第50話 銘刀・名も亡き龍
3日後、自分ことクロードは鍛冶屋の工房の中にいた。
「なぁ爺さん。」
「なんじゃい。」
「今日刀を作ってくれるんだよな。」
「おうよ。」
「じゃあなんで私の手なんて見ているんだ?」
爺さんは刀を作る作業に入ると、まず自分を椅子に座らせて腕や掌を見ている。
いきなり『利き腕を見せろ』と言われたため何が何だかさっぱりわからない。
自分の手にあるのは、鍛錬のせいでできた剣ダコぐらいだ。
「お前さんの体に合った刀を作ってやるんじゃよ。まぁ任しとけ。」
「ふむ。」
そういえばこの爺さんはじめてこの鍛冶屋に来た時も、自分の体つきを見て前衛の戦闘職であることを看破した。
餅は餅屋という、この爺さんには自分には見えない鍛冶屋特有のものが見えているのだろう。
ならば素人である自分は黙って言うことを聞いている他ないだろう。
「時にクロード。」
「ん?」
「お前さんはどんな刀がほしいのかね。」
「『どんな』ねぇ。」
この世界の刀はどのような物があるのだろう。
刀と一言で言っても斬馬刀、青竜刀、脇差など古今東西様々なものがある。
考え込んでいると爺さんが話し出した。
「刀というものは極論を言えば『美しさ』と『切れ味』をいかに引き出し、かつ両立させるかが重要になってくる。」
「美しさ?」
現代日本において刀は、武器というより美術品として扱われていることが多い、とは聞いたことがある。
「切れ味で十分じゃないのか?」
しかしここは戦いが身近にある世界、普通なら機能性である『切れ味』を追求するはずだと思うのだが。
それに目立ちたくない自分にとって美しさなんて必要ない、あの時渡されたレイピアのようなきれいな装飾がついたものを持っていれば確実に目につくからだ。
思わずそう質問してしまった。
すると、爺さんは片手で眉を描いた。
「お前さん、何か勘違いしていないかい?」
「と、いうと?」
「お前さんの思っている『美しさ』っていうのはキラキラと装飾された華やかな物だってことさ。」
「違うのかい?」
爺さんは目を閉じて数秒止まった、おそらく自分にも分かりやすいように頭の中で整理したのだろう。
「お前さん、持っている魔剣のことをどう思っている?」
「【黒剣・双影】を?」
この店で【無名の魔剣】として貰い、今は変化し形状は刃渡り30㎝程の黒い2つの短剣となった。
ダンジョンを攻略するときも、リンと並んで活躍した頼もしい相棒だ。
「その剣身を見てお前さんはどう思う?」
「見て...かぁ」
今右腕は爺さんに見せているので、左腕で腰に下げている双影を抜いて目を見やる。
「...かっこいいね、頼りがいがあると思ったよ。」
少し幅広の剣身は、ちょっとやそっとのことでは折れなさそうだ。
それに黒という色がとても力強さを感じた。
「...その『かっこいい』という部分が儂が言いたい『美しい』になるんだろう。」
「...」
爺さんは自分をまっすぐ見据えながら話す。
「剣や刀には言葉では語りつくすことが不可能な、そういった『美しさ』が宿る。
理詰めでは説明できん、剣や刀だからこそ意味があるんじゃ。」
「...」
「一流の戦士になってくると武器にも並々ならぬ思いが芽生えてくる。
そのとき、
『この武器とともに戦いたい』
そう直感的に思わせることができる武器を造れたのなら、鍛冶屋冥利に尽きるとは思えんかね?」
「なるほどね...」
そこまで言って、爺さんは視線を切った。
「説教臭くなったのう。
まあこの話はここでやめとこう、本題に戻るか。」
「分かった。」
「お前さんの体つきを見る限りスピード特化型、重い剛剣は論外じゃろう。」
「だからと言って、脇差みたいな小型の刀は、そんなもの造らなくても【黒剣・双影】があるから必要性を感じない。」
「だとするとやや細身の長刀、反りを大きくして切ることに特化した形にしようかの。」
「頼む。」
「龍の牙を刃に使おうと思うのじゃが、牙の形状から考えると切っ先の幅が狭く、鍔元の幅が広い形状になってしまうのじゃがいいか?」
黒龍の牙は横から見ると、ティラノサウルスのような長い三角形の形をしている、ここから刀を造ろうとすれば自然とそうなるのだろう。
「大丈夫だ。」
そう言うと爺さんは腕捲りをして牙を手に取った。
「では一つ、打ってみようかの。」
◆◆◆
外の風雨の音を遮るほどの金属音がこの場に何度も鳴り響く。
いま自分は、目の前で新しい相棒が誕生する姿を一心に見続けていた。
先ほどまで長い三角形の形をしていた牙は、今では真っ赤な光とともに形状が細長く変化してきている。
爺さんはそれを、高炉の中に入れては十数回金槌で叩き、また高炉に入れる。
黒龍の牙は通常の素材とはかなり違う。
普通の剣の材料は、鉄や
しかも牙は黒龍のブレスを口内で何度も受けながらも、その形を崩すことなく、今までそこにしっかりと生えていたものだ。
生半可な火力では、到底形を変えることすら敵わない。
爺さんは王都の【
ちなみに自分には【完全耐性】があるため呪符がなくとも近くで見物できる。
しかしそんな手間を加えてなお牙はとても固く、3日3晩徹夜で打ち続けてやっと刀の形になった。
人間は単純な作業を見ていると眠くなってくるらしいが、それは今の自分には当てはまらないらしい。
こんな作業を数十時間見ているというのに、全く眠気が襲ってこない。
自身の高いステータスもあるだろうが、今自分が見ている光景が日常ではお目にかかれない光景なのだからだろう。
『刀を作る』なんて番組で紹介されるものでしか見たことがない、自分はその光景に感動を抱きながらも、『自分には関係のない世界だろう』と心のどこかで思っていた。
しかし今、その『関係のない世界』が目の前で繰り広げられている、しかも自分はその関係者だ、眼を開いて今この場の光景を見損なってしまわないようにした。
そこから2週間、研いだり土を塗ったり乾燥させたりと様々な工程を施した後、それは自分の知っている刀へと変化を遂げていた。
刃長80.0cm、刃文は小乱れ主体で小足入り、色合いは【黒剣・双影】と同じ黒、どうやら【黒龍の装甲】を牙に少し混ぜたらしい。
「さて、最後の工程に入ろうかの。」
「...」
今現在、この刀は次のように説明されている。
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Name 無銘の刀
種類 妖刀
備考 黒龍の牙より作られた武器。
【刀術】の技の威力を数十倍にして
放つ事ができる能力を持つ。
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最後の工程、すなわちこの刀への名付けである。
「何かいい名前は思い浮かんだかの?」
「それがね...」
この2週間、悩みに悩みぬいたがなかなかいい名前が思いつかない。
スライムソード然り、スライムワイヤー然り、クロード然り、自分のネーミングセンスにはほとほと困っている。
どう頭を悩ませようと、思いつくのは『ブラックブレード』だの『ブラックソード』だの安直な名前ばかり。
こんな名前を付けた日には、この刀が付喪神となって自分に切りかかってきても不思議ではない。
「別に世間体なんて気にしなくていいんだぞ?『自分がこう呼びたい』って思えば、それこそがこの刀にとっても一番の名前になるんだ。」
「世間体を気にしてるわけじゃないよ。」
昨晩必死で考えた文章が、翌日読み返してみれば稚拙な文の集まりにしか感じないこの感覚。
ただ自分であれこれ考えた名前に、自分で突っ込みを入れているだけなのだから。
「すまないがじっくり考えさせてほしい。」
「別に構わんが思い詰めるなよ?」
「あぁ、分かっている。
爺さん、新しい相棒をありがとう。」
「おうよ。
さて、ここんとこ徹夜続きだったし、しばらく寝るか。」
自分は新しい相棒を腰に下げ、大きなあくびが聞こえた鍛冶屋を後にした。
◆◆◆
余談になるがこの後、カレラさんとも相談し、実に一ヵ月掛けて名前を決めた。
自分のあまりの命名センスに、ギルドマスターが腹を抱えて笑い転げていたのはとても鮮明に覚えている。
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