第39話 無知と把握の差

 急いで服を着替え、冒険者ことクロードは勇者影山へと変身する。

 仮面を取り外し、大きめのマスクをつけたところで言峰がドアを乱暴に開けて自分の部屋に入ってきた。


「この!」

 入室と同時に殴り掛かってくる。

 言峰に対して【鑑定眼力サーチアイ】を使ったが、正直言って自分のほうが今の所はステータスが高い。

 なので今ここで言峰を返り討ちにすることは簡単だ。

 しかしそれを行ってしまうと後々に色々と自分にとって不都合なことが起きるので、ここはただ避けることに専念しよう。


「お前みたいなやつがいるから!」

 言峰は自分のこぶしがなかなか当たらないことにいら立ちを感じ、それでもなお一発でも当てようと自分に迫ってくる。

 なぜ彼がここまで怒り我を忘れ、自分に殴りかかってくるのかを説明するためには、今から半刻前の状況を説明する必要がある。

 自分のメイドであり、こちらに冤罪をかけようとしているティファはその日の夜、いつもの通りに人通りの少ない所で自傷行為を行っていた。

 しかしその後の行動が違った、いつもなら明日の朝まで待ってみんなに傷をそれとなく見せて終わるのだが、元老院から指示されたのかティファはあろうことか言峰の部屋まで行って涙ながらに訴えたのだ。

『影山様は自分に対して夜の相手を要求してきた。』

『それを断ったらこのような傷を受けるほどに暴行を加えられた。』

 勿論すべて真っ赤な嘘である。


 しかし言峰は、目の前で泣いている美少女の話を聞いて激しく怒り自分こと影山亨にその怒りをぶつけようとこうして乗り込んできたのである。

 女性の涙を見て行動できる言峰は勇者として申し分ない資質があるのだろう、殴られそうになっている自分からしてみればたまったものではないが。


 言峰の放ってきたこぶしを躱した後、背後をとって自分が押さえつける。

「くっ、離せ!」

 その時ようやく事態に気付いた使用人や、近くの部屋のクラスメイトが自分と言峰を引き離し、事の原因を聞き始める。

 そして誰もが寝静まっていた丑三つ時、この話は公になっていった。



◆◆◆



「これより事の顛末をお聞きしましょう」

 自分と言峰、それとクラスを代表して先生と生徒会長が王城のある一室に通された。

 目の前には第三王女のカトリーナ、彼女は今回の騒動を聞いてその後の処分を判断するためにこの場にいる、寝起きを叩き起こされたらしく欠伸をかみ殺していた。

 言峰は、ティファが自分から暴行を受けていたこと、今夜の騒動の理由などを話し自身が殴り掛かった理由を話した。

 対するそれぞれの反応は様々だった、生徒会長や先生は信じられないといった表情で自分を見てきたが王女は怪訝な表情を浮かべていた。

 仮に王女が元老院の計画の一翼を担っていたとしたら、この状況でそんな表情を浮かべないはずである。計画がうまく打ったと内心喜びながら無表情を装うはずなのに、これは本気で自分のことを疑っている顔だ。


「影本君、本当ですか?」

 生徒会長が質問をぶつけてくる、そういえば名前の訂正をしていなかったな。

「いいえ、私はティファに対して暴行を加えていません。」

「そんなわけないだろ!!」

 言峰が自分の主張に間を置かず反論してきた。

「僕はティファの体を見ましたがあちこちに殴られたような痣がありました、こいつはまだ年端もいかない少女を殴ったんです。ティファを調べてもらえばわかるはずです!」

「分かりました。従者を調べてきなさい」

「はっ!」

 王女は横に控えていた騎士に命令下す、騎士は敬礼した後部屋を出ていき少しの間を置いて報告してきた。


「確かに彼女の体にはいくつか痣があります」

 その報告に大きく頷いて、自身の主張が通ると確信した言峰は自分に言い放つ。

「これで言い逃れはできないぞ影山、自分のしたことを認めたらどうだ」

 今の言峰の心情は自分という悪党に、正義の鉄槌を下す断罪者のようなものになっているに違いない。


 ただ自分もあっさりと認めるわけにはいかない。

「悪いけどその傷は私がつけたものじゃない」

「なんだって?」

 言峰は自分をまるで往生際の悪い犯罪者を見るような目で睨み付ける。

「ふざけるな。ティファはお前につけられた傷だと言っていたぞ!

それともなんだ、あれは全部ティファの自作自演だとでも言うのか?」

「そういう事になるのではないか?」

 なんだ、なかなかいい勘しているじゃないか言峰。


 自分に話しかけることが無駄だと悟ったのか言峰は王女に向き直った。

「カトリーナさん、影山がティファに暴行を加えたことは明白です。

どうかティファを影山の従者から外してください」


 王女は深くため息をついた後、言峰に話し始める。

「残念ながらそれはできません」

「何ですって!?」

 まるで大切な親友に裏切られたかのような悲壮な表情を浮かべ愕然と声を上げた、そんな彼をなだめるようにして王女は言葉を付け足した。

「誤解しないでください、あなたの主張の方が信憑性のあることは確かでしょう。

私も彼女を彼から外したいのですが問題があるのです」

「問題?」


「従者をつける際に結んでもらった契約魔法ですが、あれはかなり強力な部類に入りまして、契約した主人しか解除することはできません」

「そんな…」

 王女はそう言って後視線を自分に向ける。


「影山殿、契約を解除する気はありますか?」

「解除する理由がない」

 正直に言えば今すぐ解除したい。

 ダンジョンを攻略した後、ティファに話しかけてみたが元老院で見せたあの薄ら笑いはどこにもなくいつもの様にハキハキとした笑顔を見せてくれた。

 【鑑定眼力サーチアイ】でそれが作り笑いだと見破ることはできたが、逆に言えば【鑑定眼力サーチアイ】がなければ見破れないほどの演技を自分の前でしていたことになる。

 あんな顔と心が別々に動いているような女性、はっきり言って怖い。


 ただここであっさりとティファを解放したならば、自分の計画が狂ってしまうので契約を解除するわけにはいかない。


 さて、自分の推測が正しければそろそろ出てくる頃だろう。

「話は聞かせてもらいました」

「クシュナー卿!」

 部屋の扉が開き、やや年老いた男性が入ってくる。

「勇者言峰殿、お初にお目にかかります。

元老院所属クシュナー・ド・アルベルトと申します、以後お見知りおきを」

「はい…」

 言峰も突然の事態に戸惑っているようだ。


「クシュナー卿どうしてここにいるのです?」

 王女の問いかにクシュナー元老は。

「はい、勇者様方の騒動を聞いて、私でしたらお力になれる思いこの場に駆け付けました。」

 よく言ったものだ、騒動の始まる前から待機スタンバイしていたくせに。

 王女様も怪しがっている中、彼の話は続く。


「時に勇者言峰様、この状況を解決するいい案を私めは持っています」

「本当ですか!」

 言峰も怪訝な表情を浮かべていたが、この状況を打破できるという提案に食いついたようだ。

「はい、目には目を契約には契約をもって対抗すればいいのですよ」

「どういうことですか?」

 言峰がクシュナー卿の言葉に疑問を持つ。


「『勝ったらティファの契約を解除する』という契約を交わし、影山殿に勝負を挑むのです。

この契約は従者の契約と同じで、本人同士の合意か片方が死ぬかでしか解除されることはありません」

「なるほど…」

 つまり自分と言峰がティファをかけて決闘するということだ、言峰はしばらく考えた後に、意を決して話しかけてきた。


「影山、僕と勝負してくれ。

僕が勝ったらティファを解放しろ」

 どうやら言峰は再度検討をして、この提案に乗ったようだ、しかしここで確かめなければならない事がある。

「私が勝ったら?」

「え?」

「君が勝ったら私は従者を失うことになるんだ、私が勝ったら君も等価値の何か失うのが道理だろう? この場合で言うなら君の従者かな? 悪いけどハイリスクノーリターンの勝負なんて誰も好き好んで受けないよ」

「この…外道」

 元老院の目的は自分と言峰を一騎打ちさせることにある。

 こうなることも計画の内だったので、別にハイリスクノーリターンで受けても構わないのだが、それだとあまりにも自分が決闘を受ける理由が不自然で、元老院は怪しがるだろう。

 だから建前としてこちらも何か要求しておく必要がある。


 すると、いや当然というべか解決案をクシュナー卿だった。

「でしたら影山殿が勝った場合、私が影山殿に金貨1000枚をお渡しすることでどうでしょうか?

コトミネ様の従者を危険に晒させるわけにはまいりません、ここはわたくしめが代償をお支払いいたしましょう」

「クシュナーさん…」

 言峰の元老を見る目が、怪しい人から頼れる仲間に変わった。

 まあいい、これで自分が決闘を受ける理由ができた。

「それならいいでしょう」

「わかりました、細かい日にちは私たちのほうで決めますがお二人が勝負することは決定とみなしていいのですね?」

クシュナー卿のペースで話を進められ、置いてきぼりにされた王女が確認をとる。

「大丈夫です」

「影山」

 言峰はまるで人間の悪でも見るかのようにこちらを見下して、言い放つ。

「ティファは絶対に僕が助けて見せる。

お前なんかにはもったいない子だ」

「そうか」

 本当に自分には手に余る従者だよ、ティファは。


 何も知らない生徒会長や先生、王女から見れば、勇者が一人の少女を救おうとする感動的な場面に見えただろう。


 すべて知っている自分とクシュナー卿から見れば、すべてが仕組まれた滑稽な茶番に見えただろう。

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