第7話 召喚の日の終わりに

 クラスの会議が終わった後、国王から晩餐会に招待され夕食をもてなされていた。

 長テーブルを覆いつくすようにたくさんの皿が整列し、白い表面に見るからに高そうな食事が座っている。

 その中でも特に異彩を放つのが、テーブルの中央に主役とばかりに鎮座している七面鳥だろうか、どう見ても地球で見かける比ではない。


 月並みな言葉になるが、まさしく『こんな豪華な食事、食べたことがない』という他ない。

 こんなとき、周りを気にせず食事が進む漫画の主人公たちがうらやましい、慣れない環境と現実離れした目の前に食事がのどを通らず、少し口に野菜を含んだだけで終わってしまった。

 なれない食事にはこうして早く呑み込めるものを食べた後、静かにその場を離れるに限る。


 ちらりと柿本を見ると箸が止まっていた。

 だが目の前の皿は何も入っていない、どうやら肝が据わっているらしくきれいさっぱり平らげたようだ。

 しかしその視線は次の料理には向かず、ある一点を食い入るように見つめていた。

 視線を辿ればその先にいるのはクラスのモテ男言峰、そしてその幼馴染の桐埼と彼のハーレム一同。


「はい、言峰君?」

 桐埼が胡椒のきいた茹でたてウィンナーをフォークにさし、言峰の口元へもっていくと、本人は少し恥ずかしそうにしながらそのウィンナーを食べる。そのときウィンナーの肉片が言峰の頬につくが桐埼がポケットからハンカチを取り出し言峰の頬を拭く。

 そんなやり取りを生徒会長やスポーツ娘、図書委員長が再三再四と繰り返していた。。


 そんな仲睦まじい光景を見て席についているほとんどの男子の思いは一つとなる、

『あのリア充男子に天罰を!』と。

 かく言う自分も同じことを思う、実際ああはなりたくはないがうらやましいものはうらやましい。


「くっっっそあの野郎、生徒会長や七瀬ちゃんまで独占しやがって。見てろよ、俺だって神から授かったこのチート能力を使って奴隷のケモ耳娘やエルフやらでハーレムを作ってこの異世界を無双してやるんだからな!」

 隣で血走った眼をしながら何かつぶやいている柿本ラノベバカほどではないが。


◆◆◆


 夕食の後、それぞれ元の部屋へ戻っていく。

 自分は疲れた体を引きずってベットの前まで歩いた後、そのまま重力に逆らうことなく飛び込んだ。

 埃は一切捲き起こらず、ふかふかの感覚を肌に伝えてきた。

 確か中世の布団の中身は藁だったと鬼塚から聞いている。ちょうどアルプスの少女のような布団だったらしい。

 しかしこの感触は、もしかしたらこの世界にしかないような特殊な素材を使っているのかもしれない、布団を撫でればシルク、いやそれ以上の肌触りが楽しめる。

 疲労に逆らわずそのまま寝そべり続けた後、偽装を急いで取るべき事態だったと思い出す。

 起き上がる気力がないので、行儀は悪いが寝ころんだまま布団の上でステータスを開いた。


■■■

【Name】 影山かげやま とおる

【Race】 人間ヒューマン

【Sex】 男

【Lv】1

【Hp】 100

【Mp】 100

【Sp】 100

【ATK】 100

【DEF】 100

【AGI】 150

【MATK】 90

【MDEF】 90


■■【職業ジョブ】■■

忍者アサシン


■■【スキル】■■

<特殊エクストラスキル>

【分身】Lv,1


■■【称号】■■

【異世界人】


■■■


 さっきまで食い入るほどに見た数字ではあるが、改めてみるといろいろ感慨深いものがある。

 スキル取得一覧を表示させ、目的の【偽装】の文字にタップする、すると新しい文字が表示された。


■■■

Spを10消費して。【偽装】Lv,1を取得しますか?

注意:一度スキルをとると選びなおしができません。

YES

NO

■■■


 注意書きを見て一瞬スキルをとるのを躊躇うが、どのみち生徒会長の質問に嘘をついた時から答えは決まっている。

 思い切ってYESのボタンを押すと、自分の頭の中というべきか、【偽装】を使う方法という情報が刻みつけられた。

 まるで魂に何かを刷り込まれるかのような感覚、慣れるには時間がかかる。


 念のため再度自分のステータスを確認する。


■■■

【Name】 影山かげやま とおる

【Race】 人間ヒューマン

【Sex】 男

【Lv】1

【Hp】 100

【Mp】 100

【Sp】 90

【ATK】 100

【DEF】 100

【AGI】 150

【MATK】 90

【MDEF】 90


■■【職業ジョブ】■■

忍者アサシン


■■【スキル】■■

<特殊エクストラスキル>

【分身】Lv,1

<職業ジョブスキル>

【偽装】Lv,1 (New)


■■【称号】■■

【異世界人】


■■■


 ちゃんとスキルを取っているしSpスキルポイントも減っている、取得は成功したらしい。

 早速【偽装】使ってみよう。

 感覚としては、ボードの上から別のボードを被せるような感じに近い。

 先ほど見せてもらった柿本のステータスを被せてみた。


■■■

【Name】 影山かげやま とおる

【Race】 人間ヒューマン

【Sex】 男

【Lv】1

【Hp】 100

【Mp】 100

【Sp】 100

【ATK】 120

【DEF】 120

【AGI】 90

【MATK】 90

【MDEF】 90


■■【職業ジョブ】■■

戦士ウォーリア


■■【スキル】■■

<特殊エクストラスキル>

充填チャージ】Lv,1


■■【称号】■■

【異世界人】


■■■


「おぉ…」 

 ちゃんと反映されていた、その一連の光景に感嘆の声が漏れる。

 感動もつかの間、さらに文字が続いていた。


■■■

Spスキルポイントを40消費して、

【偽装】をLv,1からLv,2にしますか?

YES

NO

■■■


 これもYESを押す、

 【偽装】のLvレベルが高いほうが、ばれにくいに決まっている。


 確認すれば、


■■■

【Name】 影山かげやま とおる

【Race】 人間

【Sex】 男

【Lv】1

【Hp】 100

【Mp】 100

【Sp】 50

【ATK】 100

【DEF】 100

【AGI】 150

【MATK】 90

【MDEF】 90

■■【職業ジョブ】■■

忍者アサシン

■■【スキル】■■

<特殊エクストラスキル>

【分身】Lv,1

<職業ジョブスキル>

【偽装】Lv,2 (1Up)

■■【称号】■■

【異世界人】

■■■


 スキルのLvレベルが上がっていた。

 ちなみに【偽装】Lv,2の説明は、


【偽装】Lv,2

 仮の姿を作り敵から忍者アサシンではないと誤認にするスキル。【鑑定】Lv,2及び【看破】Lv,1に対して有効。


 見破るスキルのLvレベルが上がり新たなスキルも顔を見せた、スキルレベルをもう一つ上げようとすると


■■■

Spスキルポイントを90消費して、

【偽装】をLv,2からLv,3にしますか?

YES

NO

■■■


 レベルを上げるために消費するSpスキルポイントが増えた。

 この時点で理解できることは二つ、


 ○スキルのLvレベルが上がると何かしらの恩恵がある。

 ○スキルのLvレベルの取得、向上にはSPスキルポイントが必要不可欠で、Lvレベルの数値が上がるごとに必要な値は増加する。


 これはかなりの収穫だ、少なくともシステムを少しばかりは把握できた。


「やっぱり夢じゃないんだよな…」

 画面を前にして何度か声を出し、それをしっかりと耳に入れて、まるで明晰夢の中で声を出した時のような独特の浮遊感から脱却しておく。

 王女に一応説明されたが、あの時は話が飛躍しすぎていてあまり実感が湧いてこなかった。

 今いるここは日本とは縁もなく、ましてや地球という世界ですらない。

 おとぎ話に出てくるような勇者が存在し、魔王が相対あいたいして、そして自分たちは世界を救うだけの力を秘めている。

 まるでこれから自分たちが伝説でも作っていくような流れではないか。

 …目立ちたくはないが。


 自分の腕を見てみれば、ほんのわずかに震えているのがわかる。

 気持ちの整理がついていないがこの震えの正体は理解していた。


 武者震いだ。


 職業ジョブを確認したとき確かに説明の中に魔術という言葉が書かれていた。

つまりこの世界には魔法という概念がある。


 おあつらえ向きの設定に、さらに思考は加速していく。

 魔王という事は魔王軍もいるのだろう。

 ドラゴンもいるかもしれない。

 もしかしたらゲームの中に詰め込まれたキャラクターのほとんどがこの世界に実在するかもしれない。

 お金の単位も気になる。

 どんな硬貨、紙幣だろうか。

 身分制度はどうなっているのだろうか。

 奴隷という制度は存在するのか。

 このルべリオス王国の他にも国はあるのだろう。

 ドワーフやエルフの国はあるのだろうか。

 周りの国を侵略しようとしている帝国なんてものもあるかもしれない。


 今まで空想の世界だった産物に入り込んだおと思うと、考えだしたらきりがなかった。


 そこまで考えて、ふと自分の気持ちを再確認する。

 日本に戻ろうとする気持ちがあまり湧き起こってこない、ないわけじゃない。

 父は仕事で家にあまり帰ってこなかったし、母はパートで家を空けることが多かった。

 しかし両親のことは嫌いではない。

 むしろ自分を食べさせるために、一生懸命働いていると尊敬していた、だからこそあの家庭に戻りたいとは思う。


「でもすぐ帰ったら後悔する」

 異世界に召喚されるなんてあまり、滅多、いや極限の確率でもあることではない。

 もしすぐに地球へ帰る方法が見つかってそのまま帰ったら、

『あの時もうちょっとあの世界を楽しんでおけばよかった』

 何てことをいう自信がある。


 向こうの世界ではどうなっているのだろう。

 自分らは行方不明者として今警察に探してもらえるのだろうか、それとももともとなかったことにされているのだろうか。

 まあ深く考えても答えを知れるわけではない、きりがないので放置しておこう。


 それにどうせジタバタしても、自分一人の力でできることなんてたかが知れている。

 自分一人がいくら頑張ったところで魔王との戦争に勝てるわけでもなければ、何か大きなことを起こせるとは思えない。

 生徒会長の言った通り今は『普通の学生』なのだ。


 だったら自分のしたいようにやってみるのが一番いいのかもしれない。

 結論付けると安心感からか、いつの間にか自分は抗えない睡魔に屈していた。



◆◆◆



 王城のある一室にて、明かり灯る。

 室内にて優雅に微睡むのはこの国の国王、カイゼル・フォン・ルべリオス。

 その傍で執事のセバスがひっそりと佇んでいた。


「勇者たちの様子はどうであった?セバス」

 国王が執事に問いかける。


「こちらの話に興味を持ったが多数、

 突然のことに現実を受け入れていないものが少数といったところでしょうか?」

 執事は国王の問いに従順に答える。

「しかしながら国王、わたくしが見たところ彼らは一介の少年少女に見えました

とてもではありませんが彼らが我々に利益をもたらしてくれる存在になりえるとは思いません。」

 続けて自身が思っていることを口にした。


 そこまで喋り、執事は頭を下げる。

「愚見でありました、どうかお忘れください」

「よい、余も同じことを思っていた」

 100年前、魔族の暴走があったときそれを御しこの国を救った英雄『サトウ』、彼は個性豊かな仲間と共に魔王と対峙し相打ちになったと伝えられている。

 彼の活躍は本となり今では知らぬものがいないほど。

 召喚魔術によってこの世界へ呼び出された1人の少年だったという。


 だからこそ今回、魔族の動きが活発になったことで勇者召喚の儀式が決まった時も出てくる勇者は1人だけだと思い込んでいた。

 しかし蓋を開けてみれば実に40人もの集団が召喚された。

 セバスは国王と勇者が対談している最中、必死になって部屋や従者の手配に奮闘する羽目になった。


「さて、あの中から何人の『英雄』が出るのだろうか?」

 空に浮かぶ二つの月を見上げながら、国王たる自身はあのあどけない表情の彼らを思い出していた。

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