第33話 始炎・地底の動く強い太陽

 ダンジョン80階層からの地形は入り組んだ洞窟となっていた。

 いくつかある大きな洞窟から横穴、縦穴が縦横無尽に伸びており、外から見れば蟻の巣の様にも見えただろう。

 ここを守護するのはドラゴン、RPGでは常に強者として出てくるファンタジーの代名詞がこの階層の敵となる。

 そして今まさに自分こと影山亨は数匹の竜と只今交戦中だ。

 竜の種類は火竜、ワイバーンのような姿をしており、素早く動きながら時折炎のブレスをこちらに放ってくる強敵だ。


 竜が声なき声をあげ自分に襲い掛かってくる、それを躱しながらナイフを竜の瞳に突き刺してやる、痛みに耐えかねた竜はそこら中を跳ね回り、壁に激突して気絶してしまう、後でとどめを刺しに行こう。

 残りの竜たちは今の一連の行動を見て、ナイフを警戒しているのかじわりじわりと自分から遠ざかっている、おそらく遠くから炎のブレスで攻撃しようと思っているのだろう。

 ただそうなると自分が困るので先手を打たせてもらう。


 ベルトに差しているナイフを何本か取り出し残りの竜たちに投げる、一瞬竜たちの警戒がナイフに向かった瞬間自分は駆け出した。

 自身の高いステータスは思っていた以上に自分を人間離れさせていたようで、投げたナイフに追いつき、追い越して、先に竜へと辿り着いてしまった。

 竜はさぞかし驚いただろう、目を離したすきに敵が目の前に現れたのだから。

 敵が何か行動を起こす前にスライムソードで【双剣術】スキル【首切り】を発動して、すべての竜の首を切り落とす。


「さて、素材をはぎ取らないとぉっ!?」

 いきなりあたりが暗くなる、スキル【五感強化】により研ぎ澄まされた感覚が大音量で警告を伝えてくれる。

 勝利の余韻に浸ることもなく、すぐさま跳躍しその場を離れた。

 次の瞬間すさまじい地響きとともに、辺りに転がっていた竜の死体が踏みつぶされた、売るわけでもないのにもったいないと感じてしまうのはゲームにいそしんだもののさがなのか。

 踏みつぶしたのは巨大な岩、いや、『足』だ、家一つ分はあるだろう幅と高さを併せ持つ足が竜もろとも自分を踏み砕こうと押し寄せたのだ。

 壁に見晴らしのよさそうな出っ張りがあったのでそこまでよじ登り、そこでようやく新たな敵の全体像を見ることができる。


 種族は地竜と言って、一見すると巨大な隕石が歩いているように見えるが、所々をよく観察していくと頭や節が見て取れた。

 体の構造は亀に似ていて四足で羽がない、あの鈍重な巨体では空を飛ぶのに適していないのだろう。

 その代わりステータスの高さは圧倒的だ、素早さこそ劣るもののそれ以外が2000後半でDEF(物理防御力)なんて4000近くある。

 スキルも守りに特化しており、特殊(エクストラ)スキル【大地鎧(ガイアアーマー)】なんて物を持っている。

 このあたりのドラゴンたちのボスなのだろう、地竜が出た瞬間周りにいたドラゴンたちが一目散に逃げていった。


「こっちを見ているのは偶然ではないか」

 頭と思われる部分に目のような窪みがあり、その中から空ろな光が自分をとらえる、まるで品定めをされているようで、あまり気分の良いものではない。


 地竜とのにらめっこが数秒続いた後、いきなり地竜はこちらに向かって動き出した。

 自分の後ろには壁しかない、だとするなら今奴のしようとしている事なんて容易に想像できる。

「潰す気か」

 硬い鎧は武器にも使える、スライムソードがその最たる例だ。

 あんな質量の物体の直撃を食らっては、リンの【剛化(チタン)】でも防ぐことはできないだろう。


 すぐさま上に跳躍する、一瞬遅れてその場所を中心に地竜が体当たりする、巨人のこん棒や戦槌など目でないほどの衝撃が洞窟内を駆けて、天井の石がパラパラと降り注ぐ、いくつかの破片が自分に当たった。

 運動エネルギーというのは物体の速度と質量に依存すると理科の先生が言っていた、地竜の速度はそこまで早くなかったが壁にはクレータが確認できる、あの質量に踏みつぶされたそうになったことにいまさらながら背筋が凍った。


 だがしかし、地竜の攻撃がその巨体による踏みつぶしと体当たりしかないのならば勝機はこちらにある。

 そのまま地竜の体の上に着地する、ここならば地竜から攻撃することはできない。


「どうかなっ」

 試しに地竜の皮膚にスライムソードで切り付けてみる、しかし剣は硬質な音とともに弾き返されてしまった、リンが申し訳なさそうに自分を見つめていた。


「気にしないで、よくここまで頑張ってくれたね」

 気落ちしてい相棒を何度か撫でる。

 リンがいなかったら巨人たちにダメージを負わせることもできなかったし、そもそも29階から落ちた時に自分は生きていなかっただろう。

 地竜は自身が巻き上げた土煙で獲物である自分を見失っているようで今現在、ゆっくりと周りを見渡している。


「せっかくだし奥の手を試してみるか」

 リンを撫でながら懐にしまい、短剣を構えながら自分は笑みを作った。


 …それが数分前のこと、そこにかつての堂々とした竜の姿はなく、あるのは岩と肉の塊のみ。

「…少しやりすぎた」

 岩を蹴り飛ばして地面の上へと脱出に成功する。

 新しい力を試そうという気合はどこかに吹き飛び、今ある感情は、もう少し場所を選べばよかったという後悔が大部分を占めていた。


 遠くの岩の頂上にリンが乗っかっている、先ほどの戦いでまた進化を遂げて今度はゴールデンスライムなんていう大変目立ちそうな見た目のスライムになった。

「リン、見つかったか?」

 そう呼びかけると自分の肩に、まるで自分の席だとでもいうように飛び乗ってきた、その手(?)には見事な魔石が乗っかっている、地竜の魔石だ。

 売ると目立つので、これは自分のコレクション行きだ。

「さて、奥に進もう。」

 取れる物も取ったので奥へと歩を進めた。



◆◆◆



「まさかこんなに簡単に着くとは…」

 息を切らしながら目の前の扉を見上げる、階層ボスの扉にだ。

 先ほどの地竜との戦いで階層のドラゴンたちは巻き込まれたくないので自分の巣に引きこもってしまった。

 これは好機と試しに走って進んでみたのだが、ほとんど敵が現れず戦ったのも扉の前2,3回程度だった、それらを適当にあしらって自分はボスとの戦闘に備える。


 前の階層のボスや巨人が倒せたのは、人間と同じ形をしていたため、急所に攻撃の的を絞りやすかったからだ。

 しかしそれが今回のボスに効くとは限らない、気を引き締めていかないと負けるだろう。

 すべての準備が整った後、大きく息を吸い込んで扉にありったけの力を入れた。


「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 部屋に入って始めに、そんな大音量を聞かされた、こんなことなら耳栓を作っておくべきだったか、一瞬の後すさまじい熱風が体全身を叩き付ける、素早く身構えて部屋全体とボスの種類を確認する。

 部屋は全体が岩でできており半径200mほどの半球状になっている、所々に小さな穴が開いており、それがこの場所を不気味な雰囲気へと変えていた。


 部屋の中心にて自分を待ち構えていたのは、全長70mはありそうな黒い殻を持つ大きな大きな竜。

 すぐさまステータスを確認する。


■■■

【Name】 リンドブルム

【Race】 黒龍 (魔物)

【Sex】 男

【Lv】289

【Hp】 3880

【Mp】 3880

【Sp】 0

【ATK】 3880

【DEF】 3880

【AGI】 2980

【MATK】 3880

【MDEF】 3880


■■【職業ジョブ】■■

門番ガーディアン


■■【装備】■■


■■【スキル】■■

<特殊エクストラスキル>

高速再生リジェネ】Lv,10

【飛行加速】Lv,10

龍王咆哮キングノヴァ】Lv,10


<一般コモンスキル>

【威圧】Lv,10

【爪術】Lv,10

【遠目】Lv,10

【咆哮】Lv,10


■■【称号】■■

【竜王】【龍王】【災厄の象徴】


■■■


 ステータスを見て納得する、さすがドラゴンの階層を統べる者だ。


「よし」

 まずは分身体をできるだけ出現させる、自分は一度後退しポーションにてHPを全快にした。

 この魔物モンスターに効果がある攻撃を調べたいところだが、確実性を期すため相手の手の内を出来るだけ知っておきたい。


 5人の分身体を差し向ける、数で撹乱させる作戦だ。

 するとドラゴンの瞳が光った気がした。その瞬間、自身の体に劇的な効果が表れる。

「体がっ!」

 突然自身の手足が痺れ思うように動かせなくなる。恐らくスキル項目欄にちらりと見えた【威圧】だと思われる。

 しかし痺れは一瞬で治る。【抗体】をLv,10まで上げて取得できた、特殊スキル【完全耐性】の効果であった。このスキルはすべての異常状態のある一定のクラスにまで耐えられるというものだった。

 しかし、こちらが一瞬固まった隙を敵は見逃してくれなかった。


 黒龍が爪を巧みに使って次々と分身体を串刺しにしていく、分身体は自爆しているがあまり大したダメージは入っていないようだ。


「だったら!」

 追加の分身体を出しながら走り出す、黒龍が分身体の処分に夢中になっている間に分身体の背を踏み台にして高く跳躍する。

 黒龍がその異常事態に気づき顔ををこちらに向けた瞬間、その双眸めがけてありったけのナイフを投擲する。


「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

「よし!」

 ほとんどが固い外皮に弾かれるが、一つが黒龍の右目にナイフが刺さった。

 自分の作戦がうまくいったと確信した瞬間、その口から炎が放たれた。


「なっ」

 まさか目を負傷させながらブレスを放ってくるとは思いもしなかったので一瞬対処が遅れる、体をひねったが顔の右半身をかすってしまう。

 油断してしまった、ただ今更それを悔いても遅い。


「があぁ!?」

 痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイ。

 右目がうまく開かない、もしかしたら失明しているかもしれない。

 右目の仕返しか? いや、そんなことは今どうでもいい。

 こんな状況ではうまく戦闘が行えない、退避しなければ。

 しかし体が痛みでうまく動かない。


 思考が鈍りこちらの動きが完全に硬直した、黒龍がその無防備な体に攻撃を仕掛けようとしたときリンが行動を起こした。

 爪に串刺しなる直前に糸を発射し自分を無理やり移動させる。

 行動の目的を理解した自分は、すぐさま残りの分身体をすべて黒龍の前で自爆させる、これで煙幕代わりになるだろう。


 近くの穴へと逃げ込みすぐさま奥へ逃げ込んだ、リンが穴をふさぎ岩に擬態する。

 これでいくらか時間ができた。


 痛みと闘いながら、分身体に持たせていた鞄の中から薬草を取り出し口にいくつか放り込む、これで痛みがいくらか和らぐ。

 傷口を消毒して薬草を張り付け応急処置をする、すべて終わった後、自分は少しばかり休憩のつもりで目を閉じた。

「どうしようか…」

 この怪我ではすぐには外に出られないだろう、ここで時間を稼ぐ必要がある。


 黒龍への作戦を考えていたつもりだったのだが、少し安心したためか、痛みで精神が疲れたのか、気づいた時には寝てしまった。



◆◆◆



 やがて冷たい空気の感触とともに意識が戻ってくる。

 すぐさまダメージの確認を行った、痛みは少しあるが歩けないほどではない、とりあえずこの穴の探索をしてみようと鞄の中から携帯用ランプを取り出して火をつける。


「うおっと」

 そして浮かび上がった光景に思わず奇声を上げ後ろへ後退する、ここまで驚くのも無理はないだろう。


 鎧を着た骸骨が横たわっていたのだから。

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