19 同盟と探求と決意の――

 船越紀一郎が近衞一可と知り合ったのは、高校に入学して間もないころだった。

 教室中に浮足立った雰囲気がはびこる中で、紀一郎はひとり、冷徹に級友たちを観察していた。

 自分の今後の人生において、役に立つか、否か。

 必要か、不必要かを見極めようとしていた。

 彼はこれまでの人生、そしてそれからの人生もずっとそうしてきたし、またこれからもそうしていくのだが、だが、その振る舞いはやはり、多感な年ごろの少年少女たちに歓迎されるものではなかった。

 気が付けば、紀一郎はひとり、クラスの中で孤立していた。

 入学早々、のけ者にされていた。

 彼の身長が低い割に、その顔立ちが凛々しかったことも、拍車をかけた。

 多くの事柄を経て――からかわれ、けなされ――結果として、紀一郎はクラス中の人間から無視を決め込まれという待遇に甘んじることになった。

 そんなとき、示し合わせるクラスのしがらみなど気にすることもなく、紀一郎に話しかけてくる男がひとり、いた。

 それが、他ならない近衞一可であった。

 以来、彼らは無二の親友となり、善きことも悪いことも、ふたりで連れ立って行った。その関係性は、木戸晴美の登場まで、揺るぐことはなかった。


(……否。木戸が近衞の前に現れても、俺の振る舞いは変らなかった。恩義を返したいと、対等でありたいと願う心はなにも変わらなかった。あいつの役に立ちたいと、有益なものであり続けたいと俺は思った。俺は、一可をいていた)


 後年、紀一郎は一可に、なぜあのとき話しかけてくれたのかと問うたことがある。

 それに対し一可は、酷く気軽な調子でこう言っている。


「は? いや、俺はさ、なんかほっとけないんだ、ああやってハブられているやつ。そういうの、イチバン俺が解るからな」


 紀一郎という青年は、斯様かようにして無二の友人を得る。

 何物にも代えがたい、悪友を得る。

 だからこそ、いまその友達が苦境に立たされているというのならば手助けしたいと、この数日奔走していたのである。

 ほとんど仕事もなけ出して、その投げ出した仕事の関係者に頭まで下げて、彼は一可の無実を警察に訴え続けていたのである。

 そうして。


「やろう。俺たちで、晴美とゆーりの仇を討とう。だから――手伝って、くれるか?」


 警察から解放され、そして奮い立つ決意とともに放たれた親友のその言葉に、彼は心からの喜びをもって答えたのだ。


「……もちろんだ」


 紀一郎は誓っていた。

 近衞一可というお人好しの未来に、暗い影など射してはならないと。もしそうあるのなら、それを除くのが友である自分の宿命であると。

 だから、一可のその手をり、しっかりと握りしめた時、紀一郎はこれ以上なくやる気になっていた。

 それは、そのあとにひとり、初老の警察官が話に絡んできても、なんら変わることはなかった。


「ともかく、それこそこんなところで話すことじゃない。場所を変えよう」


 紀一郎の提案に、一可も玄司も異論なくしたがった。

 警察署から幾らか離れたところにある喫茶店に入り、奥まった席を取ると、三人は注文も早々に、額を寄せ合って話をまとめ始めた。


「話を整理しよう」

「うん、おいちゃんにも解るように頼むよ」

「その前に刑事さん、あんたに確認したいことがある」

「船越紀一郎君だねぇ? 言いたいことは解るとも。あくまで暫定的だが、近衞一可くんは容疑者から外されている。もちろん、おいちゃんがこうやって監視していることを勘案してだと、きみなら解るだろうけれど」

「……承知した。では、一可、頼めるか?」


 友人の最低限の安全を確認し、したうえで紀一郎は、あえて気遣う心を捨てそう尋ねる。

 一可はさきほどまでとは別人のようにぎらぎらとした目付きになっていて、ゆっくりこれに頷く。もはや一可本人が、容疑者であったことなどでどうでもよくなっていることに気づいたからこそ、紀一郎はそういう言い方をしたのだ。

 そうして、一可は紀一郎の考えたとうり、決然とした様子でこれまでのあらましを語ってみせた。


「いろいろあったのは、俺が美千代婆ちゃんの法事で玖契村に帰ってからだ。そのとき、一匹の気味の悪い白猫を見た。そこから始まった」


 彼は語る。

 美千代の遺言。

 不可思議な屋敷で出会った痩せぎすの老人と猫、そして赤い光彩の違和感を覚える少女。

 幼馴染との再会と、別れ。

 化け物のような少女と、血眸さまの伝承。

 そして、木戸晴美の死までを、彼は滔々と語った。

 その胸中は混沌とした想いが渦巻いていたが、事実を事実だけ、知っていることをありのまま感情を交えず、彼は客観的に説明してみせた。

 それを聴き、玄司は首をかしげる。


「つまり……おふたがたはその、血眸さま、ですかい? その化け物が、木戸晴美さんを殺し、久世悠莉さんをも殺したと疑ってらっしゃる?」

「いや……血眸さまが実在するかどうか、その少女が血眸さまなのかどうか、俺は懐疑的だ、刑事さん」


 紀一郎が難しい表情で言う。


「そもそも、久世悠莉の実在を俺達は証明できない。ああ、怒るなよ、近衞。証拠がないというだけの話だ。そして、科学を積み上げ進歩してきた現代に、オカルトがあるというのは少し考えにくい。だから俺は、これが周到に計画された集団による殺人ではないとか疑っている――」


 言いながら、紀一郎は考える。

 現代的というのは本来彼の口癖であり、それが一可にいつの間にか感染うつってしまったものである。


(これは、情報遺伝子〝ミーム〟の伝達だ。大腸菌のリボ核酸が水平伝播し、おたがいに情報を交換し合って環境に適応するのと同じく、これは人の間で情報が伝播し、広がっていくメカニズムだ。珍しいことではない。しかし、もし、それを意図的に制御できるとすれば、今回の事件は別角度で検証することができるようになる)


「率直に言おう。俺は、玖契村そのものを怪しんでいるんだ。彼らこそ、この事件の黒幕ではないかと」

「俺のかあさんの故郷が? 柊人叔父さんたちが晴美を殺したっていうのか? それは、幾らなんでも……」


 眉間にしわを寄せる一可に、玄司も同調した。


「ですな。それはちょっとばかし陰謀論が過ぎるでしょう。根拠がない。それに、そんなことをして彼らにいったいどんな利益が――」

――それが、目的だとしたら?」


 なんですって? と、玄司が訝しげに眼を細め、次の瞬間、見開く。


「まさか」

「そう、そのまさかだと俺は踏んでいるんだよ、刑事さん」

「どういうことだよ? 船越、説明してくれ!」


 理解が追いつかない一可がそう尋ねると、紀一郎は深く頷き、こう言った。


「久世悠莉はなにか、玖契村全体にとって不都合なことを知ったんだ。だから、その存在を揉み消された。そして、木戸晴美も、それをなんらかの拍子に知ってしまい、おまえにつたえようとした。だから殺された。つまりだ、近衞」


 紀一郎がその先を言うよりも、一可が呆然と呟く方が、いくらか速かった。


「「」」


 それが、事件の根幹にあるなにかなのだと、三人は同時に理解した。

 一可が、立ち上がる。

 その瞳が、煌々と不可思議な感情に燃えていた。


「玖契村、血眸さま。この二つを調べよう。それが」


 それが、彼が大切だと思った二人の女性への手向けとなる。

 一可はそう考え、決意した。

 必ず――


「必ず、秘密を暴いてやる!」


 そうして――

 それが、彼を更なる闇の中に引きずり込むのだと、まだその場にいた誰も、理解してはいなかった。

 暗澹たる日々は、未だ続く――

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