第13話 名簿登録

 自分は不本意ながら勇者でもある。

 顔を見られながら登録をすれば勇者としての自分が現れたとき、分身していることがばれてしまうかもしれない。

 同じ人が二人もいるなんて普通考えないだろうが、万が一という事もある。

 今自分は考えるふりをして顎にてを当て、口を隠しているがこのままでいいはずがない。

 何か顔を隠せるものを探すべきだ。


 都合のいいものはないかと市場を漁っていると、一つの出店に変わったものが売られていた。

 ピエロのようなものから竜をかたどったような顔が並んでいる、日本では縁日の時にしか見かけないだろう仮面屋だ。

 顔を隠すのにこれほど優れたものはない。

 店に近づいていき、店にある仮面と片っ端からにらめっこをする、なるべく自然に着けていそうなもので、かつ邪魔にならない程度の機能的な品物はないだろうか。

 すると一つの仮面に視線が止まった、目を通す穴が左右に分かれ切れ目のように細長く、ジグザグの線で描かれた口が面を横断していた。

 ふと手を取って触ってみると口の線の部分を境に面が二つに分かれた、一瞬壊したかと焦ったがそういう仕掛けらしい。

 これは付けてみて分かったが仮面の下半分が取り外せるので、つけたままの食事ができるという寸法だ、なかなか便利に作られている。


 気に入ったのでこれを買うことにした。

 仮面をつけて外を歩くなんて注目の的ではないのかと一瞬考えたが、全身フルアーマーの男や見るからに怪しそうな魔術師とすれ違って、その考えは明明後日しあさっての方向に吹き飛んだ。

 この世界では自分の常識が充てにならないことを改めて認識した瞬間でもあった。

「おじいさんこれ買うよ、いくらだい?」

 すると店番の老人がギョロリとこちらの視線に目玉を動かす。

「お目が高いね、そいつは派手じゃないが長持ちするよ。銀貨10枚だ。」

 そう言って職人特有のごわごわした手に銀貨を置く、早速つけてみたが思っていたより視界が広く、首も自由に動かせる、すると老人のしわの深い顔がにまりと笑顔に変わった。

「いやぁ驚いた、言っちゃあなんだがその怪しい仮面あんたに似合ってるよ」

「怪しく見えていないだろうね?」

 老人はフンと低く鼻を鳴らす。

「どう見たって、酒場に行けば一人二人いる熟練の斥候職だよ。

少しだけ悪い臭いを漂わせていそうな、ね」

「失礼な、人様に指されるようなことはしてきてないよ」

 言うなれば現在進行中だ。

「まぁええ、その仮面はずっと売れ残っていたからの、わしも正直持て余しとった。

どんな奴が買うかいろいろと想像しておったのだが、まさかお前みたいな子供だとはな…」

「子供で悪かったね」

 笑いをこらえている老人をジト目で非難する、どのみちそんな買い物にはならなかったはずなので良しとしよう。

「ちなみにだけど、どんな経緯でこの仮面を作ったんだ?」

「その仮面はわしの作品じゃなくての、もう十年前のころじゃったかな、ふらりと来た旅の人が、わしに売った、いやあれは無理やり押し付けたかの…とにかくその仮面の一つがそれじゃよ」

「へぇ…」

 改めてその仮面を手でさする、これから長い間身に着けるものだと思うとそれだけ情がわいてきた。


「それでは」

「また来いよ、仮面が壊れたら直してやる」

「その時になったら…ね」

 手を振りながら老人と別れを告げた。



◆◆◆



 異世界から現代へ人が転移、転生してきたとする。

 『彼ら』は自分たちの住んでいた世界とは違う、現代で生きていこうと決意した。

 ではここで問題を一つ、その『彼ら』の立場にあるとき、最初に何をさせるべきだろうか?

 自分なら市役所に行って、戸籍と住民票を作るのが最善だと感じる。

 ならばすることは同じだろう。


「さて、どうしようか…」

 役場の隅の椅子で自分は頭を抱え込んでいた。

 別に何か不都合なことが起きたわけではない、むしろことは順調に進んでいた。

 受付の係の話によると戸籍と住民票を登録するに必要な項目は五つ、名前、種族、年齢、出身地、そして職業。

 この事態は城で計画を練っていた時に想定できたことだ、

 種族は人間、年齢も15歳で問題なく、出身地はこの国で良い。

 最大の難関だと思われていた職業は、職業ジョブ忍者アサシンを記入するのではなく、一括りに冒険者と報告すればいいのだそうだ。

 ただ一つ、本当に最後の一つが問題になっている。


「いい名前が思いつかない…」

 さすがに『影山 亨』は使えないため、この国に合った名前を考えなくてはならない。

 城の中でさんざん考えた、自分がこれから長い間使っていく名前だ、軽い気持ちで決めてはならない。

 あまり目立たない名前かつ、自分が気に入るかっこいい名前がいい、だがそんな都合のいい名前なんてそうそうあるわけがない。


「影山…影…シャドー…山…マウンテン…いやもっとこう地味な感じで…」

 こんなことにあまり時間を使ってはいられない、さっさと決めたいのだが自分の余計なプライドと乏しい知識が邪魔をする。

「いや、影は黒いから黒で何かないだろうか?

クロア、クロイ…クロ…クローネ…」

 そんな時、受付から呼び声が聞こえた。

「ザイード様はいらっしゃいますか?」

「おう!」

 受付が、担当する人間を呼んだ何の珍しさもない内容、しかしその言葉が大きな刺激となった。

「クロ…ザイード…クロード?…」

 決めた、クロードにしよう。

 地味な感じがするし、自分としてはかっこいい名前にまとまった。

 決まれば話は早い、すぐさま登録の用紙にペンを走らせた。


■■■

Name クロード

Rese 人間

Sex 男

Age 15


出身地 神聖ルべリオス王国

職業 冒険者

■■■



 登録書を抱え、向かったのは冒険者ギルド。

 実力を高めるためにはダンジョンに潜ってモンスターを倒すことが手っ取り早い、しかし潜れるのは特別な時を除いて冒険者のみだ。

 そのため自分は冒険者になっておかないと先々でいろいろと不都合なことが起きる、悪いな柿本。

 三階建ての大きな建物に、剣を交差したマークが書かれている看板が印象的だ。


 扉を手で押しながら中に入ると肌に刺激が走るような熱気が感じ取れた、一番最初に目に入ったのはテーブルがいくつも並べられた酒場だった、ふと反対側と見てみるとさっきの役場のようにいくつかの受付が並んでおり一つ一つに列ができている。

 新人登録と書かれた看板の下の列に並びながら、前の人たちの登録の仕方を聞き逃さないように精神を集中させる。


 何人かの質疑応答を聞いてみたが、基本的に聞かれることは役場と大体同じで、名前、種族、年齢、そして新たに住所が必要なようだ。

 冒険者ギルドは14歳以上という若い年齢から登録できる、しかし14歳未満であっても実力があれば仮登録できるそうだ、優秀な若い芽はできるだけ多く育てたいのだろう。


 ついに自分の番がやってくる。

「こちらの登録書にお名前、御種族、御年齢、住所を書いたうえで提出ください。

なお、近くの宿をご利用している場合、その宿の名前でかまいません。」

 仮面を付けて対面しているのだが、受付は全く気にはしていない。

 少々不安だったのだが、どうやらこの格好なら注目を集めずに行動ができそうだ。


 登録書に一通り書き提出すると水晶が出された。

 後ろから見ていたがこれは犯罪歴を確認するマジックアイテムらしい。

 当たり前のことだが、元男子中学生の自分は犯罪なんてやったことないのでこれも難なく終了した。

 すべての準備が終了し一枚のプレートを渡されたる、『ギルドプレート』と言ってその人物が冒険者ギルドの一員であることを証明するものだそうだ。


■■■

Name クロード

Rase 人間

Sex 男

Age 15

■■■


 そして受付の人から一本の針が渡された、覚悟を決めて針を自分の指に刺し血をギルドプレートの上に垂らすと。


■■■

Name クロード

Rase 人間

Sex 男

Age 15

Rank F

■■■


 というように新しい項目が追加された。

 Rankというのはギルドで決められた設定であり、その冒険者の熟練度や優劣を決め、依頼の危険度に応じて受けられる冒険者を決めることで、冒険者の生存率を上げる効果がある。

 Fからランクが上がるとアルファベットが若くなっていき、Aの次がS、Sの次のSS《ダブルエス》が最高らしい。


 ギルドカードを受け取った後受付嬢からの決まり文句を言われた。


「ようこそ、冒険者ギルドへ!」

 目立つのでやめてほしい。

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