吉と出るか凶と出るか

 僕が文芸部に所属して早一週間。



 高校での暮らしも、第三理科室ことこの部室での過ごし方も慣れてきた頃。



 星咲と暮らし始めて、もう一週間が経ったのだ。



 慣れてしまえば早いもので、もう彼女が我が家に普通にいることは当たり前のように思えてきた。弁当を作るのにも戸惑わなくなったし、彼女の振る舞いもさして気にならなくなった。



 一番厄介なのは女の子と一緒の家に住んでいるというのが、言いようもない羞恥心と心底から湧き上がる何かによって、僕を誤った方向へ導かないか気を張っておくことぐらいだ。




 まぁ、それは置いといて、そうやって何が突拍子のないことが起こっても、案外毎日というのは平然としているらしい。



 僕は今文芸部の部室にいる。



 何ともまぁ、ここで、小説を書いている。



「君って、表現力は常軌を逸したレベルで達者なのに、文章の構造とか区切り方とか進め方とかってかなり下手よね」

「それが初心者に言う事なのかな」



 偉そうに椅子ふんぞり返る彼女を一瞥する。顔が良いのが相変わらずムカつく要素だ。これでいて運動もでき、頭も良いらしいからもっとおかしい。その取っつき具合を治せば君もめでたく主人公だ。おめでとう拍手パチパチパチ。



「初心者って言うけど、私達は生まれてこの方十五年もこの文字、つまり言葉に触れ合ってきてるの。ビギナーズラックなんて終了してるんだから、もっと頭を捻りなさいよ」

「的を射てそうな事を言わないでよ。人には限界があるって事にさせて欲しいな。そういうの、大事だと思う」



 机に肘を付いて、億劫に返すと彼女は軽く肩をすかした。



「あのね、世の中は限界を作ることを許さないのよ。私達はもう高校生。分かったらその辺訂正するから、ちょっと貸して」

「分かりたくもないよ」



 彼女が席を立ち、僕の横へと身を寄せる。同じシャンプーを使ってるのに匂いが違うのが不思議だと思ったけど、口には出さない事にした。



「君の書こうと思ってる話はとても面白そうだけど、そのくせ大まかな内容しか決まってない。だから文章も進め方もぐちゃぐちゃで、想像力全開の描写だけが浮き出てしまってるの。だからまずはこれから何が起こってどうなるのかを、箇条書きでも良いから記して整理しなくちゃ」

「勢いに乗って書けたらいいけど、それは駄目なんだね」



 自分の作品を読み返しながら、つい呟いた。



「そうかもね。それで良い物語を作れる人がいるなら、それはまさに才能だと私は思ってる。少なくとも私自身が緻密に整理していこうとするから、余計にね」

「なるほどねぇ」



 確かに、文芸部なんかに入ろうと思っただけあって、彼女が書く作品は筋が通っている。お話がきちんとあって、読みやすくその文章が完結する。



 でも、別に褒めてるわけじゃない。彼女自身も分かっているように、彼女の書く物語は、平々凡々で面白みが全くない。綺麗に終わるのだが、読んだ後の充実感もなければ、内容はシンプルすぎて味気がない。本を読む人種から見れば、何も得られない作品だろう。



「君、今私の悪口考えてたでしょ」



 彼女が横から大きな目を細める。



「エスパー……?いや、悪口ってわけじゃないよ。ただ」

「ただ?」

「君の作品にも、僕の作品にも、足りない物だらけだなって」

「そうね。書き始めた君に言われるのはかなりしゃくだけど、それは事実だから認めるしかないのが悔しいな」



 少し拗ねた声だ。でも、結構意外だ。もっとプライド全開で怒鳴ると思っていた。



「まぁ、僕は書き始めたんじゃなく、書かされてるんだけどね」

「本当、一々細かいわよね。書く内容は大雑把なんだから、現実にもその考え方を反映させなさいよ」

「君こそ現実でもっと優しく繊細になって欲しいな」



 うるさいっ。それだけで返事すると、彼女はまた秋人の作品を読み始める。そんな二人の、いっこうに前に進みそうにない光景に呆れたのか、この部室の主。主というより部長の一 天瀬が口を開く。



「あのなぁ。二人共才能がないって訳じゃないんだよ」

「あ、えっと、先輩……」

「どういうことですか?」



 がさつに星咲が問い返す。



「んー、何ていうか。お前達はそれぞれ持ち合わせてるものが違う。それは分かってるだろ?」

「はい」

「確かにそうですね。彼の場合は少し逝っちゃってますから」



「君は口を挟むなよ」

「けちっ」



 星咲のムッとしした表情に少し気圧されたが、彼女が話を始める終わらない可能性がかなり高い。



「まぁそう喧嘩するな。良いか。さっきも言った通り二人ともそれぞれ持ってるものが違う。星咲は文章力がかなりあるよな。読んでて詰まるところがない。加えて筆も早い。十五歳とは思えないよ」

「もぉ~そんなに褒めないでくださいよ」



 そんな切り返しをするならにやけずに言いなよ。



「でも、話が普通すぎる。読者をページの先には導かないだろうな。表現力も硬すぎて、気づいたらページを開いたまま寝ちまう」

「ず、ずけずけ言いますね」

「じゃあ朝川にも少し優しくしてやりな」

「ぐっ」



 そう言われた彼女は、またもやムスッとした表情でこちらを見やる。いや、七変化かな。やめてよ怖い。



「フォローしてやった所で朝川」

「は、はい」

「お前は表現力は十分ある。話もかなり面白い」



 多分落としにくるんだろうなぁ。



「んで、お察しの通り文章力皆無で、書く速度はアホみたいな遅さだ。星咲が一日で二時間ためらわず二千五百文字以上書けるのに対して、お前は大体千文字もいかない程度。小論文でもやってるのか?」

「な、中々応えますね。これ」

「悪い部分を指摘されるのはどうもな。でも、そうでもしないと人は自分の欠点から目を逸らしてしまうからな」



 なるほど確かに。



「だから、そこにいる星咲はお前にとっては凄くありがたい存在ってのは理解しといてやれ」

「いや、彼女はちょっと……」

「何よっ!」

「な、何でもないです」



 星咲が猿のようなで格好で構える。



「つ、続きいきましょう続き」

「そうだな。で、そんな感じで二人とも欠点と利点があるだろ?」

「はい」

「認めたくなぃ……」

「そこは認めといたほうがい良いぞ」

「うぅ、はい」



 なぜ先輩に対してはそんなに態度が違うんだ。



「よし。で、そんなこんなで俺の考えた作戦は一つ」



 一が言葉を止める。秋人と暮葉は二人、静寂の中、息を飲み込んだ。



「―――二人で書いてみろ」

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