第40話 決戦の前に

 王国側で勝負の段取りが決まっていった。

 勝負方法は戦闘、日付は1週間後、王城の広場の前で行うことになった。


「…影山君」

 廊下を歩いていた自分に声が掛かる、言峰がクラスメイト達に彼視点で事の詳細を言い回っているので自分は今クラスの中で村八分にされている、この状況で自分に声を掛ける人なんて限られてくる。


「何でしょうか?緒方先生」

 クラスの担任、緒方結子先生。

 眼鏡を持ち上げるのが癖のいかにもスパルタ教師といった雰囲気を漂わせているが、自分から見て彼女は真面目であろうとして空回りしているといった印象が強い。

 今まで異世界という非現実的な物のせいで心の整理がつかなかったのだが、最近になってようやく復活したようだ。


「先生に教えてくれませんか?なぜあんなことをしたのか」

「と、言いますと?」

 先生は言峰と自分が勝負を決めたあの場にいたのだが、どうも心に引っかかるものがあるらしい。

 言峰の質問に対して悪役のように切り返したのだから、先生の中では、自分がティファに暴行を加えたのは本当だと思っているのだろうけど。


「貴方は提出物もちゃんと出していて、とても真面目な生徒でした。

それに物事を行うときは常に熟考してから動く素晴らしい生徒です。

そんな貴方があのような行動に出たのは、何かしらの理由があったからだと私は考えました」

 勘弁してほしい、そんな生徒ではなかったと思う、自分は。

 勇者としてこの世界に召喚されてから、クラスで一致団結してこの状況を乗り越えなければならないのに、職業も嘘をついているし勝手に城を抜け出した。自分勝手もいいところだ。


「何か悩みがありましたら頼ってください、この世界では勇者と呼ばれていますが、貴方は私の教え子に変わりないのですから」

 この先生が自分のクラスの担任で本当によかったと思う。

 しかし、いやだからこそ真実を教えるわけにはいかない、先生の性格上必ず助けようとするだろう、元老院が先生に何をするか分かったものではない。


「すみませんが先生に相談することはありません」

「そうですか…」

明らかに落胆している、自分を頼ってくれなくて教師として少し悲しいのだろう。


せっかくなので一つ言っておこう。

「ただ先生にお願いがあります」

「何でしょうか?」

「言峰のことでなんですが」

「彼がどうかしたのですか?」

「この先、彼は名実ともに勇者としてこの王国で生きていくことになるでしょう。

その時先生には彼を『止めることのできる存在』になっておいてほしいんです」

「…どういうことですか?」


 この世界に勇者として召喚されてから分身を通して言峰を見てきたが、彼は自分が正しいと思ったことはまっすぐに貫く性格である。

 彼ほど勇者としてふさわしい性格はいないだろう。

 しかし、自分の正義だけがまかり通るほど世の中は甘くない、この先言峰はほかの人の意見と衝突する機会があるだろう。

 しかし勇者であるという名声と肩書が、もしかしたら相手の意見をねじ伏せてしまうかもしれない。

 だからこそ、それに『待った』をかけられる人が必要なのだ。


「後でわかると思います、私は勝負の準備があるのでこれで」

「あちょっと待って…」

「何をしている!影山!」

 先生が自分の発言に疑問を持ち、声をかけようとした瞬間、廊下の向こうで声が聞こえる、言峰と、桐埼をはじめとしたハーレム要員がこちらに来たようだ。


「影山、まさか先生にも何かするんじゃないだろうな」

 まぁ、この状況だとそう見えるか。

「いいや、少し話をしていただけさ」

「だったら先生から離れたらどうだ」

「はいはい」

 先生から軽く離れる、本当のことを言ったつもりだが言峰は疑っているようだ。

 今からこの場を去る予定だったしそうさせてもらおうか。


「それじゃ先生、また今度」

 そういって先生と言峰達に背を向けて、自分の部屋へと向かっていった。

 後ろに聞き耳を立ててみると先生が言峰から『影山から何かされたんじゃないか』と質問されていた。



◆◆◆



「よ!」

「おかしいな、泥棒がいるぞ?」

 自室に戻った自分を出迎えてくれたのは柿本の軽い挨拶だった。

 反射的に奴の首根っこをつかんで、腕を回しチョークスリーパーをきめる。

「ギブギブギブ! 今のお前の首締めチョークは洒落になんないんだ、やめろ~!死にたくナーイ!」

 言葉のわりにはずいぶん余裕そうだ。


「いや~ベッドの下にエロ本が入ってないか確かめたくてね。」

「お前、鬼塚の家に行った時もそんなことしてたよな。」

 今でも思い出す、自分と柿本は夏休みの宿題が終わらず、鬼塚の家で彼に教わろうとしたとき、柿本は鬼塚がいなくなった隙をついてエロ本を探し始めた。

 結果エロ本は出てこず、柿本は戻ってきた鬼塚に動揺してベッドの角に頭をぶつけるという失態を犯したのだ。


「それで何しに来たんだ?異世界にエロ本がないことなんて君がよく分かっているだろう?」

 腕を解くと柿本は自分に向き直り、少し悪い笑い方をしながら自分に話しかけてきた。

「何って、見りゃわかるだろ打倒言峰の秘密会議だよ」

 なんだそりゃ。

「お前はこちらが今、どんな噂をされているかわかった上で言っているのか?」

「おうともよ!」

 尚更柿本がここにいる理由がわからない。

「ライトノベル好きの君なら、ここは苛められてかわいそうなメイド、ティファを助けようとする正義の勇者言峰に味方すると思っていたのだけど」


 すると柿本は不機嫌そうに言い始めた。

「おいおいそんなデマで俺とお前の信頼に罅が入るわけないだろ?」

「私のあの言い分を信じてくれるのか?」

「お前と何年の付き合いだと思ってやがる。

お前があんな目立つような行動するわけねぇだろう」

「…まいったね。」

どうやら王国も元老院をごまかせても、この腐れ縁の柿本ラノベバカの目はごまかせないようだ。


「俺としては『理不尽な正義で襲い掛かる言峰を一撃粉砕して、そのあとハーレム』みたいなザマァな展開が好みなんだが。」

 そこで言葉を切り、柿本は自分に近寄って小声で話す。

「そういう目立つの、あまり好きじゃないんだろ、お前」

「そこから先は言葉にしないでくれるか?」

 どうやら自分の計画にもあらかた気づいているようだ、ここまできたら先生のように拒否するよりは、手を組んだほうが計画の成功率が上がるだろう。

 ただここでしゃべられると職業を偽装した時の二の舞になってしまう。


 肩を組んで柿本に囁く。

「こういうのはヒソヒソ話したほうが悪役っぽいんだよ。」

「言うようになったな、お前」

 教えた本人が何を言う。

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