第八幕 調査と残酷な夢と赤子の――
20 調査と民俗資料館と玖契村の由来
三条玄司は、自分が
世の中にはきな臭いことがあり、警察というリアリストの集団に籍を置きながら、そんなものでは手におえないような事柄が世間にはあるのだと、それを身をもって知っていた。
(警察なんかにいると、ときに解らんもんと
それと同時に、その逆もまたあったのだと、彼は回想する。
(明らかに手口は殺しなんです。人に出来ないような、だけれど確実に人間の悪意や怨念が絡んでいる、そういう事件がある。でも、そいつをやれる人間がいねぇ。不可能犯罪なんて陳腐な言葉、あたしゃ使いたくないですがね、しかしそれは、ある)
だから、今回の木戸晴美殺害事件。
これもまた、なんらかの、彼の手が届かないものによるコロシではないか。超常的な異常による殺戮ではないかと、玄司は一度疑った。
また、久世悠莉の案件については、そもそも前提として存在しないのではないか、近衞一可の妄言なのではないかと懐疑的だった。
しかし、紀一郎の話を聞き、少しばかり考えを改めることになる。
(あのあんちゃんの言う通りだとしたら、ですよ。つまりはぁ、こいつは大人数による工作だということになる。木戸晴美の事件は、警備会社や監視カメラ、目撃情報、そう言ったものにまったく
それでも、彼は玖契村が怪しいと
たとえどんな形であり、どんな仕掛けがあるのだとしても、そのどこかに一枚、その山村が絡んでいるだろうことは、もはや彼のなかでは決定事項のようなものだった。
彼が、以前担当した事件が、その確信をより強固なものにしていた。
どんな権力が渦巻いた結果は解らない。
なんらかの不祥事を隠すための、単なる目くらましにすぎないのかもしれない。
玄司はそう思いながらも、しかし、だからと言って見過ごすこともできないとひとりごちる。
(こういうのはいけねぇ。ほったらかしにすると、周囲の全部を巻き込んで、社会まで引きずり込んで、どこまでも落ちていく。そういう厄災の匂いがする。正義の味方のおいちゃんとしては、ほっとくわけには、いかないねぇ……)
そう思ったからこそ、だから相方である有島真に、木戸晴美の交友関係と、事件当日の行動を徹底的に洗うよう指示を出したあと、彼はふたりの当事者――船越紀一郎と、近衞一可に付き添い、玖契村についての調査へと、赴いたのであった。
(それに)
と、玄司は思う。
(あたしがおかっけている事件はこれだけじゃあない。近衞一可。あの青年とは不思議な縁があるねぇ。本人はきっと覚えていないのだろうけれどねぇ……三年前の、あの事件があるから)
だから、容疑者としても目を離すわけにはいかないと、彼は彼らに同行することにしたのである。
そうして三者三様の思惑がありながら、まず、彼らが向かったのは、玖契村が属する市の民俗資料館であった。
玖契村自体に真っ先に向かわなかったのは、彼らの推論が的中していた場合、みずから虎穴に踏み入るようなものだったためである。
最終的には玖契村自体を調査する――それにしても、まずは地盤固め、なにか、紀一郎の提唱した空想的な推論の証拠を集める必要があった。
「玖契村の郷土史は、これですべてになります」
玄司がその身分を使って、年配の学芸員に集めてもらった資料は、10数冊の古びた本であった。
なかには
「……黙っていても仕方ないぞ、手分けしてやろう」
もっとも小柄でありながら、誰よりも率先して動く紀一郎がそう宣言したことで、玄司も踏ん切りをつける。
近衞一可が、古い文体に四苦八苦する横で、玄司ははらりはらりとページをめくっていく。
〝
そう題打たれた和綴じの本を、彼は読み解いていく。中にはちらほらと、挿絵のようなものもあった。
(えっと、
「……なんだかねぇ、これは」
困惑を隠せない様子で、玄司は顔を上げた。一可も、また紀一郎も似たような表情を浮かべていた。
「天狐ってのは、流星のことだとあたしゃ記憶しているんですがね、だったら隕石が落ちてきて、その影響で何百人もの人間が病にかかり、飢えて、幻覚を見て、そのあと失踪したってことですかい? 修験者が現れるまでずっと、そんなことがあったていうんですか? 昔話にしてもこれは、その……」
「非現実的だと?」
紀一郎の言葉に、玄司は苦々しく頷くしかなかった。
「でも、この話……」
と、それまで押し黙っていた一可が、おもむろに口をひらいた。
その顔色は、お世辞にもよいものとは、玄司には視えなかった。
「柊人叔父さんから聞いたのと、おんなじなんだ。それで、このあと、このあとにでてくるんだよ、血眸さまが。だから!」
彼は、手元の資料を必死にめくっていく。
何枚も何枚も何枚も。
何冊も何冊も何冊も。
しかし、一向に彼が望む記述は出てこない。
血眸さまという言葉すら、それを匂わすものすら出てこない。
それでも彼は探し続け、やがて、その一文へと辿り着いた。
『その村を平定した三人の修験者には、名が与えられた。近衞、元家、久世の三名である。これをもって九つの契りを結び、災厄を封じ続けることで、彼らは村の支配者となった。
「災厄……この災厄って、血眸さまのことじゃないか、違うか、船越!」
「違う、とは言い切れないが……しかし、なんだこの、九つの契りというのは? 文脈から見るに、おまえの家もその契約を交わしたように見えるが……」
「そういえば……」
ふと考え込むようにする一可に、玄司は「なにか覚えが?」と問いかける。
一可は、しばらく考え込んだ末に、こう言った。
「柊人叔父さんが、この前そんなことを電話で言っていたんだ。詳しくは解らないけれど……そう、まるでゆーりが消えた理由がわかったみたいな口ぶりで」
「その小坂柊人って方もいろいろ怪しいですが……やっぱり、その三つの家、どうもきな臭いですねぇ。とくにこの――」
玄司は、手元の本をふたりのほうへ回して見せながら、口元を歪めた。
「元家――こいつは、どうやら権力者に繋がりがあるらしい」
そこには、元家という家系が、地域を超えて、多くの過去の豪族と結びついてきた経緯を示す文言が書かれていた。
「この家、調べてみる価値がありそうですねぇ」
玄司は、相方に更なる調べものを頼むべく、旧式の棒携帯をポケットから取り出した。
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