第49話 創刀・堅き者へ硬き物を

ルべリオスの感謝祭から一週間が経ち、季節は嵐が訪れるギュワ、つまり『風』の時期。

この季節は風や雨の影響で外を歩くことは出来ないため、行動する範囲は自然と、これらの影響を受けないダンジョンの中か屋内に制限される。


ざぁざぁと雨風の音を環境音として聞き流しながら、自分ことクロードは冒険者ギルドの酒場の奥にて暇を潰していた。

手に持っているのは王立図書館で借りたこの世界の様々な本。

読書はどちらかというと苦手な方だが、別に読書自体が嫌なわけではない。

『読書をしよう』と思ってはみるが、なかなかそれを実行できないというジレンマに陥っているだけで、一度始めてしまえば数時間はその文字の世界に熱中できる。


「...クロード様は【参剣術】という技能スキルをお持ちですよね?」

めくったページの数が3桁を迎えようとしたところで、唐突に自分に質問が投げ掛けられた。

ふと、本から顔を上げると受付嬢のカレラさんがそこに立っている。

今の時間帯は朝と昼のちょうど真ん中頃、朝依頼を受けた冒険者が全員出払っているため、この時間帯は暇なので話をしに来たのだろう。


「そうですが...」

自分は彼女の質問に対して素直に答える。


特異ユニークスキル【参剣術】、

自分が現在保持しているスキルの中で、【影魔法】と同格クラスのスキルだ。

能力の内容は【双剣術】と【刀術】を同時に使うことができるというもの。


仕事のパートナーである彼女には、自分のスキルをあらかた話してある。

しかし、

「それがどうかしましたか?」

近くには他の冒険者はいないので聞かれる心配はないが、

別に、ここで今更確認する必要がない問いかけに、いくらか疑問を持った。


「あぁ、いえ、それほど重要なことではないのですが...」

「何か引っかかるところでもありますか?」

この世界に召喚されて自分はまだ日が浅く、ここの常識について疎いことが多い。

もしかしたら何か知らないうちに、他の冒険者とは異質な行動をとってしまったかもしれない。

そうだとすれば自分の目指す『目立たない普通の冒険者として生きる』という目標から遠ざかってしまうだろう、聞いておいて損はないと思い、言葉を続ける。


「どんな些細なことでもいいので、よろしければお聞かせ願いませんか?」

「...これは自分の好奇心に近いものですので、秘密でしたらお答えしてもらわなくてかまいません」

自分が聞くとカレラさんは片手を自分の前で振りながら、前置きを残して話し始める。


「【参剣術】は【双剣術】と【刀術】を扱うことができるスキル、なのは合っていますよね?」

「その通りです。」


「私がクロード様を一瞥したところ、装備している武器はナイフと双剣のみに見えました。」

「それも合っています。」

自分は戦闘時、【黒剣・双影】と何本かのナイフを腰に差している。

ナイフは屋敷に百本ほど備蓄しているので、いざとなれば【影送り】で補充可能だ。


「それでは『刀』は使われないのですか?」

「...そのことですか。」

それについては自分なりにいろいろと探し回ってみた。

冒険者の中で刀を武器として使っているのは【サムライ】という職業の者たちだ、彼らに刀はどこで手に入れたのかと聞いてみたが、ほとんどは『東の帝国』で鍛冶屋に打ってもらったという答えが返ってきた。

自分は、そこから刀は恐らく東の帝国の特産物だと予想した、


「ですから私が刀を手に入れられるのは、東の帝国を訪れてからになるだろうと覚悟しています。」

「そうなのですか...」


そこでカレラさんは少し考えた後、話を持ち掛けてきた。

「私の知り合いに刀を打てる一流の鍛冶職人がいるのですが、よろしければ私から紹介状を書きましょうか?」

「本当ですか?ぜひお願いします。」

渡りに船だ、それに受付嬢のカレラさんの紹介なら信頼も持てる。


「わかりました。

では依頼状をしたためますので、ご都合のいい日に訪ねてみてください。」

「ありがとうございます。」


カレラさんはギルドの奥へと歩いていき、30分ほど後に手に一つの書状と紙を渡してくれた。

「住所を書いておきました、どうぞ。」

紙の方を見てみると、ギルドからその鍛冶屋の場所までの道のりが簡単な図で乗っていた。

こういう気配りはすぐには思いつかない、さすがはギルドで人気の受付嬢といったところか。

「確かに受け取りました。」

改めて彼女が優秀な人物であることを再認識しお辞儀をする。

そして2つの紙を受け取り、紙に書いてある住所を確認したとき。


「...おや?」

手紙に書かれている場所に、自分の中の何かが引っかかるものがあったのか、思わず声が出てしまった。


「どうかいたしましたか?何か不備でも?」

自分の疑問符にカレラさんが少し慌てているが、自分がいま抱いているものは彼女が想像しているものと少し違う。


「いえ、この場所は...」

「はい?」

彼女は小首をかしげながら自分を見つめている、恐らく言葉の続きを待っているのだろう。

ただ自分は記憶の中から引っ張り出そうとしている最中で、それに対応できなかった。


「少し見覚えがあるような...」


◆◆◆


ギルドから歩いて数十分

鍛冶屋『鉄兜』はそこにある。


玄関の鈴を鳴らし自分は入店した。

すると、奥の暖簾から赤い髪のドワーフが歩いてくる。

名前は『ガルド』というらしい、自分は爺さんと呼んでいるが。


「お前さんか、ナイフなら揃えてあるぞ。」

「どうも。」

基本的に投擲用のナイフの調達や、魔剣の整備はここで行っている、そのためこの爺さんともすっかり顔なじみになってしまった。


「少しいいかい?」

「なんじゃい。」


「ここで刀を打ってくれるって聞いたんでね、依頼しに来たんだ。」

「ふむ...」

爺さんはそれを聞くと自分の後ろをちらりと見た。


「【サムライ】でも仲間になったのかい?」

「いいや、自分が使う。」


「こりゃ珍しい、2つの剣術を使えるのか。」

「秘密にしといてくれよ?」

基本的に戦闘系の職業ジョブは【戦士ウォーリアー】なら【剣術】、【魔術師メイジ】なら【魔術】といったように1つの術を中心に戦う。

そのため、自分のように【双剣術】、【刀術】と2つの剣術スキルを持っている者は限りなく稀だろう。

そう考えれば【参剣術】はかなりすさまじいスキルだ、実質【忍者アサシン】と【サムライ】の戦い方を1人で行うことができるのだから。


ただ、だからこそ気を付けなければならない。

1つの術を中心に戦うということは、自然と装備する武器も限られてくる。

双剣と刀を腰に差していれば『自分は2つの剣術使えますよ』と宣伝しているようなものだ。

そのため自分は目立つことを避けるために、人前では【双剣術】はおろか、【短剣術】しか使わないようにしている。


「そうそう、冒険者ギルドの受付嬢に依頼状を書いてもらったんだ。」

「見せてもらおうか。」

懐から書状を出して、爺さんに渡す。


爺さんは少し読むと驚いたように顔をこちらに向けた。

「お前さん、カレラの知り合いか。」

「まぁね。」


「あの子とは何かと会う機会が多くての、しかしお前さんとも知り合いとは知らんかったぞ。」

「まさか王都内の無数にある鍛冶屋から、馴染みの店を紹介されるとは思わなかったよ。」

ここがこの王国唯一の鍛冶屋ではない。

ここら一帯は他鍛冶屋が立ち並んでおり激戦区だ、数は数えたことはないが200は下らなかったと思う。

そんな中からここを引くなんてどのくらいの確率なのだろう、『現実は小説より奇なり』とはよく言ったものだ。


「いやはやどこで縁があるか、分かったものじゃない。」

「まったく。」

そんなことを話しているうちに爺さんは書状を読み終わったようだ。


「分かった、ちょうど他の武器も整備が終わったところなんでな。

1つ打ってみようか。」

「よろしく頼むよ。」


「それで素材はどんなものがいい?

その腰に下げている短剣と同じ魔鋼で打ってやろうか?」

「いや、それはこちらで用意している。」

そう言って背負っていた袋から『それら』を取り出した。


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Name 黒龍の牙

種類 素材

備考 黒龍を倒すことで手に入る黒龍の牙。

   硬度は世界屈指であり、今となっては伝説の素材

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Name 黒龍の爪

種類 素材

備考 黒龍を倒すことで手に入る黒龍の爪。

   牙ほどではないが最高クラスの硬度を誇る。

   砕いて飲めば最上級の回復薬となる。

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Name 黒龍の装甲

種類 素材

備考 黒龍を倒すことで手に入る黒龍の皮膚。

   魔鋼として最上級の特性も備える。

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「...お前さんこれをどこで?」

爺さんは渡した素材を【鑑定】で確認し、数分ほど黙った後質問してきた。


「ダンジョンの奥深くで手に入れたんだ、誓って後ろめたいことはしていないよ?」

そう言ってみたが爺さんは黙ったままだ、やはり信用できないだろうか?




「...クロード。」

「ん?」


「儂は最初、それなりの刀を作ろうと思ってはいた。」

「ふむ。」


「じゃがお前さんの出したこの素材は、どれもが至高といっていいほどの物。

簡単な気持ちで引き受けていいものではない。」

「ふむ。」

ここで爺さんが一息ついた。


「本当に儂がこれらを使っていいんじゃな?」

「あぁ、少なくとも自分の中では、この国の鍛冶屋で一番信頼している。」

冒険者として活躍している中で、この鍛冶屋には魔剣も然り整備も本当にお世話になっている。

もし刀造りが失敗に終わったとしても、高い感謝料だったと踏ん切りがつく。


「費用はどのくらい持っとる?」

「逆に聞くが、どのくらい払えば万全の状態で鍛冶をすることができる?」


「金貨2000枚、こんな機会めったにないからのう、高炉の燃料やら道具やらも最高級の物を使いたい。」

「分かった、ここに置いておく。」

マントの中から【影送り】で屋敷から取り寄せた金貨の袋をカウンターに置く。

魔石を売ったお金で足りたので心の中で一安心する。


「...お前さん本当に貴族じゃないのかね?」

「ただのDランク冒険者だよ、心配ならギルドマスターに確認してもらってもいい。」


「...そうか。」

爺さんはそう言って指を3つ立てた。


「3日待ってくれ。本腰を入れて鍛冶をするからのう、道具を準備したい。」

「承知した。」

それでは、と扉に体を向ける、すると。


「クロード。」

「ん?」

爺さんに呼び止められた。


「儂はお前が何者かは知らん。」

「...」


「ただこの仕事、鍛冶屋として生きて一生に一度あるかないかの大仕事。

儂は必ずやりきってみせるぞ。」

「...よろしく頼む。」

そう言葉をかけて自分は鍛冶屋を後にした。

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