冬桜編
第51話 とても間違いな二人組
秋や冬の快晴は空が高く見えるという。
学術的には湿気の多い夏と比べ、空気が乾いており空気中の水分が邪魔をしないからだとか。
知識の鬼こと鬼塚は心の問題でもあるといっていた、寒い風を目に受けながら必死に見上げるために、余計に高く感じるのだろうと。
今の自分ことクロードも見上げた空が高く見える。
しかし今回は、上記した二つの例とは別にもう一つ原因がある。
今の現状を受け入れたくないために目線を空に泳がせている、俗にいう現実逃避だ。
「ふう……ふう……」
横から荒い呼吸が聞こえる。彼女はおぼつかない足取りで山道を歩き、今にも座り込んでしまいそうなほど疲労していた。
「……少し休みましょうか」
気まずい空気に耐えられなくなった自分は、彼女に休憩を促した。
諸々の事情があり、【変装】のスキルを使ったいつもより低い声を彼女に投げ掛ける。
「だ、大丈夫ですよ?もう少しいけると思います」
相手に迷惑がかかると思ったのか、彼女はあわてて自分の申し出を断る。
「無理しないでください。
そこまで急ぐ旅でもありませんし、風景を楽しみながら行きましょう」
今自分は黒いマントに仮面といういつもの格好である。マントの下にに鎧や武器を装備しており更に肩には一抱えもある荷物を背負っている。
如何に自分のステータスが高くともこの状態で数十kmの道のりを歩くのは多少疲れる。
加えて旅の友である彼女は、あまり運動が得意な方ではない。恐らく自分以上に疲労していることだろう。
長旅において無茶をして良い結果が出た試しがない。無理矢理に歩いたとしても明日に疲労を残すだけ、かえって周りに迷惑を掛けてしまう。
こちらはまだ余裕だが、足並みを揃えなければいけない。この旅は一人ではないのだから。
「この辺りにしましょう。」
「……すみません。」
かなり無理をしていたのだろう。申し訳なさそうにしながら近くの岩に腰を下ろし、肺に溜まっていた息を吐く。
何故こんなことに……
現状に心の中で深い溜息をつく、本来ここには自分一人で行くはずだった。
それを何の偶然か、余計な考え事をしたらクラス一を自負している自分ですら予想外の人物と行動をを共にしている。
ギルマスも何を考えてこの事を持ち掛けたのか、いまだに分からない。
目を閉じて3日前のことを思い出す。
◆◆◆
「ようクロード、調子はどうだ?」
「絶好調だよ、あんたに呼び出される前までは」
投げた言葉の皮肉を、ギルマスはどこ吹く風と受け流す。にやにやと笑う表情は大抵、こちらがろくでもないことに巻き込まれる合図だった。
その証拠に隣に立っているカレラさんの顔は、申し訳なさでいっぱいになっている。
「そう怒るな、今回の依頼はあながちお前も無関係とは言いにくいんだぞ?」
「どういうことだ? 私はここ最近おとなしくしているはずなんだが」
少しずつこの世界の常識も理解し始めたので、目立った行動はしてないはずだ。
人様、ひいては世間に影響を与えるようなことは間違ってもしていない。無意識に誰かに迷惑などをかけていた、という例外を除けばだが。
「お前、パラウトの遺跡を探検しに行くらしいじゃないか。」
「……そうだが?」
冒険者はダンジョンだけが活躍の場ではない、周りの遺跡や魔物の発生地域に赴くこともざらにある。
彼らが話題に上げる話の中でぜひ一度訪れてみたいと思った場所、それがパラウトの遺跡だった。
ちょうどAランク以上の依頼もあらかた片付き、懐と体に余裕が生まれてきたのでいい機会だと旅の支度を進めていたのだ。
受付嬢カレラに長期外泊の書類を受理してもらっているため、ギルマスが知っていても何もおかしいことではない。
問題は今、この瞬間にその名前が上がったことだ。
これから自分に言われることの全容が掴めてきて、自然と眉にしわが寄った。
自分が原因でないとするのなら、自分に関わる事に何かが干渉してきた可能性が大きい。
「悪い話と最悪の話があるんだが、どちらから聞きたい?」
「希望的観測のある、悪い話からで」
どちらから聞こうがこの場合、自分は呼び出される前と同じ気分で冒険の準備をすることはできないだろう。
「まず悪い話だ、
前にパラウトの遺跡を攻略しに行った他の冒険者のパーティがいただろ?」
「……確か『アイアン・ハーツ』だったけか?」
ギルドのBランクの冒険者パーティ、主に魔術師を攻撃の軸に置いたバランスのいいパーティだ。
パーティメンバーが全員幼馴染ということもあり、巧みな連携で相手を翻弄し、Bランクパーティの中で、最もAランク昇格が近いパーティのうちの一つともいわれていた。
しかし半月ほど前のこと、彼らは長期外泊の書類を出しパラウトの遺跡に向かった。
同じ遺跡を探索しようとしていたので、そのパーティのことは妙に頭に残っている。
「あいつらが出した外泊の期間はもうとっくに過ぎているんだ。
しかし、何の音沙汰もない」
「ふむ」
冒険者が何かの
しかし、それはあくまで若手の話、
ましてや、『熟練』とすら
「つまり、彼らほどの力でもどうしようも出来ない事が、向こうで起こったと?」
「可能性は低くない、と言ったところか」
「だとしたら、捜索隊なり組んで探しに行くべきじゃないか?」
「仮にBランクパーティに何かあったとなると、最低でもAランクパーティクラスの戦力を整える必要がある。
それにただ遅れているだけという可能性も否めない、今すぐにその戦力を揃える必要があるかとなると、難しいものがある」
冒険者間の常識として、パーティが長期外泊を出し、その期限が切れてから一ヶ月経てば捜索隊が結成される。
いざ捜索隊を結成したとき、捜索対象のパーティがただの遅刻です、では集まってくれた冒険者に対して申し訳が立たないからだ。
つまり今の状況は『心配だけれど、だからといってすぐに動くような程切羽詰まっていない』というなんとも微妙な立ち位置なのだ。
考えれば現代日本における、通信手段の豊富さのありがたさが身に染みる。携帯一つで身の安否が確認できるのだから。
「だから私に?」
「このギルドの最高戦力の一角がその場所に行こうってんだ。これを逃すほど俺はバカじゃないぜ?」
「おだてても何も出てこないよ」
聞こえはいいが、要は貧乏くじを引かされたというわけだ。
せっかくそこに行くのだからついでに彼らを確認してこい、と言っているのだから。
「分かった、一応頭の隅に置いておこうか」
「あぁ頼む、それでここからが本題なんだが……」
ギルマスが口ごもる、さっき言っていた『最悪の話』はどれほどのものなのだろうか。
「まず結論から言うと、お前に同行人がつくことになった」
「同行人?」
思わずおうむ返しに呟いてしまう。
「つまりその同行人と協力して行方不明のパーティを探せと?」
「いいや違う、第一お前に同行人をつけるくらいなら一人で探させたほうが効率がいいだろ?」
「まぁね」
ほかの冒険者たちにあまり自分の能力を知られたくない。
「別に旅仲間が一人増えるぐらいなら構わない。探索はそれなりに行うし、何より話す相手がいるという事は冒険を有意義なものにすることができる」
そろそろパーティを組んでもいいかもしれないとは思っていた。
この先集団で受ける依頼があるかもしれない、仲間とともに依頼を達成するという事に慣れておくためにも、今ここで経験を積んでおいて損はないだろう。
「その同行人が……ちょっとばかし厄介なんだ。
いや、同行人というより『護衛対象』といったほうがいいかな?」
「というと?」
ギルマスはカレラさんに『ん』と顎で合図を出す、彼女は窓にカーテンを掛け扉を締め切り、この部屋を完全な密室にした。
「ここから先は『影山 亨』として聞いてほしい。」
「……」
ギルマスの雰囲気ががらりと変わった、ここまで真剣な顔はダンジョンを攻略した後の交渉の時ぐらいだっただろうか。
「勇者コトミネをお前さんはどう思っている?」
「ふむ……」
ギルマスの口から出た人名に、自分は考え込む。
勇者コトミネ、すなわち
正直言えば、自分はそこまで彼について特に何か思ったことはない。
あるとすれば、よくも民衆の視線を自分に集めてくれたな、ぐらいだろうか?もう終わったとこであり、今が有意義に過ごせるきっかけを作ったものなのであまり深いものではない。
『楽しみにしていたおやつを兄弟に食べられた。』程度のものだろう。
「別に何も思うところはない、そこまで恨んでもないし」
そのまま感情を
どのみちこのギルマスには隠し事は通用しない、隠す意味もない。
「少しは憎しみを持ってもいい気がするんだがね」
「彼は彼なりに正義を貫いただけだと思うよ」
もし自分がなにも知らずに、言峰と同じ立場にあったとしても同じようなことをしたかもしれない。
目立たないように。
「まぁそう思ってるならそれでいい、お前さんなら大丈夫だろう」
ギルマスが一人で納得している、そちらが良くてもこちらの不安が取り除かれたわけではない。
「……同行人はまさか言峰ということではないだろう?」
「まぁな」
さすがに違うのだろう。
彼がどこかに行くとすれば、あの元老院のことだ。事前に盛大なパレードとともに送り出すに違いない。
「今回の同行人は
「…………む?」
首をかしげることしかできなかった。
すなわち
言峰のハーレムメンバーの一人。
◆◆◆
事の顛末をまとめるとこうだ。
先日、彼女がパラウトの遺跡にお忍びで行くことが決まったようだ。当初王国側は数人の騎士と共に行かせるつもりだった。
しかし同日、元老院にてどこで情報を入手したのか議題に上がる。
『最近、
『しかし彼女は勇者コトミネ様のお気に入り、影山のような手段が通用しない』
『だったら今回の遺跡探索で弱い護衛をつけて、命を落としやすいようにすればいい』
『もし彼女が命を落とせば魔族に命を奪われた哀れな少女として宣伝しよう』
『そうすれば勇者コトミネ様もますます魔王討伐に熱心になるだろう』
『ついでに、彼女の空いた席に自分たちの娘を座らせれば、勇者コトミネ様と自分たちの関係をより強固なものにできるだろう』
そんな思惑やらが交差し、ここに『
正直言って耳を洗いたくなる話だ。
職員はとても困ったことだろう。彼女を死なせれば彼自身が王国から処罰され、かといって命令を破れば今度は元老院から処罰される。
そして四苦八苦した果てに、冒険者ギルドマスターに泣きついた。
ギルマスもギルマスで、実力が信頼できるSランク、Aランクはその名前が知れ渡っているため依頼できない。
そして、名前が知られていないながらも、そこそこの実力のあるこのクロードにお鉢が回ってきたというわけだ。
お忍びなので、ギルドの中で『勇者を護衛した冒険者』ということで噂になることもないし、冒険者を差別している貴族から睨まれることもないため、こちらとしては問題はない。
しかし疑問が残る。
なぜ彼女はパラウトの遺跡にお忍びで行くことにしたのだろう? 護衛が心もとないのに、抗議しない理由は?
勇者たる自身が行けば騒ぎになり研究の邪魔になる、というのが彼女の言い分なのだが理由としては弱い気がする。
ギルマスはその疑問に対して『行けばわかる』と意味ありげに笑っていた。
◆◆◆
「……もう大丈夫ですよ?」
目を開けると彼女、もとい七瀬葵がおずおずとこちらを覗きこむ。回想していた時間が思ったより長かったようだ。
「それでは行きましょうか、今日はこの少し先で晩を過ごすことにしましょう」
「はい」
自分の提案に彼女は笑顔で答える。
彼女は今、この状況をどのように思っているのだろう。
元老院に対して怒っているのだろうか? それとも悲しんでいるのだろうか?
首を振って思考をかき消す、ここに来て余計な詮索をする自分にほとほと呆れた。
今更どう考えたところで仕方がない、自分がするべき事は彼女を傷一つつけることなくこの冒険を終わらせるというただひとつ。
気持ちを一新させ、歩みを再開させることにした。
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