなければならない。

 それが自分が進もうと決めた『冒険者クロード』という道だ。


「よいしょ、と」

 その場で立ち上がり、背筋を伸ばして大きく深呼吸をする。

 背骨がポキポキと小気味良い音を立てて鳴るとともに、焚き火によって火照った体に夜の冷たい空気が流れ込み、意識がすっきりした感覚を覚える。


「そろそろ調達するか」

 焚き火の横を見ると、燃料となる薪の量が心細くなってきた、火種を絶やさないためにも新しく拾っておくのが得策だろう。

 分身体を彼女の護衛として残し、自分は夜の森へと散策に出かける。


 こうしてこの奇妙な旅の初日は過ぎていった。



 ◆◆◆



 神聖ルべリオス王国、王都冒険者ギルド、ギルドマスター部屋にて二人の人影が並ぶ。

「ギルマス本当に行かせてよかったのですか?」

「心配するな、俺の人を見る目を信じろ」


「しかし彼女と彼を合わすことはとても危険です、下手をすれば彼に一生消えることのない傷を負わせてしまうかもしれないのですよ?」

「だからと言ってあのまま返すことはできんだろ?」


「だとしても彼にしなくてもよかったのでは?ほかにもパラウトの遺跡を調べようとしていたパーティはいたのですよ?」

「違うな、カレラ」


「……?」

「アイツじゃなきゃダメなんだ、アイツじゃなきゃ、な」


 誰にも聞かれることなく会話は闇の中へ消えていく。





 ギルドの受付嬢カレラが、ギルドマスターであるバットの言葉を本当の意味で理解できたのは、この時より少し後の事だった。

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