第37話 思わぬ誘い
90階層は10階層から街を引いたような何もない大きな洞窟だった。
ダンジョンの最奥部なのだから、何か壮大な仕掛けがあるのではないかと期待していたが、どうやら街など人工物は人間に丸投げしているらしい。
真ん中にポツンと祭壇が鎮座し、頂上で魔法陣がその存在を示していた。
【攻略者】の称号があればここから各階層にある魔法陣へと転移できるらしい、便利なものだと考えるがそれと同時に一つの疑問が湧いてくる。
「この魔法陣はどんな技術を使っているのだろう」
ゲームの中では当たり前の機能として使っていたが、いざ目の前で見るといろいろと考えてしまう。
失われた古代の魔法なのだろうか?
それとも自分とは別にダンジョンを管理している者がいるのだろうか?
考えても自分にできることはない、今はありがたく使わせてもらおう。
祭壇に上がり、その中へと入っていく。
すると【影送り】のときのようにどの階層に転送するか意識が選択するように言ってきた。
この感覚にはあまり慣れない、強制的な選択肢を迫られているような気がして気分がいいものではないからだ。
とりあえず10階層に跳ぶように選択すると、意識が一瞬の空白の間をおいて懐かしい街の光景が目に入ってきた。
どうやら10階層の街の中心の祭壇に転送されたようだ。
人がいるという事がこんなにも安心感を与えるものなのだろうか、その賑わいに代えがたい安心感を噛みしめながら再び魔方陣で地上へと移動し、真っすぐに冒険者ギルドへと向かった。
現在の時刻は午前1時頃、
【
そこから1時間ほど寝たので、このぐらいの時刻になるだろう。
とりあえず予想外の事が縦続きに起きてしまい5日程間をあけてしまった、何か報告しておいた方がいい。
深夜の為、明日の仕事に備えてほとんどの冒険者は宿に帰っていた。
そのため冒険者ギルドに入ってみたが、夕方のような活気はなく奥で酒を飲んでいる冒険者が数人いる程度だ。
とりあえず生存報告をすることと、取っておいたゴブリンの魔石を売ろうと、いつものギルド嬢の所に歩を進めた。
するとギルド嬢は自分の姿を認めると、すぐさまこっちにこいと手招きした。
何か自分はやらかしたのだろうか?
「お久しぶりです、クロード様」
「そんなに日にちはたっていないと思うけど…」
なぜだかこのギルド嬢は自分のことを他の冒険者より熱心な目で見てくる。
さすがに『もしかしたら自分に気があるのでは』とは思わなかった、そんな展開になるのは言峰みたいなキラキラしたオーラを纏った『主人公』だけだ。
ただダンジョンを攻略する前は、この美人さんの視線が後頭部にチクチク当たって、自分の偽名がバレたんじゃないかとひやひやしたものだ。
「魔石を売りたいのだが今の時間帯は可能かな?」
「大丈夫です。それではギルドカードの提示をお願いします」
受付嬢に促され、冒険者カードを受付嬢に渡した。
そして受付嬢は何かの魔法具にそのカードを通す、依頼を受けていれば見慣れた光景だ。
ただその後が明らかに違った。
「し、少々お待ちください!」
「え?」
受付嬢は椅子から勢いよく立ち上がり奥へと走っていった。
深夜に来てよかったと思う、こんなことが夕方に起こったら注目の的だっただろう。
しばらくして受付嬢が神妙な顔をしながら戻ってきた。
そして発した第一声が
「奥の部屋まで来てください。」
だった。
拒否権はなく受付嬢に引っ張られるように奥へと通された。
◆◆◆
立派なソファに座らされて、待ち人を待たされている。
いかんせん暇なので自然と部屋の中を観察した、なかなか立派なもので大きさは畳8畳ほど、家具はどれもが一級品だ、しかしその上にある山のような書類が家具以上の存在感を出している。
この部屋を使う人物がどのような立場なのかあらかた想像していると、扉が開き受付嬢ともう一人中年の男が入ってきた。
なかなかの体格で、顔はただものではないとこを十二分に感じさせる。
「待たせたな、楽にしてくれ」
自分とは向かいのソファに腰掛け、対面して話し始めた。
「俺はこの王都冒険者ギルドを任されているギルドマスター、バットて言うんだ、よろしく」
驚いた、新人もいいところの冒険者にギルドマスターが直々に会うなんて明らかに尋常ではない。
「私に何か?」
慎重に言葉を返す、自分はこのギルドで目立たないようにしてきたはずだこうなったからには何かしらの理由があるはずなのだから。
「その前に仮面外してもらってもいいか?」
そういえば自分は仮面をつけっぱなしだ、黒龍の攻撃の熱で右半分が変形しているので今の自分はさぞかし怪しい人物に見えるだろう。
「それは強制かな?」
念のため質問してみる、できるなら顔はあまり晒したくない。
「いいや何か事情があるなら結構、早速本題に移りたい」
よかった、いや今の状況は良くないがこの関門は突破で来た。
「ギルドカードのことについてどこまで知っている?」
いきなりの質問に戸惑ったが、聞いていることは簡単だ。
「冒険者の個人情報を記録して、本人かどうか確かめる用途のためのものではないのか?」
「それが一般的な認識なんだが、ギルド側には、いや冒険者ギルドにはもう一つの機能が備わっているんだ」
なんだろうか、この状況を観察するに嘘発見器みたいなものだろうか?
「冒険者の倒した
「……なるほど」
大体状況を把握できた、つまり受付嬢は今まで自分が倒した
ギルドマスターのバットは受付嬢を親指で刺しながらさらに言葉を続ける。
「お前がギルドに来た翌日に、いきなりゴブリン20体を倒したってこいつから連絡が入ったんだ」
あのときからバレていたのか。
「その後もどう見ても新人冒険者の働きとは思えない
受付嬢のあの視線はそういう意味だったのか。
「そして何日かお前がギルドを休んで今日戻った時、改めてお前のギルドカードをこいつが見て俺に緊急報告してきたってわけさ」
もう言わずとも分かる、自分の記録は
「キュクロプス 53体
地竜 1体
そんでもって 黒龍 1体…てなこの5日間で。」
改めて読み上げられると結構やんちゃした、と思う。
なるほど、確かに新人冒険者の記録じゃない。
「お前、何もんだ?」
改めて自分の目を見据えられる、表面上は平静を保っているが内心はかなりビクついていた。
ここで間違った選択をすれば自分は、この王都で冒険者クロードとして暮らしていけなくなる、『影山亨』が悪目立ちし始めている今の状況で、2ついっぺんに事態の収拾をつける力は今の自分にはない。
「少し長くなるよ」
ここは素直に話しておくべきだろう。
◆◆◆
「なるほどねぇ…勇者か。」
あれから自分の置かれている状況を勇者召喚からダンジョンクリアまで包み隠さず話してみた、まだ王国から国民に勇者は正式に発表されてはいないが、噂程度には広がっているらしい。
受付嬢は驚きを隠せなかったがギルドマスターはとても落ち着いていた。
「驚かないのか?」
ギルドマスターに問いかけてみる。
「いや、逆にお前の強さには納得がいった。
勇者ならダンジョンもクリアできるだろう。」
自分の場合はちょっと特殊だったけどね。
「まぁいい、とりあえずお前のダンジョンクリアの記録を公開して冒険者ランクをEからSまで上げてやろう」
「ちょっと待ってくれ」
それに対しては意見したい。
「冒険者ランクは今のままでいい」
「何だと?」
ギルドマスターの眉間にしわが寄った、少し語弊があったか。
「正確には普通の冒険者の上がる速度で、冒険者ランクを上げてほしい。」
「ふむ…」
ギルドマスターが考え込む、受付嬢も信じられないものを見るような視線を自分に向けている。
ランクが上がるのをやめてほしいと言ったのは、後にも先にも自分だけだろう、どのくらいの速さで上げるか知らない自分でも、今の上げ方が特例であると分かる、そんなことをしたら注目が集まるのは必死だろう。
「理由を聞かせてもらってもいいか?」
ギルドマスターが改めて話しかけてくる。
自分は大きく息を吸って一言発した。
「…目立ちたくないんだ。」
「……は?」
当然の反応だろう、何か深いわけがあると踏んでいたので自分が言った言葉が一瞬信じられなかったのだろう。
「それだけかい?」
「それだけではないけど、主な理由は、ね」
「ふざけいるのか?」
「私は真剣なつもりだよ」
ただそちらにとってみれば些細な問題かもしれないが、こちらにしてみれば死活問題なのだ。
十分見つめあってギルドマスターはため息をついて話し始める。
「目立ちたくない理由を聞いてもいいか?」
それを聞いて頭の中で整理をつけた後、静かに話し始める。
「目立つってことが苦手なんだ」
「珍しいな」
冒険者という職業に就く人間はS級なんかの冒険者をみて、『自分もああなりたい』と思いながら入るものだ、自分の言っていくことはその逆に聞こえてしまうのだろう。
「ふと見たらどこにでいるような普通の冒険者、とでも言うべきか。」
「ふむ…」
「ギルドの中に溶け込んで、活躍した奴の武勇伝を聞きながら1日を終わるような、そんな冒険者になりたいんだよ、私は」
ここらの感情を言葉にするには難しい、これは自分の感覚の問題なのだ。
「お前の考えは良くわかった。」
しばらく腕を組んでいたギルドマスターがいきなり話し始める。
「つまりお前さんはギルドの主役になりたいわけではなく、その他に徹したいのだろう。」
「あぁ」
大体はそんな感じだろう。
「しかしな、俺もはいそうですかと答えるわけにはいかんのだよ」
「理由を聞かせてもらっても?」
今度はこちらが質問する番だ。
「今現在このギルドにはSランク、Aランクの冒険者の大半が出払っていることは知っているよな?」
「まあね」
前に情報収集したときに知っている、魔王軍に対抗するため王都の大体のS級、A級冒険者は魔国寄りのギルドに配置されているとか。
「するとSランク、Aランクの依頼を、残った奴らで片付けないといけない」
「そうなるね」
さすがにBランク以下の冒険者に任せられるものではないと自分でもわかる。
「依頼の中には長期間を必要とするものもある、そうなると依頼の方が貯まっていくのは自然だよな?」
「そうだろうね」
相づちを打ちながらギルドマスターの話の肝が見えてきた。
「つまり自分にその依頼を消化させようってことだろう?」
「その通りだ」
ギルドマスターが満足そうに頷く。
「信用するのかい? 今会ったばかりの人物を」
自分だったら絶対しないのだが。
「もちろんすぐに受けさせるわけじゃない、いくつか上級の依頼を受けてもらってその働きから見極めさせてもらう」
もう計画は出来てるというわけか、さてこの状況どう打破しようか、打開策を考えようと必死に頭を動かしている途中、ギルドマスターの次の言葉に驚いた。
「そういう風にしようと思っていたのだが、お前の意見を聞いて方針を変えた」
「というと」
どういう風に変えたのか。
「まずお前のランクは希望通り普通の上げ方をさせてもらう」
「ふむ?」
これは意外だった、今までの話の流れで行けば、強制的に高ランクに上げるものだと思って必死に取り下げようとしていたのだが。
「ただそれとは別に、このギルドマスター直々に内密でお前に依頼を出す」
「つまりそれが貯まっている高ランクの依頼ってことだな?」
「そういう事だ。」
つまり表ではランク相当の依頼を受けながら、裏でA,Sランクの依頼を受けるという事か。
どこの必殺の仕事人だか…確かに目立たないが、それとは別に中二心がくすぐられる。
しかしギルドマスターの意見を無理に通そうとするならば、この提案に乗っておくべきだろう、その前に確認しなければいけないことがある。
「高ランク依頼の報酬は?」
「ちゃんと出そう」
よし、これで金策のほとんどが片付く。
「依頼が来た時のこちらの拒否権は?」
「それも大丈夫だ」
「…随分と対応がいいね。」
思ったよりあっさりと通ってしまって逆に気味が悪い、そういうとギルドマスターはニヤリと笑う。
「何、一人でダンジョン攻略できる程の戦力を逃がさないための作戦だよ。」
「そういう事か」
今の所不満はない、何度も自分で確認したが受けてもいいだろう。
「さて、どうかな?」
まるでいたずらっ子のような笑みで手を差し出す。
「分かったよろしく頼むよ。」
二つの月が輝く中、自分とギルドマスターは固く握手をする、この瞬間、自分は冒険者クロードとして生きてくことを決意した。
「ただその前に一つ片付けないとね」
「何をだ?」
この世界における『影山亨』という存在を。
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