第28話 勇者 柿本俊

 今俺こと柿本俊は汗だくになって剣を振っている。


 目の前にいるのは同じ職業ジョブ戦士ウォーリアーの井川だ、王城内で戦闘の訓練は部活のしごきなんて目じゃなかった。

 異世界に召喚されてから2週間、王国による俺たち勇者の育成が始まった、初めの方はきつかったが今では何とかついていけるようになっている。

「そこっ!休んでいると体が鈍るぞ!」

 勘弁してくれよ。


 隣を見ると俺の盟友の影山が他のクラスメイトと戦っていた。

 一見すると互角の勝負をしているように見えるが長年お前の隣にいた俺ならわかる、こいつ全然本気を出していない。

 現にあんなに激しく動き回っているのに、汗をかいている量が俺たちとは比較にならないほど少ない。

 あいつ確か帰宅部だったはずなのに、どこで鍛えていたんだろう。


「あdふぇ!」

 おっといけない、考え事をしながら戦っていたせいで頭に木剣をくらってしまった。

 今は目の前のドヤ顔している井川の顔にお返しをすることが先決だ。

「さぁ、見せてもらおうか!勇者の戦士ウォーリアーの力とやらを!」





 あの後調子に乗った井川をボコボコにして今日の訓練は終わった。

 やっぱりスキル【剣術】は偉大でした、俺は端の段差に腰掛けながら思う。

 井川の奴 特殊エクストラスキルの【充填チャージ】にSpスキルポイントを全部つぎ込んだおかげで、一発の攻撃力は戦士ウォーリアー最強だが、細かい攻撃ができないという脳筋キャラみたいになっている。


 対して俺は細かなスキルを幅広くとっているので器用貧乏ではあるが、総合的な能力なら戦士ウォーリアーの中で随一だと思っている。

 部屋に戻ろうとするとスッとタオルが目の前に見えた、見上げると自分のメイドのエルザが笑顔で差し出していたのが理解できた。

「お疲れ様です、カキモト様はお強いのですね。」

 見られていたのか、さっき井川から顔面に木剣を受けた時の叫び声聞こえていたかな?

 出来れば聞こえてほしくないなぁ。


 顔をひと拭きしてそのままタオルを首にかけると後ろが騒がしくなってきた。

 見ないでもわかる、名実ともに【勇者】である言峰が練習を終えたんだろう。


「コトミネ様お怪我はありませんか?もしよろしければ医療室までご一緒しますが」

 王女様のカトリーナが言峰に近づきながらそう言ってくる。

「それなら私も一緒します、王女様は任務に戻ったほうがよろしいのでは?」

 そう言いながら間に入ってきた生徒会長、少し声に覇気がこもっている気がする。


「そういう生徒会長も自身の鍛錬に励んだほうが良いのでは?」

 なんてことを返す王女様、なぜか怖いと思ってしまったのは自分の勘違いだと思いたい。


「おぉ、怖いなぁ、なぁ言峰さんや」

 そういいながら後ろから言峰の首に腕をかけてきたのはスポーツ少女こと皆瀬さん、スレンダーな体を言峰に押し付けているようにも見える、まるでトンビが油揚げを攫うかの如く鮮やかな手並みだった。

 それを見て王女様と生徒会長の視線が鋭くなった気がする。


「みなさん仲がいいんですね…」

 そう言いながら歩いてきたのは図書委員長の七瀬さん、長い黒髪を揺らしながらゆったりと歩いてきた。

「葵さん見たところ怪我をしているように見えますけど、みんなと一緒に医療室まで行きませんか?」

 確かに七瀬さんの膝からは少し血が流れている、言峰はただの親切心から言ったと思うが今それを言うのは火に油を注ぐ行為だ。

 言峰にはこの水面下の戦いが見えていないのか、さすがクラス一の鈍感男だと言われ続けた事はあるな。


「よろしいのですか?」

 よろしくないと思います、3人の目が笑っていません。

「おぉ、怖い怖い」

 そんな阿修羅もびっくりの修羅場をすたこらと逃げ去る、このような女の戦いはこの世界に召喚前のクラスの中でも起きていたのでクラスメイト達は対応を知っている。

 『触らぬ神に祟りなし』だ。

 言峰は鈍感ではあるが基本的な性格はみんな認めているので、この『嵐』が過ぎ去るのを待つ。


 俺はその場を後にしようと近くにいた影山に声を掛ける。

「おい、しばらくあの場にいないようにしようぜ」

 そういうと影山はコクリと頷き自分と共に部屋へと向かった、なんだか異世界に召喚されてから無口になってないか、こいつ。

 相も変わらず大きなマスクを付けているので顔が見えない、おそらくクラスのほぼ全員が知らないと思う。

 俺と盟友の鬼塚だって一緒に証明写真を撮ったとき一度見ただけだ。

 言峰のような美少年というわけではないが、鋭い眼をしたなかなかの男前だったことを覚えている。

 もったいないよなぁ、マスクを外せば結構モテると俺は踏んでいるんだが。

 まぁコイツの性格上、言ったら余計外さないだろうか。


「ねぇ、中村君知らない?」

 廊下を歩いている途中声が掛けられる、この声はクラスの中でも名高い美人 村上 綾香むらかみ あやかさんだ。

「知らないなぁ、トイレじゃないか」


「僕がどうしたの?」

「うぉっとぉ!」

 後ろから中村が現れた、脅かすなよ。


「中村君、その傷どうしたの?」

 そう村上さんが心配そうに尋ねる。

 事実中村の体には一見したら分からないがいくつかの痣がある。

「練習で転んだだけだよ、そんなに気にする必要ないって。」

 そう中村は言っているがその顔はかなり無理をしているように見える。

 そしてその理由を俺は知っている。

 さっき中曽根たちが楽しそうに向こうから歩いてきた、おそらく彼らに苛められているのだろう。


 きっかけは学校に通う始めた当初、中曽根は村上さんのことが好きだった。

 しかし村上さんは幼馴染の中村のことが好きだった、それを知ったときの中曽根の辛さは自分もよくわかる。

 ただその後がいけなかった、中曽根はその感情を怒りに変えて中村にぶつけたのだった。

 こんなことはラノベなんかでよくある展開だろうが、しかしよくある展開だからこそなかなか解決することができない。


 俺にはあの中曽根一味に立ち向かえるだけの力がない、出来ることといったらせいぜい言峰に言いつけるかそれとなく中曽根の意識を逸らすことだけだろうか。

 あぁ全く自分の無力が嫌になる。

 だから、


「なぁ中村、せっかくだから村上さんに手当てしてもらったらどうだ?」

 医療室は今頃言峰の連中が占拠しているだろうし、

「えっ、でも…」

 中曽根のことを考えているんだろうが、あいつらはお前がここでどんな行動とろうが苛めるだろう。

 だったら今いい思いしたほうがいい。


「む、村上さんに迷惑じゃ…」

「私なら大丈夫よ、行こ?中村君」

 そう言って村上さんは中村を引っ張っていく、中村も満更じゃなさそうだ。

 ありゃ結婚したら尻に敷かれるタイプだな。


「ピンチになったときに真の力が覚醒、なんてことがあればいいんだがなぁ」

 小説じゃないんだからそんな都合のいいことは起こらない、地道な努力こそが強くなれる一番の近道だ。


「さて、俺は俺でやりますか。」

 俺の部屋に戻り呟く。

 俺は今この城から脱出しようか考えている。

 異世界に行ったら俺は冒険者になって自分のハーレムを作ると心に決めていた。

 なのに王国の体面なんかで自分の目標を止められたくない。


「影山には相談できないよな…」

 あいつはそういう目立つことは絶対にやらないタイプだ、相談できないだろう。

 まぁ、やってやるさ、この世界を俺なりに楽しむために。

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